――ってね!
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
「……」
左耳に違和感を覚える。
何も聞こえないのに、何故か『キーン』と高い音が響いている気がする。
左肩も猛烈に痛いのに、どうしてか鎖骨辺りの感覚がない。
「陣内、その怪我でもまだ続けるんだね?」
「……ああ」
少し力を入れて動かしてみる。
激痛は走るものの、動き自体には支障はなさそうだ。
俺は、身体に不具合が発生していないかチェックする。
――左耳以外は何とかなるか?
脚は……問題ない、肩は痛いだけ、動く、
呼吸は? 目は? 腰は…………よしっ、まだ動ける、
いや、動け!
身体をゆっくりと持ち上げ、俺は椎名を正面に見据える。
殻のような白い仮面と、身体を守っている二枚の結界が妙に目につく。
どうやらあの仮面は、結界爆破のときに被害を受けないようにするためのモノのようだ。
よく考えてみれば当たり前だ。
自分で結界を叩いて起爆させていたのだ。当然の用意だろう。
そして椎名は、今の”結界爆破”を奥の手と言っていた。
しかし七枚の結界を使うようになったのはついさっき。
前から準備していたようには見えない。あのとき思いつきで編み出した結界の新しい使い方だ。アレはそういった類いのモノだ。
ならば、椎名の奥の手はあのとき思いついたモノだ。
まだまだ伸びしろがある奥の手とも言える。
少しでも時間をやるのは悪手。
悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、戦闘態勢を取る。
「……やはり、諦めないか」
「当然だろ?」
椎名は当たり前のことを訊いてきた。
何処にも諦める理由がない。結界爆破で身体中が痛いが、痛いだけで動けない訳でもないし、手と足はまだついている。
装備だってそうだ。
面当てと左肩の鱗板は吹き飛んでいるが、椎名を倒すために必要な木刀と槍は手に握られている。
そもそも、世界を諦めろと言われてそれに従うヤツはいない。
「どこに諦める必要がある?」
「……そうか」
何とか立ち上がったが、とてもではないが長くは戦えない。
同じ攻撃をもらったらさらに厳しくなる。とは言え、あの縦長の結界を超えねば椎名には届かない。
俺は重心を下げ、深く斬り込む体勢を取る。
( やるしかねぇ )
いまの結界爆破を見てあることを確信した。
あの結界は、WSや木刀の力に反発して力を逸らすように働く。
しかし、無骨な槍の場合はその振動がほぼ無かった。
そして結界爆破のとき、ヤツはWSを放って結界を叩いていた。
「ボクは、この異世界のために、そして……通したい男の意地のために君を倒すよ、陣内」
「俺も同じようなモンだ」
「……」
「……行くぜ、椎名」
最大まで上げていた速度を、さらにもう一段階上げる。
「――っがあ!」
強く踏み込む。
身体中に激痛が駆け巡る。
しかしそれを置き去りにするように前へと駆ける。
いままで体験したことがない迅さ。
一瞬にして椎名へと肉薄する。
俺の動きを視ていた椎名は、合わすようにWSを放とうとする。
それを槍による零式で再び撃ち抜く。
先ほどと全く同じ展開。
残った左手で同じようにランペーシを放ってきた。
これは椎名の癖だ。
ヤツは結界をできる限り温存しようとする。
俺は放たれた左手のランページを、絡めるようにして捌く。
もう何度も見てきているのだ。剣の軌道を多少変えた程度のカスタムランページなどもう見切った。
右腕をカチ上げられ、左手は横へと流された椎名は、その隙を潰すように結界を振り下ろしてきた。
さっき止められたときと同じ流れだ。
俺は、先ほどと全く同じように槍を構え――
「結界を穿つ!!」
「なんとおおおおお!」
「がっぁぁあぁ、が……」
ぼたりぼたりと血が落ちる。
「ぐっぅ、何で……この結界を……」
