アフターストーリー 白い闇でダンゴダンゴ
勇ハモ、第二章。
アフターストーリー 白い闇編の開始です。
魔王を討伐した陣内は、森へと引き込みスローライフ生活。
魔王を討伐後のお話です。
「ん……あっ、そっか」
久しぶりに静かな朝を迎えた。
ここ最近バタバタとしていたが、今日は静けさの中、俺は自然と目を覚ました。
「……静かだな」
昨日までは大勢が居た。葉月、言葉、サリオ、ららんさんがリティの一歳の誕生日に駆けつけてくれて、我が家はなかなかの賑やかさだった。
その誕生日会の後、彼女たちは数日間泊まっていった。
リティとモモちゃんは大はしゃぎ、特にモモちゃんは楽しそうにしていた。
サリオからお芝居の話を聞いたり、言葉の言葉様に飛び込んでいたりしていた。
そしてつい先日、モモちゃんを連れて葉月たちは帰っていった。
モモちゃんは俺たちと一緒に住んではいるが、兄のロウに会うため、ときどきこうやってノトスへと里帰りする。
なのでいま家に居るのは、俺とラティとリティの3人だけ。
離れには俺たちの生活をサポートしてくれる老夫妻がいるが、彼らとは一緒に住んでいる訳ではない。
別に賑やかなのは嫌いではないが、やはりこういった静けさはどこかホッとする。
聞こえてくるのはラティの寝息だけ。
愛らしい口元から零れる寝息の音は、とても機嫌が良いときの音。
俺は亜麻色の髪を優しく一撫でする。
「……さて、リティはどうかな」
心地良さげな顔を眺めた後、俺は寝床を静かに出た。
起きて向かう先は俺とラティの愛の結晶のもと。
決して授かることはできず、絶対に得ることはないと思っていた奇跡の結晶。
「これだけは初代に感謝だな」
本来、人と狼人の間に子供をもうけることはできない。
それは長い歴史でも証明されたことであり、一度の例外もなかった事実。
だが俺たちは初代勇者の改変によって授かることができた。
俺が帰還のゲートを破壊した後、初代勇者の声が頭の中に流れ込んできた。
まず、ゲートを破壊してしまったことを爆笑された。
俺的には史上最大のやらかしだったのだが、どうやら初代には爆笑案件だったようだ。
そして一通りからかった後、初代勇者はあることを二つ言ってきた。
そのうちの一つが、『僕からのささやかな贈り物だよ』だった。
具体的に何を指しているのかは言わなかったが、ラティが妊娠したときに、これが”贈り物”なのだろうと察することができた。
この贈り物には、狂喜乱舞でビッタンバッタンゲッダンした。
尻尾によって感情が通じ合っているので、何かの間違いがないことは判る。
周りの者も、俺とラティのことを知っているので誰も訝しむ者はいなかった。
出産の際は、葉月と言葉のフォローがあり、決して無事とは言えなかったが、俺とラティはリティに逢うことができた。
初代勇者には振り回されていたが、これだけは本当に感謝した。
しかし、初代勇者のおかげというのはどうにも癪なので、周りには木刀のおかげだと言っている。
きっと木刀に力を借りているだろうし、あながち間違いではないだろう。
「さてさて、リティちゃんはまだ眠って……ないか」
「うぷぅあ?」
俺たちの寝室の一角。
のれんのように布を垂らして遮った所にリティは居る。
ベビーベッドを上から覗くと、俺たちの愛の結晶さんは元気に起きていた。
赤子のリティは俺の姿を確認すると、身体を起こし手を伸ばしてきた。
その彼女の姿と仕草は、俺からの全てを望むような感じ。
『近くに来て欲しい』『抱っこして欲しい』『話し掛けて欲しい』『撫でて欲しい』『全部が欲しい』と、小さな身体を目一杯バタつかせている。
「はいよ」
「あぷぅあ!」
要求に応じるべく、脇の下に手を差し込んで持ち上げたあげた。
きゃっきゃっと顔を綻ばせるリティさん。どうやら今日も元気一杯のようだ。
俺は顔を寄せて頬ずりをし、リティのほっぺを鼻先でツンツンと堪能する。
『あぶぅ』と声をもらしてご満悦になるリティ。
彼女はお返しとばかりに手を伸ばして目を突いてくる。
俺はそれを見切り、ヘッドスリップで指先をやんわりと避けた。
「こら、目はダメでしょ?」
「あぷぅ?」
「全く、誰に似たんだか……」
ウチのリティちゃんは、ラティに似ているというべきか、それともラティの子だからというべきか、妙に急所を好む傾向があった。
抱っこをしているときなどは、首筋を熱心にペチペチと叩いてくる。
「全くこの子は、うりうり~」
「ぷああっ」
