笑顔<真剣<???
すいませんっ
遅れました……
あの後、俺たちは店内で注目を集めてしまって店を出た。
大きな声を上げた訳ではないのだが、葉月の声が目立ち過ぎた。
声にオーラとかカリスマ、あとプレッシャーが乗ってんじゃねえのかと思うほどだ。声までマジ聖女さま、ああ聖女様だ。
要は、人の心を惹きつけ過ぎるのだ。
そんな声のお陰で注目を集めてしまった。店内にBGMが流れていないのも大きい。
結果、俺たちはある程度人通りが多い公園へと来ていた。
ここなら店内ではないので、ちょっとした声で注目を集めることはないし、喧騒に掻き消される。それに人通りがあるので嫉妬組の牽制にもなる。
当然、麦わら帽子は被せたままで、俺たちはベンチに腰を下ろした。
「あ~~、何でリア充どもがベンチに座ってんのか、その理由が分かったわ」
「うん? 突然どうしたの陽一君?」
「いや、何でもない……」
公園に設置されているベンチの真の価値が分かった。
このベンチは、店内ではちょっと気まずくなったヤツらの避難所だ。
色々あってちょっと気まずくなったヤツらが行く場所なのだ。
きっとそうだ、そうに違いない。
「……ねえ、また別のことを考えていないかなぁ?」
「いや、別のことって……」
「もうっ、一緒に居るんだから別のことは考えて欲しくないな~。さっきみたいにさ」
ぷくうと頬を膨らませる葉月。
何ともあざとい仕草なのだが、彼女がやると本当に様になる。
その辺のヤツだったら間違いなくコロッといくだろう。
だけど……
( さっきに比べれば余裕だな…… )
葉月が本当に凄いとき、それは彼女が真剣な表情をしたときだ。
たぶん、本人は気が付いていない。
一番魅力的に見える瞬間が、真剣な表情をしているときだとは……
( さっきはヤバかったな )
喫茶店で見せた真剣な表情。
不覚にも一瞬ドキリとしてしまった。
笑顔やおどけたときの表情よりも、真剣な顔をしたときの方が心臓に悪い。
本当に心臓に悪い……
「ん~~? また別のことを考えて……いないみたいだけど、何か怪しいなぁ」
「……」
――くそっ、
コイツ、マジで【心感】とか持ってねえか?
勘が良いとかそういうレベルじゃねえだろ、
「ねえ、陽一君」
「あん?」
「いま、私たちって恋人同士に見えな――」
「――見えねえっ」
速攻で被せておく。
コイツはとんでもねえことを言おうとしやがった。
本当にビックリだ。万が一ヤツらに聞かれたらどうしてくれるんだってヤツだ。
俺は素早く周囲の嫉妬を探る。
「そっか~。じゃあさ、腕とか組んでみたらどうかな? そう見えないかな?」
「は? ばっ!? おい!!」
スッと腕を絡めてきた葉月。
周囲を警戒していた俺は反応に遅れ、左腕を葉月に抱えられてしまった。
ガッチリホールドされた左腕。
「んっふふぅ~」
「……お前なあ」
俺の左腕もう駄目かもしれない。
きっとヤツらにもぎ取られる。そして連帯責任で右腕ももがれるだろう。
しかしだからといって、この腕を引き剥がすの少々失礼過ぎる。
「これならどうかな? 見えるかな? 恋人同士に」
「………………………………………………どうだろうな」
もう色々と気が気でない。
さすがに今すぐ襲ってくるとは思わないが、これは間違いなくアウト。
さっきからドキドキが止まらない。嫉妬組がいつ襲ってくるかと思うと本当にドキドキが止まらない。
そう、この鼓動の速さは嫉妬組に対してであり、決して――
「……葉月、今日の予定はもう終わりだよな? 行きたい場所はもう回ったよな?」
「……」
暗にデートはもう終わりだと告げてみる。
これ以上はマズい。今回のデートミッションは、葉月が行ってみたかった店を回ることだ。
まだ行ってみたい店があるのかもしれないが、俺は終わりを告げてみた。
「う~~ん、そうだね~。もう結構回ったし、確かにそうかも」
「それなら」
「じゃあ、最後の用事ね」
「――っ!」
葉月が、また真剣な表情をした。
そして真っ直ぐ俺のことを見つめてきた。
「ねえ、陽一君。陽一君は言ったよね? 『責任を取る』って」
「いや、言ったのはお前だろ? 責任取ってねって感じで」
「あれ? そうだっけ? でも同じようなものだよね」
「全然ちげえよ。ったく、捏造すんな。………………まあ、ゲートをぶっ壊した俺が全部悪ぃんだけどよ……」
壊したのは俺が悪かった。
