荒ぶる魔王
荒木がとんでもないことを叫んだ。
まるで命令でもするかのように魔王へと向かって叫んでいた。
「荒木君っ!」
「――ぐっふ!? てめ赤城! くそっ、これを解きやがれ」
赤城が即座に魔法を唱え、土で出来た蔓で荒木を縛り上げる。
ハリゼオイすら縛る赤城の拘束魔法だ、荒木が引き剥がそうと足掻くが簡単に剥がせるモノではない。ヤツはガッチリと拘束された。
俺は視線を荒木から魔王へと戻す。
いますべきことは、目の前の魔王を消滅させること。
荒木が何をしようとしたのか何となく分かる。
( だがこれでもう終わりだっ )
「これで消え去れ魔王。WS乾坤――なっ!?」
乾坤穿を放とうとした瞬間、魔王ユグオロチは黒い霧へと姿を変えた。
一瞬、誰かが倒してしまったのかと背筋が凍りつく。
しかしヤツを倒すような攻撃は加えていない。椎名が多少ボコってはいたが、あれはしっかりと手加減されていた。
だと言うのに、魔王ユグオロチは黒い霧となって霧散して――
( ――違うっ! )
俺は弾かれたように振り向いた。
黒い霧となった魔王は、新しい宿主を見つけたのだ。
そしてその予測は正しかった。
漂っていた黒い霧は、吸い込まれるように荒木の身体へと入っていった。
「――っ」
逸る心を冷徹へと研ぎすませる。
霧状の魔王を攻撃しても意味はない。木刀で払ったとしてもただ散るだけだ。
目的は魔王の消滅であって散らすことではない。
俺は黒い霧が入れ物に収まるをじっと待つ。
荒木の穴という穴に黒い霧が入り込んでいく。
「っがあああああああああっ!! 痛えエエエエエ!!」
入り込む際に激痛でもするのか、荒木が喚くように悲鳴をあげた。
すると次の瞬間、荒木の肩が大きく膨れ上がった。
俺に穿たれた傷口が広がり、そこに黒い霧がどんどん流れ込んでいく。
「何だ? 何だってンだよおおおおお! クソ痛――っがああああああ!!」
膨らんでいた肩が爆ぜた。
血しぶきが舞う凄惨な光景に誰もが息を呑む。
そしてその爆ぜた所に黒い霧が殺到していく。
黒い霧が流れ込めば流れ込むほど荒木の身体が膨らんだ。
「あがっ、出てけっ! 出て行けよおおおおおお――あああああああああああああああああ!!」
目を背けたくなる光景。
女性陣はほぼ全員が目を逸らし、異形へと姿を変えていく荒木から逃げた。
俺はそんな中、冷静にタイミングを計る。
黒い霧はまだ全て入りきっていない。
「ひぃっ!」
小山の情けない声が聞こえてきた。
情けねえヤツだ、と思う一方、仕方ねえかとも思う。
黒い霧が入り込んだ荒木の姿は、酷く歪で凄惨な、そんな姿へと変わり果てていた。
身長は倍以上に、横幅に至っては十倍以上。
水を流し込まれた風船にようにブヨブヨと大きくなっていた。
『――あ、が……ああ……』
聞こえてくる荒木の声が、人の声帯から発せられた音ではなく、何か別なモノから漏れ出たような、そんな濁った音へと変わっていた。
「荒木君……何故そんな馬鹿なことを……」
八十神が分からないとつぶやく。
俺としては、お前なら解るんじゃ? と思うが、どうやら本当に解らない様子。
俺は見当がつく。荒木が何故こんなことをしたのか。
ヤツは殺意を滾らせるような嫉妬をしていた。
早乙女の頭を撫でたとき、ヤツから射貫くような殺意を感じた。
きっと俺に殴りかかりたかったのだろう。
しかし俺に敵わないことを理解している。だから動かなかった。
仮に動いたとしても、次の瞬間俺によって打ち倒される。ヤツはそれが分かっていた。
だから魔王を頼ったのだろう。
