戻って来た
「いよう、ダンナ。ちょっと寄らせてもらいましたぜ」
「……ガレオスさん」
あれから約一週間後、俺の代わりに防衛戦へと向かったガレオスさんがやってきた。しかも今回は、モミジ組全員を引き連れて。
「いやぁ~、みんなが寄りたいっていいやしてねえ」
「……まあ、いいけど。でも、あれですよ、持て成しとかできないですからね」
「はは、それは期待していやせんぜ。あ、でもリティちゃんに会わせてくだせえ。みんなそれが目的でさあ」
やって来たモミジ組は、テキパキと手際よく野営の準備を開始した。
簡易テントや即席のかまどなどを設置。そして、馬鹿騒ぎができそうな場を作り上げた。
ここは世界樹がある聖域とも言える森。
魔物が湧くことはない。だから羽目を外した大騒ぎでもするつもりなのだろう。次々と酒瓶らしき物が並べられていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ダンナぁ、ここは本当に良い場所ですねえ~。えっと、『スローらいふ』でしたっけ? いや~のんびりできて何よりでさぁ」
いい感じに酔っ払っているガレオスさん。
だが、そこまで飲んでいる様子ではなかった。
たぶんだが、場に合わせた振る舞いとして酔っ払った振りをしているのだろうと思う。
「リティちゃん大きくなりやしたねえ。この前はもっと小さかったのに」
「一週間前に会ったばっかりでしょ。そこまで大きくなってないですよ」
「そうですかい? でもオレには大きくなったように見えやずぜ。あれでさあ、『毎日見ているから~』ってヤツでさぁ」
「そんなベタなことを言って……親戚のおじさんかよ」
俺とガレオスさんは、モミジ組の連中に囲まれているリティを眺めていた。
きゃっきゃっきゃっとあやされているリティ。
最初は戸惑いを見せていたリティだが、モミジ組の連中に敵意がないことを視て取ったのか、いまは完全に警戒を解いて楽しんでいる。
ストライカーに高い高いをしてもらってご満悦なリティさん。
「ん~~、ラティ嬢ちゃんにそっくりなのに、ああ言うところは全然似てないんですねえ」
「まあ、確かに…………そうかもですね」
リティの容姿は、母親であるラティに本当によく似ている。
俺の遺伝子はどこへ行ったと、そう思うほど母親とそっくりだ。
だからだろうか、ガレオスさんはよく笑うリティに違和感を覚えてしまうのかもしれない。
しかし俺としては、笑顔のラティをよく見ているので違和感がない。
「……あ~、うん。ダンナは見慣れていやすからねえ、ええ、ご馳走様でさあ」
「……」
心を見透かしたようなことを言ってきたガレオスさん。
俺は返答に困り、ふいっと視線を逸らす。
「おわっ!? あっぶねええ」
「おい、何やってんだ。ちゃんと受け止めろよ」
「危なかったなあ。落としたら殺すぞ」
リティが居る方から軽い悲鳴みたいなモノがあがった。
声に引かれてそちらに視線を向けると、先ほどまで高い高いしていたヤツが責められていた。
「マジでカクンってなったんだって。それで危うく……」
「お前が単純に落としそうになっただけだろ。なに言い訳を――」
( ああ~、あれか )
何が起きたのか把握した。
どうやら責められているヤツは、高い高いしているときにリティを落としそうになったのだろう。
どうもこの異世界では、歴代どもの影響なのか、”高い高い”をするときに軽く放り上げるのだ。
当然、俺はそんな危ない真似はしなかった。
だがしかし、リティは異世界式の”高い高い”が大好きなのだ。
どうやら視線が高くなるのが大好きなようだ。
俺はその異世界式高い高いを所望され、何度かリティにやってやったことがある。本当に楽しそうにするのだ。
だから俺は、責められているヤツの言い分が判った。
なんとリティは、一歳を迎える前から【固有能力】を発動させていた。
リティは、【天駆】の【固有能力】を発動させていたのだ。
「あ~~~、ストライカーさん。たぶんなんだけど、リティが【天駆】を使ったのかも。だから落下の軌道が……」
「「「「「「はああ――!?」」」」」」
ストライカーだけでなく、他のメンツも一斉に声をあげた。
あまり詳しい訳ではないのだが、【固有能力】はもう少し成長しないと使えないモノらしい。
早くても6歳、遅い子では10歳ぐらいからだとか。
しかしウチのリティちゃんは優秀なので、いや、超優秀なので一歳を迎える前から発動させていたのだ。
あまり転ばない子だと思っていたのだが、どうやら【天駆】が発動していたため転ばなかったのだろう。
スゲェ~スゲェ~言いながら、高い高いを再開するモミジ組のメンツ。
3人体制で高い高いを始めた。取りこぼすことがないようにしている。
俺はそれを眺めながら当時のことを思い出す。
