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魔王よりも……

遅れましたー

 ヤツがいた。

 深淵迷宮の白い悪魔がいた。


 もし、この異世界(イセカイ)で一番の強敵は誰かと問われたら。

 俺は椎名とシロゼオイ・ノロイの名を上げる。

 単純な強さもそうだが、ヤツには格を感じさせる強さ(モノ)があるのだ。

 

 武人のような空気というべきか、強者の風を纏っているとでも言えば良いのか、ヤツからは誇りのようなモノを感じた。

 正直なところ、シロゼオイ・ノロイは単に湧いた魔物ではなくて、武を具現化させた何かだと思う。



「なるほどのう、アレが噂の白い悪魔さんか」

「へ? え? ららんさん!? 何でこんな所に!?」


 ひょっこりと顔を出して来たのはららんさん。

 ここは入り口から近いのだから、この場に来ることは確かに可能だ。

 だがしかし、冒険者でもないららんさんが居ることに俺は驚いた。


ジン(・・)さんの戦いを見たくてのう。ちょっと無理を言って通してもろうたんや。丁度良いところに来たかもかのう」

「ららんさん……何を危ないことを」


 通したのは【トレプ~】の連中だろう。

 付加魔法品アクセサリー関連でららんさんにはお世話になっているはず。だからららんさんのワガママを止めることができなかった。

 ジトリと目を向ければ、何人かのヤツが目を逸らした。


「ふむ、レベル124。シロゼオイ・ノロイ・オーバーエッジ・タイプ2か。妙に長い名前やの」


 ヤツを【鑑定】で見たのか、ららんさんはヤツの名前を口にした。


「やっぱ亜種か」


 目の前にいるノロイは、深層階で遭遇したヤツよりも禍々しい棘を生やしていた。

 身体は一回り小さいのに、纏っている威圧感(オーラ)は深層に居たノロイ以上。


 ハッキリ言ってヤバい。

 頭の中では警鐘が鳴り響いているし、白いケーキ野郎がいるのだから何をやってくるのか分かったものではない。

 俺はさり気なくららんさんを庇う位置に移動する。


「厄介……。くそっ、どうする――え!? は? はあああああ!??」


 ノロイ・タイプ2が白いケーキ野郎を引き裂いた。

 ウザったい上司を排除でもするかのように、寄ってきた白いケーキ野郎を禍々しい棘で黒い霧へと変えてしまった。 


「なんで……?」


 白いケーキ野郎に反抗した魔物を初めて見た。

 いや、あの白いケーキ野郎に逆らえる魔物がいるとは思わなかった。

 だが――


「アイツなら納得だな」


 想像してみれば簡単なことだった。

 あのノロイが、白いケーキ野郎にヘコヘコと従うとは思えない。

 白いケーキ野郎が寄って行ったのも、自分に従わぬノロイに腹を立てたからかもしれない。


 何となくだが、この考察は合っているような気がした。

 霧散していく黒い霧を悠然と眺めているノロイ・タイプ2。


「来るぞ」


 白いケーキ野郎が居なくなると、魔物たちが好き勝手に暴れ始めた。

 悠然と構えているノロイは別だが、先程までは隊列を組んでいた魔物たちが一斉にこちらへと向かって来た。ただ突撃してくる魔物たち。

 

「いったん退くぞ! サリオっ、アレを頼む。テイシ任せた」

「了解してラジャですっ!」

「ん、了解」


 レプソルさんが一時撤退の指示を飛ばす。

 白いケーキ野郎はもういないのだ、魔物側の都合で動く必要はない。

 サリオをテイシが抱え、サリオを移動砲台扱いにして俺たちは後ろへと下がる。


 放出系WSでは立ち止まる必要があるが、サリオの魔法の場合は抱えれば良いので、サリオの魔法《炎の斧》を盾にして道を引き返す。


「下がれ下がれっ、下がれーーー!!」

「わっ、わっ! 陽一君!?」


 俺は葉月を抱えて下がれと叫びながら走った。

 撤退に大事なのは殿(しんがり)と後退する速度だ。

 走らせるよりも抱えた方が速いと判断した俺は、彼女を抱えて全力疾走した。


 葉月が驚きの声を上げているが、いま緊急事態、少々我慢してもらう。

 

