聖女コトノハ様?
誤字報告、いつもありがとうございます。
ガレオスさんはちょっとした爆弾を落として帰っていった。
教会が、ユグドラシル教のヤツらが言葉を狙っていると、そう告げていったのだ。
この件は予想していた。
教会のヤツらが、なびかぬ葉月から言葉に鞍替えする可能性を。
葉月は魔王消滅後、元五神樹のシキを中心としたメンバーで構成された冒険者たちと各地を巡り、孤児を養っている教会へと訪問していた。
やっていることはマジで聖女様だ。
だがしかし、教会が望んでいる聖女としての仕事は全て断っていた。
教会側としては、そんな孤児への慰問よりも、教会が主催するパーティーに出席して欲しかったらしい。要は、聖女《葉月》を利用した寄付金集めだ。
政治に疎い俺でも何となく分かる。元の世界でも似たようなことはあった。
思えば選挙でも似たようなことがある。立候補者のアイドル化、もしくは元アイドルを使うなどの、そういった客寄せパンダ的なヤツだ。
しかし葉月は断り続けている。
だからいつか、教会のターゲットが言葉に向くだろうと予想していた。
葉月に匹敵する存在の言葉。
蘇生魔法の使い手であり、ユグトレントとの戦いのときに少女とロウを蘇生させた逸話は特に有名だ。霧島の手によって芝居にもなっている。
それだけ知名度が高く人気も高い彼女だ。
当然、ギームルもそれを予測しており、俺にある提案を持ちかけていた。
いや、持ちかけるというより、そうせざるを得ない提案を出して来やがった。
激しく動くであろう政治情勢をコントロールするために創設された組織。
組織名、南の風に入れと言ってきたのだ。
ギームル指揮の下、裏で暗躍する秘密組織ミストラル。
基本的には謀略策略計略略々と、権謀術数的な感じで行くらしいのだが、ときにはどうしても武力行使が必要。
しかしだからと言って、軍隊のような大所帯を抱える訳にはいかない。
組織の維持費は馬鹿にはならず、人が多ければ多いほど情報が漏れやすくなる。
それに大人数で動けばすぐに察知されてしまう。求められるのは一騎当千による少数精鋭。
正直なところ、そんな中二病的な組織には入りたくない。
マジで中二だ。
しかも俺のコードネームは黒い暴風一号だ、コンチクショウ。
しかし俺は、葉月と言葉の責任を取るために参加した。
現在この異世界では、勇者の装備品争奪と同時に、勇者本人の獲得の動きも激化している。
今まで勇者保護法で守られていたが、魔王消滅によってその保護法が大きく変わっていた。
まず大きく変わったのが、勇者の妊娠問題である。
勇者の使命は魔王討伐。
その妨げとなる妊娠は、魔王発生時期に重なれば一発レッドカードだった。
しかしその魔王はもういない。なのでその条項は無効となった。
もっと極端な例を上げれば、建前が整っていれば勇者を監禁しても保護法違反にならなくなったのだ。
完全に貴族側が有利な法律へと変わっていた。
正直なところ、野郎どもならどうなろうと構わない。
例えば、小山が誰かに孕まされたとしても俺は一向に構わない。
しかし葉月と言葉は駄目だ。決して看過することはできない。
それに近い行為も当然駄目だ。
だから俺はギームルの提案に乗った。
勇者に何かアプローチするのなら、まず”建前”が発生する。
それを事前に掴み、元から立てられていた計画に則りそれを実行する。
影の支配者ギームルは、教会を六つに分断する計画を画策していた。
諍いによる内部分裂を誘発させ、教会を派閥ごとに独立させる計画だ。
現在教会は、派閥同士の権力闘争はあってもユグドラシル教という枠には収まっている。
教会の今後の方針としては、葉月を聖女という御旗にして、それに全員が集う流れを作ろうとしているらしい。
御旗に人が集結すると言えば聞こえは良いが、実のところそれは違う。
御旗を握っている者の所に人が集まるのだ。
そう、御旗に人が集まるのではなくて、御旗を握っている者の意図した所に集められるのだ。
だからギームルは、その御旗の持ち手に揺さぶりをかけるつもりだ。
派閥のトップ同士が御旗を握るのではなくて、一人のトップだけが握り取るようにする、そう誘導するつもりだと明かしていた。
ギームルは常日頃から、公爵家と同等以上の力を持つ教会を潰したいと考えていたそうだ。
しかし潰すといっても容易ではない。
民からの信仰を一手に集める超巨大組織だ。公爵家よりも力が弱い王家にはどうすることもできなかった。
しかしここで転機が訪れた。
本来であれば聖女を獲得して一枚岩になる教会だが、今代はそれが叶わぬまま。
しかも数々の失態により教会への評価は下がった状態だ。
教会を潰す良い機会だとギームルは言っていた。
