ゴングぅ鳴らせぇ~
いつの間に拾っていたのか、荒木は伊吹の大剣を手にしていた。
ぐっと重心を下げ、WS世界樹断ちの構えを取っている。
すぐにWSを放ってこないのは、前にそれを俺に止められたことがあるからだろう。
だから荒木は、前よりも高威力な世界樹断ちを放つために溜めをしている様子。
「陣内っ、そこを動くンじゃねえぞ! オレがてめえをぶった斬るっ」
「……アホか」
何か悠長なことを吠えている荒木。
その荒木の姿には、俺だけではなく蒼月も呆れた様子。
口にはしていないが、蒼月の目は『やっていいよ』と雄弁に語っている。
当然、言われんでもやる。
堂々と啖呵を切った勇者荒木に、周りの野次馬たちは妙な盛り上がりを見せているが、その一角はWSの有効射程内だ。
ほっといたら多数の死者どころか、百単位の死者が出ることになる。
本当に浮かれきって危機感がないヤツらだ。
――いや、俺もそうか、
俺も浮かれていたのかもな、WSが使えるようになったことに……
今一度自身を引き締める。
俺はWSが使えるようになった。そしてそれに溺れてはならないと戒めたつもりだった。実際にそうしたつもりだった。
WSには硬直が発生するし、どうしても先を読まれることになる。
だから不用意にWSを使うということはそれだけ不利になる。
しかし俺はそれを逆手に取った。そして潜んでいる秋音を誘い出すことに成功した。だが、不用意に近寄りたくないという理由でWSを放った。
その結果、俺は蒼月に腰を刺されてしまった。
神水のお陰で傷は塞がったが、鈍い痛みはまだ残っている。
もしエリクサーが無ければ間違いなく詰みだった。
俺は知らぬ間に驕っていたのかもしれない。
ステータスの上昇や、新たに手に入れた【固有能力】とWSに。
よく考えたら勇者たちの動きもそうだ。
魔石魔物亜種狩りのときに観察していた。だから勇者たちなど敵ではないと、心の何処かで慢心していたのかもしれない。
いま上杉に、『覚悟が~』などと言ったが、それは自分にも言えたこと。
荒木の方を意識しつつ、改めて勇者たちを観察する。
今一度認識を改めるべきだ。
視界内に居る勇者は、蒼月、上杉、荒木、八十神、下元、椎名、小山、秋音、葉月、言葉、早乙女、伊吹、三雲、柊、加藤の十五人。
姿が見えないのは、赤城、霧島、橘、綾杉の四名。
橘が何処に行ったのかは見当がつくが、赤城と霧島が判らない。
二人とも近接系ではないので、直接来るとは思えないが、姿が見えないことに違和感を覚える。
( ここも反省すべきだ…… )
注意していたつもりだが、俺は何人も見失っている。
荒木にだって易々と大剣を与えてしまった。
「待ってろよ陣内っ! いまテメエのそのスカした面を泣き顔に変えてやっからよう。蒼月、そのまま陣内を見張ってろよ」
荒木が喧しくて五月蠅い。
コイツは分かり易い反面教師だ。WSに溺れきった者の末路だ。
WSを放つ前に止められるとは微塵も考えていないのだろう。
「葉月さん、僕に回復魔法を掛けてくれ。頼む」
八十神が回復魔法の要請をしている。
だが何故か、葉月はそれを断っている。『まだそのときじゃない』と、そんな言葉が聞こえてきた。
そして言葉の方も、椎名が何か話し掛けているようだが、これも首を横に振って拒否の姿勢を見せている。
どういう状況なのか把握できないが、取り敢えず、倒したヤツが回復魔法で復活することはまだなさそうだ。
これは正直有り難い。
しかしこの戦いが長引けば、外で待機していた冒険者たちがやってくる。
その前にけりを付けなくてはならない。
「……第二ラウンド開始か」
ここまでは上手く行き過ぎていた。
しかし虎の子のエリクサーは無くなり、俺の底もほとんど晒してしまった。
残っている隠し球はあと1~2個程度。それだって既に予想されているかもしれない。
「行くぞっ、陣内! これでテメエをぶった斬るっ。オレをコケにした報いってのを思い知らせてやンぞ」
蒼月が身を沈めるように横へと構えた。
俺が荒木を攻撃した瞬間、その隙を突くつもりだろう。
「っしゃあ、いくぜっ! 世界樹シィ――」
「――斬鉄穿」
俺は、第二ラウンドのゴングを鳴らした。
「――っがあああああああああああああああああああああああああ!」
肩をWSでごっそりと持っていかれた荒木の絶叫が響き渡る。
「はああっ!」
凄まじい速度で蒼月が斬り込んできた。
下から掬い上げるような鋭い斬撃。それがWS後の硬直に差し込まれてきた。
本来、WSには硬直がある。
だが俺はそれを、【加速】と【迅閃】を同時に発動させてねじ伏せて――
「しゃあっ!」
「――っ!?」
蒼月の攻撃を槍でいなした。
「しぃっ!」
短く息を吐きながら刹那の三連撃を見舞う。
それを予知していたかのように、蒼月は大きく後ろへと退いた。
ちんたらやっている暇はない。即座に追撃へと踏み込む。
蒼月が使う”縮地”の正体は、いまの一合で朧気ながら見えてきた。
あれは極限まで減速をしない足捌きだ。
人は速く走るとき、加速と減速を繰り返しながら走っている。
蹴り出して前に出たあと、踏み出した足がどうしてもブレーキを掛けてしまうものだ。
速く走れる人のフォームは、その減速してしまう部分を極力無くして駆けている。要は踵を使わない感じだ。
そして蒼月は、その減速の動作をほぼ無くしていた。
前に踏み込むような動作ではなく、ランナーが盗塁するときに行う真横へのダッシュ。
反復しない反復横跳びのような足運びで高速移動をしていたのだ。
だがその方法では長く進めそうにない。
きっと5メートル程度が限界だろう。
俺は”縮地”の有効距離はその辺りだろうと当たりをつけた。
ならば対策として、それ以上の距離を取るか、もしくは縮地など意味を成さない距離に詰めよるかの二択。
「――っ!」
突如、光る何かが俺の周囲に出現した。
蒼月へと詰め寄ろうとした瞬間、光る何かが俺を取り囲み、次の瞬間それらが一斉に殺到してきた。
「これはっ!」
光る何かは、大鎌の刃の形をしていた。
殺到するそれから逃れるべく、一番薄いと思われる場所に飛び込んだ。
俺は転がるようにしてそれらを回避して顔を上げると、地面には魔法陣のようなモノが浮かび上がっていた。
再び後ろへと飛び退く。
するとさっきまで俺が居た場所に、複数の刃が魔法陣から生えてきた。
そして引き裂けなかったことを恨めしそうにしながら、その刃は魔法陣へと戻っていった。
理解が追い付かなかった。しかしそれは一瞬のこと。
俺はすぐにその刃の正体を理解した。
「ここで来たか……霧島」
たったいま俺を取り囲んでいたモノは、霧島が放ったWSだ。
ノトスでの防衛戦のときに見せた、設置型WSとでも言うべきか、放ったWSを任意のタイミングで発動させるあれだ。
「はっ、どっかのアレかよ……」
気が付くと鳥籠のように、無数の刃が俺を取り囲んでいたのだった。
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