点と値と……
すいません、勢いで書いたので、あとで修正するかもです。
左耳が聞こえないためか、右耳までも声が聞き取り辛い。
聞こえる音がぼやけているというべきか、要はしっかりと聞こえない。
そんな中、非常に不快な声がぎゃんぎゃんと木霊する。
「ほら、アンタもアイツの被害者なんでしょ。しっかりしなさいよ」
「……?」
話し掛けるというよりも、大声で捲し立てるように言う橘。
それを虚ろな瞳で、ただ不思議そうに見上げる綾杉。
「もうっ、聞いてるの?」
「……」
ふいっと横を向く綾杉。
その虚ろな表情と様子を見るに、例の一件から立ち直っていないことがありありと分かる。
だと言うのに……
「ちゃんとしなさいよっ、何のためにアンタはここにいるのよ!」
「……」
「風夏ちゃんっ!」
襟をぐいっと引っ張って顔を覗き込む橘。
その乱暴な行動には、橘のことを無視していた葉月が堪らず声を上げた。
咄嗟のことだったためか、橘の呼び方が昔に戻っている。
「由香、アイツを倒すために必要なことなのよ。あの裏切り者のクソ野郎をね」
「裏切り者って……橘さん」
「――っ!? 由香……」
俺のことを裏切り者と言う橘。
確かに間違ってはいない。俺は自分の世界のために魔王を庇っているのだから。確かに、間違ってはいない……。
「いい? アイツを倒すのよ。そうすれば……」
「……」
虚ろな目をしたまま、ただぼんやりと虚空を見つめている綾杉。
「倒せば帰れるのよ。ええ、アイツを倒して後ろの魔王も倒せば、ワタシたちは元の世界に帰れるのよ? そうすれば全部嫌なことを忘れられるわ。全部無かったことになるのよ」
「…………………………え?」
虚ろだった昏い瞳に、小さな光が宿った。
「そうよ、全部なかったことになって、全部忘れられて、全部元通りになるのよ! こっちであったことは全部無くなるのっ! 全部っ、全部無くなるのよ!」
「なくなる……? なく……なくなるっ!? 全部!!」
「何を言って……」
綾杉の瞳に強い光が宿る。
つり上がり気味の勝気な瞳。強い意志を見せる貌。妙な幼さを感じさせるへの字口。
それらがこちらを向いた。
「アンタに倒せる力を貸すわ。これを使いなさい」
「!? これは……」
そう言って橘が綾杉に手渡したのは、少々無骨に見えるヘッドマウントディスプレイのような物。
俺はそれを知っている。
アレはゴーレムを操作するための制御装置だ。
「そして、コイツを使ってアイツを潰しなさい」
「あ……」
橘は、自身の【宝箱】から巨大な黒い物体を取り出した。
「ゴーレム……」
「そうよ、このゴーレムを使うのよ!」
巨大な黒い物体の正体は、アキイシの街で死闘を演じたゴーレムだった。
しかしあれは俺が爆散させて倒している。
そのためか、ゴーレムは4枚の大きな盾のような物で補強されていた。
言うならば、ドルアーガ・ザ・バトラー・リペアといったところだろう。
「ワタシは聞いたわよ、これを使ってアイツをあと一歩のところまで追い詰めたんでしょ? だからやるのよ。そうすれば……全部元に戻せるわ」
「全部……元に……」
「ええ、そうよ」
瞳に光を宿した綾杉は、受け取った制御装置を頭に被った。
すると、『ヴォン』と起動音でも聞こえて来そうな感じにゴーレムの目が光った。そしてゆっくりと立ち上がる。
俺はそれを眺めながら、秋音ハルが言っていたことを思い出す。
確か彼女は、ゼピュロス公爵が橘に会いに行こうとしていたと言っていた。
女性陣のもとに行くのは阻止したと言ってはいたが、もしかしたら橘を呼び出すなりして会っていたかもしれない。
そしてそのときに、この修復したゴーレムを渡したのかもしれないと、そんなことをぼんやりと考えながら――
「穿っ!」
「えっ」
「はぁ?」
髪を少しだけ巻き込みながら、斬鉄穿で制御装置だけを貫いた。
ゴトリと落ちるヘッドマウントディスプレイのような制御装置。
電源が切れたかのようにゴーレムが沈黙する。
「あ、ああ……」
制御装置を失った綾杉は、また虚ろな瞳へと戻り、その場にへたりと座り込む。
「このっ、陣内! 卑怯者!」
橘が何か喚いているが、俺はそれを無視する。
そもそも、あのときとは条件が違うのだから、わざわざゴーレムの方を相手にする必要はない。
