新章 スローライフの始まり
第三章開始です。
ダイサンショウではないです!
「――って」
ジンジンと痛む後頭部をさすりながら、俺は辺りを見回した。
どこかの森、しかも冗談みたいに馬鹿デカい木ばかり生えた森だ。
こんな大きな木は見たことがない。……はずなのに、何故か見覚えがあった。
「……どこだ、ここは?」
知らない場所に不安を覚える。
しかし何故か、そこまで大きな不安を感じない。
全く知らない場所に居るというのに、何故かそこまで怖くなかった。
「へ? 槍? しかも木刀も? え? へ?? なんだこの格好!?」
俺の手には槍っぽいモノが握られていた。もし槍でなければデカいスコップ。
腰には木刀を佩いており、身に纏っているモノに驚く。
RPGとか、大型MMORPGに出て来る和風系ジョブが装備しそうな物を身に纏っていた。忍者とか侍のジョブが着そうなヤツだ。
「なんで俺はこんなコスプレを……って、すげえ動きやすいな、これ」
腕や脚を動かして着心地を確かめる。
洋服などに比べたらゴテゴテした格好なのに、洋服以上の着心地だった。
硬いゴム板のようなモノを沢山張り付けてあるにもかかわらず、何故か重さをあまり感じない。発泡スチロールが張り付けてある程度の重さ。
「……どうなってんだこれ? まさか流行の異世界転生ってヤツか? いや、トラックに轢かれた記憶はないから、転移の方か?」
俺は取りあえず自分の状態を確認した。
鏡がないので顔は見えないが、身体のサイズから言って自分と誤差はほぼない。
それにこれは自分の身体だという感覚はある。
「って、アホか。転生とか転移な訳ねえだろ。しかし、ここは……道?」
ぶっ飛んだ発想を振り払う。
見たことがない場所、覚えのない格好だからとアホなことを考えてしまった。
取りあえず俺は、何故か見覚えのある道を進むことにした。
何となくだが、この道の先に建物があると思ったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……マジであったよ……」
森を歩くこと数分、俺はログハウス的な建物を見つけた。
木材で作られた家で、そこそこの大きさ。煙突から煙が出ているので、誰か中に居るだろう。
電話か携帯を借りることにする。
この和風ジョブが着そうな装備のポケットの中には、自分の携帯がなかった。
持っていたのは古い機種なので、落としたことはそこまで痛くない。
「んっ、んっ。――すいませーん、誰か居ませんか~?」
ノックとともに声を掛けた。
できるだけフレンドリーな声音で、家の中に居るであろう人に声を掛ける。
待つこと数十秒、家の中から誰かがやって来る気配を感じる。
その気配は扉の前までやってくると、なんの警戒も無しに扉を開けた。
俺は怪しまれないように頭を下げて言う。
「あ、あの、すいません。実は迷子というか、遭難したみたいで――っ!?」
顔を上げると、すげえ美少女が居た。
俺にとって直球ど真ん中でドストライクでこれ以上無い理想的な容姿。
思わずまじまじと見つめてしまう。
彼女は薄い生地で作ったコックコートのような茶色のガンビスン姿で、頭の上には犬のような獣耳が生えていた。俺以上に幻想な姿だ。
一瞬、そういった獣耳の付いたカチューシャかと思ったが、そんな取って付けたような耳ではない。
パッと頭に浮かんだのは、『獣人』という言葉。
情報量が多すぎる。あまりの出来事に全部吹っ飛んだ。
思うように言葉が出て来ない。口から出るのは意味不明な呻きだけ。
「あ、えっと……あ、あぅ」
「……あの、ヨーイチさん。もしかして……またですか?」
「へ?」
目の前の美少女さんが俺の名前を呼んだ。
しかも呼びなれた感じの口調。彼女はきっと俺のことを知っている。
何故かそんな確信が持てた。
「はぁ、まったくこの人は。なんで今日のような日に……」
「え、あの……」
「ヨーイチさん、取りあえず中に入ってください」
彼女はそう言って俺の手を取ると、そのまま家の中へと迎え入れた。
そして手を引いて俺を室内の椅子へと座らせると、彼女は俺の前に膝をついて見上げてきた。
「あの、ヨーイチさん。どこか痛い場所はありませんか? 吐き気とか頭痛などはありませんか?」
「え? いえ、そんな痛みは……」
訊ねられたことに反射的に答えていた。
しかし俺の頭の中にあったのは、『好きです』という想いだけ。
