責任と覚悟
勇ハモ、ゲス部です。
男は、特注品の馬車に揺られながら目的地へと向かっていた。
顔を仮面で隠した物々しい護衛に守られながら、麗しく愛らしい女神を破落戸から救うために、特注品の馬車を走らせていた。
「やっとだ、やっとチャンスが巡って来おったわい」
――この機を逃すものか、
必ず組み伏せてみせるぞ女神様っ!
「……そもそも、五神樹などの若造に任せたのが間違いだったのだ。私、自らがやるべきなのだ……大司祭である私がっ」
ぶつぶつと、独りごちている男の名はヨクジロウ。
ユグドラシル教の大司祭であり、六つある派閥のうちのトップの一人。
「くく、早う愛でてやりたい」
男はそう言ってケバケバしく豪奢な寝具を撫でた。
この特注品の馬車の車内には、大人が5人ぐらい横になれるほどの寝具が敷かれていた。
壁には棚が設置されており、そこには香油や媚薬といった、そういった品がビッシリと並べられていた。
早い話が、そういった目的のために作られた特注品の馬車だ。
『……大司祭様。そろそろ到着いたします』
「……」
御者台から到着の声が聞こえてくる。
男は静かに目を瞑り、これから行うことに胸を躍らせた。
「ああ、もうすぐだ。もうすぐでコトノハ様を私のモノにっ」
事の発端はこうだった。
最弱、風前の灯火ともいえる派閥から出された、ある提案が始まりだった。
『女神の勇者様を【聖女】として迎えるというのは、どうでしょうか?』
五神樹を立てることができなかった派閥が、そんな提案を出してきた。
その案はどの派閥も考えていた。
ハヅキには三年間色々と働きかけていたが、教会が望む良い返事はもらえていなかった。
しかしだからと言って彼らは強硬手段を取ることはできなかった。
教会はそれで非常に痛い目を見たことがあった。その一件のおかげで教会の地位はいまだに大きく揺らいだまま。
正直手詰まりだった。
だから他の勇者を聖女として迎え入れるという案は誰もが考え始めていた。
しかしそれを口にするということは、聖女を蔑ろにすると取られかねない。皆、口にすることはできなかった。
ある意味、発言をした派閥は敢えて泥を被ったとも言えた。
その発言によってユグドラシル教は動くことができるようになったのだから。
「……ふん、出し抜かれるものか。私がもらうのだ」
その後、教会は大きく動いた。
どの派閥も言葉を獲得するために様々な行動を開始した。
彼女を迎え入れるためにはどうしたら良いかなど、派閥ごとにあらゆることが検討された。
そしてそんな中、一つの派閥がとんでもないことを考えた。
言葉を”手籠め”にすれば良いと……
勇者が遺した文化の一つ『手籠め』
何代目が遺したのか今は不明だが、そういった交渉方法が存在した。
そして最悪なことに、その手籠めには成功例があった。
勇者が堕ちたことがあったのだ。
だからエウロスの嫡男であったリュウシンも、己の【固有能力】を信じて行動に移そうとした。結果は酷いことになったが……
だがしかし、成功例が存在するという事実もあったのだ。
「くく、私は絶対に失敗するものか。必ずやコトノハ様を組み伏せて……くはははははははっ」
男はこれからのことに思いを馳せ、とても下卑た笑い声をあげた。
奇しくもこの大司祭は、リュウシンと同じ【固有能力】を持っていた。
だから全く疑っていなかった、堕とせぬことはないと、自分の方が遥かに上だと……
『大司祭様、しばらくお待ち下さい。護衛の者がやられ次第我々が動き、即座に雇われた者を始末してまいります』
馬車が止まり、御者台からそう声が降ってきた。
始末とは口封じのことだ。
「……うむ、しくじるなよ」
『はっ、仰せのままに』
――くはっ、くははははははっ、
出し抜いたぞっ! 他のヤツらを出し抜いてやったぞ!
