チェーンソーが効くタイプのヤツ
遅くなりましたー
「陣内君、魔法を掛け直すよ」
「はい」
早乙女の頭から手を離し、俺は魔法を掛けてもらう姿勢を取る。
背後からガウガウと、もっと撫でろとのプレッシャーを感じるが、すぐ横からの、『わたしのです』との無言ジト目を感じるのでスルーした。
「なんか色々と大変そうだね」
「いえ……普通です」
「……なるほど、取り敢えず魔法を掛け直すよ」
SP回復魔法を掛け直しに来てくれたハーティは、手をかざして魔法を唱えた。
手から放たれた淡い光が俺を包み込むと、腹の奥底の方がかっと熱くなってくる。
「どうだい? これでいけそうかな?」
「はい、何も消費しなければ……たぶん」
「あれだね、【神勘】の効果を切ることができれば良いんだけどね」
「常時発動タイプみたいだから……」
新しい【固有能力】の【神勘】は常時発動らしく、俺が意識していなくても勝手に発動するモノだった。
当然、何か起きる前に察知できるのだから非常に有り難い。
だがしかし、何かを注意して見ていたりすると通常よりも稼働するようで、要はSPをゴリゴリ消費するという欠点があったのだ。
なので俺は、余計なことに気が付かぬよう気を抜く必要があった。
何かを注意して見れば見るほど消費が激しいのであれば、その逆を行えば消費は軽減するはず。
「う~ん、いっそ眠っちゃう? あの魔王みたいに」
「勘弁してくれ」
本気なのか冗談なのか、ハーティはそんな提案をしてきた。
しかし今は魔王との戦闘中。SP回復のためとはいえ、さすがに眠る訳にはいかない。
いくら相手が眠っていようとも……
「しかし、魔王に睡眠系の魔法が効くって……」
「うん、眠らせた僕がいうのもなんだけど……かなり情けない魔王だよね」
いつのまにか、八匹のうち二匹が地に伏して眠りについていた。
魔王との戦闘が本格的に始まる前に、俺は【蒼狼】の特徴を手短に説明した。
【心感】のことを明かすと後々面倒なので、【心感】は【索敵】の上位版のようなモノだと濁して説明をした。
だから背後を取るような不意討ちは通用しないので、堂々と前から攻めるようにと言っておいた。
他には【魅了】と【犯煽】のこと。
【蒼狼】にはその二つの【固有能力】が内包されているので、魅入られたりしないようにと注意しておいた。
そして野次馬どもが避難しないのは、それが原因だろうとも伝えておいた。
次は【蒼狼】の弱点。
弱体魔法には滅法弱いので、ありったけの弱体魔法を重ね掛けしてくれと指示を出した。
そしてその結果、掛けられる弱体魔法を全て掛け終えたハーティは、とうとう睡眠系の魔法までにも手を出したようだ。
いくら何でもそれはさすがに効かんだろうと思っていた。
だが魔王ユグオロチは、寝た――
「あ、もう一匹寝た」
3匹目が眠りについた。
魔王との戦闘がどんどん楽になっていく。もう完全に”舐めプ”状態だ。
いままで俺は、戦いで相手を舐めるような真似をしたことがない。
倒せるときは確実に速攻で仕留める。それを信条としていた。
決して油断や遊ぶなどといった、そういった舐めた真似はせぬように心掛けていた。
だが――
「まさか、初めての舐めプが魔王とは……」
色々ともう脱力感が酷い。
倒せないのはSP回復中なのだから仕方ないが、やはりそれでも思うところがあった。
つい先ほどまで、俺は勇者を全員敵に回していた。
様々な斬撃をくぐり抜け、次々と勇者たちを打ち倒していった。
まさに死闘、そういった戦いを繰り広げていた。
だというのに、いまはそれが真逆になっている。
「ここまで楽勝とはねえ。あれだね、変身をあと2回残していそうだよね」
「ハーティさん、変なフラグを立てないでください。あと、1回すでに変身しているので残っている変身はあと1回です」
「あ~、そっか。第一形態はラティちゃんだったんだっけ?」
非常に緊張感のない、そんな雑談を俺たちは続けていた。
「……葉月さん」
「うん? 何かな八十神君」
( ん? )
少し離れた場所、負傷者に回復魔法を掛けていた葉月のもとに八十神がやって来ていた。
切羽詰まったような顔をしている八十神と、それをいつもの笑顔で応じている葉月。
( ……何だ? )
あまり気を張ってはいけないのだが、少し気になったので聞き耳を立てる。
八十神の表情がどうにも気に食わない。
「約束……本当に守ってくれるんだよね?」
