とんっ
「よくやったジンナイっ! ああ、マジでよくやったぜ!」
「しっかりと決めやがってよ、ホントにテメエは」
「ああ、最高にやってくれたぜっ」
魔王を消滅させたあと、三雲組、伊吹組、赤城が率いる勇者同盟の冒険者たちが俺の所に集まって来ていた。
集まってきたそいつらにもみくちゃにされる。
「よくやったぜ、ジンナイ。お前がナンバーワンだ」
「ジンナイ、マジでよくやってくれたぜ」
「おう、”さすジン”ってヤツだな。本当にやりやがって……」
「やったな、ジンナイ」
「やりやがったな、ジンナイ」
「ホントに……またやりやがって」
「やりやがったな」
「てめえ、またやりやがって」
「やりやがってナイジン」
「反省ってモンは無えのかっ」
「おらっ! やりやがったな」
「面当てはそのために狙って飛ばしたんだろっ、柔らかかったか?」
「うるせええええ! 散れっ、てめえら! 何だよさっきから小突きやがって。ってかよう、何でこのコレを着てんのにこんな痛えんだよ! どんだけ力を込めて殴ってんだ」
寄ってきた冒険者たちを強引に押し返した。
黒鱗装束改を纏っているというのに普通に痛かった。これは黒い蛇の牙すら通さなかったというのに……
俺は右手に持ったモノを振り回して、もう寄って来るなと牽制する。
「ったく……」
魔王との戦いは激戦だった。
特に最後の特攻前、あの時間を作るために冒険者たちは決死の覚悟で前に出てくれた。酷い怪我を負っていた者までも前に出ていた。
そしてそれがあったからこそ勝利へと届いたのだ。本当に全員の協力があったから……そんな彼らだからと甘んじて受け入れていた。が――
「あれは俺の所為じゃねえだろうっ」
あれは不可抗力だった。
あれは前回と同じで本当に不可抗力だったのだ。
そう、葉月の胸元に顔から突っ込んだのはワザとではない。
どちらかと言うとそうなるようにコントロールされた気さえする。
「くそ、何で俺には跳べる天翔系の【固有能力】が無えんだよ……」
魔王を倒した後、俺はそのまま落下した。
落下には多少、いや大分……かなり慣れている。
だから人としてどうかと思うが、30メートル程度の高さなら何とかなる自信があった。
しかし魔王が居た場所は抉られていた。
正確には魔王によって地面が取り込まれて大きな穴が空いていたのだ。
30メートルならギリギリ耐えられると思っていた俺は大いに慌てた。
そしてそんなとき、落下する俺を受け止めるように障壁が張られた。
当然すぐに分かった。これは葉月が張ってくれた障壁だと。だから俺はその障壁に身を任せた。
そしてゴロゴロと転がされながら、下へ下へと転がり降りて行った。
さすがの俺でも目が回った。三半規管が限界突破した。
できることなら木刀を突き立ててブレーキを掛けたいところ。
だが地面ではないのだ、そんなことをすれば木刀で障壁を破壊してしまう。
なので俺は必死に耐えた。
しばらくすれば下へと戻れるのだから。
そう思っていたら葉月に抱き止められていた。
ああ柔らかかったさ、それは認めよう。
そして流れるように制裁が始まった。
ブレッシングブローをかましてきた冒険者たち。
目が笑っていない笑顔で肩パンや腹パンをしてきた。
中には脛をげしげしと蹴ってくるヤツもいた。
「ったく、魔王を倒した直後に制裁とか普通ねえぞ。どうなってんだよ」
俺は大きく息を吐く。
小説や漫画などで、勇者が魔王を倒した後、その勇者の人気を恐れて排除に動くという話を読んだことがある。
だがこんな下らないのは予想外だった。
「終わったみたいやのう、じんないさん」
「え? ららんさん」
トコトコといつも笑顔でやってきたららんさん。
もしかすると魔王との戦いをどこかで見ていたのかもしれない。
「にしし、終わったようやからやって来たんよ。それとのう、サリオちゃんを離して欲しくてのう」
「――あっ」
「ぎゃぼうっ」
手放したことでサリオがべちゃりと地面に落ちた。
このポンコツはどさくさに紛れて俺の脛を蹴っていたのだ。
当然、アイアンクローをした。
その後は丁度良かったので武器としていたのだ。
「う~ん、本当に聞いた通り毛先が白くなっているのう」
「うっ、それは……」
にししの笑みのららんさんが、いつの間にか『にししの嗤み』へと変わっていた。嗤いなららんさんはマジでヤクイ。
「じんないさん、女の子にとって髪ってのはめっさ大事なんよ」
「待ったっ、悪かったって。アレは緊急事態だったし、あれよ、あれ。――あっ、そうだ! スキヤキをガンガン奢るからっ」
「ほほう、それだけかの?」
容赦なく追加を要求してくるららんさん。
その横では、当事者であるはずのサリオが『ほけ~』っとしている。
「あと、あとは……そうだっ、【幼女】を消して取ってあげるからっ」
「む? それはどういう――」
「――おいっ、何か地面から生えてきたぞ!」
誰かが警告のような声を上げた。俺は即座に戦闘態勢を取る。
