新しい覚悟
「……陽一君。本当に、記憶がないんだねえ」
「ん? 何をいまさら」
同じ馬車に乗っている葉月が、俺のことを見ながらそんなことを言ってきた。
現在俺たちはノトスの街に向かっている途中。
馬車の中は、男1女3という少々窮屈に感じる状況だ。
「私も、そう思っていたところです」
「へ? 言葉も? なんで?」
何故か言葉までそんなことを言ってくる。
「あの、ヨーイチさん。ヨーイチさんはどんなときでも装備を身に纏っていましたから。だからお二人はそれに違和感を覚えたのかと」
「へ? 装備って下に仕舞ってある、あの黒い胴着のこと? あれをいつも着ていたってこと? 馬車の中でも?」
「はい、ヨーイチさんはいつも……その、何と言いますか、用心しておりましたから。常に……」
少々歯切れの悪いラティさん。
それに同意するように葉月が頷き、言葉は困ったような見せた。
「何だかいつも命を狙われているみたいだな、それ」
「……」
「……」
「……」
何故か沈黙する三人。
できれば否定するとかそういったリアクションが欲しかった。
しかしこの沈黙は、肯定だ。
「……えっと、いまからでもあの黒いの着た方がいいかな?」
「あ、あの、大丈夫です。いまは護衛が大勢いますので」
「なるほど……」
そう、この馬車に護衛が大勢ついていた。
完全に馬車による隊列だ。もし襲って来たとしても返り討ちだろう。
ハーティは爽やかさを感じさせるイケメンだったが、他の連中はまったく違った。
思わず目を逸らしてしまう程の強面ばかり。
ひょろっとしているヤツはほとんどおらず、ほぼ全員がマッチョだった。
そしてそんなヤツが全員、勇者たちに従っていた。
――あれはマジでビビったな、
いきなり俺を埋めようとして来やがって……
護衛の冒険者たちと顔を合わせたとき、ヤツらは何故か俺を地面に埋めようとしてきた。
聞こえてきた言葉は、『絶対に何かやりやがった』『オレには分かる』『きっと泣かせた』『ジンナイの癖に』『白いYシャツ』などだった。
一瞬、葉月や言葉があのことを話したのかと思った。
しかし彼女たちがそんなことをするはずがない。
どうしたら良いかと混乱したそのとき、モモちゃんが俺を守ってくれた。
『お父さんをいじめたらダメぇ』と……
「……六歳に守られるって……」
「うん? 陽一君、何か言った?」
「いや、何でもない。ただ、そろそろ休憩の時間かな~って」
「あの、確かにそろそろお時間かもですねぇ」
「モモさんとリティちゃんも疲れてくる頃ですね。特にリティちゃんは初めての遠出ですし、休憩をした方が良いかもですね」
誤魔化すつもりで言った言葉が、そのまま通ってしまった。
彼女たちは御者台に合図を送り、俺たちは休憩を取ることになった。
そして少し早いが、そのまま野営の準備を始めることに。
「すげぇ……」
テキパキと動くみんなを眺めながら、俺はそんな感想をこぼす。
記憶がなくて役立たずな俺は、まだ幼いリティちゃんの子守り中。
お姉さんであるモモちゃんの方は、言葉の後についてお手伝いをしていた。渡された金属製のお皿を運んいる。
「ぱぷぅあ、どうしたのぉ?」
呆けている俺のことを覗き込むリティちゃん。
いまの俺はそれだけ酷い顔をしているのだろう。
「いや、な~んでもないよ。ほら、こしょこしょ~」
「きゃいっ、くしゅぐったいっ! めっ、めっなの~」
脇をくすぐられて大喜びをするリティちゃん。
身体をグネりと捩らせて、くすぐる俺の手から逃れようとしている。
当然、逃げれば追いたくなる。
「ほらほら~」
「やぁ、くしゅぐったいの」
「あの、ヨーイチさん。リティは本気で嫌がっているので、そろそろ……」
「へ?」
ラティさんに言われてリティちゃんの顔を見ると、彼女は嫌そうな顔をしていた。不満さを示すように頬を膨らませている。
