世界の力の流れ
「聞かせてくれ……」
俺はそう言って世界樹の切株に手を添えた。
( ――って言っても、別に聞かせてくれる訳じゃねえんだよな…… )
世界樹が伝えてくるのは、酷く曖昧なイメージだけ。
磨りガラス越しに白黒のサイレント映画を見せられているような、とても解り難いモノだった。
最初はとても戸惑った。
しかし何度も見ていれば少しずつ解ってくる。
難解文章を何度も読み直して理解していくような、そんな感じで伝えようとしていることを拾っていった。
「…………そうか」
今回のアクセスで分かったことは、帰還ゲートの再出現にはあと2年は掛かるだろうということ。
初代勇者が言った二つのうちのもう一つ。
それは、帰還ゲートは何度も開くことができるということだった。
一度しか出現しないと思っていたゲートだが、実は何度も出現させることが可能であり、俺は次にゲートが出現する時期をラーシルに聞きに来ていたのだった。
そもそも帰還ゲートとは、初代勇者が作り出したモノというより、この異世界が異物を排除するために出現させていたモノだった。
異物とは召喚された勇者のこと。
勇者が大勢来ればこの異世界は崩壊する。
だから帰還ゲートは、この異世界を守るための浄化作用とも言えた。
要は、初代勇者はその浄化作用を利用して帰還ゲートを出現させていた。
もう少し細かく言うと、魔王を倒したときに発生する”力”の残滓を利用して帰還のゲートを形成していたのだ。
だから魔王を倒した直後でないと帰還のゲートを作り出すことはできない。
しかし今は――
「ラーシル……」
「あぷぁう?」
「ああ、この異世界の神様みたいなモンだよ。あの木刀は」
不思議そうに木刀を指差したリティに答えてやる。
俺の相棒、世界樹の木刀は元の場所へと戻っていた。
そもそも世界樹とは、地中に渦巻く”力”の流れを調整する機関のようなモノだ。
しかし初代勇者が、発生した魔王を倒すために切り倒してしまい、世界樹はその役目を果たせなくなっていた。
当然、魔物が無秩序に湧くようになってしまったらしい。
だから初代勇者は、魔王の発生の調整、湧き出す魔物を調整するため、仲間の精神を魔石へと宿し、己自身を楔にして異世界の狭間に縫い付けた。
だが今代が、魔王を消滅させるために精神が宿った魔石を全て回収し、念願であった魔王消滅を成し遂げた。
ならば世界樹の木刀は元の場所へと戻るべき。
世界樹の木刀としての役目は終えた。彼女は本来の役目へと戻る必要があった。
俺は、初代勇者と協力して世界樹の木刀を切株へと還した。
そして――
「……頑張れよ、ラーシル」
現在、木刀型世界樹はフル稼働中。
”力”の流れを1300年の間放置していたようなモノだ。それを元に正すのは容易ではないのだろう。
精神の宿った魔石も調整していたとはいえ、どうやらあれは取り繕っていたようなレベルのモノらしい。
だから滅多に起きることのない魔物大移動がよく発生していたのだとか。
魔物大移動とは、処理しきれなかった”力”が引き起こす現象。
精神の宿った魔石では追い付かず、特に魔王が発生する時期は頻繁に発生してしまっていたらしい。
「あと50年は乱れたままか。都合良くいかないもんだな」
ラーシルから伝えられたことによると、乱れきった流れを正すには長い時間が必要だとか。
それはそうだろう。
1300年もの間離れていたのだから……
しかも世界樹として完全に戻った訳ではない。
いまの世界樹の姿は、木というよりも突き刺さった木刀だ。
時が経てば元の大木に戻るそうだが、それには気が遠くなような刻が必要。
ラーシルからの情報によると、取り敢えず落ち着くまで最低でも50年。
それまでの間、魔物が頻繁に湧き、そして魔物大移動が数多く発生するとのこと。
