穿つ
お待たせしましたー
「おいっ、陣内。僕も一緒に行く」
「……」
『さぁ行くぞ』と駆け出した瞬間、八十神に肩を掴まれた。
頭の中に浮かんだのは邪魔くせぇという思いだけ。肩から手を無言で剥がす。
そのとき、ふと気が付いた。
「言葉、これを預かっていてくれ。最後の特攻だ、少しでも軽くしておきたい」
「え、これって……」
「ああ、八十神の命よりも大事な槍だ。全部終わったら取りにくる」
「……はい」
「おいっ、それはどういうことだ! そんな槍が僕の命よりも重いって……」
俺は少しでも身軽になるため、無骨な槍を言葉に預けた。
そこまで邪魔という訳ではないが、置いていった方が良いだろうとの判断だ。
そしてもう一つ、非常に邪魔なモノを置いていく。
「あと八十神、お前はここに突っ立ってろ。邪魔だ。それでも行きたいってんなら止めはしねえ。だけどな、お前が行ったら十中八九死ぬぞ。その鎧は穴だらけだからチートはもう期待すんなよ」
「陣内っ! お前がやったんだろうが!」
怒気を込めて吠える八十神。
コイツは本当にめんどくせえヤツだ。もし本当について来たいのであれば勝手についてくるはず。
「――ダンナああ! ちとヤバそうです。できるだけ急いでくだせえ」
「すまん、ガレオスさん。いま行きます」
「陣内っ、聞いているのか!」
僅かな時間で状況が悪化していた。
ゴーレムによって押さえられたことが刺激にでもなったのか、魔王が先ほどよりも大きくなっていた。
きっと地面の吸収を活発化させたのだろう。
もう一刻の猶予もない。
これ以上長引けば手に負えない状態へとなるかもしれない。
魔王は絶え間なく地面を吸収しているのだ、身体が大きくなればなるほどそれは加速するはず。
俺たちは、これで終わらせるために最後の特攻へと駆け出した。
( ……来ないか )
八十神は結局ついて来なかった。
ヤツは何だかんだ言っていたが、結局……
「――来ますっ!」
「おっしゃあ、ここはオラに任せろ!」
来たのは黒い斬撃。
魔王から黒い斬撃が連続で放たれてきた。
大盾を前に構え、それに真っ向から立ち向かう小山。
ビシリビシリと叩き付ける音が耳をつんざく。
「小山、大丈夫か?」
「こんぐらい余裕さっ、だから陽一クンは力を温存しておいてくれ。ここはオラに任せてくれええええええ!!」
最終決戦ということでテンションがカチ上がっているのか、小山は放たれた黒い斬撃を受け流すなどはせずに、本当に真っ向から受け止めていた。
斬撃を受ける度に小山の肩が大きく跳ね上がる。
「小山、この連打はさすがに――うおっ!」
流星のような二つの閃光が、黒い斬撃を放っていた蛇を撃ち抜いた。
完全に頭を吹き飛ばされ、二匹の蛇がダラリと倒れながら沈んでいく。
「いまのは早乙女と三雲か!?」
後ろを見ると、ドヤ顔をした二人が拳を突き出していた。
『やってやったぞ』と、そんな顔をしている。
「はは、お前らそんなタイプじゃねえだろ」
つい口が綻ぶ。
テンションがおかしいのは小山だけではなかった。
ポンコツ二号はともかく、三雲までもドヤ顔をしているのは意外だった。
そしていま撃ち抜かれたのは、ジャアとフユイシ伯爵の意思が宿っていた蛇。
何の因果かと思う。
「よしっ、サリオ、いけるな?」
「いつでもラジャです」
「小山、あとちょい踏ん張れ」
「任せてくれ陽一クン! いくらでも耐えてみせらぁ」
「――っ!?」
悪寒が走った。
足元を蠢くような悪意が通ったのを感じた。
正面の黒い斬撃は囮、魔王の本命は後ろからの奇襲。
要は、分かり易い挟み撃ちをしようとしていた。
だが――
「任せたぞ、上杉」
「おらああっ! 葬乱!」
奇襲を読んでいた上杉が、氷を突き破って湧いてきた黒い蛇を強打する。
黒い蛇はざっくりと切り飛ばされた。
「おう、バレバレなんだよ! ぜってえ来ると思っていたぜ」
この瞬間、魔王からの黒い斬撃が一瞬止んだ。
きっと動揺でもしているのだろう。魔王にとっていまの奇襲は決め手だったのかもしれない。
「今だっ!」
「らじゃです!」
ラティが俺の背に寄り添うように立つのが分かる。
彼女は予定通り俺と一緒に飛ぶつもりだ。
「あ……」
桃色の風が俺を包み込んでいた。
この桃色の風は、速度上昇魔法”ヘイストゥ”のエフェクト。
