超強い椎名
椎名がゆっくりと近づいて来る。
それはとても落ち着いた歩み。力みなどはなく綺麗な芝居のよう。
静かに凪いだそれを――強襲する。
「だらっ!」
左手に木刀、右手に無骨な槍を短く握り、左右からの連撃を見舞う。
「あまいっ!」
椎名は、二本の剣と7枚の結界でそれを迎え撃つ。
一瞬にして捌き弾き返されるが、俺は止まらずに次を放ち続ける。
「まだっ!」
「――っ!?」
防戦になったらジリ貧。手数では椎名の方が圧倒的に上だ。
何が何でも先手を取って、戦いの流れを引き寄せる必要がある。
威力よりも手数、【加速】と【迅閃】をフル稼働させて回転を上げていく。
俺が椎名よりも優れている所は、この速度と――
「はああっ! これで倒すよ!」
「しゃらくせえええ!」
無拍子で降り注ぐ結界の攻撃を、避け、弾き、攻撃へと転じる。
一歩でも下がったら一気に押し込まれる。
加速して、加速して、加速して、もっと先へと回り込む。
「……さすがだね、陣内。これだけの攻撃だってのに……」
「へ、たまたま読みがあたっただけだ」
――先読みだ。
椎名が纏う7枚の結界には、勢いをつけるなどの予備動作が一切ない。
そのため、視認、視覚での先読みが不可能。さすがの俺でも予兆がなくては先が読めない。
だがしかし、椎名の性格と正確さから先を読むことができた。
( 来るっ! )
「――っ!? これも捌き切るのか」
「……」
椎名の剣には遊びが一切ない。
フェイントやズラしと言った、”虚を突く”というモノが存在しない。
良く言えば王道にて正道。
悪く言えば真面目過ぎる剣筋。
的確に最短で目標を捉え、隙なく不利を潰してくる。
ある意味、理詰めの攻撃とも取れるそれは、常に正しい場所だけを狙ってきている。
将棋で例えるならば、一つのミスもない指し手のような感じだ。
普通ならば最短で追い込まれて詰みなのかもしれない。
しかし今の俺には、それに抗うことができる速度があった。
的確に最短を攻めてくる椎名に対し、俺は思考と性格を読んで先回りする。
ヤツの打ち込みは正確無比、それゆえにズレがない。
だから何処へ攻撃が来るのか、一度理解できると読み切るのは容易だった。
「はあああああ!」
「くっ、押される!?」
限界まで速度を上げた。俺は椎名の猛攻を上回る。
無骨な槍が結界をまとめて弾き返す。
縦長の結界には重さがないのか、速さはあっても非常に軽く、複数でも簡単に弾き返すことができた。
ただ、止まっている場合は全く動かないので、もしかすると結界は、空間に位置を固定しているのかもしれない。
そして今も、木刀による突きを弾くように防いできた。
――くそっ、
結界だってのにこの木刀を弾くとかホントに結界かよ?
