スキヤキとケーキと槍
「わあああっ!」
「ほら、リティちゃん、こうやって食べるですよです。こうやって玉子に漬けて~はいっ」
「ねえ、このぐらいの子に食べさせて大丈夫だっけ? 」
「どうなのでしょう……」
「あの、たぶん平気かと」
「さりおちゃん、もっと玉子使うかの?」
リティちゃんはサリオの膝上に乗せられて、いま正に『あ~ん』とスキヤキの肉を頬張ろうとしていた。
「~~~んっ!」
頬張った肉に興奮をあらわにするリティちゃん。
手をパタパタと上下に揺らし、食べさせてくれたサリオのことを嬉しそうに見上げている。
「おいちいですかです?」
「~~っ、~~っ」
サリオにそう訊ねられ、頭をガクンガクンと縦に振って答えるリティちゃん。
きっととても美味しかったのだろう。スキヤキは俺も好きだし、嫌いな人は少ないはず。嬉しそうなリティちゃんを見て心が心底ほっこりする。
だがしかし――
「何でファンタジーの世界なのにスキヤキが……しかも誕生日会にって……」
目の前に置いてあるモノは異世界感ゼロだった。
かなりガチなスキヤキがくつくつと煮立っており、良い匂いをさせていた。
もう少しすれば白菜や長ネギが食べ頃だろう。
「ほら、次のお肉ですよ~です」
「あぷぅあっ!」
甲斐甲斐しく世話を続けるサリオ。
彼女は思ったよりも面倒見が良いのかもしれない。こまめにリティちゃんの口周りを拭いてあげたりもしている。
「リティちゃん、お鍋がおわったらケーキね」
「あいっ」
「はい、モモちゃん。これとっても美味しいですよ」
「ありがと~、コトママ」
記憶喪失なので心配していたが、何の問題もなく誕生日会は進んだ。
なぜ葉月さんと言葉さんがここに居るのかなど、色々と訊ねたいことが何個もあるが、いまはリティちゃんのためにいったん置いておく。
途中、サリオが炎でできた小さな斧を出現させて、それを使ってケーキに立てたロウソクに火を点ける芸を見せてくれた。
それを見て思う、ここは本当に異世界なのだと……
「あ、そう言えば。陽一君が記憶喪失だと、例の件を頼めないのか」
「うん? 例の件?」
ふと思い出したように葉月さんが言った。
そしてそれに言葉さんも続く。
「……私の方のも、頼むことはできないですね……」
「頼む?」
ふと興味が湧いた。
どうやら俺にしかできないことがあり、それを彼女たちは頼もうとしていた。
一体どんなことだろうと訊ねる。
「えっと、俺に頼みたいことって何だろ?」
「実はね、ちょっと可哀想な【固有能力】を持った子が居てね……」
「はい、私の方は、あまり無視できない【固有能力】が発現した男の子が」
俺は簡単に説明を受けた。
どうやら俺には、【固有能力】というモノを消し去る力あるらしく、それを使って不都合な【固有能力】を消してあげたりしていたそうだ。
さすがに全て引き受けている訳ではないようだが、重要と判断されたモノは引き受けていたらしい。
葉月さんからは【性女】の【固有能力】を持った女の子を。
言葉さんからは【魔王】の【固有能力】を持った男の子を。
それらの【固有能力】を消して欲しいと頼まれた。
どうやら彼女たちは、その日程調整も兼ねて来ていた様子。
「まあ、すぐにって訳じゃないんだけどね。色々と打ち合わせとかもあるし」
「そうなんですか。でも、【魔王】ってのは消しておいた方がいいんだろうな。【性女】の方はあまりにも気の毒だな……」
ここでふと思った。
これが俺の仕事であり、自分はこれで生計を立てているのかと。
こんな森の中では仕事などないはずだ。
「えっと、その【固有能力】を消すってのが俺がいまやっている仕事なのかな? だったらそれをやんないとマズいよな。ちゃんと稼がないと……」
俺はラティとリティ、それとモモちゃんを養っていかねばならない立場だ。
ちゃんと仕事をしないといけない。いま記憶喪失中だが、やるべき仕事はやらないとならない。
「うん? じんないさんは木こりよ。この手の依頼は滅多にないみたいよ」
「そうか、俺は木こり……………………はいっ!? 木こり? 木こりってあの木こり? え? 勇者だったのに木こり??」
予想だにしない返答が飛んで来た。
自分は勇者だから、もっと勇者らしい仕事をしているものだと思っていた。
それがまさかの木こり。木こりとは斧を担いで大木にカンカンやるヤツだ。
――あっ……もしかしてあれか?