フラムがぐだぐだ言うかもしれんが知ったことかっ! 知ったことか!!
「――あの勇者様は私のモノだっ!」
事は、大司祭が望んだように進んでいた。
本来葉月や言葉には屈強な護衛が付いている。
高レベルの冒険者たちが、彼女たちに付き従うようについているはずだった。
だが男の策が上手くいき、護衛の数は本来よりも遥かに減っていた。
普段は三雲組に守られている言葉だが、今は偽りの情報によって誘き出されていた。
魔物討伐の依頼を受けている三雲組に、彼女たちが目に掛けている狼人の子供、”乙女たちの愛娘”が不慮の事故で危篤だと知らせたのだ。
上手く行かず失敗する可能性はあった。
討伐の依頼を蹴り、三雲組全体で引き返す場合だってあった。
しかし男はその賭けに勝った。上手いこと言葉を三雲組から切り離せたのだ。
受けた報告によると、今ついている護衛の数はたった4人だけ。
雇った破落戸の人数は30人を超える。
本隊から離れた言葉が乗っている馬車を襲うには十分な数だ。
いくら勇者の仲間と呼ばれる高レベルの冒険者であっても、30人を超える大人数が相手ではどうしようもないはず。
護衛の冒険者たちは間違いなくやられるだろう。
あとはそれを見計らってから助けに向かえば良い。
護衛を皆殺しにされた彼女は怯え憔悴し切っているはず。
そこへ助けに入れば後は……と、大司祭である男はそう計画していた。
あとは保護という名目で馬車に上げてしまえば良い。
多少の抵抗はされるかもしれないが、薬を使ってしまえばどうとでもなる。
大司祭はそう考えてほくそ笑んだ。
『大司祭様、終わりました』
「ほう、意外と早かったな。どれ、女神の勇者様をお迎えにあがるか。誰かっ、扉を開けろ」
『はっ』
馬車の扉が開き、大司祭はのっそりと立ち上がった。
みっともなく突き出た腹を邪魔そうにしながら、ゆっくりと階段を下る。
「……暗いな、森の中か?」
「はっ、やはり襲撃をするのならば、このような場所になるのかと」
「ふむ、まあいい。それよりもコトノハ様は? よもやお助けするのが遅れたということはないだろうな?」
「ぬかりは御座いません。無事に保護しております。こちらにお連れしているので、もう少しでお見えになるかと」
「そうか。もう少しで……お見えになるか。――くくっ」
実はこの大司祭、葉月よりも言葉の方を”聖女”にしたかった。
しかし【聖女】の【固有能力】を持っていたのは葉月の方。
だから仕方ないと諦めていたのだ。
「ああ、あの至高の丸みが私の手に……」
この大司祭はエウロス出身だった。
巨乳信仰が異常なほど根付いている、東のエウロス出身だった。
――くはははははっ!
勇者様の言葉で言うところの一石二鳥だっ!
私は新聖女様と同時に、至高の双丘も手に入れるのだっ!
大司祭は浮かれ切っていた。
そして歪み切ってもいた。
この男の好みは大きさだけでなく、伏し目がちな、所謂、内気で控え目な女性が好みだった。
パッチリとした瞳よりも伏し目がちな瞳の方が好み。
葉月を陽としたら言葉はどちらかと言うと陰。
そういった部分でも言葉はこの男の嗜好に刺さっていた。
大司祭である男はこれからのことを妄想する。
麗しく清らかな女神を組み伏せ、厚手の生地に覆われている二つの山を登るのだと……
「まあ、清らかさは無くなるか。くくっ」
「……」
組み伏せた後、彼女はどんな瞳をするだろう。
ボロボロと涙を流し、許してくれと懇願するかもしれない。
だがそれをねじ伏せて――と、男がそんな妄想をして滾らせているとき――
「大司祭様、本当に女神の勇者様を”手籠め”にするのですか?」
「――ああっ!?」
横にいる護衛の男が、大司祭に対して明らかに険のある声で問うてきた。
心地良い妄想を邪魔された大司祭は、その護衛を睨めつける。
「貴様、何を言っておる。当たり前のことだ。女神の勇者コトノハ様を手籠めにするのは決定したことだ。これは教会のためでもあるのだ」
――くだらん水を差しおって、
私の邪魔をするでない、痴れ者がっ!
