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ふよん

急いで書きましたー

「ラティっ! ラティっ」


 必死に呼び掛けた。

 肩に手を置き、真っ暗な闇のようになっている瞳を覗き込む。

 僅かでも反応がないかと、少しでも光がないかと俺は探し続ける。


「ラティ、ステータスプレートを開いてくれ。頼むっ、どうか、どうか……」


 ただただ願う。

 ラティをどうか取り戻して下さいと、神にではなく、黒い霧となって中へと入っていった二匹の狼に願った。


 強い意志を感じさせたあの瞳。

 あの二匹の狼の魔物は、ただの魔物ではない。

 だから俺は、あの二人(・・)の狼に願った。


「ラティ、ステータスを――っ!! ラティ!!」


 ラティの腕が僅かだが反応を見せた。

 いままでピクリとも動かなかった腕が、僅かだが動きをみせた。


「そのまま上げろ、ステプレを呼び出すんだ! 頼む、ラティ!」


 どうか、どうかと願う。

 ラティの中に入って行った二人の狼ならきっと――


「ラティ……」


 腕がしっかりと上がってきた。

 緩慢な動きだが、しっかりと意思を感じさせる動き。

 そしてその腕は肘の高さまで上がり――


「――っ、――ン」

「よしっ!」


 か細い声に命じられ、半透明の青い板が出現する。

 ラティのステータスプレートが、俺の目の前に展開された。

 

「よくやったラティ。あとは俺に任せろ!」


 途中で戻るような中途半端なモノは要らない。

 完全に切り離す、真なるWSを編み出す。

 しかし結界殺しの木刀ではステータスプレートを破壊してしまう。 


 俺は無骨な槍を手に取り、ステータスプレートの一部に照準を合わせる。

 加藤が使っていたWS”ワザキリ”、それを昇華させたWS(モノ)を編み出す。


「WS”真ワザキリ”!」


 かかっと4ヵ所に斬り込みを入れた。

 ひらりと落ちる【***】と表示されている部分。

 魔王化の元凶と思わしきモノを、ラティのステータスプレートから切り離した。


「あとはコイツを消滅させれば――っぐ!? なんだ!?」


 WSを放とうとしたとき、凄まじい脱力感が俺を襲った。

 いままで体験したことのない不思議な感覚。

 例えるならば、貧血時に血を1リットル抜かれたような、そんな激しい脱力感。

 ちょっとした痺れまでもが身体中に走る。


「くそっ!? 何だ? 何で……あっ!」


 この脱力感の正体に思い当たった。

 これは――


「まさか、SP切れか?」


 ラティから【***】を切り離すことに成功したが、魔王を消滅させるために必要な乾坤穿が放てない。

 この機会を逃す訳にはいかないと言うのに……


「くそ、ここに来てガス欠とは――マズい!!」


 予測していたことが起きようとしていた。

 【***】(魔王)を切り離したのだ。ならば切り離したモノが魔王化することは十分に予測できた。だからその前にそれを潰したかったのだが――


「ラティっ!」

「……」


 まだ意識を完全に取り戻していないラティを抱き抱え、俺は彼女を庇いながら後ろへと逃げた。

 電車切符程度の大きさしかない【***】が、空中でくるくると高速で回転し始めている。


 そして俺が後ろに飛ぶと同時に、【***】が黒く大きく膨れ上がった。


「――ぐうっ、ラティ!」


 彼女を抱き抱えながら、その膨れ上がったモノに吹き飛ばされた。

 あまりの衝撃に意識が飛びかける。


――絶対に離すかっ!

 もう、絶対に離さないっ、絶対に取られないっ、

 絶対に――



「あうっ」


 俺は何かに当たることで止まることができた。

 野次馬の人だかりにぶち当たったのか、それとも建物に当たって止まったのかわからないが、俺たちは止まって地面に倒れ込んだ。


 直ぐさま抱き抱えているラティへと目を向ける。


「ラティ……良かった」


 ラティは俺の腕の中に居た。

 魔王に彼女を取られていなかった。

 その事実に俺は心の底から安堵する。


「……ヨーイチ様」

「ラティっ! 良かった意識を取り戻し――ど、どうしたっ!?」


 ラティが涙を流していた。

 涙を流す彼女を見て、俺は激しく動揺する。

 もしかして深刻な何かが起きているのではと、そう心配したが……


「あの、ヨーイチ様、思い出せました……」

「ラティ?」


「おもぃ、思い出せました。お父さんと、お母さんの――顔をっ」

「……」


「思い出せたっ、思い出せました。忘れてしまったお父さんとお母さんの顔を思い出せました。二人がわたしを助けに来てくれて、酷い泥の中から、わたしを引っ張り上げてくれて、もう泥が来ないように守ってくれましたっ」