そう、この異世界は、全てを腐食する魔王という脅威は去ったが、新たな問題が発生していたのだった。
以前よりも魔物が多く発生し、ときには魔石魔物級も……
「まあ、アイツらがいれば何とかなるか……」
俺は、共に戦ってきた冒険者たちのことを思い出す。
魔物の排除は冒険者たちの仕事であり領分。
兵士や騎士たちはどちらかというと対人。犯罪者や盗賊など人を取り締まるのが仕事だ。
魔物と戦えない訳ではないが、魔物が相手の場合はやはり冒険者よりも劣る。
いまこの異世界では、魔物と戦える冒険者が強く求められるようになっていた。
ちょっと前までは、冒険者たちはいくらでも湧いてくる消耗品。
都合が良いときに頼り、そうでないときは何処かへ行っていろという風潮だった。
それはまあ何となく分かる。
冒険者たちは基本的に荒くれ者が多い。
一般の人から見れば怖い存在だろうし、冒険者を頼りにしていない者にとっては不必要な存在だ。
だが、安全が脅かされてきた現在。
どの領地も、有能な冒険者を集めるようになっていた。
以前からそういう流れがなかった訳ではないが、以前よりも遙かにそれを求めるようになった。
ノトス公爵のアムさんは本当に上手いことをやった。
冒険者争奪戦が激化する前に、陣内組を既に取り込んでいたのだから。
そして、サリオという貴重な存在も確保した。
サリオはアムさんにとって妹なのだから、確保という言い方はおかしいのかもしれないが、やはり確保という言い方の方がしっくりくる。
「……いや、ららんさんと思惑が一致したとも言えるのか?」
「あぶぅ?」
「ん? ちょっと思い出していただけだよ、リティ」
ふと、サリオたちが帰っていったときのことを思い出す。
葉月、言葉、ららんさんは帰っていったと表現していい。
だがサリオは、どちらかと言うと連行に近かった気がする。
休日を取ってここに来ていたが、その休日が切れたので陣内組のメンツが連れ戻しに来た。
『仕事が待っている』と言われ、陣内組のテイシによってほぼ強制的に連れていかれた。
「あ~、いまは【トレプ~】か……」
ノトス所属の冒険者連隊、アライアンス名トレジャーシップ。
通称”トレプ~”。
俺がいた陣内組は、俺が抜けたことによってその名称を変更した。
もう俺がいないのだから、確かに陣内組は不自然だろう。
「……時代の流れだな」
「う? あぷぅうう、うう」
「うん? ああ、一緒だね」
思いに耽っていたら、リティが突き刺さっている世界樹の木刀と、俺の腰に佩いている木刀が似ていることに気が付き、その二つをしきりに指差していた。
『一緒? 一緒?』と訊いているのだろう。
「いいか、リティ。この木刀はね、この場所に来るための鍵みたいなモンなんだよ。だからこの木刀がないとここに来られないからな」
「うう?」
「あ~~、まだ分かる訳ないよな」
「あいっ」
元気一杯に返事をしてくるリティさん。
ついでに手も伸ばして、ズビシと目を狙ってくる。
「こ~ら、目は駄目でしょ」
「あぷう」
「全く、本当に誰に似たんだか……」
新しい木刀は、世界樹を還したときにラーシルから貰った物だ。
切株の一部が剥がれ落ちて、それが木刀となった。
そして手に取ったときすぐに分かった。
これがこの場所への新しい道標であり、この場所へと来られる鍵であると。
「さて、日課の聞き取りも終わったし。帰るか」
「あぷぅああ」
「うん、じゃあ戻ろう。……しかし、あと二年は掛かるのかぁ。早いとこ責任を取りたいのに……。あと二年は言われ続けるのかぁ……」
読んでいただきありがとうございます。
宜しければ感想などいただけましたら嬉しいです。
引き続き、魔王討伐後のゴタゴタを書いていけたらと思っています。