ハッと視線を飛ばすと、レプソルさんが俺に拳を突き出している。
「ジンナイさん、逝ってくるですよですっ!」
氷を突き破って地面が隆起した。
一瞬、自分の体重が何倍にもなったような感覚に襲われる。
「っらああああ!」
俺とラティは一気に30メートル近く空へと飛びあがった。
そして魔王と目線の高さが同じぐらいになった、そのとき――
「くそったれっ」
魔王の顎辺りから無数の黒い蛇が伸びてきた。
ある程度の反撃は予想していたが、それを遥かに上回るおびただしい数の蛇。
昔だったらとても捌き切れない、どう頑張っても不可能。
だが、いまの俺には――
「EXカリバーあああああ!!」
正面の蛇をまとめて吹き飛ばした。
光の奔流に押し流され、髭のように生えていた蛇どもが消え去った。
「葉月っ、足場を頼む――って、さすがだな」
俺が障壁を要求する前に、魔王への道が出来上がっていた。
縦長の結界を横に並べた魔王への一本道。
「いくぞ、ラティ」
「はいっ」
俺とラティはその半透明の道を駆けた。
「くそ、しつけえな」
顎から生えた黒い蛇は吹き飛ばしたというのに、今度は咽の辺りから黒い蛇が生えてきた。
そしてその生えてきた蛇は、左右から挟むように俺を捕らえに来る。
「ヨーイチ様、右側はわたしが」
「すまん、任せた」
理想はEXカリバーの連打。
広範囲WSを連続で放って蹴散らすことができれば楽だった。
だがそんなことをすればSPがまた枯渇する。
魔王を消滅させるためには木刀と乾坤穿が絶対に必要だ。
SP温存のため、俺はラティに片側を任せた。
「はあああああああ!」
ラティが雄叫びを上げながら蛇を切り裂いていく。
次々と首を刎ねられていく黒い蛇。
魔王からはラティの姿が見えていないためか、黒い蛇はほとんど無防備にやられていく。
「――いやっ、違う。ラティ、下だ!!」
「――っ!」
俺は、下からラティを狙う蛇の存在に気が付いた。
ラティの姿が見えなくても、何か邪魔をしてくるという存在には気が付いたようだ。
何とか止めたいが、それをすれば足場の障壁を砕くことになる。
【心感】のないラティは察知できていなかった。下からラティを狙った黒い蛇は、彼女の脚へと食らいつきにいく。
「ぐっ!」
「ラティ!」
俺の警告が間に合ったのか、ラティは蛇の上顎に足を、下顎には剣を突き立てて噛み付かれるのを阻止した。
しかし黒い蛇は諦めず、ギリギリと強引に喰らいつかんとする。
「マズいっ」
動きを止められたラティに、黒い蛇たちが殺到する。
助けるにはWSを連打するしかない。
「くそったれっ、こうなりゃWSで――」
「――必要ない」
ラティへと殺到していた黒い蛇が一斉に霧散した。
その霧散する黒い霧の中から、メイド服姿の女が姿を現した。
「秋音……そうか、お前も察知されないのか」
秋音ハルは、気配を消してこの場に来ていた。
もしかすると、魔王に張り付いてずっと機会を窺っていたのかもしれない。
そうとしか思えない絶妙なタイミングだった。
「いけ、陣内陽一。ここは自分たちに任せろ」
「行ってください、ヨーイチ様」
足下の蛇を掻っ捌いたラティと、蛇を相手にしている秋音がそう叫んだ。
だが――
「くそっ!」
押さえられていた魔王が動き始めた。
即座に下を見れば、魔王を押さえていたゴーレムが沈んでいくのが見えた。
腐食の沼へと呑まれていくゴーレム。頭部だけが辛うじて出ている状態。
魔王は障壁で作られた道から逃げるように動いた。
ヤツには核となった【心感】があるのだ。この回避行動は当然のことだろう。俺のことを完全に警戒している。
( どうする…… )
かなり無茶だが、助走をつけて飛び込む一手しかないのかもしれない。
そうでもしないと魔王には届かない。
「陣内陽一、下だ!!」
「ちぃ」
頭を吹き飛ばされて沈んでいた蛇が復活していた。
グズグズになった頭部のまま、ゆらりゆらりと俺を目指して伸びてくる。
「ヨーイチ様!」
頭部が崩れたままの蛇は、またも挟み撃ちを仕掛けてきた。
崩れていた頭部が内から爆ぜるように裂け、無数の蛇が俺へと降り注いできた。
「くそっ、EXカリバーあああ!」
ラティと秋音には目もくれず、俺だけを狙ってくる蛇の群。
俺は即座にWSを放ち、右側から襲ってきた蛇を纏めて吹き飛ばした。