それはもう色々と怒られたし、本当に怒られ超怒られた。
何なら次元を超えて”なんたら欄”でも散々怒られた。
壊すなら早乙女を帰す前にやれよ的なことも言われた。
だから、確かに俺は責任を取る必要がある。
そう、責任を取る必要があるのだ……
「……葉月、ゲートをまた開くことができる。あと二年くらいは掛かるらしいけど、それまでの間、しっかりと守るから……それまで待ってくれ。それが……」
「それが、『責任を取る』ってこと?」
「ああ、それまでの間、俺たちがお前たちを守るから……」
「それで元の世界に帰れってことかなぁ?」
「いやっ、だって、帰れるゲートを俺が壊しちまったんだし、それでお前たちが帰れなくなって……そんで」
「ねえ、陽一君。私が言った『責任を取って』って、それかなぁ?」
「……………………それ以外無ぇだろ」
俺はそういって目線を逸らす。
気が付かない振り、何のことかと判らない振りを全力でする。
「ふ~ん、そっかぁ~。そうなんだ~」
「ああ、そうだ」
「――じゃあ帰らない」
「はあっ!? おい、帰らないって……はい?」
「だから、帰らない。ちゃ~~んと責任を取ってくれるまで」
「いや、え? は? 言ってることおかしいだろ。だからゲートは俺が責任を持ってちゃんと開くから、それで――」
「帰らないから」
今までで一番真剣な顔でそう言われた。
いや、宣言されてしまった。
俺は言葉に詰まり、何も、言えなくなる。
「ねえ、何で私は帰らないといけないのかなぁ?」
「……」
返答の言葉が見つからない。
元の世界に帰れるのだから帰るという、そんな当たり前では通じない。
そもそも俺も帰らないのだ。いや、帰らないという選択肢を取っている。
何故帰らないという選択をしたのか、そこには明確な理由が存在する。
そして帰らない理由が増えた。とても大事な理由が増えた。
『じゃあ葉月は?』
それは藪蛇だ。むしろそれを待っているきらいすらある。
やはり沈黙しかない。
「……そう、答えないんだ」
「……」
目で、『ああ、そうだよ』という。
「ねえ、陽一君。なんで私が帰らないか、その理由を教えてあげる」
「――っ」
来た。
来てしまった。
このときがとうとう来てしまった。
いつか来るかもしれないと思っていた。
最初は言葉。
次は早乙女。
そして――
俺は心の中で準備をする。
返す言葉はとっくに決まっている。
瞳を軽く閉じてラティのことを思い浮かべる。
「――っ! へ? え? は?」
ふにっと、とても柔らかいものが触れた。
把握できない状況に目を開くと、すぐそこに葉月の顔があった。
「やっぱ、教えてあげない」
「な、あ……?」
「私が帰らない理由は、教えてあげない」
そう言って恥ずかしそうに微笑む葉月。
俺はそれを見て前言撤回をする。
葉月がもっとも魅力的に見えるのは今だ。
真剣な顔以上のときがあった。
「じゃあ、ここでデートは終わりね。あ、さっきのは初めてのだからね。今日つき合ってくれたお礼」
「あ、ああ……」
葉月は弾むような足どりで去っていった。
それを見送る俺。
追うべきなのかもしれない。
――するために葉月は麦わら帽子を取っていたのだ。
あのままではマズい。
なのに、俺は動けずにいた。
「ぎゃぼうぅ、ラティに何て言えばいいんだ……」
懺悔する内容が増え過ぎた。
もう色々とヤクイ。
「……ん?」
ふと気が付くと、公園の中の人通りが少なくなっていた。
視界の先には――
「なっ!? 誰もいねえ!!」
あれだけ人通りが多かったのに、公園には誰もいなくなっていた。
居るのは俺一人だけ。
「くそったれっ!」
俺は全力で駆け出した。
嫉妬組包囲網を突破するために。
どうやらヤツらは、公園を封鎖後、そのまま包囲していたようだ。
嫉妬組がとった策は包囲滅殺陣。
百倍の戦力で相手を取り囲んでボコボコにする作戦だ。
しかもセーフティーゾーンである公爵家の方への守りを厚くしていた。
俺をそこへ逃がすつもりはなかったのだろう。
だが俺は、事前に荷物を外へと持ち運んでおり、その荷物を回収後、ノトスの街を脱出した。
その後はシータの村に身を隠し、ヤツらをやり過ごしたのだった。
こうして、葉月とのデートは終わった。
読んでいただきありがとうございます。
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