最弱の魔王
おくれましたー
「何だかな~」
緊張感のない声がうっかりと零れてしまう。
「まあ、そうでさぁねえ」
しょうもない呟に相槌を打ってくれるガレオスさん。
しかしこんな溜息交じりの呟きが出てしまうのも仕方がないこと。俺たちの眼前、少し離れた場所で魔王がフルボッコにされているのだから。
( これが魔王かぁ )
小山によって押さえられた魔王は、【重縛】の効果で移動することが叶わず、伊吹、椎名、上杉、蒼月に切り刻まれていた。合流した冒険者たちもそれに参加している。
「……」
ふと、冒険者たちが合流したときのことを思い出し、チラリとガレオスさんを盗み見る。
アレは本当に驚いた。
外に居た冒険者たちは、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように動き、周囲に湧いていた魔物の排除を開始した。
そして逃げ遅れた住民たちを避難させ、魔王と戦える状態を整えた。
赤城の指示があったとはいえ、あれは本当に統率がとれた動きだった。
ただ一部の住民たちは、ある理由でいまだに避難していない。
避難誘導には従わず、勇者と魔王の戦いを食い入るように見つめ続けている。
しかし冒険者の仕事は戦うこと。
なので、避難に応じない住民はもう放っておくことにした。何かあれば兵士たちがやってくれるだろう。
「しかし、本当に弱ぇな”オロチ”は」
魔王ユグオロチ、それが今代の魔王の名前。
黒い八匹の蛇が雑に絡まっているような姿で、大きさは約15メートル程。
腹の一部が繋がっているため、八匹がバラバラになることはない様子。
なので――
「おらおら、こっちだぁ!」
「へいへい!」
「そこっ、もうちっと退けぇ。邪魔だ!」
左右から煽ることで、ユグオロチを上手いこと誘導していた。
右に釣られては左へと、八つの頭が文字通り右往左往している。
「……何だか哀れになってきやしたねぇ」
「はっ、何言ってんですかガレオスさん。ヤツはラティの中に入りやがったんだ、容赦なんて要らねえ、どんどんやってやれ。くそ北原が、死んだってのにしつけえヤツだ」
「ダンナ、言い方。それと、あの方はダンナがやったって聞いてやすぜ?」
「……何のことだか……」
「そうですかい。……しかしまぁ、ボコボコですなぁ」
「ああ」
俺たちはラティから、彼女が魔王化していたときのことを教えてもらった。
魔王には複数の意思が存在しており、それが自分の中に入って来たと言った。
そしてその意思の中には、北原や処刑された貴族たちの意思が混ざっているらしい。
ラティ曰く、あやふやな意思がほとんどで、北原と処刑された貴族の意思が異様に強かったのだとか。
俺はそれを聞いて色々と合点がいった。
ユグトレント戦のときに感じた視線と殺意。
あれはやはり北原だったのだろう。いまも突き刺すような視線を感じる。
初代勇者は言っていた。
魔物とは、人の悪意が大地より滲み出たモノで、それが形を得て人を襲っているのだと。
だがその魔物を倒せば、滲み出た悪意は散って霧散して消えていく。
もしかすると、この異世界はそうやって浄化のようなことを行っているのかもしれない。
しかし魔王は違う。
魔王はより酷い悪意が滲み出たモノで、悪性の癌のように残り続けると初代勇者は言っていた。そして実際に残り続けている。
だからラティの言った複数の意思とは、癌のように残り続けている悪意のことだろう。
そしてその悪意の集合体に、北原や処刑された貴族たちが合流したということなのだろう。
北原もそうだったが、どいつもこいつも蛇のようにネチっこいヤツらだった。
だから今代の魔王の姿は、上手いことヤツらを表していると言えた。
「む? おーーい、上杉。もう少し手加減しろ、間違っても倒すなよーー」
腕を振って了解との合図を送ってくる上杉。
その隙を突いて魔王が振り下ろしをしてくるが、寸前のところで蒼月がフォローに入って上杉を救う。
「ったく、弱いからって油断すんなよ」
魔王ユグオロチは本当に弱い。
前のユグトレントは、依り代が神木だったためかとても堅かった。
攻撃をほぼ弾き、近接WSなら辛うじて削れる、そんな硬度を誇っていた。
しかしこのユグオロチは違う。取り敢えず柔らかい。
依り代となったのはステータスプレートの【蒼狼】だ。
とても脆く素手で割れるようなモノ。
だからだろうか、まるで紙のように切り裂かれている。
多分だが、伊吹と椎名が本気で動けば速攻で勝負はつくだろう。
しかしそれはマズい。うっかり倒そうものなら今までの苦労が水の泡となる。
俺の枯渇したSPが回復するまで待ってもらいたい。
( もう要石の魔石もないしな…… )
「――荒木、橘。間違っても攻撃するなよ。お前らがやると倒しかねない」
「……」
「……」
気に食わないといった表情を見せる二人。無言の返事をしてくる。
二人からは武器を取り上げているが、【宝箱】に入れている可能性があるので、俺は再度釘を刺しておいた。
「陽一、何であたしも攻撃したら駄目なんだよ。あんなヤツ一発で吹き飛ばせるのに」
「お前、全然話を聞いてねえな? だから駄目なんだよ。第一、加減とかできないだろ?」
「ふんっ」
拗ねていますと、そうそっぽを向く早乙女。
しかし分かってもらいたい。お前はそういった加減ができないタイプだということを。
早乙女は基本的に10か0といった感じのヤツ。
攻撃するなら全力、しないならしない。そんな感じだ。
勇者たちと戦っていたとき、早乙女は戦いに参加していなかった。
だから俺は、早乙女も葉月と同じような心境で参加していないのだと思っていた。
だが先ほど聞いた話によると、単に戦いたくなかったから戦わなかっただけだと暴露した。
先を見据えてではなく、単に俺と戦いたくなかったから。
俺はそれを聞いて、本当にコイツらしいと思えた。
――よく考えてみればそうだよな、
このポンコツ二号が葉月みたいに察して動ける訳ねえよな……
「……陽一、なんかムカツクこと考えてない?」
「いや、当たり前のことを思い浮かべていただけだが? あ、そういやポンコツ一号――じゃなかった、サリオはまだ……」
「はい、まだ眠っています」
「……そうか」
俺の声に応えてくれたのは言葉。
彼女は、膝枕をしているサリオの髪を優しく撫でながらそう言ってきた。
MPを完全に枯渇させたサリオは、まるで冬眠でもするかのように眠っていた。
魔王が出現したとき、俺たちと同じようにサリオも吹き飛ばされていた。
椎名が上手く抱き止めてくれたらしいが、もしそうでなければ無防備に叩き付けられて大怪我を負っていただろう。
そして、撫でられている髪の毛先が白くなっている。
髪の色素が抜け落ちたように白くなっているということは、限界を超えてMPを消費した証。
サリオと同じように髪の一部が白くなっている言葉には、サリオがどれだけ苦しい思いをしたのか分かるのだろう。まるで癒やすように髪を撫で続けている。
「サリオ、ありがとうな」
「サリオさん、本当にありがとうございます」
俺とラティは、眠っているサリオに感謝の言葉をかける。
「陽一、あたしにはないのかよ」
「……」
拗ねたヤツが構えと言ってきた。
一応コイツにも感謝はしているが、正直言ってそこまでではない。
そもそもコイツが参戦しなかった理由は、単に嫌だったからだ。
橘にバーンなナックルをかました点は評価できるが、一号に比べるとかなり微妙な功績だ。
しかしここで無視をすると、コイツはきっとやらかす。
少しでも活躍してやろうと、そんな感じで魔王に攻撃を仕掛けかねない。
俺はこっそりと息を吐き早乙女の方を向く。
「……ああ、お前にも感謝してるよ」
「――っ!!!」
コイツには言葉よりも分かり易い行動をと、そう考えて頭を撫でてやる。
髪が乱れない程度の柔らかい撫で。
早乙女の瞳が忙しなく動く。
ちとやりすぎたか、そう思ったそのとき、後ろの方から何かが割れるような音が聞こえた。
「――っ」
凄まじいガンを飛ばしてくる荒木。
いまの俺には、後ろを向かなくてもそれが分かった。
聞こえてきた破砕音は、荒木の奥歯が割れた音かもしれない。
魔王から感じる殺気と同じぐらいの殺気をヤツから感じ取れる。
( ったく…… )
殺気の理由を分からぬほど鈍感ではない。
この殺気は、嫉妬をクソほど拗らせたモノだ。
( どうすっかな……まあ無視でいいか )
荒木との格付けはもう済んでいる。
もう一度相手にするほどのヤツではないし武器も持っていない。
俺は荒木を視界に入れなかった。
「よ、陽一ぃ……」
「……」
よく分からんが、『これはちょっと駄目なんじゃ?』と思えるほど蕩けきった顔を見せる早乙女。
撫でている手の平に全てを委ねるような、そんな仕草を見せている。
( あっ、ひょっとして新しい【固有能力】か! )
蕩けきった理由が分かった。
原因はきっと【柔撫】【愛梳】だろう。
さすがにこれ以上はマズいと、手を頭から離そうとしたそのとき――
「全く、最後の戦いだってのに……陣内君は何をやっているんだか」
苦笑いを浮かべたハーティが、やれやれとやって来たのだった。
読んで頂きありがとうございます。
最近は更新や返信が遅れて本当に申し訳ないです(_ _)
宜しければ、引き続き感想やご質問など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……