そして【加速】と【迅閃】を発動させて、WSの硬直を強引にねじ伏せる。
「っらあああああ!!」
振り向いて左側からの蛇を薙ぎ払う。
突き、切り払い、振り下ろし、刹那の三連撃。
持ちうる全てを出し切って、降り注ぐように襲い来る蛇を迎え撃つ。
WSの連射はできない。
「だらあああ!!」
胴の太さが男性の脚ほどある黒い蛇が、木刀によって爆ぜて霧散していく。
世界樹の木刀でなかったら捌き切れなかっただろう。
黒い蛇に対して木刀は本当に有効だった。次々と黒い蛇が爆ぜて霧散し――
「ヨーイチ様! 後ろに――」
「ぐがっ!?」
一匹の蛇が、背後から右肩に食らいついてきた。
メキっという音とともに、凄まじい激痛が肩を駆け巡る。
「くそったれっ!」
俺は食らいついている蛇の眉間に柄を打ち付けた。
爆ぜるように霧散していく黒い蛇。
張り付けてある竜の鱗のおかげで牙は通していないが、万力のような咬み撃によって肩は潰されていた。
EXカリバーで右側の蛇は全部吹き飛ばしたと思っていたが、一匹だけ討ちもらしていたようだ。激痛のあまり片膝をついてしまう。
「――ぐうっ」
「ヨーイチ様!!」
ラティが泣きそうな声で俺の名を呼んだ。
彼女はこちらへと駆けつけたそうだが、それを黒い蛇が阻んでいる。
じわりじわりと黒い蛇が俺を包囲してくる。
( くそっ、マズった )
右肩が全く動かない。
力が全く入らず、右腕はダラリと垂れるだけ。
しかし締め付けるような激痛は、動かぬ肩を攻め続ける。
俺は致命的な怪我を負ったかもしれない。
魔王の懐ともいえる場所で片腕が使えぬ状態。
全身から冷や汗が噴き出てきた。嫌な考えが脳裏を掠める。
――くそ、くそ、くそったれっ、
ここでこんな負傷だと!?
くそっ、このままじゃ――え!?
違和感を覚えそこに視線を向けると、右肩が淡い光に包まれていた。
「……この光は、まさか」
この淡い光は何度も見たことがある。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も助けてもらった覚えがある光。
「言葉……」
後ろを見下ろすと、後方に待機しているはずの言葉がそこに居た。
ガレオスさん、ドルドレーさんが彼女の護衛についている。
「おう、さっさと行け、陣内」
黒い蛇を薙ぎ倒しながら、上杉がそう大声をあげてきた。
「邪魔をしない、でえぇぇいい!」
「これ以上はさせないよ!」
「はああああああ!!!!」
伊吹、椎名、下元が、俺に向かおうとしていた黒い蛇を切り払った。
彼ら彼女が放ったWSの光が、まるで花火のように咲き誇る。
「おっしゃああ! 根性いっぱああああああつ!!」
「小山! お前、何を――って、おい、まさか!?」
勇者小山が、サリオの土パルトによって飛んでいた。
緩い放物線を描きながら、花火のようなWSの光に紛れて魔王へと飛んでいく。
そして――
「陽一クン! ここはオラに任せろおおおお!」
なんと小山は、腐食の沼に呑まれかけているゴーレムの頭に着地した。
いまの衝撃でゴーレムは完全に沈み、小山は腰の辺りまで腐食の沼に浸かった。
「馬鹿か! そんなことをしたら……」
小山の身体から煙が上がっていた。
間違いなく激痛に襲われているはず。
現に泣きそうな程に顔を歪めている。が――
「ぐううううううううう!! オラは離しましぇえええんんん」
魔王を決して離さなかった。
小山の【重縛】が魔王を完全に捉える。
ビシリと魔王の動きが止まった。
「――行って、陽一君。私が絶対に届けるから!」
「葉月! それにサリオ……」
声に引かれて葉月を見ると、彼女たちは黒い蛇に囲まれていた。
護衛の小山がいなくなったのだ、これ幸いと黒い蛇が彼女たちにも殺到していた。
サリオはMPがもう枯渇しているはずなのに、結界のローブを発動させて蛇どもを遮っている。小山と同じように、その表情はとても辛そう。
「行って、陽一君」
「ぎゃぼおお!! もう限界ですよですーー! だからジンナイさん、早く倒しちゃってですよです!」
障壁の中から葉月が強く俺に言ってきた。
サリオは泣き言なのか、泣き言なのか、それとも泣き言なのか、そんなことを言ってきた。
「……この形は、椎名のと同じヤツ」
足場の障壁が形を変えていた。
長方形の形から、縦長の六角形へと変化していた。