「ああ、いいお父さんとお母さんだな」


「はい」


 ラティは涙を流しながら、本当に嬉しそうな笑みを見せた。


「思い出せ、ました……」

「ああ、良かった」


 ラティは奴隷へと落とされたとき、そのショックで両親の顔を忘れてしまったと言っていた。

 当時、まだ子供だったラティにとって、奴隷に落とされるというのは衝撃だったのだろう。


 当然俺だってそうだ。

 同じ立場だったら間違いなく動揺するし、きっと心の底から親を恨むだろう。

 そうでもしないと心が保てない。


 しかしラティは、親を恨むことができず、顔を忘れることで心を守ったのかもしれない。

 本当のところはどうか分からないが、それに近いことだろうと思う。


 しかし親の顔を忘れるということはとても辛いことだ。

 親の顔を忘れてしまうなど普通ならばあり得ない。だけど今――

 

「良かったなラティ、思い出せて。取り戻すことができて……」

「はい、はい……」


 俺の胸に顔を埋めながら(うなず)いてくるラティ。

 髪をそっと優しく撫でてやる。良かったと、良かったと撫でてやる。

  

 そしてそれと同時に、ラティを取り戻したことを実感する。

 彼女の亜麻色の髪が目の前にあることを、ここまで嬉しいと思ったことはない。


「うっぅぅぅ」

「良かったな、ラティ」


 嗚咽を漏らしながら泣き続けるラティ。

 本当に嬉しいのだろう。彼女がこんな風に泣くのを一度も見たことがない。

 俺は全て込めて優しく髪を梳いてあげる。


「――ねえ、そろそろ私に気が付いて欲しいかなぁ~」

「へ?」

 

 突如、そんな声が降ってきた。

 声はとても近く、ほとんど俺の真後ろ。

 もうちょっと具体的に言うと、ほとんど耳元で囁かれている。


「――へ?」


 声がした方に振り向こうとしたが、『ふよん』と柔らかい何かに阻まれた。

 とても良い香りと、心地良い弾力が俺の頬をやんわりと押す。

 ふと気が付けば、聞こえなかったはずの左耳が聞こえるようになっている。


「もうっ、助けてあげたっていうのに、ちょっと酷くないかなぁ?」

「は!? へ? え?? 葉月ぃぃぃい!?」

「――っ!!」


 俺を背中から抱き抱えるように葉月がいた。

 少々恨めしい目つきで、俺のことをじっとりと見つめている。


「ちょっ!? え? 何で……あっ」


 かばりと起き上がって状況を見れば、何が起きていたのか把握できた。

 なんと葉月は、吹き飛ばされた俺とラティを止めてくれていたのだ。

 

 きっと障壁でも張って上手く抱き留めたのだろう。俺はそう予測した。

 しかし俺は、そんな葉月の献身に気が付かずにラティと……


「――っわあああ! 悪いっ! えっと、止めてくれてありがとうな」

「あの、ハヅキ様、ありがとうございます」


 ばっと立ち上がって葉月に礼を言う。

 それに続くように、ラティも立ち上がって姿勢を正し、綺麗な礼で感謝を言う。


「あっ! そうだ。魔王が――へ?」


 何度目の『へ?』か判らないが、どうしてもその言葉が零れてしまった。

 何故なら、倒したはずの椎名と小山が、複数の蛇が雑に絡み合ったようなモノと戦っていたのだ。


「あれって魔王だよな? ――ってか、何で椎名と小山が?」


 この短い時間に何が起きたのか把握できない。

 吹き飛ばされたときに実は気絶でもしていたのかと思ったが、そんなことはなかった。俺はしっかりと意識を保っていたはず。


 ならばこれは――


「陣内先輩。説明しましょうか?」

「……霧島」


「ふふ、説明しましょうか? 先輩♪」


 状況が把握できず混乱している俺のもとに、勇者霧島が、とても楽しそうな顔をしてやって来たのだった。

 

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ、感想など頂けましたらすご~く嬉しいです(エ○リア風


あと、誤字脱字なども……

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[良い点] ラティが戻って来た、勝ったながはは。
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