葉月が声掛け
いつも誤字報告ありがとうございます。
「交代の時間ですっ!」
「「「「「「「はいっ」」」」」」」
葉月の号令で冒険者たちが一斉に入れ替わる。
疲労の色を濃くしながらも、葉月に向かってサムズアップ的なポーズを取って下がる前衛たち。彼らは笑顔を全力で張り付けている。
そしてそれと入れ替わった次列の者は――
「っしゃああああっ、おれの出番が来たぜ」
「葉月様、本当の放出系WSってヤツをお見せしますよ」
「ふっ、俺の両手剣が魔物を倒せと吼えているぜ……」
「先手必勝っ、WSサイスラ!!!」
「あっ、てめえっ抜け駆けすんなっ! 秘伝WS”ババンストラッシュ”!」
「ならば私は、カラミティサイズ!」
超はっちゃけていた。
もうWS大会とでも言うべきか、放出系WSを放つ順番が回って来た次列の者たちは、少しでもアピールしようと超張り切っていた。目が血走っている。
「ん~~、なんか上手く行きそうかな……?」
ある有名戦国武将がやったと言われている三段撃ち。
俺たちはそれと似たようなことをWSでやっていた。
最前列の者は放出系WSをひたすら放ち、SPが少なくなってきたら次列の者と交代して後ろに下がる。
参戦した冒険者が多いので、この方法でゴリ押しが可能だった。
そして何よりも、聖女の勇者葉月の存在が大きかった。
彼女の神がかったカリスマ性とでも言うべきか、葉月に鼓舞された冒険者たちはいつも以上の力を発揮していた。
しかも――
「交代ですっ」
「「「「「「「はいっ」」」」」」」」」
我の強い冒険者たちが素直に指示に従っていた。
葉月に良いところを見せられる機会なのだ、『まだやれる』などと言って前線に残り続ける馬鹿がいると思っていた。
そもそも同じパーティ同士ではないのだ、どうしてもズレが発生するし、素直に指示に従わない危険性もあった。
実際にそういった場面を何度も見たことがある。
大規模防衛戦などでは、手柄を立てられる、稼ぎが美味しい場所に冒険者たちは集まっていく。
そしてそれは負けはしなくても苦戦へと繋がる。
しなくても良い苦戦を強いられ、真面目に残った者が馬鹿を見る展開。
だから今回もそういった懸念はあった。
いくらレプソルさんの指示と言えど、全員が素直に従う保証はなかった。
「本当に上手いな、レプさんは……」
指示を出しているのはレプソルさんだが、その号令を発しているのは葉月。
葉月に良いところを見せようすることを見越したレプソルさんは、その葉月に号令を出させることでそれを回避した。
聖女さまの指示に従わない馬鹿はいない。
レプソルさんは俺にそう言っていた。
「交代の時間です」
「「「「「「はいっ」」」」」」」
まるで魅了にでも掛かっているかのように従う冒険者たち。
( ――いや、掛かっているようなもんか…… )
葉月VS白いケーキ野郎。
そんな構図で戦闘が続く。
「む、出て来たか? 近接組、用意」
放出系WSが弾かれるのを見たレプソルさんは、即座に次の指示を出す。
そしてそれを見た葉月が――
「近接組が出ます。皆さん、退いてください」
「――ヤクイっ! 来るぞっ! 葉月」
葉月の号令で前を張っていた者が一斉に退いた。
しかし、その隙を狙ったかのように魔物から反撃が飛んできた。
一斉に放たれた黒いブレス。
黒く燃えさかる爆炎が通路を埋め尽くすように押し寄せてきた。
「コルツォ!!!」
複数の障壁が同時に展開した。
魔王との戦いのとき見せた、六角形の障壁が黒いブレスをせき止める。
聖女様とチヤホヤされている葉月だが、やるべき仕事はしっかりとこなす。この抜かりのなさが彼女の評価をさらに上げているのだろう。
黒いブレスは葉月の張った障壁に止められて、行き場を失ったかのように掻き消えていく。
「おうっ、いいか野郎ども! ブレスが止んだら一気に行くぞ!」
「上杉……」
近接組にしれっと交ざっている上杉。
ヤツは葉月の護衛を放棄して近接組の先頭に立っていた。
軽く溜息を吐きながらその上杉の後ろにつく蒼月。
どうやら止める気は無いようだ。
「おらっ! 突撃いいい!」
上杉の雄叫びとともに、近接組の冒険者たちが一斉に駆け出した。
その先頭を駆けるのは……蒼月。
「フラブレ!!」
圧倒的な速度で距離を詰めた蒼月は、勢いそのままにWSを放った。
カチ上げるように放った一撃は、狼男型の爪を大きく弾き上げる。
「司っ!!」
「おうよっ! ”葬乱!!」
両手を上げさせられた状態だった狼男型は、晒した脇腹を上杉の大斧によって真っ二つに引き裂かれた。
黒い霧となって霧散してく魔石魔物の狼男型。
その空いたスペースに、後ろにいた魔物たちが雪崩込んでくる。
「ウエスギ様とアオツキ様に続けええええ!」
まるで対抗でもするかのように冒険者たちが雪崩込む。
近接組のメンバーはほとんどが【トレプ~】のメンツだ。上杉たちに遅れることなく魔物たちと切り結ぶ。
「相変わらずだな」
葉月の護衛など知ったことかと突っ込んで行った上杉。
有言実行、上杉のフォローへと駆けて行った蒼月。
二人は本当に相変わらずであり、そのノリについて行った元陣内組のヤツらも相変わらずだった。
しばらくの間そのまま戦闘が続いていた。
しかしそれでは意味がない。大勢の魔物を相手に戦い続けるのは無理がある。