【神勘】では察知できなかったが、まだ魔王が残っていたのかもしれない。
サリオとららんさんを守るよう前に出た――が。
「ん? アレってまさか……」
地面から生えていたものは、植物の蔓ようなモノだった。
その生えてきた蔓は、どんどん伸び続けて鳥居のような物を作り上げた。
そして、門ができた。
「これが元の世界に戻れるゲートってヤツか――あっ!」
鳥居のような門に、元の世界の教室が映し出された。
とても懐かしい風景。その風景を呆けるように眺めていると――
「――っ!? 初代勇者か?」
腰に佩いている木刀から、初代勇者の声が頭の中に流れ込んできた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――って、訳みたいだ」
「これで戻れば……本当に元に?」
回復魔法を掛けて回っていた葉月が、確認するように訊ねてきた。
彼女は俺を受け止めた後、言葉と一緒に負傷している冒険者たちの治癒に当たっていた。
最後の囮のとき、それなりの人数の負傷者が出ていたようだ。
一般市民からは死者が多数出ていたが、これは赤城からの提案で蘇生は封印とした。
言葉の蘇生魔法は莫大なMPを消費する。そちらにMPを回しているととても間に合わないとの判断だ。
なかなか厳しい判断だが、元々避難しない方が悪い。
その上遺体の損傷が激しいので、蘇生可能な者が少ない。
そして何より、誰か一人を蘇生すれば間違いなく揉める。
全員を蘇生させることはMPの問題で不可能。
助かった者と助からなかった者が居たら間違いなく揉める。
赤城は、魔王に殺された者は、魔王の呪いによって生き返らせることは不可能だと言ってその場を収めた。
多少の嘘が紛れているが、決して間違いではない。
魔王によって傷つけられた怪我は治りが極端に遅い。
もし蘇生するとなれば、蘇生プラス大量の回復魔法が必要となる。
下手をすれば一人助けるだけでMPが枯渇するかもしれない。
何とかしたいと思っていた言葉だが、俺と赤城が説得をして彼女には諦めてもらった。
そしていま、勇者全員がゲートの前に集まっていた。
俺は葉月に訊ねられたことに答える。
「――ああ、初代勇者はそう言っていたな。本当に戻るかどうかは証明できねえけど、たぶん、嘘は言ってねえと思う」
初代勇者は、この鳥居のようなゲートを潜れば元の世界に戻れると言った。
そして前にも言っていたが、元の世界に戻れば全てが元通り。
召喚された当時に戻り、この異世界に居た記憶や、鍛えた身体も元に戻るらしい。当然、年齢も元に戻る。
本当に全てが元通りになるのだとか。
「ねえねえ、陣内君。もう一回確認なんだけど、こっちの世界の物は持って行っても全部駄目になるんだよね?」
「ああ、そうみたいだな。持って帰られるのは元からあった物だけだってよ」
「そっか~」
そう言って自分の大剣を見つめる伊吹。
彼女が俺に訊いてきたのは、いま自分たちが纏っている装備品のことだった。
初代勇者は、この異世界の物は一切持ち帰れないと言っていた。
仮に持って行ったとしても、元の世界へと戻る途中で形を維持することが出来ず、ただの残骸へと変わり果てるらしい。
「あ、あとな、このゲートはあまり長く維持できねえってよ。本来は魔王を倒したときに発生する力で作るもんなんだってさ。だけど魔王は消滅させただろ? だからあまり長くは維持できねえみたいだ」
いまゲートが存在できているのは、黒い蛇を倒したときに発生した力の残滓を掻き集めたから。黒い蛇は魔王の一部なので、それを何とか利用したようだ。
すぐに消えるという訳ではないが、そこまで長くは持たないらしい。
「これに入れば元の世界に……元の世界に、元に、由香と元の、元の……」
ブツブツ言いながらゲートを凝視する橘。
聞こえてくるワードから、この女が何を望んでいるのかよく分かる。
元の世界に戻れば、葉月との仲が元通りになると考えているのだろう。
「ったく、この女は――へ!?」
「えっ! あ!! ちょっと――」
「風夏ちゃん!?」
ゲートを凝視していた橘が、後ろから押されてゲートへと進んだ。
水面に波紋が広がるように空間が揺らぎ、勇者橘は吸い込まれるように消えていった。
「ふむ、入っても大丈夫のようだな」
「……秋音、お前」
ゲートに映っている教室の風景に、学校の制服を着た橘が追加されていた。
彼女は何もなかったかのように、そのまま席に座って授業を受けている。
どうやら秋音ハルは、このゲートが本当に安全かどうかを確かめたようだ。橘を使って……
「全く、お前ってヤツは……ってぇぇ!?」
秋音ハルは、安全の確認ができたらさっさと入って行った。
橘と同じように、空間を揺らがせながら彼女は消えた。
何と言うべきか、それともとても秋音らしいと言うべきか、秋音ハルは何も告げずに元の世界へと戻って行ったのだった。
あと少し、あと少しで終わりですよー