「うん、八十神君の話をあとで聞くってことだよね? ちゃんと約束は守るよ」
「なら良かった……じゃあ行ってくる」
そう言って八十神は魔王へと駆けて行く。
無言でそれを見送る葉月。
「う~~ん、あれって人の顔だよね?」
「へ?」
八十神に気を取られていたが、ハーティの声に戻され示す先を見た。
「あ、ホントだ。人の顔が……って!? あれって北原!?」
魔王ユグオロチ、八匹の蛇の眉間に人の顔を浮かび上がっていた。
少なくとも最初は無かったはず。だから途中から浮かび上がったのだと思うが、浮かび上がっている顔が何ともいえない連中ばかりだった。
( あ、そういやラティが言ってたか )
朧気だが、浮かび上がっているヤツらが誰だか分かった。
北原、ゲイル、ヴェノム、デウス、ジャア、レフト、フユイシ、あとエウロスの長男らしき者。
メンツが色々と濃すぎる。そしてとてもクソ野郎過ぎる。
ふと横を見ると、浮かび上がっている連中が誰か分かったのか、ラティも眉をひそめている。
「陣内君……あれってまさか」
「いや、言わないでください」
顔が浮かび上がっている連中は、全員俺のことを恨んでいたヤツらだ。
何と言ったらよいのか、今代魔王の成分が嫌すぎる。
「あ、あ~~。何か椎名君が荒ぶっているねぇ……」
「だな」
小山のフォローに回っていた椎名が、突如一匹の蛇をボコボコにしていた。
叩き上げては叩き落し、横に薙いでは逆側から叩く。
まるで格闘ゲーのコンボのような攻撃を放ち続けている。
「あの、あれは?」
「ああ、あれはあまり気にするな」
椎名がボコボコにしているのは、エウロス長男の顔が浮かび上がっている蛇だった。
魔剣に操られていたとき、確か椎名はヤツの口車に乗せられて言葉を攫ったことがある。
――だからだろうな……
だからやってんだろうな、
あの椎名が熱くなっていた。
ただ、剣の腹で叩いているので、完全に冷静さを失っているようではない。
「ん?」
他の者も浮かび上がった顔に気が付き始めたのか、それぞれが反応を見せていた。
特に強い反応を見せているのは綾杉。
彼女は葉月の後ろに隠れ怯え縮こまっている。
きっとレフト伯爵の顔に気が付いたのだろう。
それを察した葉月が、優しく彼女の髪を撫でている。
「陣内、アンタまだSP回復しないの? あの連中の顔をこれ以上見たくないんだけど。ったく、SP管理ができてないって素人じゃあるまいし」
「唯ちゃん。陽一さんはさっき使えるようになったばかりだから……ね?」
ツンツンでやって来た三雲と、その三雲をやんわりと注意する言葉。
三雲は雑魚の魔物を殲滅させ、言葉は回復魔法を掛け終えて手が空いたようだ。
「あとちょいだ。そんであのWSを撃って終わりだ」
「ふん、あっそ」
「そうですか、やっと終わるのですね……」
「ああ」
旅の終わりが近づいていた。
魔王を倒すという、召喚された勇者たちの旅が――
「よし、そろそろいけるな」
俺は周りに聞こえるように声をかけ、世界樹の木刀を強く握った。
ドクンと、鼓動のような振動が返ってくる。
「……ああ、任せろ。ラーシル」
「ラーシル?」
「いや、何でもない」
言葉が不思議そうに訊ねてきたが、何となく答え難かったので誤魔化す。
そして何かを察したラティさんの頭を撫でて誤魔化す。
「――っ!?」
蕩けそうになった顔を引き締めるラティ。
どうやら俺の撫では、マジで凶悪なモノとなってしまったようだ。
あのラティさんが気を引き締めねばならぬほどなのだから。
「小山下がれ! 俺のWSに巻き込まれんぞ!」
「はえっ!? なにそれ、何かすっごい怖そうなんだけど」
前で戦っていた者が一斉に散っていく。
俺が何をするのか分かっている様子。
「ふうぅぅぅ」
息を深く吐いて精神を集中する。
ターゲットの魔王ユグオロチは、半数の蛇が眠ってしまっているため逃げだそうにも逃げられない状態。仲間の頭を叩いて起こそうとしている。
「終わりだ。これで――」
「ざけんんあああああああ!!」
突如後ろから声が上がった。
声の主は、勇者荒木。
凄まじく嫌な予感が駆け巡る。
「くそったれがっ! オレを使いやがれ! このオレを!」
「何を?」
勇者荒木が、両の手を上げてそう絶叫していたのだった。
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