「おっほ~♪ これは楽チンやのう」


 すぐ横では、スペシオールさんに抱えられたららんさんが楽しそうな声を上げていた。抱えられている理由は葉月と同じ。


「オラオラっ! 野郎ども退くぞー。そんで次の角で一回仕掛けんぞ! いいな」


 俺たちは退きながらも、ノロイとの距離が取れたら攻撃を仕掛けた。

 所謂一撃離脱(ヒットエンドラン)戦法。

 相手は愚直なまでに追ってくるのだ。その戦法を取らない理由はない。

 退いては攻撃、また退いては攻撃を繰り返す。


 しかし――


「そろそろ時間だ。ジン、行けるか?」

「了解」


 安全策の一撃離脱戦法でずっと押し通したいところだが、あまり時間を掛けてはまた魔石魔物が湧いてしまう。退きながらでは魔石の回収ができないのだ。

 それに、魔石と一緒に【大地の欠片】が落ちている危険性だってある。


「ジン、被害を出したくない。悪いが頼むぞ」

「……ああ、分かってる」


 シロゼオイ・ノロイは超強敵。

 数で押せないこともないが、その場合は被害が甚大で、何人死ぬか分かったものではない。

 やるなら少数精鋭。それもとびっきりな少数精鋭が求められる。


「ジンが出るぞ! 他のヤツは露払いだ!」


 檄を飛ばすように指示が飛んだ。

 他の冒険者たちが戸惑う中、【トレプ~】の連中は即座に動く。


「……フォローを任せるぞ、葉月」

「うん、全部任せて」

「おう、陣内。オレも行くぞ」


「駄目だ、上杉。アイツは……ヤバいんだ」


 ついて来ようとした上杉を止めた。

 ノロイはガチのガチで強敵だ。とてもではないが上杉をフォローしながら戦える相手ではない。


 ヤツと正面でやり合うには椎名のように先読みができるチートの類いが必要だ。最低でも【直感】が必要。上杉は相性が悪すぎる。


 一応蒼月なら行けないこともないが、蒼月が真の力を発揮するのは上杉のフォローに回ったとき。

 上杉の動きに合わせ、上杉の隙を潰すように動くことに長けている。

 だから俺とコンビ組んでも微妙だろう。


「司、ここはジンと葉月ちゃんに任せよう。自分たちは他のを狩ろう」

「ちっ、亮二がそう言うならわかったよ」


 蒼月に言われたためか、思ったよりも素直に引いた上杉。


「葉月、強化魔法は」

「全部掛けたよ」


「おし、行くぞ」

「うん」


 混戦気味の通路(戦場)を、俺と葉月は正面から突っ込んだ。

 ノロイ以外の魔物は他の冒険者たちに任せ、開けられた道を真っ直ぐ駆けていく。


「ハヅキ様はおらたちに任せろ」


 他の冒険者たちとは違う存在。 

 葉月の親衛隊であるシキのパーティが葉月の護衛についた。

 先頭を走る俺を守る気は微塵もないが、葉月は別とばかりに彼女を囲むようにして守っている。


「頼むぞ、シキ」


 ( これで完全に前に集中できる )


 シロゼオイ・ノロイは難敵。

 中途半端なフォローは逆に邪魔になる。――だが葉月は別だ。

 彼女が魔王戦のときに見せたフォローは信用に値する。

 

 葉月のフォローは、俺が欲しいと思ったフォロー(モノ)を察して用意するタイプのフォロー。

 俺の動きに合わせてフォローするラティとは違ったタイプのフォローだ。


 どちらの方が優れているかと言えばラティの方だが、俺が単独で戦う場合は葉月の方が優れているだろう。


「頼むぞっ!」


 大袈裟に吼えながら、狼の仮面を投げ捨てて一気に距離を詰める。

 少しでも視界を確保したいし、面倒な貴族連中への義理はもう果たした。

 そして何より、こんな舐めた仮面をしたまま戦える相手ではない。俺は黒鱗の面当てを付けた。


 あと少しで間合いに入る。

 当然ヤツは、俺を迎え撃つべく例の攻撃を放ってきた。


 肘に生えた棘を地面に叩き付けた散弾攻撃。

 地面に叩き付けられた棘が、指向性対人地雷のように襲い来る。


「コルツォ!!!」


 障壁が俺の目の前に、弾け飛んだ棘を塞ぐように展開された。

 ガガガと障壁に禍々しい棘が突き刺さる。

 立て続けに棘が突き刺さった六角形の障壁は、音を立てずに崩れ去った。

 だが、その役目はしっかりとこなし切った。


「――らああっ!」


 冒険者で言うところの”カリバー”。

 前方を吹き飛ばす攻撃を防がれたノロイ・タイプ2との距離を完全に詰め切った。俺は自分の間合いへと踏み込んだ。

 

 ヤツの腕を狙った振り下ろしを放ち、ヤツの反撃を許さない。


 ( 一気に押し切るっ )