体力もそうだがSPや武器の消耗も激しくなる。そうなればちょっとしたアクシデントで命を落とすことがある。
なので当然――
「退いてくださいっ! 放出組に切り替えです」
葉月から指示が飛んだ。
放出系WSを防ぐ魔物を倒したのだ、先ほど同じように放出系WSで安全に削っていけば良い。
一気に退いていく近接組。
だが一人だけ――
「まだオレはイケるぜ! ここで一気に――ぐへ!?」
「ほら、監督からの指示はちゃんと聞く」
上杉が指示を無視することを読んでいたのか、蒼月は首根っこを掴んで上杉を容赦なく回収した。それを【トレプ~】の連中も手伝う。
「は、なせ、亮二」
「ほらほら、暴れるなって」
「――攻撃、再開です!」
近接組が退いた後、再び放出系WSによる砲撃が開始された。
そしてまたしばらくすると近接組の出番がやってくる。そんな攻防が約1時間ほど続いた。
「そろそろだな」
「うん、そうだね」
俺と蒼月の視線の先には、他の魔石魔物とは体躯が明らか違うヤツがいた。
身体は一回り大きく、腕の数も4本ほど多い狼男型の魔石魔物がいた。
腕の数が多くなるのは亜種の特徴だ。
ヤツが今回の騒ぎの発端となった魔石魔物だろう。
そしてその魔石魔物がいるということは、その近くに白いケーキ野郎もいるはず。
白いケーキ野郎の行動目的は自身を守ること。
逃げるなどの行動で自身を守ることはないが、ヤツは護衛を付けることで自身を守る習性がある。
いままでの経験上、裏をかくなどの奇襲はほぼしてきたことがない。
常に守りをガッチリと固め、ある意味正攻法とも言える策を取ってくる。
ダンジョンの通路を利用した戦い方。
縦に長い通路に陣取り、横に避けられない状態で黒いブレスなどを放ってくる戦法。
防ぐ手段が無ければ脅威だが、障壁を張れる者が居ればさほど脅威ではない。
WSと同じで、あのブレスはそこまで連打することはできない。ブレスを放った直後に距離を詰めてしまえば良いのだ。
そして自身を守る習性の特徴の一つに、白いケーキ野郎は一番近くに一番強い魔石魔物を護衛としてつける傾向がある。
だから亜種の近くに白いケーキ野郎がいると睨んでいた。
まるで守護騎士のように、六本腕の亜種を侍らせていると思っていたのだが――
「……居ない?」
「ああ、見えないな。いつもなら居るんだけど」
観測役のホークアイも居ないと言ってきた。
彼は地面に這いつくばって下からも確認もしているので、俺よりもしっかりと確認している。
そのホークアイが居ないと言ったのだ、白いケーキ野郎はもっと奥の方か、もしくは別の場所に退いているのかもしれない。
「だけど、魔物の統率はとれているよな」
「ああ、乱れている感じはしないな」
統率がとれているということは、そこまで離れている訳ではないはず。
もしかするともう少し後ろの方に居るのかもしれない。
――しかしそうなると……
六本腕の亜種よりも強い魔物が居るってことか?
亜種よりも強い魔物――なっ!!?
一瞬、白い影が見えた気がした。
滾らせたような真っ赤な目をした白い影が。
「おいおい、ここは上層だぞ? ふざけんなよ。ここは下じゃねえんだぞ」
「あん? よう陣内。どうした、んな顔をして。さっさと倒しちまおうぜ」
俺の顔を不思議そうに覗き込んで来た上杉。
コイツの言葉に従うように、放出系WSが一斉に放たれた。
色取り取りの光の奔流が魔物を押し流さんと着弾する。
黒い霧がかき乱されるようにして散っていく。
いまの攻撃でかなりの数の魔物が黒い霧へとなって霧散した。
間髪入れず、近接組が特攻する。
統率がとれているとはいえ、こちらの戦力は圧倒的。
六本腕の亜種が、上杉、蒼月、テイシによって討ち取られた。
亜種の撃破に勢いづく近接組。
大物である亜種を討ち取ったのだ。
油断した言い方になるかもしれないが、あとはどうとでもなる。
白いケーキ野郎は確かに厄介だが、あれは周りに強い魔物が居て力を発揮するタイプの魔物だ。
「おっしゃああ、このまま一気に押しきんぞぉ!」
「下がれええええええええええええええええええええええ!!!」
俺はあらん限りの声を張り上げた。
チリチリと、ぞわりと、ぶわりと、嫌な予感が全部やってくる。
もうこれは予感ではなく、確信に近い直感。
「あん? 何を――って、だから、また何で!?」
「司っ、下がるぞ!」
蒼月が再び上杉の首根っこを引っ掴んだ。
上杉以外のヤツは、俺の警告を微塵も疑わずに即行動していた。
退いてくる近接組を守るように障壁が次々と展開されていく。
まるで防火用のシャッターが降りてくるかのように、次々と障壁が展開され、その障壁に赤黒い棘が突き刺さっていった。
「やっぱ、いやがる! くそったれが!」
葉月が障壁を咄嗟に張ってくれなかったら危なかったかもしれない。
赤黒い棘が深く刺さった障壁が割れていく。
実際には聞こえないが、バリンバリンと破砕音でも立てるように、次々と障壁が割れていく。
そして障壁が割れて見通しが良くなったその先には、予想通りのヤツが立っていた。
白いケーキ野郎とは違う、白色。
闇の中に滲むような白。淡く、だが存在感を強く感じさせる白色。
深淵迷宮の白い悪魔、シロゼオイ・ノロイが立っていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字報告も……