扉の先には――
お待たせしましたー
みんなの話を聞くと、どうやら俺はかなりの馬鹿だった。
マジでガチで槍を背負って木こりをやっていたようだ。
この異世界では、適正の無い武器を持った場合はペナルティーが発生する。
だから斧を使った場合、しっかりと握っているにも係わらずすっぽ抜けてしまうのだとか。そういった理由があって俺は槍で木こり。
「マジで何やってんだよ俺……」
「にしし、何か普通の反応やのう。前のじんないさんはそれが当たり前だったから新鮮や」
にししな笑みでららんさんが言ってきた。
随分な言い方だが、ららんさんの言うことはとても正しい。
槍で木こりを受け入れる方がおかしいのだ。普通はもっと困惑するはず。
しかし――
「はあ、仕方ねえ、取りあえず受け入れるか。木こりだってこと……」
ここは異世界なのだ。木こりはきっと大事な職業だ。
そう、非常に大事な仕事かもしれない。他の誰も
「……ん? あれ? そういや……」
ふと疑問が湧いた。
葉月と言葉のことは聞いたが、他のヤツが何をやっているのか気になった。俺はそれを訪ねてみる。
「なあ、俺たち以外のヤツっていま何やってんだろ?」
「うん? 他の人? えっと、上杉君は確か……領主の娘さんと結婚して。下元君は――って、陽一君どうしたの!? 何でそんな凄い顔をしてるの??」
「へ? いや、ちょっと祝いに行かないとって思って。ほら、この祝いのこぶしで『ガッ』とやらないといけないかなって思ってさ」
「ぎゃぼうっ、この人、記憶を無くしてもやろうとしていることは一緒ですよです。前と全然変わってないよです」
「あはは、なんか陽一君らしいな。って、陽一君か」
「あ、そういえば陽一さん。下元さんはお城の王女様と結婚されて、いまは王様になっていますよ」
「へ?」
ちょっと聞き捨てならないことが聞こえた。
俺の知っている下元は、性格が悪そうな女とつき合っていた男子生徒だ。
だが言葉が言うには、ヤツはこの異世界で王女様と結婚したらしい。
どう考えてもそれは――
「あ、あの、ヨーイチさん。何故その槍を?」
「ん? ちょっと勇者伐採に行こうかなって。悪い勇者からお姫様を救いに行かないとだし、それが木こりの仕事ってもんだろ? たぶんだけど、俺は勇者を伐採するために召喚されたと思うんだ。うん、絶対にそうだ」
「ぎゃぼうっ! この人『勇者伐採』なんてとんでもない造語作ったですよです」
何故か非常に残念な目を向ける葉月たち。
俺は間違ったことを言っていないと思うのだが、視線が非常に痛い。
「ん~、それはそれで面白そうやけど、ちょっと色々とマズそうやの。特に王女様を救いに行くってところが」
「へ? なんで?」
今度は『にしし』ではなく、『にやや』とした嗤いを見せるららんさん。
人懐っこそうな顔なのに何故かとても怖い。
「あの、ヨーイチさん。どうか落ち着いてください」
「え? あ、リティちゃん」
ラティさんは俺から槍を取り上げ、その代わりにリティを抱っこさせてきた。
俺はリティちゃんを大事に抱え、惹かれるがままに頬をすり寄せる。すりすり。
「あはははは、くしゅぐったい」
「うりうり~」
何ということでしょう。湧き上がっていた怒りが凪いでいく。
きめ細かくしっとりぷにぷになほっぺ癒やされる。
いまはただ頬をすりすりしたい、それだけしか浮かばなくなった。
「うん、取りあえず落ち着いたみたいだね」
「陽一さん、モモさんも抱っこしてあげてください」
両手に花状態となり、俺は上杉と下元を許してやることにした。
我はとても心が広いのだ。
閑話休題
「よし、勇者伐採に行こう。最低でも下元だけは刈る」
「あの、ハヅキ様。……面白がっていますよねぇ?」
「うん、ちょっとだけね」
「葉月さん……」
葉月にアイリス王女の画像を見せてもらった。
彼女は携帯電話を【宝箱】に収納しており、充電が切れないようにしていた。
そして大事なときだけ取り出して使い、下元と王女の結婚式を撮影した。
それを俺に見せてくれたのだ。
