ぶっぱ系の魔王
遅れました-;
魔王との第三ラウンドが始まった。
ヤツの全長は30メートル以上。
ダラリと広がった身体は大通りを完全に塞ぎ、俺たちを北と南に分断した。
北側を担当していた陣内組と離されてしまった。
状況を見るに、陣内組と合流することは厳しそう。
俺たちを分断した魔王はその場から動かず、放出系の攻撃を放ってきていた。
黒い斬撃が無数に降り注ぐ。
そんな中、真っ先に動いたのは冒険者たち。彼らは勇者たちよりも迅速に行動を開始した。
一ヵ所に固まらず、皆散ってターゲットの分散に務めた。
挑発するように前へ出る者や、注意を引くためにWSを放つ者もいた。
彼らの意図はすぐに分かった。
葉月や言葉といった後衛組が狙われないように動いたのだろう。
【心感】で感情の色が見えたとしても、狙いの意図を読み切ることができる訳ではない。なので魔王は、その冒険者たちに釣られていた。
「ホント、マジで頼りになるな……」
あまりの対応の早さに感心してしまう。
ガレオスさんからそこまで具体的な指示は出ていないのに、彼らはさも当たり前のように動いていた。
当然、勇者たちもそれに続いた。
椎名は葉月と言葉を守りながら後ろへと下がり、小山もそれに続いた。
伊吹、三雲、下元、上杉、蒼月、柊も各自の判断で動き始めた。
「はああああ! WSスターレイン!」
「ナブラあああああ!」
三雲と上杉が放出系WSを放った。
相手は30メートルを超える巨体だ。放たれたWSは外れることなく魔王へと着弾した。が――
「何だよっ、またあの黒いのかよ!」
上杉がクレームでもつけるかのように吠えた。
「司、相手は魔王なんだから、またアレがあってもおかしくないだろ?」
「ちっ、めんどくせえ。さっきは無かったのに」
蒼月が言うアレとは、魔王ユグトレントも纏っていた黒い霧のこと。
周囲に居る者の動きを阻害し、魔法やWSの効果を減衰させる黒い霧が、前よりも濃い状態で漂っていた。
いま放ったWSは黒い霧に飲まれ、明らかに威力が下がっていた。
オロチのときは無かったので失念していたが、魔王には黒い霧があるのだ。
「近寄り過ぎるなっ、アレに飲まれんじゃねえぞ」
「ああ、わかってら。ってか、アレに近寄れっかよ。何かダイサンショウを思い出すな」
「嫌なヤツを思い出させるなっ」
「下がれ下がれっそこ!」
「ああっ! サオトメさま! そこは危険だから下がってください!」
「おーーい! 誰かサオトメ様を下げさせろ! ハヅキさまのところまで下がら――って前に出ないでくださいいい」
「頼む、誰か引っ張っていってくれー!」
声を出して注意し合う冒険者たち。
少々雑なやり取りだが、これはとても重要なこと。
これを怠ってやられたヤツを何人もみたことがある。
そんな冒険者を追うように、魔王が黒い斬撃を放ってきた。
しかし何の工夫もない放出系WSだ、そんな攻撃を喰らう彼らではない。ヒラリヒラリと避ける。
しかも黒い斬撃の攻撃頻度はグンと下がっていた。
おそらくだが、あの斬撃を放つにはSPみたいなモノが必要なのだろう。
だから最初はバラ撒くように連射してきたが、いまは俺と同じようにガス欠状態なのかもしれない。
俺はそれを見極めるため、魔王ユグトレント・アラキをじっと観察した。
( ん? )
すると冒険者たちが言うように、ふとダイサンショウのことを思い出した。
魔王ユグトレント・アラキは、どこかダイサンショウを彷彿させる雰囲気があった。
( 似てる訳じゃねえけど、何か同じ感じがすんだよな…… )
魔王のいまの姿は、大通りに毒の沼が湧いて、そこから巨大なワニが顔を出しているような感じだ。
山椒魚に似たダイサンショウに似てなくはないが、外見以外の部分も似ている気がした。
( あっ、やっぱそうか…… )
魔王の身体に触れていた建物が、飲み込まれるように崩れていった。
