準備をしよう
「陽一君、取りあえず、誕生日会の準備をしちゃおうよ」
「え?」
丸顔を掴んでいた俺に、葉月さんがそんな提案をしてきた。
横を見れば言葉さんも小さく頷いている。
「今日はリティちゃんのために集まったんだし。まずはそっちを優先してあげようよ。いまは急いで記憶を戻す必要はないんだし」
「えっと、そうか……なぁ?」
「うん、そうだよ。絶対にそう。だから準備しちゃうね」
記憶を戻すことが最優先な気もするが、確かに誕生日会も大事だ。
特に幼子のときだ。ここでリティちゃんを蔑ろにすれば後々禍根を残すことになるだろう。子供のときの誕生日会は超大事だ。
だがしかし――
「えっと、準備だけど……どうすれば――へ?」
テーブルの上に料理が出現していた。
しかも一品どころではない。その数がどんどんと増えていく。
「ケーキまで……一体どこから?」
まるで手品みたいだった。
葉月さんと言葉さんがお皿を置くような仕草をすると、そこに料理が出現していた。
目をどう凝らして見ても、何もない場所から出現しているようにしか見えない。
「うん? 【宝箱】から出しているんだよ。ここだと作るのがちょっと大変だから、街で作ってきたの。あ、買ったのもあるけどね。ほら、これとか」
「え? 魚料理?」
ちょっと何を言っているのか分からない。
宝箱と言ったが、そんなモノはどこにも見当たらないし、そもそも手品みたいに料理を出していることに驚いているのだ。中には湯気が立っている料理までもある。
「あ、陽一さんには……その……」
言葉さんが申し訳なさそうに言ってきた。
俺は胸元に目が行かぬように、彼女の話を聞いた。
閑話休題
「マジでファンタジーかよ……」
手品の真相は、ファンタジー物の定番だった。
いわゆるアイテムボックス的なヤツだ。某四次元なポケットとでも言うべきか、要は別の空間に物を収納できるアレだ。アイテムボックスだ。大事なので二度言った。
めっちゃ便利だ。よくあるチートだ。
使い方次第では天下が取れるし、ほとんど欠点がないときたもんだ。
多少の収納制限はあるみたいだが、中には家を入れた猛者も居たのだとか。
「……なのに、何で俺には無ぇんだよ……」
そんな便利なモノなのに、何故か俺にはそれがなかった。
勇者なのに俺にはそれがないそうだ。
「ほへ? だってジンナイさんはゆうしゃですし。勇者じゃないですからです」
「……」
しっかりと距離を取って言ってきた丸顔。
ららんさんを盾にして握り潰し甲斐のある顔を守っている。
「くそ、俺にもそれがあれば……」
【宝箱】の説明を受けていたとき、俺はあることを考えていた。
それは異世界モノでよくあるテンプレ。
森で貴重な薬草などを採取して、それを買い取るギルドに持ち込んで……
『ええっ!? こんな貴重な薬草をどこから? え、こんな大量に??』
『え? そんな貴重なんですか? まだ一杯出せますよ?』
『えええっ! まだこんなに!? いったいどこからこれを……。ギルド長~~。大変です~、冒険者さまがこんなに薬草を~』
『あれ? 俺、何かやっちゃいました?』
的な、そんな展開を妄想していたのだが、どうやら俺には無理な様子。
異世界に来たのならば、一度はやってみたかったシチュエーションだった。
「あ、また馬鹿なことを考えているですよです」
「――っ。ちっ……」
ららん盾を発動させるサリオ。
何故かららんさんは敵に回してはならないと、そんな警鐘が鳴っているので、俺は丸顔を見逃すことにする。
「ほら、陽一君。陽一君はお皿を用意して」
「あ、はい……」
俺は用意されていたお皿を並べることにした。
着々と誕生日会の準備が進められていく。
ラティさんはリティちゃんを驚かせるために、彼女を別の部屋へと連れて行っていた。準備が済んだらここへと呼ぶのだろう。
「あ、陽一君。ここ、お皿の位置が違うよ」
「へ? ――ってええ!?」
位置が妙に近い葉月さん。
近いというよりもゼロ距離で、彼女は俺を後ろから二人羽織のような体勢で接してきていた。
「お皿の位置はこうね」
「あ、はい……」
鼓動が恐ろしいほど速くなる。
柔らかいモノがグイグイと腕に当たり、『当ててんのよ』を遥かに超える『当ててんのよ』状態。
俺の知っている葉月さんはここまでの距離感じゃなかったはず。
とにかく、少しでも動こうものならもっと当たってしまいそうだ。
だというのに、そんなことは気にせずにお皿の置き方を指導していく葉月さん。彼女の綺麗な髪が耳に当たってこしょばゆい。
「あ、次はこっちのお皿を」
「~~~~~~~っ」
もっと密着してきた。
柔らかさがさっきよりもぐっと押し付けられている。
これはもう完全に――
「あの、ハヅキ様。……そろそろ」
「うん、じゃあこっちはお願いね」
ラティさんに声を掛けられて距離を取ってくれた。色々とヤバかった。
ドキドキが止まらない。そして別のドキドキも止まらない。
「あ、あの……」
ジト目で俺のことを見つめるラティさん。
彼女が何を言わんとしているのかよく分かる。
でも待って欲しい、俺はたぶん悪くないはず……
「ヨーイチさんは、リティと一緒に居てあげてください。ヨーイチさんが撫でてあげればあの子は喜ぶので」
「へ? 撫でる?」
「はい。ですが、あまりやり過ぎないようにお願いしますね」
俺はリティちゃんが待っている部屋へと押しやられた。
もう準備の手伝いはいいから、リティちゃんの様子を見ていてくれということだ。
ちなみに、モモちゃんは言葉さんと一緒に飾り付けの準備をしていた。
「う~~ん、撫でろって言われたけど……」
「ぱぱあ」
にぱっとした笑顔で俺を見上げるリティちゃん。
彼女は現在俺の膝上に乗っていた。
穢れなき目で、俺のことを見上げ続けている。
「……取りあえず、これでいいのかな?」
「~~~っ!」
嬉しそうに目を細めるリティちゃん。
彼女は俺の手に頭を擦り付けるように動き、さらなる撫で撫でを要求してくる。
「これが【柔撫】と【愛梳】の効果か……」
一応説明は受けていたが、正直ここまでとは思っていなかった。
ちょっと卑猥な【固有能力】かと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「ほれほれ、こしょこしょ~」
「あい、あぷぅあああ! もっと、もっと。こっちぃも」
「あいよ」
超が付きそうなほどご満悦なリティちゃん。
そのうちとろけてしまいそうなほど俺に甘えて来ている。
これが子供を持つ幸せかと、俺はひらすらそれを実感する。
「お父さん、準備ができたよ――って、リティちゃん! お母さんっ、お父さんがまたリティちゃんを――」
俺たちを呼びにきたモモちゃんは、リティちゃんの姿を見るや否や大慌てした。
どうやら俺は撫で過ぎた様子で、ラティさんと葉月さんからやりすぎだと怒られた。俺の手は一種のチートと化していたようだ。
そしてしばらくするとリティちゃんが目を覚ましたので、彼女の誕生日会を開始した。
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