たぶん、超怒られる
ごめんなさい
校舎裏でやりそうなことを、勇者八十神は堂々とド真ん中でやりやがった。
目撃者多数、いや多数どころの話ではない。
本当に大勢が見守る中、八十神は葉月に告白をした。
「すげえ、強メンタルだ……」
マジで凄い、本当に凄い、超凄い。
そんな感想が心の中を駆け巡る。誰がどう見たって成功しそうにない。
そんな空気の中での告白だ、色んな意味で勇者過ぎる。まさに勇者八十神だ。
分かり易く喩えるならば、居合いの構えを取っている達人の間合いに、上段の構えで飛び込んで逝くようなもの。
もっと分かり易くいうと、シロゼオイ・ノロイに一人で立ち向かうようなものだ。
どう考えても一刀両断。バッサリいかれる未来しか見えない。
これが押しに弱そうな女性だったら違うのかもしれないが、相手はある意味達人級の葉月だ。バッサリ間違いなし。
葉月は佇まいを正し、真っ直ぐ八十神の方を見た。
その姿は、居合いの構えを取る達人のような凄みを感じさせる。
彼女は抜刀ではなく、口を開き――
「八十神君、ご――」
「――待ったっ、返事はまだ待って欲しいっ!」
『待った』がきた。
一刀両断される前に、なんと八十神が待ったをかけてきた。
この切り返しには達人葉月も意表を突かれ、『え?』っと可愛らしく首を傾げている。
「へ、返事は少し待って欲しい。その返事は――っ!!!?」
元の世界へと戻るゲートの前に、剣で出来た柵が作られていた。
剣を地面に突き刺しているのは冒険者たち。
そしてその剣で出来た柵の前に、見た目はビジュアル系、喋れば残念系のシキが立っていた。
ここは通さぬと目が語っている。
「えっと……あれ」
「……」
急に言葉に詰まり始めた八十神。
『えっと、えっと』と、続きの言葉を必死に探し始めている。
「……ねえ、八十神君。ちゃんと約束通り八十神君の話を聞いたよ? つぎは私、どうすればいいかなぁ?」
「葉月さ、ん……」
再び居合いの空気を纏う葉月。
俺には関係無いはずなのに、何故か妙に汗が出てくる。
「葉月さんっ、君からの返事はあっちで聞きたい。どうか……君の想いを聞かせて欲しいっ。だから僕は、君からの返事をあっちで待っているよ」
勇者八十神は、逃げ台詞のようなことを吐きながらゲートへと向かった。
一人でゲートへと向かう八十神にシキが道を譲る。
冒険者たちも地面に突き刺していた剣を引き抜き、ヤツに道を空けた。
「あっちで返事を待っているから。絶対に待っているから」
何度も何度も振り返りながら、勇者八十神はゲートの奥へと消えていった。
それを白けた目で見つめる俺と冒険者たち。
八十神の意図は誰の目にも透けて見えていた。
完全な勘違い野郎なら、望んだ返事がもらえると返答を待ったのかもしれない。だがヤツは、葉月の態度から望んだ返事がもらえないことを察した。
だからすぐに待ったを掛けて、次のプランへと移ろうとしていた。
しかしこの場に居るのは歴戦の猛者ばかり、そんな見え透いた策は即座に悟られて道を塞がれた。
結果、八十神に残された道は二つだけだった。
葉月にバッサリとフラれるか、フラれる前に撤退するの二択。
そしてヤツが選んだ選択は、潔くフラれるではなく、己をプライドを取った返事を聞かぬという選択。
元の世界に戻れば記憶がなくなるのだから、自身の心は保たれるだろう。
最後の最後で男らしく告白したかと思えば、やはりヘタレはヘタレだった。
本当に情けない選択。こんな見えて透けた取り繕いなど誰の目にも明らか。
余程の馬鹿かポンコツでない限り、ヤツの行動は本当に情けないモノとして映るはず。
そう、余程の馬鹿かポンコツでない限り……
「陽一っ、………………聞いて欲しいことがあるの」
「……おい。まさかお前、いまのやり取りに感化された訳じゃねえだろうな? ――なあ、早乙女」
ポンコツの勇者早乙女が、張り詰めた顔をして俺の前にやってきた。
「……早乙女」
「……」
とんでもなく嫌な予感がする。
そしていまの俺にとって嫌な予感とは予知に近いものがある。
俺は心の中で身構えた。
「あたし、あたし……」
( この、馬鹿が )
早乙女が何を言おうとしているのか見当がつく。
ヘタレていた八十神が告白してみせた。その後すぐにまたへタレたが、早乙女の目には勇気を振り絞ったとでも映ったのだろう。
普通のヤツだったらあんなヘタレに感化されない。
しかし早乙女はどちらかと言う普通ではない。直情的で感情の機微に気付くタイプではない。
「あたし、陽一のことが……」
とても辛い。
これから俺がやらなくてはならないことは、早乙女をキッパリと振ること。
先ほどは茶化した気持ちで葉月のことを見ていたが、告白してきた者を振るという行為は、それが誰であろうと辛い。
できることなら阻止したい。
しかし勇気を振り絞り、覚悟を決めて想いを告げようとしている者を止めることはできない。少なくともそんな権利は俺にはない。
心境は被告人にて処刑人。
そんな矛盾した心境で早乙女の言葉を待つ。
できれば違って欲しいと願いながら……
「――陽一っ、あたしはアンタのことが好き! 大好きっ! ずっと前から……好きだったの……かも……かな。だから、だから……」
俺は早乙女が言い終えるのを待つ。
できれば聞きたくなった。そんなズルくて卑怯なことを思いながら、ただ終わるのを待った。
「だから……陽一……」
返事は決まっている。
あとはどんな言葉で断るのか、それを決めるだけ。
「学校でアンタと話してから……あたしは……」
想いを溢れさせるように告げてくる。
もう辛くて直視できない。俺は目を閉じて言い終えるのをじっと待った。
次に目を開いたときは、しっかりと断りの言葉を告げるとき。
「だから、だから……わたしもあっちで待ってる。アンタのこと、あっちで待ってる。きっと来てくれるって信じてる。あたしのことを――」
「は? え? お、おい、早乙女、お前、まさか!?」
目を開くと、早乙女はゲートの前だった。
「あたしは、絶対にあの子に負けたくないからっ」
「なっ!? お前――馬鹿野郎……」
早乙女はゲートへと消えていった。
アイツなりの意思表明。八十神がやったことを参考にしたのだろう。
だけど――
「お前までやるなよ……馬鹿か」
俺は返事をする機会を永遠に失った。
元の世界に戻ってしまえば帰ってこれなくなる。間違っても追う訳にはいかない。
戦う力は確かに得たが、行って帰ってこれるといった、そんな都合の良いチート能力は得ていないのだ。
「ったく、この土壇場でもポンコツとか……え?」
早乙女の行動に誰もが呆然とする中、ただ一人だけとても不安そうな顔をしている者が居た。
とても不安そうな。
もの凄く泣きそうな。
小さくなって縋りたそうな。
とても彼女らしくない表情をして、ラティが俺のことを見つめていた。
「ラティ?」
「……ヨーイチ様」
俺のつぶやきに何人かがラティを探す。
しかし彼女の姿は俺以外には見えていない。俺だけが――
――何だ?