目の前に制御装置があるのだから、それを狙えば良いだけ。
遠隔操縦ができるという利点を生かしていない方が悪いのだ。
それと、都合の良いことを言って綾杉を操ろうという根性が気に食わない。
( もう黙らせるか…… )
「こうなったら、やっぱワタシがっ!」
橘は血走った目をしながら何かを取り出した。
ヤツに何かできるとは思えないが、一応注視する。
「これで、これで潰してやる!」
「……竜核石?」
橘が取り出したのは、拳半分ほどの大きさの竜核石。
それを――
「ぶっ潰れろ! このクソ男」
クソ女は、取り出した竜核石の塊を弓の弦につがえた。
普通ならば鏃に加工してから使う物。それを塊のままでつがえたのだ。
妙に嫌な予感がする。
俺はその直感に従い、ヤツの両脚を問答無用で射る。
「斬鉄穿っ!」
「――っがああああ! 潰れろオオオオ!!」
「――な!?」
ヤツの執念を見誤った。
橘は弓を構えている状態だったので、肩や腕を狙うと顔を射貫くことになる。
だから脚を狙ったのだが、それは間違いだった。
橘は両脚を貫かれたというのに、止まらなかった。
凄まじい光を放ちながら、WSが発動した。
「なっ!? マジかよ……」
「あははははははははは。――潰れちゃえっ!」
騒がしかった周囲が一斉に黙り込んだ
ほぼ全員が息を呑みながら上を見ている。
「そこまでやるのかよ……」
俺は呆れたように言葉を吐きながら、全員が注目しているそれに目を向ける。
まだ遠くにあるからはっきりとは分からないが、少なくとも直径は30メートル以上はあるだろう。
何となく見覚えのある豪奢な建物。
そしてそれが建つことができるだけの広い土地。
もしかすると、その建物の庭も含まれているのかもしれない。
「どんな思考したら考えつくんだよ……」
橘が放った放出系WSは、庭付き一戸建ての豪邸の形をしたモノだった。
まだ遠くに見えるそれは、ミニチュアの模型のように見えなくもない。
ゆっくりと回転しながら迫って来ている。
「後ろの魔王ごと潰れろっ、この裏切り者!」
「馬鹿か……いや、馬鹿だ」
もしこのWSが着弾すれば、俺とラティどころの話ではない。
この馬鹿は、俺とラティを倒すため千人単位の人間を巻き込むWSを放ったのだ。
――おい、これもうほとんど隕石落としだろ……
ってか、もしこれが転がりでもしたら城にぶち当たるぞ?
マジで何人殺すつもりだよ、
このWSは、南の方向から向かって来ている。
要は、橘たちが立っている場所から北側が効果範囲だ。
その効果範囲内の野次馬たちは我先と逃げ出している。
所々将棋倒しのようになったり、パニックになって発狂したかのように叫んでいる者もいる。
正直、これを避けることは簡単だ。ちょっと南側に走れば良いだけ。
しかしそれではラティとサリオが助からない。
いくらサリオの結界が強固と言えど、あの質量の攻撃はさすがに耐え切れないだろう。
それに何人巻き込むか分かったものではない。
最悪、王女様が居る城だって危ないかもしれない。
葉月が橘に止めるように言っているが、橘はそれを無視して俺の方を睨んでいる。
もうヤケクソだ。そんな感じで俺を見てる。
「ふぅぅ~」
俺はゆっくりと重心を下げ、腰に木刀を引き寄せるような構えを取る。
これは奥の手とは言えないような奥の手。
椎名との戦いのときは、隙の大きさと、高すぎる威力から使えなかった。
いや、威力という言葉は間違っているかもしれない。
迫りくる庭付き一戸建てを見上げる。
豪邸落しは橘の奥の手。
一回目は巨竜。
二回目はラティ。
そして三回目は、竜核石を塊のままで使ったWSとして俺に。
天空から大地が降ってくる中、俺は精神を集中して、力を木刀へと流すイメージを描く。
WSや【加速】【迅閃】とは比べものにならない程のSPの喪失感が襲いくる。
目標は空にある大地。それを穿ち消し去るイメージ。
「天地を穿てっ! 乾坤穿!!」
空に向かって、全て穿つかの如く世界樹の木刀を突き立てた。
木刀の先から細い閃光が放たれた。
それは真っ直ぐに進み、ゆっくりと回転しながら落ちてくる庭付き一戸建ての豪邸へと伸びて――貫いた。
「あははは、そんなしょっぼいのでどうしようって――はああああああ!? 何で? 何でえええ!?」