魔王ユグオロチには【犯煽】がある。荒木はそれに惹かれた。
荒木の中にある悪意がそれに反応した。
そしてその悪意に魔王が引かれた。
それがこの結果なのだろう。
後先全く考えていない、ただ嫉妬に駆られた阿呆の末路だ。
『ああ……痛い、痛い……嫌だ……もう嫌だ……』
荒木から後悔の言葉が聞こえてきた。
余程苦痛なのだろう、吐き出す言葉が完全に泣き言へとなっていた。
しかし魔王へとどんどん浸食されて、もう人間だった頃の原型が残っていない。
「……荒ぶる木で、魔王ユグトレント・アラキか」
【鑑定】で名前を調べたのか、赤城がそんなことを口にした。
俺はその魔王ユグトレント・アラキを見上げる。
魔王は身体をさらに大きくしていた。
ひょっとすると高さは30メートルを超えているかもしれない。
前の魔王ユグトレントに比べるとまだ低いが、その醜悪さは前を遥かに上回っていた。
ヘドロのような身体から生えたワニに似た大顎。
複数の眼をギョロつかせ、脇からは蠢く蛇頭が8本生えている。
脚らしきモノは見当たらず、その姿は生物という枠から完全に逸脱していた。
一言で言い表すならば、完全に失敗した合成生物。
もし自分が制作者だったら絶対に廃棄処分する。そんなおぞましい姿だった。
( あと少し…… )
残っている黒い霧があと僅かとなった。
あと数秒で全て入り込むだろう。
荒木を消し去ることに躊躇いなどはない。そんな覚悟はとっくに出来ている。
「――いまっ!」
狙うべき対象は倍の大きさになった。
しかしやるべきことは変わらない。WSを放ってヤツを消滅させる。
「じゃあな、荒木。――WS乾坤穿っ!!」
天を突くように、魔王ユグトレント・アラキに向かってWSを放つ。
木刀から放たれた閃光が、魔王の首元へと伸びた――そのとき。
『ッガアアアアアアアアアアアアアア――』
「なっ!?」
魔王が黒い斬撃を撒き散らした。
2~3発程度なら問題ない。その程度ならば斬撃ごと魔王を消滅させられる。
しかし押し切られるほどの斬撃が、俺が放ったWS乾坤穿を相殺した。
「避けろおおおおおおおおお!」
椎名が怒声を上げる。
撒き散らすように放たれた黒い斬撃は、俺のWSだけでなく周囲も抉った。
「くそったれ!」
首を刎ねにきた斬撃を屈んで避ける。
俺は前方を注意しつつ辺りを見回す。
「……くそ」
吐き出すような言葉しか出てこない。
魔王と戦っているのは歴戦の冒険者たち。
ただ放たれただけの斬撃を喰らうようなヤツは一人もいない。
葉月と言葉の前には、小山が盾を、椎名は結界を展開させていた。
きっと盾と結界で斬撃を防いだのだろう。彼女たちは無傷だった。
そう、彼女たちは無事だったが……
「ぎゃあああ、足がっ! オレの足があああ!」
「うぐ、誰か助けてくれ、誰か回復魔法を」
「きゃああああああああ! マルコ! マルコしっかりして! 目を開けてよ!」
悲鳴と助けを請う声が一斉に吹き荒れた。
避難せずに戦いを見ていた野次馬たちは、いまの黒い斬撃をまともにもらっていたのだ。
パッと見だが十人近くは死んだだろう。負傷者の数は少なくともその倍以上。もう一度今のが放たれたら被害はもっと広がる。
「ちぃっ、ガレオスさん」
「ええ、分かっていやすぜ。伊吹組は負傷者を運び出せ! 死んでいるヤツは諦めろ。いいか、治療しようなんて考えるなよ。いまはそのMPが惜しい」
魔王との戦場に、いまさら遅すぎた指示が響き渡った。
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あと誤字脱字もー;