伊吹の残したモノ~
復帰~~
『それじゃあ、行ってきやす』と、そう言って去っていくガレオスさん。
ヒラヒラと手を振るように、背負っていた大剣をブンブンと振っている。
黒から映える赤へと染まっている刀身。
刀身が紅葉色に染まっているということは、わざわざ魔力を通しているということだろう。
勇者伊吹から預かった|大剣《紅葉剣モミジ》。
ガレオスさんは伊吹のことを忘れないように、アライアンス名を伊吹組からモミジ組に変えた。
事の発端はこうだ。
『元の世界に帰った勇者たちのことを忘れてしまう』、そんな言葉が切っ掛けだった。
それを聞いたガレオスさんは、もしかすると勇者の名前を忘れてしまうかもしれない。そう思ったそうだ。
ならばこの大剣と同じ名前にすれば良い。
そういった流れでアライアンス名を変更した。
確かに伊吹と言えば大剣、とチビ巨乳。そんでもってたわわだ。
ならば大剣を冠した名前ならば丁度良いし、大剣の銘は彼女の名前。
だから本当に都合が良かったそうだ。
「……でも、苦労してんだよな」
遠ざかるガレオスさんを眺めながら呟いてしまう。
ガレオスさんは、伊吹が残した大剣が原因である騒動に巻き込まれた。
現在この異世界では、勇者たちが使っていた物を収拾、いや争奪戦が始まっていた。
元の世界へと戻った勇者の物や、不幸な事故によって異世界に残っている勇者たちの所持品を、まるで聖遺物のように敬い、貴族たちが競い集め始めたのだ。
ある者は交渉。
ある者は貸していたのを返却してもらう。
ある者は地位を振りかざし。
ある者は盗みに入る。
ありとあらゆる手段を尽くす貴族たち。
そしてそんな中、一番の目玉商品となったのが【紅葉剣モミジ】だ。
勇者が使っていた剣は収集家の間では一番人気。
しかも紅葉剣モミジは、伊吹のために作られた専用武器であり、嗤う彫金師ららんさんの作品でもある。
その結果、価値が飛び抜けて高くなった。
ガレオスさんの元には連日連夜貴族たちが押し掛けたらしい。
中には圧力をかけて来た者や、交渉を断られたからと盗みに入る者もいた。
しかし相手は百戦のガレオスさんだ。
ガレオスさんはそれを当然予測しており、盗みに入った者を捕らえ、兵士たちに引き渡していた。
そして引き渡す際に、『この剣はイブキ様から預かった物。だから誰にも渡すことはできない』と、そう高らかに宣言した。
この宣言により、貴族たちは表立って交渉することができなくなった。
大剣の所有者は伊吹。ガレオスさんはそれを預かっているだけ。
だから譲渡することはできないと、そういうスタンスを取ったのだ。
だがしかし、それで諦める連中ではなかった。
今でも交渉に訪れる者はいるらしい。依頼主の名を伏せ、金をやたらと積んでくるヤツらがまだまだ居るのだとか。
中には権力をチラつかせてくる馬鹿もいるそうだ。
しかしチラつかせる程度ではどうすることもできない。ガレオスさん率いるモミジ組は……
「……最強の一角か」
ガレオスさん率いるモミジ組は、いまや誰もが知っているアライアンスとなっていた。ハッキリ言ってそこら辺の貴族よりも数倍発言力がある。
ガレオスさんにそっぽを向かれると、他の冒険者たちにも影響する。
それぐらいの影響力を持つようになっていた。
それを決定付けたのはある魔物大移動だ。
ゼピュロス周辺で発生したその魔物大移動は、規模は小さく、観測された当初は大したことないとされた。
そして、規模だけの報告を受けたゼピュロスは、その規模に見合った冒険者たちを派遣した。
しかしその規模が小さい魔物大移動には、複数のハリゼオイが交ざっていた。
結果、防衛戦に派遣された冒険者たちは半壊。
辛うじて全滅は免れたが、前に出ていた前衛はほぼ全滅という事態になった。
基本的に防衛戦では、放出系WSや攻撃魔法などの遠隔攻撃がメインだ。
しかしハリゼオイにはそれが通用しない。
WSと魔法はハリゼオイの爪によって引き裂かれ、前衛たちはあっという間に肉薄されて蹂躙。
これが急造の野良パーティではなく、ちゃんとしたパーティだったら違ったのだろうが、後衛は前衛を見捨てる形で逃げ出したらしい。
そしてその後、いくつもの村が魔物大移動に呑まれた。
この敗走にはいくつもの原因があった。
まず一つ目が、ハリゼオイの脅威度を正しく理解していなかったこと。
ゼピュロスのダンジョン竜の巣には湧かない魔物なので、ハリゼオイの特性を理解している者が少なかったのだ。
次に二つ目、戦術が遠隔攻撃メインだったこと。
これは一つ目と重なることだが、ハリゼオイに放出系は御法度。放出系が通じる相手ではないのだ。
そして三つ目、ゼピュロスには勇者と勇者の仲間がいないこと、