普通の結界だったら……
ギアを上げて押し返しても、肝心の攻撃が椎名に届かない。
「驚きだよ。もう適応してくるなんて」
「当たり前だ。こんぐらいできねぇと生きていけねえ生活だったんでな」
「全く、君は……」
椎名が言うように、俺は椎名の攻撃に対応できるようになっていた。
剣と結界による猛攻は厳しいが、欠点がない訳ではない。
剣は重く鋭いが、予備動作から先を読むことができる。
結界の方は全く読めないが、ヤツの性格と正確さから読むことができる。
それでも追い付かないときがあるが、それは速度で補い――
「しゃあああ!」
「くっ!?」
WSランページを放とうとした瞬間、俺はWSでヤツの右手を弾き上げた。
放ったWSは斬鉄穿零式。
放出系のWSではなく、近接WSの斬鉄穿だ。
「なんのっ!」
右手をカチ上げられた椎名は、残る左手でランページを放ってきた。
【加速】と【迅閃】を発動させ、WSの硬直をねじ伏せてランページを捌き切る。
そして再び――
「斬鉄穿零式!」
「させないっ!」
渾身のWS。
椎名の結界を貫くつもりでそれを放つ。が――
「くそっ!」
凄まじい振動とともにWSは弾かれた。
( く、やれると思ったのにっ )
放出系は無理でも、近接系の斬鉄穿ならいけると踏んでいた。
衝撃が多少ズラされても、放出系のように力を分散させられることはないと考えていたのだ。
しかし椎名の結界は、それをも弾いてみせた。
木刀を握る手に激しい痺れが走る。
武器を手放してしまいそうな程の反発力だった。
「……まだそんな奥の手を残していたんだね、陣内」
「はっ、たったいま防がれたけどな。ったく、WSを両手で連発させるとかチートじみた真似をしやがって。前よりもキレがイイじゃねえか」
「WSの硬直を無くすような君に言われたくないよ」
「言ってろ」
これで隠し球が尽きた。
一応もう一つあるが、それは隠し球と言うよりも最終兵器。
仮にそれを放ったとしても、十中八九避けられるだろう。
きっと椎名には通用しない。
「じゃあ、ボクも奥の手を使わせてもらうかな」
「へ?」
椎名は、そう言って結界を一枚頭に被せた。
その結界は白い殻のような仮面へと形を変え、ヤツの顔を覆う。
( ヤクイっ )
ヤツは奥の手を使うと言った。
ならば当然、それを使わせる訳にはいかない。
俺は即座に距離を詰める。
「させっか!」
「はあああっ!」
再び剣戟の音が鳴り響く。
七枚あった結界は六枚になったが、手数にはさして影響はなく、戦況は拮抗した状態のまま。
しかし余計な隙を与えれば、きっとその奥の手を使ってくるはず。
易々と奥の手を使わせるつもりはない。
仮に使わせるとしても、万全な状態でその奥の手を――
「使わせっかあっ! 零式!」
「防ぐっ!」
渾身のWSをまた防がれた。
しかも今度は、二枚の結界を守りに回すことでより強く弾き返された。
そのとき、一瞬だが俺は退いてしまう。
僅かにできた隙間のような瞬間。
「ったあああああ!」
椎名が雄叫びを上げながら結界を振り下ろしてきた。
一発、二発、三発、そして四発。
その四発目を、木刀を使ってギリギリのところで防ぐ。
俺の首を左から狙った攻撃だった。
( 次は―― )
予測できる次の攻撃は、防いだ方とは逆側からの攻撃。
右からの袈裟斬りが来ると予測する。
ほとんど無意識に身体が動きそうになったが、椎名の二本の剣が、右側ではなく、止められた結界がある左側に向けられていた。
その予備動作を見て、俺は即座に身構える。
なんのつもりなのか分からないが、椎名は、木刀によって止められている結界に向かって振りかぶっていた。
( ――ッ!? )
一見、止められた結界を叩くことで押し切るようにも見える。
力技で体勢を崩し、次に繋げる作戦と、そう見えなくもない。
だが、木刀に伝わってくる激しく反発するような振動が、それが狙いではないと物語っていた。
「吹き飛べ、陣内!」
「くそったれっ――」
左耳が役目を放棄した。音が全く聞こえなくなる。
突き抜けるような振動が、左肩を強く吹き飛ばす。
身体が横へと回転する。
視界の隅に、弾け飛んだ肩の鱗板が見える。
付けていたはずの面当ても何処かへと行っている。
脳を揺さぶられたことで吐き気がするが、俺はそれを呑み込み後ろへと飛んだ。
「……まだ足掻くのか、陣内」
「……」
見上げた先には、5枚の結界を纏った椎名がいた。
「……結界を爆発させたのか?」
「うん、これがボクの切り札だよ。小さい爆発じゃなくて、大きい爆発をさせたんだ。まあ、剣で強く叩かないと駄目なんだけどね」
勇者椎名は、自ら結界を叩くことで爆発させて攻撃してきたのだった。
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