油断しようものならその心の内を言葉で漏らしていたかもしれない。
だがそんなことを言っても困惑されるだけだ。
どこの世界に、出会った瞬間に告白するヤツが居るものか。
仮に居るとしたら、それはチャラいヤツか頭がおかしいヤツだけだ。
俺はぐっと堪えた。
「……頭を打たれたのですねぇ?」
「え?」
反射的に答えたとき、俺は無意識に後頭部を撫でていたようだ。
それを見て彼女は、俺が後頭部を打ったのだと察したようだ。
彼女はスッと立ち上がると、俺の後ろに回った。そして――
「あの、この辺りですか?」
「あ……、はい」
彼女は髪をかき分けるように後頭部を調べた。
その優しい手つきから、彼女の人なりと、俺に対する気遣いが見て取れた。
間違いなく悪い人ではない。そう確信が持てる。
「……少しコブができていますが、大丈夫のようですねぇ」
「あ、はい」
「もう、この人は、もう時間がないというのに……」
そう言って彼女は扉の方を見た。
俺も釣られてそちらを見ると、何故か誰がかやって来ることが分かった。
しばらくするとガタガタと音が聞こえてくる。
そして馬の嘶きのようなものが聞こえて、そのガタガタとした音が止まった。
この家の前に何かがやってきた。
「……誰か来た?」
普通だったら不安に感じるはずのシチュエーション。
何かしらの罠かもしれないと、そう考えるはず。
しかしそんな不安感は微塵も湧かない。
「あの、迎えて来ますね。あと、説明も……」
そう言って美少女さんは扉を開けて外に出た。
そしてしばらくすると、何人かがこの家に入ってきた。
それをその入ってきた人物を見て目を剥く。
美少女さんもファンタジーだったが、入って来た人物もファンタジーしていた。
しかも入って来た内の二人は知っているヤツだった。
「陽一君、またなの?」
「葉月さん……だよな?」
最初に声を掛けて来たのは葉月由香。
俺と同じクラスのヤツであり、学校一の美少女ってヤツだ。
古い言い方で言えば、学園のアイドルさんだ。
そんな彼女が、これまたMMORPGに出てくる後衛ジョブみたいな格好をしていた。たぶん神官系回復職だ。
「どうしましょう、明日ですよね? リティちゃんのって……」
「言葉さんまで……」
次に声を掛けて来たのは、別のクラスの同級生の女子。
葉月とは違った後衛系の格好。落ち着いた色のローブを着ていた。
いつも控え目の言葉らしい格好だった。
ただ、胸元だけは控え目ではない。
ゆったりとしたローブ姿なのに、二つの自己主張はいつもながら凄い。
「一体何が……」
俺はただただ混乱した。
まるでファンタジーゲームの中に放り込まれた気分だ。
もうこれ以上驚くことはない、そう思ったそのとき――
「お母さん、リティちゃん起きたよ」
後ろの扉が開き、そこから小学生ぐらいの女の子と、赤ちゃんと呼べるぐらいの女の子がやってきた。
二人とも頭に獣耳を生やしており、いまの女の子の発言から、美少女さんの子共だと予想できる。
寂しさと悔しさ、そういった感情が駆け巡る。
理想の美少女さんは誰かの奥さんだった。人妻というヤツだ。
とても図々しいことだが、俺は死ぬほど落胆し、凄まじい嫉妬を滾らせた。
彼女の気遣いから、そんなに悪い仲ではないと思っていた。
ひょっとすると、ひょっとするかも、そんなことを思っていた。
しかし現実は違った。
そう、子供が居るということは、子供ができる行為をしたということだ。
こんな美少女さんと、この子らができる行為をしやがったクソ野郎が居るということだ。絶対に許せない。
うっかり槍で刺しても罪に問われないかもしれない。きっとそうだ。
これは童貞のみに許される権利なのだ。
「……そうだ、仕方ないな」
「あの、ヨーイチさん……?」
「お父さん、どうしたの?」
「へ?」
小学生ぐらいの女の子が、俺のことをお父さんと言った。
「あぷぅ、ぱぱぁ」
そして小さい方の子が、『パパ』と呼びながら俺のもとにとてとてとやってきたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
新章は、記憶喪失の陣内がスローライフするお話ですw
あと、新作書きました。
https://ncode.syosetu.com/n4986fw/
下にリンク先を張ってあります【勇者召喚の後 囮王子と狼人の少女 】