……んん? 此奴、持っている獲物が槍だと?
黒い狼を模した仮面を被っている護衛の男は、右手に物々しい槍を持っていた。
現在教会にとって槍は忌避される武器。
ある黒い男を彷彿させる忌々しい武器。
いま教会では、【槍】を持つことを禁止とされていた。
だから大司祭は『はて?』と思う。
そして次に思うことは、このような仮面を被った者が護衛に居ただろうかということ。
「お前は……?」
「大司祭様、再度確認です。――本当に言葉を襲うつもりか?」
「貴様っ!! 誰に向かって口を聞いておいる! この大司祭ヨクジロウに向かって。これは決定したことだ。いや、私が決めたことだ。逆らうことは決して許さんっ。しかも勇者様のことを呼び捨てにしおっ――」
――ゴトリ。
――――――――――――――――――――――――
「ジンナイ、それはオレらがやるって言ったつもりだが?」
「……いや、これは俺がやるべき……。言葉たちの、責任を取ると言った俺がやるべきことだ。だからやっただけだ」
「ふ~ん、まあ、お前がそう言うならそれでいいけどよ。おいっ、コレを埋める穴は掘れてっか? 結構デカい穴が必要だぞ」
少し離れた場所から『おおっ』と返事が聞こえる。
そんな中俺は、あるモノを見下ろしていた。
「……馬鹿が」
地面には大司祭だったモノが転がっていた。
俺の一閃にて首を刎ねられた身体は、だらしない腹をピクピクと痙攣させていた。
もうしばらくすれば完全に動かなくなるだろう。
「ったく、浮かれ切ってしょうもねえヤツだったなぁ」
「まあ言ってやるな。まさか自分が踊らされていたなんて微塵も思ってねえだろうからな」
穴へと運んでいるヤツらがそんなことを言った。
この男は、全てが自分の思い通りに進んでいたと思っていたのだろう。
他のヤツらを出し抜き、秘密裏に言葉と接触、そして彼女を手籠めにするための用意。
それらが全て順調に進んでいたと思っていたのだろう。
しかしそれは違う。
今回の件は、全てギームルの計画通りに進んでいたのだ。
言葉が少ない護衛だけで移動しているというのは嘘。
雇ったという30人の破落戸も偽り。
大司祭の護衛についていた者たちは全てギームルの手の者。
誘き出されたのは言葉ではなく大司祭だったのだ。
この異世界では、森の中で起きたことは誰も知らぬことになる。
大司祭は突然姿を消したことになるのだろう。
最後の問い、俺が最後に訊いた質問の返答が違ったら生きられたのに……
「よう、ジンナイぃ。平気っしょ?」
「ああ、大丈夫だ」
バルバスが心配そうな声をかけてきた。
死体を見つめていた俺が心配になったのかもしれない。
確かに首を刎ねたときの嫌な感触を拭いたいとは思っている。
しかしこれは俺が決めたことだ。
葉月と言葉に害をなす者は容赦なく排除する。
俺はそう決めたのだ。
これが俺の責任の取り方。そして彼女たちを守るという覚悟。
帰るためのゲートを確保することだけが”責任を取る”ではないのだ。
「あ~~あ、当分の間リティとモモちゃんを抱っこ出来ねえな」
リティたちのことを思い空を見上げる。
住んでいる森よりも低い木が圧迫感を感じさせる。
「ジンナイ、そろそろ撤収するぞ」
「ああ、いま行く」
証拠隠滅のために特注品の馬車が焼かれている中、俺たちはその炎から離れるように撤収したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……