どこの世界でも大きくなり過ぎた宗教というモノは面倒な存在なのだろう。
何となくだが理解はできた。
まだ具体的な策は知らされていないが、この分だと近いうちに『エ』か『オ』の連絡が来ることだろう。
「あの、やっと寝付いてくれました」
「お疲れさま、ラティ」
家の前で思いに耽っていた俺に、中からやってきたラティが話し掛けてきた。
「昨日ははしゃぎ過ぎたからな」
「ええ、その反動が一度に来たようですねぇ」
「そうなる前に寝かすべきだったかな」
昨日、モミジ組のメンツに遊んでもらったリティは、あまりにはしゃぎ過ぎて熱を出してしまっていた。
体力の限界を超えるまではしゃぎ、しかもSPが枯渇するまで【天駆】をフル稼働させた。SP枯渇時の脱力感はなかなかくるモノがある。
要は、オーバーヒートとガス欠が同時に襲ってきたようなモノだ。
これを治すにはゆっくりと眠るしかない。
しかし軽い興奮状態でもあるため、あやしてもなかなか寝付いてくれなかった。
最終手段として、俺が軽く撫でてやって落ち着かせ、その後はラティがゆらゆらと抱っこをしてあやしていたのだ。
「きっと、嬉しかったのでしょうねぇ。皆様の好意に囲まれて、本当に嬉しかったのでしょうねぇ……」
「……なるほど、な」
遠い目をしてそう呟くラティ。
リティがあのとき感じたその心境は、きっとラティだけにしか分からないモノなのだろう。
そう、【心感】を持っていた者にしか分からない心情。
「……どうすべきか」
リティは、本当にラティとそっくりだった。
それは容姿だけの話ではなくて、内包する【固有能力】も同じだった。
俺たちの奇跡の結晶リティは、あの忌まわしき【蒼狼】をその身に宿していた。
「あの、わたしはあの子の意思に任せたいです」
「……」
どちらかと言うと戦闘民族であるラティは、忌まわしき【蒼狼】に対して理解を示していた。
さすがに全てを肯定する訳ではないが、【蒼狼】が内包している【固有能力】はとても優秀だ。
【心感】や【全駆】などは戦闘において本当に優秀であり、使いこなせばとても強力な【固有能力】だ。
だが一方で、弱体魔法に対して耐性がなくなるや、酒に酔い易くなるなどのマイナスなモノが数多くある。【蒼狼】の大きな欠点だ。
しかしそれらは、付加魔法品によって補うことができる。
雪の結晶の形をした首飾りなど、そういった物を装備することでバッドステータス系を打ち消すことが可能だ。
それに、立場によってはそこまでマイナスにならない【固有能力】もある。
例えば【魅了】。
誰彼かまわず惹きつけてしまう【魅了】だが、あれが大きくマイナスへと働いた理由は、ラティが狼人の奴隷だったからだ。
狼人というだけで迫害と差別をされ、奴隷であるため下へと見られる。
要は、何をやっても良い存在と見なされていたのだ。
本当にクソッタレな理由だ。
ラティのことを同じ立場、同じ冒険者の仲間と認識している者からは下手なことはなかった。
馬鹿な行動を起こすヤツらは、ラティに対して一切の敬意がないヤツらだ。
だからすぐ欲望に呑まれていたのだろう。
ならば、そうでない立場なら変わってくる。
極端な例を上げるならば勇者だ。
【聖女】には【魅了】の効果が含まれていると聞いている。
しかし葉月は、ラティのような酷い目には遭っていない。
立場が違えばそこまで酷いマイナスではない。状況によっては有利に働くことも多いだろう。
それに、他のマイナス効果のある【固有能力】だって新しい付加魔法品で何とかできるかもしれない。
「あの、ヨーイチさん、わたしは……」
「わかっているよ。ああ、分かっている……」
【蒼狼】には大きな不安がある。
だがその一方――
「リティの可能性を摘むような真似はしないよ。使いこなせれば最強の【固有能力】だ。だから、ちゃんとリティの意思を確認してからにする」
「はい、ありがとうございます」
「……それに、まだステプレを開けないしな」
ステータスを切り取る真ワザキリは、相手にステータスプレートを出してもらうという協力がないと切り取ることができない。
しかし赤子のリティはまだステータスプレートを出すことができなかった。
なのでこの問題はリティの成長待ち。
「――ェ――――っェ――」
「ん?」
家の中から何か聞こえてきた。
一瞬、目を覚ましたリティが泣き出したのかと思った。
しかしこの音は――
「あの、この音は……」
「ああ……来たみたいだな…………『エ』の合図が」
近いうちに伝令が行くの合図、『エ』の音が響いたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字もできましたら……