それはまるで、建物を吸収するかのように。
それを見て確信する。
「小山っ、絶対に突っ込んだりするなよ。お前はそこで葉月たちを守ってろ」
「りょ、了解」
ダイサンショウのときは足止めのために突っ込ませたが、この魔王は動く様子がない。どちらかと言うと動けないに近い。
なので俺は、馬鹿が馬鹿なことをする前に釘を刺しておいた。
そしてもう一人、大馬鹿野郎にも釘をぶっ刺しておく。
「八十神、荒木を助けよう何て馬鹿なことを言うなよ」
「なっ!? だけど彼は――」
「――アホかっ!」
俺はヤツの反論を速攻で遮った。
ヤツが何を言おうとしたのかおおよその見当はつく。
不可能だと思っていた魔王化の阻止をやってのけたのだ。
だからラティのときと同じように、魔王と荒木を切り離せないかと言うつもりなのだろう。
しかし状況が全く違う。
ラティのときは、魔王が【蒼狼】に宿ったのだ。
だから【蒼狼】を切り離すことで分断することができた。
だが荒木は違う。
荒木という器に魔王が入り込んで浸食し、そして融合した。
しかもヤツが望んで受け入れたのだ。
いまは後悔の怨嗟みたいなことを吐き散らしているが、この魔王化はヤツが望んだこと。助けてやる道理などない。
そもそも、荒木を助けようなどといった考えは微塵も過ぎらなかった。
しかし動かない八十神の顔を見たとき、このアホはもしかしてと思ったのだ。
「なあ陣内。どうにか……」
「――っなるか馬鹿! ってかよう、例の覚悟ってのはどうなったんだよ」
「あ、ああ……それは……」
「くそが」
コイツの稚拙な思考は考えなくても分かる。
あのとき言っていた覚悟とは、要は俺を殺すための免罪符だったのだ。
八十神はオラトリオから聞いていた。俺が魔王化するだろうということを。
結局のところ、コイツには覚悟などなかったのだ。
反吐が出るほど情けない。だが――
「八十神、まだ盾は残ってんだろ? それで葉月たちの盾になれ。いいか、絶対に斬撃から逃げんなよ。それでアイツらを守れ」
「……分かった。言われなくてもやってやる」
安堵の笑みを浮かべたあと、キリッとした顔を見せる八十神。
コイツの露骨な表情の変化に心が透けて見える。
前に出ないで良いからホッとしているのだろう。
しかも葉月を守るという建前つき。
いまのコイツにとってその役目は非常に有り難いはず。
「椎名、これで前に出られるな?」
「うん、いけるよ。八十神君、彼女たちを任せたよ。……絶対に守ってね」
とても柔らかい口調でそう言った椎名。
だが後半の方は、何とも言えない威圧感を感じさせた。
それに呑まれ、『ああ……』とだけ返す八十神。
「椎名、頼むぞ。魔王をフリーにすると嫌な予感がする」
「うん、ボクも同じだ。時間を与えるのは絶対に駄目だ。……あれって荒木君が使っていたWSだよね」
椎名は俺と同じことを懸念していた。
あれとは黒い斬撃のこと。あれは言うならば闇堕ちした世界樹断ち だ。
威力は正規の世界樹断ちほどではないが、それでもなかなかの高威力。
そして、もしあれが本当に荒木の使っていた世界樹断ちならば、連射ではなく溜めしたときに真価を発揮する。
いまは挑発に釣られて連打をしているが、俺たちが退いて目標がいなくなると他のことをする危険性がある。
威力を溜めて城でも狙われたら堪ったものではない。どれだけモノを薙ぎ払うか考えたくない。
「陣内君、ボクは先に行くね。だから君は赤城君から回復魔法を掛けてもらってくれ」
「すまん、任せた」
俺は椎名を送り出したあと、赤城のもとへと向かう。
魔王を消滅させるためには乾坤穿が必要だ。
しかしそれは先ほど放ってしまったので弾切れとなった。
なので俺は、SP回復のために一旦この場から退いたのだった。
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あと、誤字脱字も教えて頂けましたら……