 槍がしっかりと届く間合い。しかも相手に後手を取らせた状態。

 ヤツはこの間合いを嫌がって後ろへと距離を取るかもしれないが、後手を取った状態で後ろへと下がるのならば、また距離を詰めれば良いだけ。


 今の(・・)俺ならそれができる。


「させっかっ!」


 予想通り距離を取ろうとしたノロイを追う。

 禍々しい棘による凶撃を掻い潜りながら、再び距離を詰めた。

 視界の隅には葉月が張った障壁がチラチラと見える。


 障壁が張ってある方向からは攻撃が来ない。

 俺が注意すべき方向(選択肢)がどんどん減っていく。

 前へ、前へとより集中できる。


「だああっ!」

『――!!!』


 一合、二合と切り結んでいく。

 相手の腕は二本、足も俺と同じで二本。

 どこかの亜種のように複数の腕がある訳ではない。いくら速かろうと手数には限界があるし、その先を読み切ることもできる。


 【迅閃】以外の【固有能力】をフル稼働させて追い詰めていく。

 観察と【神勘】でヤツの動きの読み切る。

 【加速】のおかげで相手に後れを取ることはない。


 葉月の障壁が俺を守るだけではなく、ノロイ・タイプ2の攻撃を阻害し始めた。


 展開された障壁がヤツの動きを阻害する。

 満足に棘を振るえずに、ヤツは少しずつ追い込まれていく。

 あと数手で詰みだ。俺の槍は間違いなくヤツの喉を貫くだろう。

 だから――


「――きた」


 ノロイ・タイプ2は、ぐるんと前転宙返りをして(スパイク)つきの尻尾を振り下ろしてきた。腕、足以外の第三の攻撃方法。

 

「これでっ、詰みだ!!」

『――っ!!!』


 俺はそれも読み切った。

 最小限の動きで横へと躱し、振り下ろされた尻尾に槍を突き立てる。


 これでヤツは後ろへと退けない。

 それどころか尻尾を押さえられた状態だ、もう満足には動けないはず。

 ヤツが尻尾を切断して逃げるなどの判断を下す前に勝負をかける。


 温存していた【迅閃】を発動させて一気に距離を詰める。


「これでっ!!」


 槍はヤツを縫い止めるために使ってしまった。

 腰に佩いている木刀では致命傷に届かない。

 だから両の手の小手に力を込める。


 結界の小手は数々の大物を屠ってきた。

 楔を伸ばし、ヤツの脇腹を目指して――


「――!?」


 障壁を強引に引き裂いて、禍々しい棘が振り下ろされてきた。

 ここにきて亜種の矜持でも見せたのか、その一撃は間違いなく必殺の類い。

 木刀で防ぐという選択肢はある。後ろへと退くという選択肢も一応ある。


 しかしそれを選べば間違いなく届かない。

 それに、後ろへと下がっても避け切れない気がした。

 あの禍々しい棘、七支刀のような棘はきっと伸びて俺を捉えてくるだろう。


「――ぐっ!」 


 怯みそうな程の激痛を堪える。

 前へと踏み込むことを止めなかった俺は、右腕を深く抉られた。

 しかしこれで完全に懐へと潜り込んだ。


「ファランクス!!」


 咆吼とともに、幾何学模様が描かれた二枚の魔法陣が羽ばたいた。

 内から吹き飛ぶように消し飛んだノロイ・タイプ2の上半身。

 俺は、黒い霧へとなって霧散していくまで構え続けた。


 完全に霧散したのを確認した後、俺は大きく息を吐いて構えを解く。


「ふうぅ……」

「陽一君っ!!」


「ん? 葉月……え?」


 悲鳴のように名前を呼ばれ、何かあったのかと振り向こうとしたが、俺は右腕に妙な違和感を覚えた。

 その違和感を確かめるべく目を向けると、右腕が無かった。


「じっとしてて、いますぐ治すから」



 どうやら右腕は、トドメの結界攻撃に耐えきれなかったようだ。

 皮一枚で繋がってでもいたのか、結界発動時の衝撃で千切れて地面に転がっていた。


 葉月は転がった俺の右腕を怯えることなく掴み、すぐに繋げて魔法を唱え始めた。

 脳が痛みを麻痺でもさせているのか、魔法の温かさは感じるのに痛みは一切なかった。


「安心して、私が絶対に治してみせるから」

「……ああ、任せる」


 葉月なら後遺症など一切なく治してくれるだろう。

 俺はそれを何回も見てきた。

 だから彼女ならきっと治してくれると信じた。


「…………なんか、いつも葉月には世話になってんな」

「もうっ、そんなのは良いから」


「いや、ちゃんと礼をしないと駄目だよな。あれ? そういや前もそんなことを言ったことがあったような……」

「だったら、明日デートして」


「へ?」

「これをちゃんと治したら、明日ノトスの街で私とデートしてね」




「へ?」


読んでいただきありがとうございます。

宜しければ感想などいただけましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字も……

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