細い閃光に貫かれた場所から、くわっと虚空が広がった。
その広がった空間は、直径30メートルを超える物体を全て呑み込む。
対魔王消滅WS”乾坤穿”が、橘の放ったWSを消滅させた。
「何で、何で……痛っ」
「風夏ちゃんっ! 何てことをしようとしたの! 陽一君があれを止めなかったらどうなっていたと思っているのよ!」
「由香……」
葉月は橘の右頬を叩いた。
そして身振り手振りして、もしあれが着弾していたらどうなっていたかと声を荒らげた。
葉月が手で示す先には、逃げ惑い酷い惨状となっている野次馬たちがいる。
だが橘は、その惨状よりも葉月に頬を叩かれたことの方がショックだったのか、呆けるように叩かれた頬に手を添えるが、そこに拳がめり込んだ。
「ぶへあっ!?」
「てめえええ! なにやってんだ! ああんっ、何か言えよっ!」
「きょ、京子ちゃん!」
早乙女にグーで横っ面を殴られ、地面に顔からランディングする橘。
殴った早乙女は即座に追い打ちに向かうが、それを葉月が止めに入った。
「どけ葉月っ、そいつはいま――」
「――待って、ちょっと待って京子ちゃん。少しでいいから」
俺は橘を無力化しようと思ったが、どうやらその必要はなくなり、他に障害は居ないか辺りを見回すことにする。
少々耳が聞えづらくなっていて気が付かなかったが、いつの間にか魔物が湧いていた。
騒がしいのは今のWSの所為だと思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったようだ。
ふと思い返してみれば、ユグトレント戦のときもそうだった。
魔王に応じるかのように、街の中でも魔物は湧いていた。
( 丁度いいな…… )
魔物が湧いた混乱に乗じて逃げれば良い。
俺はそう決めてラティのもとへ向かうことにする。
先ほどチラリと周りを見たとき、霧島は両手を上げて降参のジェスチャー。
綾杉は虚ろな目をして座ったまま。
言葉は心配そうな顔を、その隣の三雲は苛立った顔をして俺を睨むだけ。
葉月、早乙女、橘はカオスな状態でそれどころではなく、ある意味、唯一無傷な加藤は、俺と目が合った瞬間、怯えた顔をして首を横に振っていた。
確かに加藤にとって俺は天敵だろう。
アイツが持っているのはワザキリによる姿隠しぐらい。
しかしそれは俺には通用しない。
もう障害はないと確信する。
姿が見えない赤城が少々気になるが、仮に広範囲束縛系魔法を使われたとしても、いまは『やったれラーシル』があるので怖くない。
これは柊にも言えること。
俺はゆっくりとラティのもとへと向かった。
「サリオ、ありがとう。マジで助かったよ」
ラティのもとに向かった俺は、真っ先にサリオに礼を言う。
丸い障壁が弾けるように消え去る。
中に充満していた黒い霧が、その障壁が無くなったことで広がっていく。
「ぎゃぼうぅぅ、めっちゃくちゃ疲れたですよです。絶対にスキヤキ10回は奢ってくださいねです」
「……ああ、分かった」
サリオは、ラティを守り切った対価として、スキヤキ10回を要求してきた。
それは金貨にして約10枚程度。サリオからの要求はその程度だった。
「サリオ、本当に助かった……」
「ふぇ~、サリオちゃんはもう動きたくないですぅ」
そう言ってべしゃりと倒れ込むサリオ。
彼女の青みがかった緑色の髪は、毛先の方が白くなっていた。
それは、MPが枯渇してもMPを使い続けていた証。
「ありがとう……サリオ」
顔を上げて前を見ると、黒い靄のようなモノを纏ったラティが立っている。
「ラティ……」
縋るような声で彼女の名前を呼ぶ。
だが、反応はない。
真っ黒な目は何も映し出していない。
「ぐっ……」
何とかならないかと、俺は世界樹の木刀を彼女に握らせた。
一瞬、嫌そうに手が動いた気がしたが、何も起きない。
「くそっ」
何となく分かっていた。
もしこれで何とかなるのであれば、歴代の誰かがやっていたはずだ。
黒い霧を払うことができる木刀であろうと、魔王化した者を救うことや、魔王の部分を追い払うなどはできないのだろう。
だが――
「一瞬嫌がったってことは……やっぱり……」
木刀の効果は薄いが、全く効果がないという訳ではない様子