そしてその画像には、自信に満ちあふれた顔をした下元と、まるで絵本から飛び出したかのようなお姫様が映っていた。
分かり易く言うと、すげえ綺麗なお姫様だった。当然、許されることではない。俺の中の何かが絶対に許してはならないと叫んでいた。
「あの、ヨーイチさん。リティが撫でて欲しそうにしていますよ」
「む、それは撫でなくては」
「ふひゅぅぅぅっ」
とても心地良さそうな吐息をこぼすリティちゃん。
彼女はとろけそうになりつつも、ぐりぐりと頭を手に擦り付けてくる。
癒やし系の動画などで見る猫のようだ。狼人だけど。
「……しかし、下元ってこんな顔だったか? もうちょっと元気なさそうな顔をしていた気がしたけど」
「うん、色々あったみたいだからね……」
葉月がしみじみとした顔でそう言った。
ひょっとすると彼女は、下元の表情が変わった理由を知っているのかもしれない。
「……あの、ハヅキ様。何故、先ほどの、不思議な絵? を見せたのですか? せっかく落ち着いてきていたのに……」
「えっとね、ほら、ああやって刺激を与えたら記憶が戻るかなって思って。そういった強い刺激は記憶を呼び起こしたりするからね」
「……そう、なのですねぇ」
とても良い笑顔でそう答える葉月。
少し眉をひそめながらも、不承不承といった感じでラティさんが納得する。
「印象的なことを思い出させると良いみたいなんだよ。私たちが居た世界では、思い出の場所に連れて行くとかもあるし」
「葉月さん、凄いです」
「じゃあ、どんどんいこうか」
「へ?」
その後、様々な異世界エピソードを聞かされた。
できるだけ印象が強い方が良いとのことで、何故か俺の失敗談ばかり。
記憶のない失敗談というものは、何とも言えないムズ痒さだった。
そして誕生日会が終わると、俺たちは就寝することにした。
今回は来客や俺の記憶喪失があるので、部屋割りが少々特殊になった。
俺はモモちゃんの部屋に一人で、サリオとららんさんは離れの小屋へ。
ラティさんとリティちゃん、葉月と言葉が俺たちの寝室に寝ることになった。
何と葉月と言葉は、マイベッドを持ち込んでいた。
そのマイベッドを【宝箱】から取り出し、それを寝室に置いたのだ。
部屋はかなり狭くなったが、起きたらベッドを収納すれば良い。本当に勇者様はチートだった。
「今頃仲良く寝てんだろうな……」
リティちゃんは既にスヤスヤ。
モモちゃんもかなりおねむで、言葉に抱っこされてもう眠る寸前だった。きっとモモちゃんは言葉のベッドで寝ているだろう。
「……そうなると、葉月だけが一人で寝てるのか」
リティちゃんはラティさんと一緒に寝ているはず。
そう、ラティさんは今日はリティちゃんと寝ているのだ。
でも普段はきっと……
「俺と一緒に寝てんだよな。結婚してんだから当然だよな」
何とも言えないワクワク感とムラムラ感が湧き出してくる。
しかしこれは仕方がないことだ。一緒に寝るとはそういうことだ。
「くくくっ、異世界最高! あんな可愛いお嫁さんをゲットできるなんて!」
元の世界に居たときでは考えられないことだった。
基本ボッチだった俺に、あんな理想のお嫁さんができたのだ。
俺はもうボッチではないのだ。ボッチの真逆だ。そう、ボッチではない。
もう誰にもボッチと言われることはない。
絶対にない。ボッチと言われることはないのだ。ラティさんに捨てられない限りは……
「……もう童貞じゃねえんだな――ん?」
扉がノックされた。
もしかするとラティさんがやってきたのかもしれない。
記憶喪失で寂しく不安がっている俺を慰めるためにやってきたのかもしれない。
むしろそれ以外考えられない。俺は迷わず扉を開く。
「…………葉月、さん?」
「来ちゃった。ちょっとだけ部屋に入れてくれないかな?」
「へ? ええ!?」
扉を開いた先には、Yシャツ姿の葉月由香が立っていたのだった。
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