黒い蛇が足場の障壁を砕こうと試みている。
しかし葉月の張った障壁は、蛇に屈することなく耐えていた。
「ああ……」
気が付けば、ほぼ全員が俺のフォローをしていた。
早乙女、三雲、霧島は放出系のWS放ち続け、これ以上蛇が寄らないようにしてくれている。
「ヨーイチ様!」
ラティと秋音が、死に物狂いで道を開けてくれていた。
多少の被弾は構わぬとばかりに、彼女たちは傷を負いながら黒い蛇を排除している。
「……行くぜ」
魔王への道は完全に開けた。
いや、みんなに開いてもらった。
言葉は自身の危険を顧みず俺の肩を癒やし。
上杉、蒼月、椎名、伊吹、下元はいまも巨大な蛇の相手をしてくれている。
早乙女、三雲、霧島が、俺を包囲しようとしていた蛇を蹴散らしている。
小山は腐食の沼に飛び込んで、激痛に耐えながら魔王の動きを止めてくれている。
葉月は、小山が動き止めた魔王へと新しい道を作ってくれた。
ラティと秋音は、刃の嵐となって露払いをしてくれている。
特にラティは、身体を張って道を切り開いてくれている。
ふと、口元が緩みそうになった。
召喚された当時を考えると、本当にとんでもない場所に立っている。
まさか俺が、勇者全員に支えられているとは……
最初と変わらぬのはラティだけ。
「――シィッ」
全員に背中を押され、足場を踏み砕きかねない迅さで駆ける。
一気に距離を詰めると、魔王が眉間から蛇を生やして迎撃してきた。
だが蛇のサイズが小さい。ロープ程度の大きさでは俺を止めることはできない。
俺は襲いくる蛇を無視してそのまま直進。
纏っている黒鱗装束改に蛇どもが噛み付いてくる。
しかし付加効果に頼った装備品とは訳が違う。先ほどと同じように、黒竜の鱗は蛇の牙を通さず俺を守った。
顔を目がけて一匹の蛇が襲ってくる。
顎を引いて蛇を額で受ける。
面当てが弾き飛ばされた。
だがこれで完全に距離を詰めた。
「――っ!」
魔王の眉間から、阿修羅像の出来損ないようなモノが生えてきた。
大きさが不揃いな複数の腕。
粒が大きい葡萄のような頭部。
その歪な頭部には、見たことがあるヤツらの顔があった。
荒木が憤怒の表情で俺を睨んでいる。
北原が恨めしそうな目で睨めつけている。
歪な人影が泥でできた大剣を振り上げる。
大剣で俺を迎え撃つつもりなのだろう。しかし――
「遅えええええ! 消え去れっ、乾坤――ぐっ!!??」
WSを放とうとした瞬間、全てにブレーキを掛けるような、そんな猛烈な脱力感が襲いかかってきた。
「ぐっ、これは……」
俺はこの感覚を知っている。
いや、先ほどの戦いで経験した――
――くそったれ!!!
ここでSP切れだと!? ちくしょうっ、WSを使い過ぎたっ、
あと少しだってのにっ
魔王がニヤけた面をした気がした。
ヤツはいま、俺がどんな状態なのか把握したのだろう。
俺はSPを使いすぎた。
――くそおおおおおお!
あと一歩なのに、アイツにWSを叩き込めば…………………………え?
SP枯渇による脱力感に襲われている中、幻を見た。
魔王は眼前、だがSP切れで乾坤穿が放てない。
そんな絶対絶命な瞬間だというのに、俺はあり得ない光景を目にしている。
一人の少年が目の前に立っていた。
ニッコリと、俺の方を見て微笑む少年。
その微笑む少年は、初代勇者に見せられた過去の映像の中に出てきた、トリスタンという名の王子にとてもよく似ている。彼を少し幼くした感じ。
少年は身体を半歩ズラし、スッと魔王を指差す。
何を意味しているのか分からない俺ではない。魔王を倒せと――
「――っ!」
突如、”力”が漲った。
必殺のときだ――
「があああああああああああ!! これで終わりだ! ――乾坤穿!!」
葡萄のような頭部に、光を放ち白刃と化した世界樹の木刀を突き立て穿つ。
『――ッ!!!』
一瞬、荒木たちが目を見開いた。
そして次の瞬間、木刀で穿った場所が大きく広がっていく。
広がった空間は加速してさらに広がり、それは魔王を全て呑み込み――
消滅させた。
霧散ではなく完全な消滅。
目の前にいたワニのような魔王が、いなくなった。
急に景色が広がる。
魔王が邪魔で見えなかった中央の城がよく見える。
隣にいた少年は消えていた。
「……あれ?」
こうして俺は、魔王を消滅させたあと自由落下を開始した。
あと少しで終わりです;