君に届け、木刀
みんな八十神が好きですよね?
色んな意味でw
状況は小康状態だと思っていた。
魔王からの攻撃は減り、その黒い斬撃を余裕で躱していた。
煽るための放出系WSも忘れず、しっかりと魔王を捌き切っていた。
黒い靄があるのでさすがに有効打にはなっていないが、それでも注意は引けていた。
そして椎名の縦長の結界は、魔王の黒い斬撃と相性が良いらしく、斬撃を全て防ぎ良い囮として動いていた。
だから後はSPの回復を待てば良い、そう考えていた。
しかし状況をそこまで楽観視できるものではなかった。
魔王の方は何とかなるのだが、湧いていた魔物の方が厄介になっていた。
そう、湧いていた魔物が魔石魔物級へと変わっていたのだ。
雑魚の魔物と魔石魔物級では、その脅威度は比べ物にならない。
魔石魔物級を相手にするのならば、個人ではなくチームで当たる必要があった。
俺たちはこの想定外の事態に、貴重な戦力を割かねばならなくなった。
「陣内君、橘さんに弓を渡すよ」
「……ああ、仕方ねえ」
SP回復魔法を掛け終えた赤城がそう聞いてきた。
正直なところ、あのクソ女には武器を持たせたくない。俺は何度も射貫かれ掛けたことがあるのだから。
だがしかし戦力が足りない。レプソルさんと分断されたのが特に痛い。
なので俺は、仕方ないと赤城の提案を了承した。
「彼女に弓を渡してやってくれ」
「はい、アカギ様」
赤城から指示を受けた者が橘へと駆けていった。
弓使いは高火力だ、魔石魔物級との戦闘では非常に頼りになる。
それに貴重な戦力を遊ばせている余裕はない。さすがにこの場で俺を射貫きに来るほど馬鹿ではないだろうと思う。
――大丈夫だよな? 大丈夫だよな?
マジで頼むぞ……あと【神勘】、マジで頼むぞっ!
「あと、陣内君」
「ん? まだ何かあんのか?」
「その木刀であの黒い霧を払って欲しい。前と同じように、その木刀を持って前に出て振り回して欲しい」
「了解してラジャだっ」
元からそのつもりだった俺は、【加速】を発動させぬように気を付けながら駆け出す。
少し進んだ辺りで薄らとだが昏くなった気がする。
どうやら思ったよりも黒い靄は広がっていたようだ。俺は少しでも仲間が有利になるように、ラーシルに願いを込めて木刀を振るった。
「おしっ!」
たった一振りで確かに手応えを感じた。
願いを込めた木刀は、以前よりも強く広く黒い靄を打ち払った。
一瞬にして黒い靄が霧散する。
「お! やっと前に来やしたかダンナ」
「わるいガレオスさん、赤城に魔法を掛けてもらってた」
「遅いのよアンタ。ほら、ちゃっちゃと黒いの払ってよ」
「ああ、分かってる」
WSの威力が下がるから、黒い靄をさっさと払えと言ってくる三雲。
確かにそれは大事なこと。低威力のWSでは魔王の気を引けなくなるかもしれない。
そうなったら注意が引けなくなって後衛組へと攻撃が向く危険性がある。
それだけは避けたいところだ。
「いい、絶対に沙織には攻撃させないからね」
「あいよ。――じゃあ斬り込むか」
「お供します」
俺はラティと共に前へと出た。
もっと魔王に近づいて多くの黒い靄を払う必要がある。
「―――っくる!」
近づいた瞬間、凄まじい殺気が降り注いできた。
荒木の意識はほとんど感じられないが、意思だけは感じた。
そして他のヤツらの殺気も突き刺さってくる。
「ちぃい!」
殺気を追うように無数の黒い斬撃が放たれた。
SP消費を抑えねばならないのに、あまりの猛攻に【加速】を発動させて回避する。
「陽一っ!? ――っこのヘビ野郎があああ!」
葉月たちの所まで下がっていた早乙女が、ワニのような頭にWSを放った。
さすがは勇者の放つWSをいうべきか、放たれたWSは魔王の眉間に突き刺さった。
きっと俺を助けるために放ったWSだろう。――だがそれはマズい。
「アホか! そこで撃つな! 何のために前衛が前を張って――っ!」
俺は叫びながら己の失態に気が付く。
相手は【心感】持ちだ。この動揺は間違いなく魔王に見られたはず。
何かを企んでいる感情の色で埋め尽くしていたのに、激しい動揺の感情を見せてしまったのだ。
確認のための視線を飛ばせない。
もし確認すれば、その先が急所だと知られることになる。
俺は魔王を睨みつけながら、何とか動揺を消そうと努めた。
「おっしゃ!」
黒い斬撃は俺に向かって放たれた。
どうやらターゲットは変わらずに俺のようだ。
木刀を振り回しながらそれを回避して、黒い靄をどんどん払っていく。
「おらっ、どんどん来い!」
魔王を煽りまくる。
不意さえ突かれなければどうということはない。
「あの、ご主人様」
「ん?」
魔王の注意を引いていたら、ラティがおずおずと話し掛けてきた。
「魔王の様子なのですが、妙に低くありませんか?」
「ん? 低く……あっ」
魔王の頭の位置が低くなっていた。
魔王ユグトレント・アラキとなったとき、平べったい身体があったはずだ。
だが今は、その身体がほとんど見えなくなるほど地面に沈んでいた。
「――っ!?」
突如、地面の下に何かが見えた気がした。
いや、見えた。
悪意で出来た塊のようなモノが見えた。そしては地中に根を張るように伸びて――
「くそったれっ! そこっ、逃げろ!」
俺は葉月たちに向かって叫んだ。
これに気が付けたのは【神勘】のお陰だろう。
俺は全力で駆けた。
「何だ!? ――おわああああああああ!!」
前を警戒していた八十神が異変に気が付くと同時に、地面が裂けてそこから黒いモノが噴き出した。
その黒いモノは蛇の姿を形取り、文字通り鎌首をもたげて八十神を見下ろした。
「あの馬鹿っ!」
八十神は蛇に睨まれたカエルのように固まっていた。
怯えて立ち竦んでしまい、葉月たち後衛を守る様子は皆無。
「――っら!!」
躊躇っている暇はない。
【加速】と【迅閃】を発動させ、俺は一気に加速して黒い蛇を薙ぎ払った。
木刀による一閃、鎌首をもたげていた黒い蛇が霧散する。
「きゃあああああ!」
ギリギリで間に合ったと、そう安堵しかけたそのとき悲鳴が上がった。
葉月たちのすぐ横に、先ほどと同じ黒い蛇が地面から生えていたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想やご質問など頂けましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字も……