この異世界の木こりと元の世界の木こりは違う感じなのか?
同じ木こりって呼び方でも、やることが全然違うとか、
「えっと、その木こりってどんな仕事なのかな?」
「ほへ? 木こりさんは木こりさんですよ。 が~んってやって木を切ってそんでそれを集めて売る人ですよです」
「ぐっ、やっぱ同じか……。ってか、それじゃあ俺は斧を背負ってそんで……森の中をうろついて……」
「いや、じんないさんは斧は使ってないで」
「へ? 斧を使ってない? 何ですかそれ? まさか素手で折って回るとか?」
「うんにゃ、槍で木を切ってる」
「いくら何でも騙されないですよ! どこの世界に槍を持っで木を切って回るヤツがいるんですか! どう考えても馬鹿でしょ。百歩譲って剣とかなら分かるけど……槍って……」
さすがに騙されない。
どこか人を食った感じのするららんさんだが、さすがにこれはない。
槍は突くことを重視した武器だ。切り払うなどで薙ぐことができない訳ではないが、さすがに木を切るには適していない。
そもそも、槍を使って木を切るという発想がおかしい。
控え目に言って頭がおかしい。もし槍を担いで木こりをしている馬鹿がいたら、『すげぇ馬鹿が居る』と指を差して笑ってやる。
それぐらい馬鹿なことだ。
「え? 陽一君、槍で『えいやー』って感じで切り倒していたみたいだよ?」
「一度だけですが、それを見させていただいたことがあります。枯れ木のような木でしたが、槍で薙ぐようにして……」
「ほへ? ジンナイさんは槍で何でも切ってましたよです? 色々と容赦無用に足とか岩とか何でもです」
「あの、ヨーイチさん……」
何故か全員が哀れんだ目で俺を見ていた。
しかもモモちゃんまでも見ている。
俺のことを見ていないのは、ケーキに夢中なリティちゃんだけ。
お手々をベッタベタにしてケーキを頬張っている。超可愛い。
「…………ひょっとしてアレかな? 説明で受けた、うえぽんスキル? ってヤツかな? それで切ってたのかな? 槍だけどそういったのができそうなヤツがあって」
先ほど、WSの説明を受けていた。
俺は全てを消滅させるWSを放つことができるらしく、間違ってもそれを放たぬように注意されていた。
何でもそのWSが暴発すると、武器とそれを握っている腕を持っていかれるのだとか。要は、武器と腕が消滅するらしい。
「違うのう。じんないさんはWSに頼らずに叩き斬ってたの」
「いやいや、それはないでしょ? 大体そんな風に槍を使ったら槍の方が折れたりするでしょ? 槍みたいな細い武器じゃ……」
みんなの視線があるモノに集中した。
それはとても物々しく無骨な感じのする武器。
まるでスコップのような槍へと視線が注がれていた。
「……え? マジで? マジで俺はあれを担いで……木こりを?」
ふと、ある言葉を思い出した。
俺は世界樹の門松を作ると言って外へ行ったという言葉。
( ――あっ )
あのとき、俺はその槍を握っていた。
もしかするともしかするともしかすると、記憶を失う前の俺は、槍で木こりをやる超絶馬鹿だったのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字もできましたら