モミジ
伊吹が帰還のゲートへと向かうと、冒険者たちが一斉に駆け寄った。
駆け寄って来たのは伊吹組だけでなく、陣内組や三雲組など他の組の冒険者たちまでも駆け寄った。所謂、伊吹信者が彼女の前に集結した。
それを見て目を丸くする伊吹。
意外にも彼女はこの状況を予想していなかったようだ。
サイファ、バルバス、グリスボーツ、アファ、ストライカーたちがガレオスさんの後ろにつく。
ひょっとすると葉月や言葉よりも人気があるのかもしれない。
よく考えてみれば学校のときからそうだった。
葉月とは少しベクトルが違う感じの分け隔てなくてで、本当に誰からも慕われていた。
( そういや、この異世界でもそうだったな…… )
一番最初に手を差し伸べてくれた勇者は伊吹だったことを思い出す。
伊吹には本当に世話になっていた。
こうやって冒険者たちが彼女の前に殺到するのは当然のことなのだろう。
「えっ? ちょっとみんな」
「……お疲れ様でした。勇者イブキ様」
「ガレオスさん……」
全員の代表といった感じで頭を下げるガレオスさん。
そのガレオスさんに続き、集まってきた冒険者たちも一斉に頭を下げた。
いつもはヘラヘラした感じの連中だが、決めるべきところはしっかりと決めてくる。
「もう~、なんかすっごく照れくさいな~」
「まあ、我慢してくだせえ、イブキ様。……これが最後なんですから」
「……うん」
誰一人帰らないで欲しいとは言わず、全員が伊吹の意思を尊重する。
泣きそうな顔を無理矢理笑顔にする伊吹。
しかし零れそうな涙は決壊寸前。彼女は顎を少し上げて何とか堪えようとしていた。
そんな伊吹に、冒険者たちが次々と別れの挨拶をしていく。
「あの、イブキさま。……本当に、ご迷惑をお掛けしました」
「えっ! その声はラティちゃん? あ、そっか~、いまは姿が見えないんだっけ? 何か声も少し遠いね、まるで携帯で話しているみたい」
「あの、ケータイ……ですか?」
「ああ、こっちには無かったね。えっと~、貝玉? だっけ? あれと同じような物かな」
「あ、あの、話の腰を折ってしまって申し訳ありません。イブキさまには本当に――」
「いいよ、最後に陣内君と戦えたしね。実はちょっとだけ興味があったんだよね、陣内君はどれだけ強いんだろうって……。ホント、ラティちゃんの言う通りだったよ。陣内君は強くて、強くて……絶対にって感じだった。だから、いいの。謝らないでラティちゃん」
「……はい」
「うん。じゃあ次は――」
ラティとの会話を終えたあと、伊吹はガレオスさんへと近寄っていった。
そして、背中に背負っていた大剣をガレオスさんへと差し出す。
「イブキ様? これは……」
「うん、この剣はね、この異世界を守るために作られたんだ。それでね、この異世界のことを想う人の意思が宿った剣なの。だから私が居た世界に持っていく訳にはいかないの。ガレオスさんに預けるね」
「はい、イブキ様。……しっかりと預かりやす」
「それにさ、私が元の世界に帰ったら、私のことってこっちの人の記憶から消えていっちゃうんでしょ? だからその剣なの」
「伊吹、お前それ知ってたんだ」
「うん、って言うか、赤城君に教えてもらったんだ。色々と調べていたらそういった記述があったんだって。あと、装備品は残さないようにって言われていたけど、これは良いよね?」
「ああ、なるほど……」
何が言いたいのかすぐに察しがついた。
勇者が遺していった装備品には高い価値が付くはず。
それ自体は決して悪いことではないが、場合によっては争いの元になる可能性がある。
きっと赤城は、迂闊に装備品などといった物を遺すなと忠告したのだろう。
しかし伊吹は、自分がこの異世界に居た証として――
「ええ、モミジ様のことは忘れませんよ。この剣と共に……」
そういって剣を掲げるガレオスさん。
剣に魔力を通したのか、黒かった刀身が鮮やかな紅葉色へと変わった。
意図を汲み取ってもらった伊吹は、堪えていた涙を少しだけ零しながら微笑む。
「あ、これはガレオスさんにあげるね」
「え? イブキ様」
伊吹は、紅葉をモチーフにしたデザインの鉢金をガレオスさんに手渡した。
新しい鎧と一緒に新調した鉢金。それを外したため、押さえ止められていた前髪が彼女の目と涙を隠す。
「あ、ホントに最後にもう一ついい?」
「うん? 何です、イブキ様?」
ちょいちょいと、屈んで欲しいと手を振る伊吹。
それに従い、中腰になって目線の高さを伊吹に合わせるガレオスさん。
「ガレオスさん、ずっとありがとうね」
「ちょっ!? イブキさまっ!」
「じゃあね、お母さんたちが待っているから」
伊吹は笑顔でゲートへと消えていった。
前髪で涙を隠しながら……
「……ガレオスさん。あとで覚悟ですね」
「ったく、イブキの嬢ちゃんはトンデモねえ置土産を……。オレ、生きて帰れやすかねえ、ダンナ」
伊吹は最後にちょっとした爆弾を置いていった。
彼女からしたら感謝の気持ちなのかもしれないが、頬へのキスはどう考えても万死に値する。
ガレオスさんは嫉妬組に制裁されるだろう。
当然、俺もそれに参加する予定だ。ガレオスさんからは見えない位置でハンドサインをヤツらに送る。
( ――了解 )
すぐに返事は帰ってきた。
制裁は2クール予定。どうやらなかなかの長期間のようだ。
俺は3クールにしようと送り返す。
「葉月さん、いいだろうか?」
俺たちが無言で会話をしていると、いつの間にか八十神が葉月の前に来ていた。
真剣な表情で、意を決したといった様子で葉月と対峙している。
その光景は、校舎裏で告白をするような――
「葉月さん、約束したよね。僕の話を聞いて欲しいと」
「……うん、言ったね」
とても良い笑顔だが、明らかに警戒した雰囲気の葉月。
その空気を悟り、僅かに気圧された八十神だが、ヤツはハッキリと口にした。
「葉月さん、僕は君のことが好きだ」
あと少し、あと少しですよー
急いで書きますよー