北原が言っていた未来の世界でも、俺は同じことを思い、それを実行したのだろう。
ラティに木刀を握らせ続け、いつか魔王から解放できるのではと……
そして、いまの俺も――
「陣内っ! その子はもう魔王なんだ! 目を覚ませ、その子はもう魔王になってしまったんだ。変わってしまったんだよ! まだ間に合う、だから――っがあ!!」
八十神が喚いていたので、俺は背を向けたままの状態で追い斬鉄を放った。
「うるせぇ。ラティはラティだ。ラティのことを魔王なんて呼ぶんじゃねえ。次、魔王なんて呼んだら眉間を撃ち抜く」
「ぐううぅ……」
「ラティ……」
もう一度彼女の名前を呼んでみる。
少しでもいい、どんな小さな反応でも良いからそれが欲しかった。
ラティは変わってない、それが欲しかった。
「……」
ふと思い出す。いまの俺には【鑑定】があることを。
それでラティを覗けば、ラティであることが分かる。彼女が変わってなんていないことが分かる。
俺は、この異世界に来て初めて【鑑定】を使う。
【鑑定】のやり方は習っている。一番最初に習っている。指で窓を作り、そこから対象を覗き見れば良いのだ。
縋る思いで覗き込む。
「ラティ……」
ステータス
名前 ラティ
【職業】
【レベル】121
【SP】569/578
【MP】394/411
【STR】 403
【DEX】 428
【VIT】 357+8
【AGI】 611+13
【INT】 345
【MND】 412
【CHR】 524+8
【固有能力】【鑑定】【体術】【駆技】【索敵】【天翔】【***】
【魔法】雷系 風系 火系
【EX】『見えそうで見えない(強)』『回復(弱)リング』『防御補助(特)』
【パーティ】
――――――――――――――――――――――――――――――――
「――くっ」
ラティの職業が消えている。
これの意味が分からない訳ではない、認めたくないと心が叫ぶ。
彼女は俺の奴隷なのだ。彼女がそう望んでいたのだ。
「くそっ、くそっ、くそ…………?」
何かが心に告げている。
それに従い、俺はもう一度ラティのステータスを見る。
ステータス
名前 ラティ
【職業】
【レベル】121
【SP】569/578
【MP】394/411
【STR】 403
【DEX】 428
【VIT】 357+8
【AGI】 611+13
【INT】 345
【MND】 412
【CHR】 524+8
【固有能力】【鑑定】【体術】【駆技】【索敵】【天翔】【***】
【魔法】雷系 風系 火系
【EX】『見えそうで見えない(強)』『回復(弱)リング』『防御補助(特)』
【パーティ】
――――――――――――――――――――――――――――――――
「あ……」
魔王になる条件は、価値が高いこと。
価値の基準が何かは明確ではないが、何となく程度には分かる。
それは勇者だったり、勇者の中でも優れている者や、貴重な【固有能力】などが該当するのだろう。
俺にとってラティは、この異世界で最も価値が高い。
だが、異世界にとってはどうだろうか。
このイセカイにとって、最も高い価値を示すモノは――
――そうだ、そうだ、そうだ、そうだよっ!
過去魔王になったヤツは、あれを持っていたから魔王になったんだ、
だったら、それを無くせば、
「切り離せばいけるっ」
俺は方法を知っている。
その解決策を知っている。
そして、その解決策を実行できる”力”がある。
途中で戻ってくるような中途半端なモノじゃない。
完全に切り離す、完成されたそれを編み出せばいいのだ。
いまの俺なら必ずできる。
「絶対にできるっ!」
何度か見たことあるんだ。
あとはそれを上回るモノを編み出せば良い。
「ラティっ、ステータスプレートを出してくれ!」
あれを実行するにはラティの協力がいる。
俺一人だけでは駄目なのだ。
「ラティ、頼む。ラティ、ステータスを――っ!?」
ラティへと呼び掛けている中、俺を挟むように二頭の狼が姿を現した。
それは普通の狼の魔物よりも大きく、だが魔石魔物よりかは小さい狼の魔物。
そんな二頭の狼の魔物が、ぎょろっと黒目で俺を見つめてきたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……