無骨な槍は結界を貫き、椎名の左太腿に深々と突き刺さっていた。
俺はそれを軽く捩って、傷口を広げるようにして引き抜く。
「――っっっっ!!!!??」
呻き声を食い縛って漏らさんとする椎名。
激痛のためか瞳孔がグリグリと動き、汗を吹き出すように流している。
纏っていた結界は維持できなくなったのか、全て消滅していた。
「何で……何で――っぐ! あの結界を……」
「……」
結界を貫かれたことが信じられないと零し続ける椎名。
確かに六角形の結界は凄かった。結界殺しの木刀でさえ爆ぜて防いでしまう代物。だから絶対な信頼を置いていたのだろう。
近接系WSを発動させたとき、その刀身には力が宿る。
真っ白な光だったり青白い光などの差はあるが、例外なく刀身に力が宿って光り輝く。
世界樹の木刀も似たような力があるのだろう。
六角形の結界は、その力に反応して反発するように爆ぜていた。
椎名の奥の手のときだってそうだ。WSを裏からぶつけることで強く爆ぜさせる。それが結界爆破の正体だ。
ならば――
「……WSを超えた、ただの突きを放っただけだ」
「ばっ、ばかな!? ――あぐっ。WSを超えた突きって……」
そう、俺はただの突きを放っただけ。
鋭く、迅く、疾く、一切ブレずに穿っただけ。
WSに頼らず磨いた技術。
WSを得たことで掴んだ感覚。
そして新たに得た【固有能力】。
それを合わせることで昇華させた突きだ。
言うならば、全てを積み重ねた渾身の一突き。
それを以て椎名の結界を貫いたのだ。
「椎名、トドメだ」
「……」
脂汗を流し続ける椎名。
脚の傷はとても深く、回復魔法で治さない限り後遺症が残るレベルだ。
激痛のあまりもう口を開けないのか、無言で俺を見上げている。
「これで終わ――っ! 小山、これは俺と椎名のサシの勝負だぞ」
「ま、守るんだ」
小山は、泣きそうな顔をしながら間に割って入り、トドメを刺そうとした木刀を握りしめて止めていた。
「――っ!」
あり得ないほどの重力がのしかかってきた。
立っているのが精一杯、そんな重さが俺を襲っていた。
――これが小山の固有能力か、
イエロとは段違いだ、とんでもねえ重さだ、
だけど……
「ふえ? え?」
俺は木刀を手放した。
すると重さは一瞬で消え去り、逆に小山が木刀の重さにつんのめる。
「どけ、小山。――ファランクス!」
「うお!?」
俺は小手の楔を地面に突き刺してゲイザーする。
発生した結界に打ち上げられる形で小山は宙を舞った。
その高さは約5メートル程。
俺はその小山に向けて照準を合わせ、必殺の構えを取る。
「いくぞ、小山。斬鉄――」
「――!?」
打ち上げられはしたが、すぐに反応して盾を構える小山。
「――ってね」
「ほえ? ――ぶべらっ!?」
WSを放つ振りをした。
それに引っ掛かった小山が横っ腹から着地をする。
無理な体勢で盾を構えたのだ、それは当然のこと。
完全に無防備だったためか、盾を手放さなくともゴロゴロと悶えている。
「これで終わりだ」
「――がっ!!」
「ほげ!?」
顎を掠めるように木刀を振るい、俺は二人の意識を刈り取った。
「が、がぁ、あ」
「……」
小山はしぶとく意識を手放さなかった。
だが脳を完璧に揺さぶられたのだ。意識は保っているようだが、身体の方は言うことを聞かない様子。
「……これで全員を倒し――」
「――このクソ野郎っ! 絶対にやっつけてやるっ!」
酷いわめき声が聞こえてきた。
その声がする方に視線を向けると、そこには――
「橘……」
勇者橘が、全身血だらけで立っていた。
結んでいた紐でも切れたのか、髪はバサリと下ろしている。
そして何故か右手には、勇者綾杉の襟を掴み、彼女を引きずるようにしていたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字なども……