高い高いをしていたある日、放り上げられて嬉しそうにしていたリティが真っ直ぐに落ちてこなかった。
何か見えない段差にでも当たったかのような、そんな感じで軌道を変えたのだ。
最初は何かの間違いかと思った。
しかし、リティのバタつく足に合わせて軌道が変わっていた。
他のヤツだったらすぐには気が付かなかっただろう。
だが俺は違う。それを何度も見てきた。
それを常に見続け、それを常に追い、それに導かれてきたのだ。瞬迅ラティの【天翔】に……
「へえ、もう【天駆】を? さすがはダンナの子供でさぁ」
「ああ、【天駆】の方だ………………と思う」
「あ、あの……」
「うん? どうしたラティ?」
リティの側に居たはずのラティがいつの間にか隣に来ていた。
彼女はおずおずとある方向を示す。
「あの、あそこに居られる狼人の子は……?」
「んん? ああ、ウーフか」
「狼人の……子供?」
モモちゃんよりも少し年上、茶色の髪の男の子が隠れるようにしてリティを見つめていた。
「ガレオスさん、何であんな小さい子供がモミジ組に? あっ、誰かの子供とか?」
「いや、ウチのヤツらの子供じゃなくて…………この前の防衛戦で一緒に戦ったヤツの子供でさぁ」
「……まさか」
「ええ、そのまさかです」
ガレオスさんは、ウーフを引き取った経緯を語ってくれた。
俺の代わりに防衛戦へと向かったガレオスさんたち。
防衛戦でモミジ組から犠牲者は出なかったが、防衛戦に参加した冒険者からは多数の死傷者が出たらしい。
魔石魔物級が数多く居たというのに、手柄を求め前へと出過ぎた者が多かったそうだ。
要は、常勝無敗のモミジ組がいる、ならば余裕と勘違いしたヤツらが多かったということだろう。
力量に見合わぬ特攻など死を意味する。
そんな特攻をした者の中に、狼人の少年ウーフの父親が居た。
回復魔法が間に合わず事切れる中、その父親はガレオスさんにウーフを託したそうだ。『息子をどうか頼む』と……
自分たちに非がある訳ではないが、ガレオスさんは引き受けた。
ガレオスさん曰く、丁度良いから小間使いにするのだとか。
ここからは俺の想像だが、ガレオスさんのもとには雑用希望のサポーターなどが数多く来ているはず。
モミジ組に入り込もうと、そういったスパイのような者がいるはずだ。
アライアンスの運営には戦闘要員以外にも雑務担当が必要だ。
しかし深淵迷宮でも起きたように、害をなす者が入り込む場合がある。
だからウーフは都合が良かったのだろう。
( ガレオスさんなら無下にしないだろうしな…… )
「あっ、ウーフだけじゃねえですぜ。ほら、あっちにも」
「ああ、なるほど」
ウーフ以外にもそれらしき者たちがいた。
モミジ組の新メンバーかと思っていたのだが、ウーフと似たような形で拾われた者なのだろうと察することができる。
「もうちょい大きくなったら戦闘に出すかもですぜ。まあ、本人に意思の確認は取りやすがね」
「未来のモミジ組メンバーって訳ですか」
「そうなりやすねえ。おい、ウーフ、ちょっとこっちに来い」
ガレオスさんに呼ばれ、一瞬だけ戸惑いを見せたものの、意を決したような顔でやって来るウーフ。
「ウーフ、この人が孤高の独り最前線のジンナイだ。それと、瞬迅のラティ嬢ちゃんだ」
「……」
じっと見つめるウーフ。
つい先日親を亡くした子供だ。正直言って非常に気まずい。
コイツがさっき見つめていたのリティは俺たちの子供だ。色々と非常に気まずすぎる。
「いいか、ウーフ。オレに何かあったときはこの人を頼れ」
「……ガレオスさん。勘弁してくださいよ」
無茶ぶりをかましてくるガレオスさん。
確かに俺は、孤児となったモモちゃんとロウを引き取ったことがある。
だからとは言え……
「――いやだっ、おれはモミジ組のところに居る。おれはアンタのところに居たいんだ。拾ったんなら最後まで面倒みろよ」
強い瞳でガレオスさんを見つめるウーフ。
どうやらこの子は、ガレオスさんに対して強い憧れがあるようだ。
いっちょ前の顔でそう物語っている。
「へえ~そうか、そうか。ダンナ、フラれやしたねえ」
「いや、フラれるとか……まったく……」
その後、ウーフは他のヤツに呼ばれて仕事へと戻っていった。
元の世界では批判されることだが、この異世界では子供でもしっかりとした労働力だ。モミジ組は甘やかすつもりはないようだ。
「ああやって我武者羅に動いている方が良いんでさぁ」
「……なるほど」
容赦なくこき使っているのは、ガレオスさん風の気の使い方でもあるらしい。
「あ、そうだ。ダンナに伝えておくことがあったんでした」
「へ? 伝えておくこと?」
「ええ、確定って訳じゃないですが。教会のヤツらが、コトノハ様を【聖女】認定するかもですぜ」
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