何でラティはあんな不安そうな顔を?
一体何があって……
ラティが何故そんな顔をしているのか全く心当たりがない。
すぐに駆け寄って抱き抱えてやりたい衝動に駆られる。
しかし彼女からは、それ以外のことを望んでいる、待っているように見えた。
「陽一君? ラティちゃんがどうしたの?」
「あ、いや、ラティが……何か動揺しているみたいな感じで……」
ラティの名誉のため、彼女が泣きそうな顔をしていることは伏せる。
一体何があったのか……
「もしかして京子ちゃんが帰っちゃったから、それで動揺でもしちゃったのかな? もしかして陽一君もって」
「んな、そんな馬鹿な――っ!!!」
――っがあああああああああ!!
馬鹿か俺は、そうだよ、そうだよ俺は、俺は……くそっ、
俺はある可能性に気が付いた。
あり得ないから全く考えていなかった可能性。
それは、俺が元の世界に帰るかもしれないということ。
俺は元の世界へと戻ろうと思ったことがない。
少なくとも、ラティと出会ってから一度もそんなことを思い浮かべたことがない。
だから当然、元の世界には帰らないと言ったこともない。
それは当たり前のことだ。
一度も思ったことがないのだから、わざわざそれを口にする必要はないし、それを言う必要もないと思っていた。
そもそも、頭の中に一切浮かばないことを口にする訳がない。
それにラティには【心感】と尻尾がある。
だから俺の想いは間違いなく伝わっているし、誤解を与えることもない。
しかし今は違う。
尻尾はあるが【心感】は無くなっている。
だからとはいえ、俺とラティの間には絶対的な信頼はある。
しかしそれでも、早乙女の行動がラティに不安を与えたのかもしれない。
( あ~~、馬鹿だ俺は…… )
一度でも言葉にしていれば違ったかもしれない。
元の世界には戻らないと、そう宣言していれば違ったはず。
俺が至らなかったばかりに、ラティに余計な不安を与えてしまっていた。
これは絶対に猛省すべきこと。
ラティの想いに、彼女の【心感】に、愛らしい尻尾の上に、俺は胡座をかいていたのだ。
「馬鹿だ俺はっ!」
心が通じ合っているのだから言葉が要らないなど傲慢だ。
いまからでも宣言すべき。
そして宣言だけでは到底足りない。俺はラティを不安にさせてしまっていたのだから。
ならば――
心だけなく。
言葉だけなく。
想いだけでもなく。
( ――行動も必要だっ )
「WS”EXカリバー”ああああああああ!」
俺は行動で意思を示すため、元の世界へと戻れるゲートにWSを放った。
木刀から放たれた光の奔流が、蔓で出来たゲートを押し流すように吹き飛ばす。
光の粒子が霧散すると、そこには何もなくなっていた。
「ラティ、俺は元の世界には帰らない。だから安心しろ」
「ヨーイチ様……」
ラティの表情から不安が消え去った。
戸惑いといったモノはまだ残っているが、泣きそうだった顔はなくなった。
ひょっとするとラティは、このことがずっと不安だったのかもしれない。
そしてふと思い返してみると、ラティは早乙女のことを警戒していた気がする。葉月のことも警戒はしていたが、それとは別の種類の警戒。
もしかするとラティは、早乙女のことを恐れていたのかもしれない。
しかしこれで――
「安心しろ、俺は絶対に……」
「――ねえ、陽一君」
「ん?」
葉月が邪魔をしてきた。
不安を拭うためにラティへと話し掛けているというのに、俺の肩をちょいちょいと突いてくる。
「ねえ、陽一君。ちゃんと責任を取ってくれるんだよね?」
「へ? 責任? え、え? あ、ああああああああああああああああああああおああああああ!!」
葉月が指で示した先は、さっきまで帰還のゲートがあった場所。
しかしたった今、俺が――
「ちゃんと責任取ってね、陽一君」
読んで頂きありがとうございます。
このオチは、連載当初から決まっておりました……
次回、エピローグです!!