モモちゃん危機一髪
次の日、俺は寝不足だった。
やっと寝付けたのは明け方。モヤモヤ悶々で寝付けなかった。
しかし朝が来ると、モモちゃんとリティちゃんが起こしにやって来た。
ぺちぺちと頬叩かれ、舌足らずな声で起きてと言われる。
これで起きないヤツは男ではない、そして親でもない。――俺は秒で起きた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……しかし、何で平気なんだよ」
視線の先には、リティちゃんと遊んでいる葉月が居た。
現在俺たちは外で朝食中。【宝箱】からテーブルと椅子を取り出し、そこに持ち込んできた料理を並べていた。昨日の料理の残りも並んでいる。
リティちゃんと遊んでいる葉月。彼女は昨夜のことは何もなかったかのように振る舞い、普通に俺と接してきていた。
俺は顔をまともに見ることができないというのに……
「……なんか覚えがあんぞ? あれ?」
ちょっと油断すると、昨夜のYシャツ姿と、熱を帯びた艶っぽい顔を思い出してしまう。
鎮まれ鎮まれと血流を落ち着かせる。
「陽一さん、どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
俺の不自然な様子に言葉が声を掛けて来た。
彼女の横にはモモちゃんがおり、部屋から取り皿を持ってきていた。
言葉と一緒にお手伝いをしているのだろう。本当に良く出来た子だ。
「やっぱ俺も手伝おうか?」
「だめっ、お父さんは座ってて。わたしがお手伝いするの」
「はい……」
本当に良い子だ。
記憶を失っているから育てた覚えがないが、俺はちゃんとした父親をやっていたのかもしれない。きっとそうに違いない。
「にしし、ラティちゃんは甘やかさないからのう。モモちゃんはちゃんとした子に育っておるの」
「……ららんさん」
思考を読まれた上にそれを否定された気分になる。
「うんうんです。モモちゃんはあたしが育てたです」
何故か自分もと乗ってくるサリオ。
記憶はないはずなのに、いまの言葉は全力で否定したくなる。
お前は違うだろうと。
「しかしのう、記憶喪失はちょっと厄介やの。まだ思い出さんのよね?」
「はい、何となく覚えているようなことはあるのですが、それを明確に覚えているといった感じじゃなくて、覚えていないけど知っている的な」
「ふむ、じゃあ全部消えちゃった訳じゃないようやの」
「ですね」
「そうなると……何か強い刺激とか必要かもやの。印象が強く残っておることとかするとええかもやの」
「――っ!」
昨夜のことを思い出してしまった。
葉月は、記憶を取り戻すためにキスをしようとしたと言った。
キスは強い印象と言って良いだろう。葉月ほどの美少女ならなおさらだ。
人生において一大イベントと言っても差し支えない。
――もししたら、本当に思い出すかもな……
いやっ、駄目だろ! 絶対に駄目だろうが!
アホか俺は……
「ほよ? ジンナイさん、唐突に頭がおかしくなったのです?」
「っちげえよ!」
頭をかぶり振って雑念を追い払っていると、サリオがふざけたことを言ってくる。
「まあ、焦っても仕方ないやの」
「あっ、わたし知ってるよ。キスすると目を覚まして治るんだよ。この前サリオお姉ちゃんとみたお芝居でやってたもん」
「モモちゃんっ!? なに言ってるの??」
「ああ、ホワイトスノー姫ですねです」
モモちゃんが何を言いたいの分かった。
確かにあの物語では、キスで目を覚ましたという王道の流れだった。
間違ってはいない気がするが、いまは色々とマズい。
「…………キス、ですか」
「ん?」
何故か言葉の方が反応していた。
彼女は神妙な面持ちで自身の唇に指を添えていた。
俺はその姿が妙に気になった。
良い予感とも、悪い予感とも取れる不思議な感じ。
そんな言葉の姿を呆けて見ていると――
「そうだっ、わたしがお父さんにキスしてあげるね」
「へ? え? モモちゃん」
「お父さん、しゃがんで」
「あ、ああ……」
俺は言われるがままに跪く。
するとモモちゃんが嬉しそうに顔を近づけてきて、俺の右頬にチュー。
「お父さん、思い出した?」
「あ、ああ……何となく、ちょっとだけモモちゃんのことを思い出したよ」
「ホント!」
「ああ……ちょっとだけね」
にぱっと笑顔を見せるモモちゃん。この子は天使だ。
しっかりと思い出した訳ではないが、それだけは分かった。
間違いなく天使だと。
「よしよし、ありがとうな」
俺はモモちゃんを抱っこして膝の上に乗せ、よしよしと頭を撫でてやる。
彼女から嬉しそうな気配がぐんぐん飛んでくる。
「いい子ですねえ」
そういってモモちゃんを優しく見つめる言葉。
とても慈愛に満ちた笑みだ。彼女はこんな顔もできるのかとまた見蕩れてしまう。
「モモさん、嬉しそう。こうやって落ち着けるって良いですね」
「ああ、本当にな」
木漏れ日が差し込む空を見上げた。
とても心地良い空気。抱っこしているモモちゃんは温かく、その体温も心地良い。
言葉も視線を追うように空を見上げている。
緩やかな時間が流れている。
「あの、ヨーイチさん。――あっ!」
「ん?」
いつの間にかラティさんが隣にやって来ていた。
そして何故か慌てた声をあげた。
「よ、陽一さん。モモさんが」
「へ? え? ああっ」
モモちゃんがとけそうになっていた。
とても幸せそうな笑みを浮かべたまま、呼吸が止まっていた。
「ヨーイチさんっ、もしかして手加減せずにモモさんを撫でましたか? モモさんっ、モモ! 目を覚まして」
「え!? 言葉さん、一応蘇生魔法の用意しておいて。取りあえず私が回復魔法掛ける。お願いっ、間に合って」
「はい、モモさん、しっかりしてくださいっ」
数十秒後、モモちゃんは息を吹き返した。
息が止まった原因は俺の撫で。俺の撫ではマジで凶器と化していた。
まだ幼いモモちゃんを手加減せずに撫で続けると、耐え切れずにとんでもないことになるようだ。
俺はこっ酷く叱られたのだった。
閑話休題
「はあ、今日も一人か……」
一時は緊迫したが、大事には至らずに済んだ。
その後は各々が気ままに過ごし、夜を迎えたので床に就いた。
葉月たちは今日も泊まっており、俺は今日も一人部屋。
「……はやく記憶を戻さないとだな」
焦りを感じる訳ではないが、間違いなく迷惑を掛けている。
モモちゃんとの一件もそうだ。俺が忘れていたから起きた事故だ。
「どうしたら記憶が……っ!?」
コンコンと控え目のノックが鳴った。
当然、昨晩のことを思い出す。また葉月が来たのかもしれない。
彼女はまた来る的なことを言っていた。
俺は用心しつつ扉を開く。と――
「え? 言葉――って」
「すいません、陽一さん。少しだけよろしいでしょうか……」
蚊が鳴くような声で言葉がそう言っていた。
何を言われているの分かっているのに、その言葉は頭に入ってこなかった。
何故なら、言葉が白のYシャツ姿だったから。
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