俺は全力で頬ずりをする。
できることなら頬ずりだけでなく手で撫でてやりたいところ。
しかし俺の手は凶器と化してしまっていた。
機嫌が悪くむずかっているときは解禁するが、それ以外ではできるだけ控えていた。どんな後遺症があるか分かったものではない。
一度だけだが、【固有能力】を切り取ってしまおうかと真剣に検討したことがあった。
最終的には、『それを得たのはヨーイチさんの努力の賜物です』とラティに言われ、俺は切り取るのを止めることにした。
「……さてと」
ベッドの方を見るとラティはまだ眠っていた。
昨晩はわっちゃわっちゃしたので疲れているのかもしれない。
俺はラティを起こさぬように着替え、リティを抱っこして外へと出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい、リティ。今日もここで待っていましょうね~」
「うぶぶ」
四方を柵で囲まれた場所に入れられたリティは、不満そうな顔をして俺に手を伸ばしてくる。彼女は遊んでもらえると思っていたのだろう。
しかし俺は、日課の水汲みへと向かわねばならない。
俺とラティは生活魔法で水を作り出せない。
ラティは水を出す魔法への適正がなく、俺はそもそも魔法が使えない。
ステータスの改変によってかなりマシになったが、その改変は戦闘特化。
要は、スローライフが始まったというのに、俺はハードモードのままだった。
火を点けられなければ水も出せない。誰でも唱えられる”アカリ”すら無理という状況。
勇者特典の【宝箱】までは望まないが、せめて”アカリ”ぐらいは欲しかった。
「ぱぱあ、あぶうう!」
「すぐ戻ってくるから。いい子にして待っててな」
俺は水汲み用のバケツを掴み、少し離れた場所にある水汲み場へと向かった。
「……しかし、リティはモモちゃんに比べて成長が早いな」
俺は歩きながらリティのことを考える。
リティは一歳になる前から歩き回れるようになっていた。
しかもそこそこの速度で歩き回る。
俺が知っている赤ちゃんはモモちゃんだけなので、もしかするとそれが普通なのかもしれないが、あと少しすれば囲いの柵を越えて来そうな気がする。
「どうすっかなぁ……」
世のお父さんたちはどうしているのだろう。
機動力を得た赤子はなかなか大変だ。予測不能の戦車だ。
この異世界には車に轢かれるなどといった危険はないが、いま住んでいる場所は世界樹がある森の中。
世界樹の影響で森に魔物が湧く心配はないが、木の根や大きな段差など転んで怪我をする場所が多い。
「紐をつけて……は、可哀想だよな。いや、必要か?」
奇跡の結晶こと、リティのことを考えながら水を運ぶ。
元の世界でも紐付きハーネスは物議を醸していた。
しかし我が子の安全を考えると、やはり必要なモノなのかもしれない。
「あぷぁあ!!」
俺の姿を見つけたリティは、まるで飛び跳ねるかのように足踏みをした。
先ほど考えていた、柵を乗り越えるまでの時間はもっと短そうだ。
「ちょっと待っててな」
「あい」
汲んできた水を貯水タンクの中に流し込む。
昨日から貯めてある分もあるので、今日一日は余裕で保つだろう。
バケツを逆さにして置いてから、俺はリティのもとへと向かった。
「よし、今日は一緒に行くか?」
「あいっ、うぷあ!」
「はいはい、わかったわかった」
『抱っこ抱っこ』と強請るリティを抱え、新しい木刀を腰に差して、もう一つの日課をこなすことにする。
「じゃあ行こうか?」
「あぷああ!」
先ほど向かった水場とは別の方向。
この森の中心に向かって俺とリティは進んでいった。
道らしい道はなく、ただ導かれるまま森の奥へと歩く。
「ん? そろそろかな――着いたか」
空間が替わったかのように景色が切り替わった。
先ほどまで森の中を歩いていたはずなのに、突如開けた場所に俺は立っていた。
森の中にポッカリと空いた空間。
巨大な木は生えておらず、あるのは超巨大な切株だけ。
まるで円卓のようなその切株の中央には、ずっと俺の相棒だった世界樹の木刀が突き立っていた。
「ラーシル、今日はリティと一緒に来たぜ。……聞かせてくれ」
世界樹の木刀へと話し掛けたあと、俺は切株へとそっと手を添えた。
読んでいただきありがとうございます。
魔王消滅後のゴタゴタを書いていく予定ですの、引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。