ラティさんが手を伸ばすと、飛びつくように彼女の胸の中に収まりに行った。
「あ、ああ……」
こうして俺は子守りという職を失い、リティちゃんにも嫌われてしまった。
閑話休題
野営の設置、食事も終わり、俺は見張り番に立候補した。
何もできない俺だが、何とか見張り程度ならできる。
【固有能力】の【神勘】もあるので、何かが近づいてくればきっと察知できるはずだ。
サリオが作り出した”アカリ”の近くに腰を下ろし、槍を片手に周囲を見回す。
「誰っ……ハーティ、さん?」
「やあ、暇をしていると思ってね。ちょっといいかな?」
俺の警戒に引っ掛かったのは、両手にマグカップを持ったハーティだった。
お手本のような笑みを浮かべて、持ってきたマグカップを手渡してくる。
「あ、いただきます」
「唯ちゃんに貰ってきたやつだ。冷めないうちにどうぞ」
ココアのような香りのする飲み物を受け取った。
飲んでみるとココアのような味。もしかすると本当にココアかもしれない。
「陣内君、君に話しておきたいことがあってね、それで来たんだ」
「話し?」
「うん、たぶんだけど、彼女たちは全部話していないと思ってね」
「へ? 全部? 彼女たちってのは……葉月と言葉とか?」
「そう、その二人だ。きっと彼女たちは心配させまいと話していないと思ってね。だから僕が話しに来たんだ」
「……」
少しだけ苛立ちを感じさせる声音。
それはまるで、俺にしっかりしろと言っているような声だった。
俺は無言で続きを促した。
「――っ、そんなことが……マジで」
「ああ、彼女たちは何でもない風に装っていただろうけどね」
ハーティから明かされた話は、吐き気がするほど衝撃的なモノだった。
葉月たちからある程度のことは聞いていたが、それはとても抑えられていた内容であり、真相は怒りしか湧いてこなかった。
貴族や権力者から狙われいることは聞いていたが、実際に攫われたり、複数の男からの婚姻の強要や、それに伴う行為まで迫られたことがあったそうだ。
心の傷になってもおかしくはない。
全員がそうとまでは言わないが、少なくとも一部の連中は、この異世界を救った彼女たちにそういうことをしようとしたのだ。
そしてそれは今も収まっていないのだという。
この護衛の多さが、その証拠だとハーティは言った。
「くそったれ……」
「陣内君、これは……僕から君への言葉。ある意味確認でもある。いいかな?」
「……はい、何でしょうか?」
ハーティが真剣な目で問うてきた。
これから話すことは、先ほど話したことより重いモノだと目が語っている。
彼が話をしに来たのは、これが本命だと察し、俺は身構えて続きの待つ。
「陣内君、手を汚すことを躊躇うな。実際に君は何人にも手を下している。いいかい? 彼女たちは元の世界へと戻ることができたのに、君のことが好きでこのイセカイに留まったんだ。彼女たちの想いに応えろとまでは言わない。だけど、責任を持って守り切って欲しい。――いや、絶対に守れっ」
「――はい」
即答だった。
言われている内容はとんでもないことなのに、俺は迷わず答えていた。
考える前に『はい』と……
「は、はは……やっぱ陣内君だね。記憶喪失なのに……ホントいつも通りだね。本当に君は凄いよ。ああ~~あ、どうやって説得しようかと考えていたのに全部無駄になったよ」
「えっと、何かスイマセン」
「いや、謝らないでくれ。良かったよ、ちゃんと確認ができて。それじゃあ行くよ、見張り、頑張ってね」
そういってハーティは去っていった。
俺はそれを見送った後、見張りを続けながら黒い胴着を引っ張り出した。
前は自分の身を守るためにいつも着ていたらしいが、いまは彼女たちを守るために着ることにした。
これが俺の覚悟として。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです。