静観の真相
「――って、訳です」
「んな、馬鹿な……」
俺は、霧島から告げられたことが信じられず、葉月の方に目を向けた。
しかし彼女は口元をニッコリとさせて、いま告げられたことを肯定する。
「マジかよ……」
やはり信じられない。
こっそりとラティの方を見ると、彼女は困惑した表情で『判らない』との合図を出していた。
――あっ、そっか、
【蒼狼】が無いから視えないんだ、
あとで教えてやらないと、
【蒼狼】が無くなったことに気が付いていないラティは、感情の色が視えないことに戸惑っていた。
オロオロとしているラティさん。
その仕草はとても愛らしく、つい撫でてしまいたくなる。
だがいまはそれどころではない。
「なあ、葉月。本当にそうなのか?」
「うん、ホントだよ。ねっ、霧島君」
「はい、本当にです。まぁ、ボクは途中で聞いたんですけどね。ほら、葉月先輩に助けてもらったときに」
「マジか……マジかよ」
何と葉月たちは、この状況を想定していたのだ。
俺が勇者たちを一人だけで倒し、そしてラティを魔王の呪縛から救ってみせると、そんな無茶苦茶なことをやり遂げると分かっていたのだという。
そう、分かっていたと言った。
言われてみると合点がいくことがあった。
葉月、言葉、早乙女の静観。彼女たちは戦いに参加していなかった。
三雲は言葉に説得される形での静観だったらしいが、葉月たちは自分たちの判断で動かなかったらしい。
しかも葉月の話を聞くに、静観はみんなで話し合って決めたのではなく、各自の判断で静観することを決めたのだとか。
そして俺の方につかなかった理由は、もし俺についてしまうと、勇者たちが割れて泥沼状態になること。これを彼女たちは恐れていたそうだ。
そしてよく分からんが、”乙女の矜持”と言うモノがあるらしく、それもこちらにつけない要因の一つだったとか。
因みに、その”乙女の矜持”の内容は、笑顔で流されて具体的なことは話してくれなかった。
要は、とても信じがたいことだが、彼女たちは、俺が誰も殺さずに全員戦闘不能にすることを信じて疑っていなかったのだ。
だからあのとき、他の勇者のときは動かなかったが、唯一致命傷を負った霧島のときだけは動いた。
あれは葉月たちにとって予想外の出来事だったのだろう。
予想外と言えばもう一つ。
橘の庭付き一戸建ての豪邸も想定外だったそうだ。
まさか大勢の人を巻き込むWSを放つとは夢にも思っておらず、そのことから平手打ちをかましてしまったらしい。
トドメは早乙女の『バーン』なナックルだったが、あのWSも想定外だったそうだ。
そして現在、魔王らしき蛇の塊と戦っている椎名と小山。
俺に倒された二人がもう戦っていられるのも、葉月と言葉のお陰。
俺がラティを取り戻そうと呼び掛けていたとき、あのときに回復魔法を掛けて怪我を治していたそうだ。
俺がラティを取り戻すだろうから、その後のことを考えて二人を最優先で癒やしたのだとか。
結果、見事に狙った通りになった。
本当にもう、『マジかぁ……』と言う言葉しか出てこない。
どんな筋道を立てたらそんなプランが出て来るのか不思議でならない。
そもそも、あの戦力差で俺の方が勝つと疑っていなかったという点がおかしい。どう考えて無理だろうと思う。
倒し切った俺が言うのも何だが、常識的に考えてあり得ない。
相手はチート連中だったのだ。いくら俺が新たなステータスや【固有能力】を得たといっても、何倍も強くなった訳ではない。
確かにWSを得たことで戦術の幅が広がったかもしれないが、複数の勇者を相手に無双できるほどの強さではない。
だと言うのに、彼女たちは俺が勝つことを疑っていなかった。
正直、どんな信頼だよと思う。
俺はただ、自分の世界を守るために戦っただけだというのに……
「――ってか、乙女の何とかは置いておくとして、それなら最初に止めてくれりゃあ良かっただろ? 三雲は言葉が言って止めたんだろ?」
「ねえ、陽一君。陽一君がそれを言っちゃうかなぁ?」
「へ?」
びっしっと地雷を踏み抜いてしまった。そんな空気がもうもうと漂う。
「止めようと思ったよ? うん、私、止めようと思ったよ。だけどね、急に熱くなって勝手に盛り上がったのって……陽一君と八十神君だよね?」
「うっ」
「ねえ、私の話を聞く余裕があったかな~?」
「あ、それは……」
「何とか止めるタイミングをって見ていたら……ねえ、ラティちゃん」
「は、はい」
唐突に水を向けられて狼狽えるラティ。
【蒼狼】が無いためか、どうしても戸惑ってしまうのだろう。
「えっと確かぁ、『ご主人様を止めて欲しい』だっけ?」
「――っ! あ、あの、それは……」
「それで伊吹ちゃんに止めてってお願いしておいて、『でも、ご主人様は、ヨーイチ様は全員を倒してしまうでしょうねぇ』だっけ? ねえ、それってノロケかな? それとも惚気なのかなぁ?」
「あ、あの、あのときは……あの……その……」
凄まじく劣勢のラティさん。
葉月の矛先は完全にラティへと向いていた。
ラティには申し訳ないが、葉月の圧が逸れたことに安堵していると――
「それでね、陽一君が伊吹ちゃんを倒しちゃうから、みんな殺気立って……。ねえ、何処に止めれるタイミングがあったのかな~? どうやって止めたら良かったのかなぁ~? ねえ、陽一君?」
ニッコリ笑顔で矛先が俺に戻って来た。
安堵の表情を浮かべているラティを横目に、俺は全力の平謝りを決行する。
「すまんっ、あのときは熱くなって、ほら色々あっただろ? だから止まらなくてなって……おらっ、霧島! てめえも葉月に謝れ! お前も悪い」
「わぁ~い、唐突な巻き込み。悪いのは陣内先輩ですよね? 本当に勘弁してください」
「ぐう……」
確かにあのとき、俺たちは熱くなり過ぎていた。
突っ掛かって来た八十神に反応して、ついあんな感じになってしまった。
あれはあまりにも喧嘩腰すぎだったかもしれない。
( それに…… )
俺は少々引っ張られ過ぎていた。
葉月が言ったように、何処かで止まれたはずなのだ。
ちょっと冷静になって考えれば、争う前にできたことが何個もあったはずだ。
他の解決策をと、そう言ったことを言えば良かったのだ。
当然、否定はあっただろうが、それでも説得を試みるべきだった。
否定されたら薙ぎ払うでは駄目だったのだ。
だが俺は、北原の言葉に引っ張られ過ぎていた。
『魔王の手下』、その言葉に引っ張られていた。
そんな言葉に惑わされるつもりはなかった。
しかし、ラティの魔王化という現実を突きつけられて冷静になれなかった。
だから手下のように魔王を守る。
そういった安易な考えに突き進んでしまった。覚悟が決まっていた分、俺は迷わずにそれを選択してしまったのだ。
いま考えればアホすぎる。
だが、答えの一つを事前に知っていたため、それしか見えない状態に陥っていたのだ。
「はあ~~。――葉月、ありがとうな」
「うん。あっ、言葉さんと京子ちゃんにも言ってあげてね」
「ああ、分かってる」
チラリと横を見ると、言葉は上杉に回復魔法を掛けている途中。早乙女の方は湧いた魔物を次々と倒していた。
この状況を見て、葉月たちが静観していたもう一つの理由が分かる。
彼女たちは先を見据え、泥沼戦になってSPやMPが枯渇しないように力を温存していたのだろう。
ペース配分が分からず、ただかっ飛ばしてガス欠になった俺とは大違いだ。
「ん? あれ……?」
湧いた魔物と戦っている者の中に、顔見知りの冒険者がいることに気が付く。
冒険者たちは全員外で待機していたはず。
だがここに居ると言うことは、誰かに呼ばれてやって来たということだ。
と、言うことは――
「全く、ダンナにはいつも驚かされやすぜ」
「ガレオスさん……」
「ホントに馬鹿みたいな無茶をしやして、英雄のダンナは」
熟練の冒険者であり、”百戦”の二つ名を持つガレオスさんが、いつも通りの笑みを浮かべてやって来たのだった。
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