他の領地には勇者や勇者の仲間が数多くいるが、ゼピュロスの街には居ないのだ。
本来であれば、ゼピュロスに支援を受けていた勇者橘が、勇者の仲間となる者を育てていたはず。
だが橘はそれを行っていなかった。
しかも橘は元の世界へと戻っていった。
早い話が、複数のハリゼオイに対抗できる戦力を有していなかったのだ。
当然、すぐに討伐隊を編成した。
対応が遅れれば遅れるほど被害が拡大するのだから。
しかしここで問題が発生した。
冒険者特有というべきか、命懸けの仕事を生業としているというのに、命懸けの仕事からは逃げるのだ。ヤツらは分の悪い仕事は引き受けたがらない。
要は、半壊に追い込んできた魔物の群にビビったのだ。
もし冒険者にこの仕事を引き受けさせるのならば、半壊したという事実は黙っているべきだった。
そんな状況なので冒険者たちは集まらず、いよいよ強制的にでも召集しようとしたそのとき、ガレオスさん率いるモミジ組が参戦すると声をあげた。
勇者の仲間であるモミジ組が参加する、その情報が流れると一気に参加者が増えた。勝ち馬に乗れると考えたのだろう。
これによって無事討伐隊は編成され、魔物大移動は殲滅された。
正直、ガレオスさんはタイミングを見計らっていたのではと思う。
最高に高く評価されるときを待ち、そのときが来たから参加を表明した。
こうしてモミジ組の名は一気に広まり、同時にガレオスさんの名前も知れ渡った。
いまでは大剣と紅葉を描いたエンブレムを作り、それをアライアンスの旗としている。
どの領地にも所属せず、どこの領地へも向かう、そんなアライアンスだ。
今回の防衛戦でもきっと大活躍をすることだろう。
「あの、申し訳ないですねぇ」
「ん? ああ……」
隣にやってきたラティが、そう言って俺の手を握ってきた。
もう片方の腕には眠ったリティを抱えている。
優しい瞳で赤子を愛しむラティ。
彼女は、俺が行かなくて済んだことに感謝しているようだ。
「もう少し安定すれば良いのですけど」
「仕方ないさ、西には碌なヤツがいないからな。小山はボス戦用ってか、デカブツが相手ならいいけど、ハッキリ言って防衛戦には不向きだし、最近は東に行ってばっかりみたいだからなぁ……」
俺の言葉に少しだけ困った顔をするラティ。
だが、これは事実だ。正直言って小山は微妙だ。盾の勇者なのに防衛戦では微妙という……。ヤツは一度謝った方がいいだろう。
「ったく、北から少しでも流れてくればいいのに」
「あの、そうですねぇ……」
北に勇者はいないが、赤城が作った勇者同盟と、元黒獣隊であるストライク・ナブラがいた。
いまは合併してストライク・ナブラだけとなり、ボレアス周辺で発生した魔物大移動に当たっている。
戦力、練度、兵站ともに高水準のストライク・ナブラ。
勝ち馬に乗りたい冒険者は皆ボレアスへと向かっていった。
聞いた話によると、冒険者が溢れ、仕事に就けない者が出てきているのだとか。
だったら西に行けと思う。
しかし西は階段がとても高い。
冒険者にとって階段の料金の高さは死活問題だ。
その辺を上手くやればと思うのだが、聖地という誇りがあるためか値下げには踏み切っていないようで、どうしても冒険者が居着きにくい状態。
因みに、階段の料金の平均が一番低いのはノトスだ。
冒険者にとって一番住みやすい領地。俺は一度も行ったことがないが……
「料金が安けりゃあ、モミジ組ももうちょっと行くのに……いや、無理か」
俺は、ガレオスさんが西に居着かない理由を思い起こす。
ガレオスさんは、西の大貴族アキイシ伯爵を警戒している。
アキイシ伯爵は有名な収集家だ。
間違いなく伊吹の大剣を狙っているだろうし、あの大剣のベースとなった武器はアキイシ家の蔵にあった物と聞いている。
もしかすると、あの大剣は自分の物だと主張してくるかもしれない。
ガレオスさんが言ったあの宣言は、きっとアキイシ伯爵への牽制だったのだろうと思う。
ガレオスさんがいまだ騒動に巻き込まれている……
「……あっ」
ふと、もう一つの騒動を思い出した。
伊吹から大剣を受け取ったときに起きた、もう一つの大騒動。
伊吹からの『ほっぺにチュー事件』
当初は、制裁期間3クールという異例の長さだったが、何がどうなったのか、制裁期間は24クールという誤字みたいな期間になった。
定期的に開かれる制裁会。
嫉妬組のヤツらは本当に心が狭い。
だがそれと同時に――
( 忘れないようにしてるんだよな…… )
24クールというアホみたいに長い期間は、伊吹を忘れないための儀式だ。
何故制裁するのか、その理由をいつまでも忘れないように。
「……今度、俺も参加するか」
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……