暗殺者と暗殺者?
「っはああああ!」
「ぬうっ!」
鉄山靠同士の衝突。
俺と秋音は、足下を踏み抜かんとする程のぶつかり合いをしていた。
さすがは秋音ハル、刺突が躱されたと判断した瞬間、匕首のような短刀を手放して即座に対応してきた。
しかし先手を取ったのは俺。
秋音は鉄山靠で相打ちを狙ったようだが、速度、体重、重心移動ともに俺が有利。故に彼女は弾かれ、身体を浮かされることになった。
「くっ!」
衝撃に顔を歪ませる秋音。
あの秋音が顔を歪ませるということは、それだけの衝撃がしっかりと伝わったという証拠だろう。
このチャンスは絶対に逃せない。
餌に釣られて暗殺者が姿を現したのだ。ここで彼女をとる。
「っしゃあああああ!」
「なんのっ!」
手放した槍をすぐに取り、浮かされている秋音に向かって刹那の三連撃を叩き込む。
それを暗器のようなトンファーで捌こうと試みる秋音。
一発、二発、トンファーで受け流す。
しかし三発目は追い付かず、仰け反るようにしてそれを回避。
宙に浮かされた状態だというのに、秋音は俺の攻撃を凌ぎきった。
しかしそれもそこまで。浮かされた状態だというのに仰け反ったのだ、次に取れる行動はかなり限定されるはず。
考えられるのは、バク転やバク宙などといった後転系。
どちらにしろ後手になるのは確実。俺は追い詰めるべく距離を詰める。
まるで格闘ゲームのようなデタラメな展開。しかし秋音ハルを倒すにはこれぐらいできないと駄目だ。
( ――むっ!? )
秋音が取った選択は、身体を無理矢理起こすだった。
微塵も諦めの色を見せない強い眼光が、俺のことをしっかりと捉えている。
「――ぷっ!」
口から針のようなモノを飛ばしてくる。的確に目を狙ってきた攻撃。
しかしその手の攻撃は、今の俺には通用しない。
【神勘】が警鐘を鳴らしてくる。何かくると俺に告げている。
そして何より、絶対に何かやってくるだろうと既に予測していた。
俺は首を傾けてそれを避け、トドメのカリバーを放つ体勢に入る。
このまま距離を詰めるのは危険だとの判断だ。
「殺ったあああ! カリバー!!」
「陣内陽一ぃい!」
恨めしそうに俺の名前を叫ぶ秋音。
手に何かを持っているようだが、彼女は為す術もなく光の奔流に飲まれた。
直撃する瞬間、切り替えてガード体勢を取ったようだが、面で飲み込むように当たる俺のカリバーには効果が薄い。
彼女は受け身を取れずに地面へと投げ出された。
( まだだっ )
相手はあの秋音ハルだ、他の勇者たちとは違う。
やられた振りなど、そういった演技をしている危険性がある。
しかも脅威度で言えばトップだ。最低でも腕の2~3本は飛ばしておく必要がある。あと脚の2~3本も……
俺は追撃することを決め、前へと踏み出す。――その瞬間。
「――があっ!?」
「ん、浅いか?」
右腰に激痛が走った。
俺は痛みを堪えながら何とか距離を取る。
ぱたたと、何が地面に零れ落ちる音がした。
「……ぐっ、蒼月、何で、そこに……」
「参ったな、今のも避けるとは」
血の付いた剣先を見ながらそう言ってくる蒼月。
その後ろの方では、葉月たちの悲鳴が聞こえてくる。どうやら俺の心配をしているようだ。
特に早乙女が喚いているが、いまはそれどころではない。
俺は、いま何が起きたのか状況を分析する。
秋音に追撃をしようとした瞬間、背後に気配を感じて身を捩った。
何か危険が迫って来ていると、そう判断したのだ。
身体を捻ったお陰でまだ浅かったが、それでもしっかりと刺し込まれている。
内臓には達していないと思うが、叫き散らしたい程の激痛が続いている。
呼吸すらも本当にキツイ。
「くそ……何で……」
油断などはしていない。
上杉と蒼月の距離は、カリバーを放つ前に気配で確認していた。
放出系ならともかく、直接刺せるまでの距離ではなかった。だが俺は、右腰を蒼月に刺されていた。
蒼月にそこまでの速さはなかったはず。
「なんか驚いた顔をしてるね、陽一。まあ、そうか、確かにずっと隠していたんだからね。この縮地を」
「てめえ、三味線を弾いてやがったな。くそったれ」
「うん? そりゃあ隠すだろ。だってお前、ずっと自分たちのことを観察していただろ? あの亜種狩りのときに」
「――っ!?」
「おかしいと思ったんだよね、何か偵察でもされているような感じがしてさ。そんでそれを追ってみたら、陽一だったんだよね」
「はっ、それでその縮地ってのを隠したって訳か」
「うん、そう。だって部活のときからそうだったし。まあ、偵察なんて滅多に来ないけどな。あ、腰を狙ったのは避け難いと思ったからな。後ろからだとマジで避け難いんだよな、そういうのって。デッドボールとか外から巻くように腰にくると避けられなくってよう」
「……っ」
――くそったれっ!
暗殺者を倒したと思ったらまだ一人いたってのかよっ、
くそ、コイツが真のダークホースだ、
己の迂闊さを呪う。
まさか俺以外にも、味方と戦うことを想定していた者がいるとは考えていなかった。
仮に居たとしても秋音だけ。
アイツはどうせ姿を見せない。だから隙を晒して釣り出せば良いと考えていた。
そしてカリバーという餌を見せて、予定通り彼女を釣り出すことに成功した。
しかしここに隙があったのだろう。
釣り出したのだからもう平気だと、そう勘違いしていた。
だが実際にはもう一人居たのだ、カリバー直後の隙を狙う者が。そしてそれを実行できる者が。
「そういや足には自信があったな、お前は。だから縮地か……」
『縮地』、漫画とかでそういうのを見たことがある。
もの凄く速く間合いを詰める歩行の類い、確かそんな感じのモノだ。
そしてそれが、さっき俺の背後を取った方法の正体だろう。
( 脚自慢の勇者らしい…… )
「なあ、陽一。もうここで諦めないか?」
「は?」
「できることならこれ以上はしたくない。だから……諦めないか? その腰の怪我じゃ満足にもう動けないだろう?」
「は、はは……」
「笑うところか? 結構マジで言っているんだが。ほら、葉月ちゃんたちも心配しているみたいだし。彼女たちに治してもらおうぜ」
嫌みが一切ない、そんな苦笑いを浮かべながら言ってくる蒼月。
完全にリラックスした状態で、もう敵意がないことを示している。
しかもいまは、俺から視線を切って葉月たちの方に目を向けている。
俺はその姿を見て、気を張っていた自分がおかしくなった。
目の前にいるのは暗殺者だ。
そういった存在が目の前に立っていると、そう考えていた。
だからいつ攻めて来ても良いようにと、俺はずっと身構えていた。
そして、ある物を飲む機会を窺っていたのだ。
だがヤツは違った。
暗殺者たる実力とセンスはあるかもしれないが、心構えは違うようだ。
蒼月亮二は、秋音のような暗殺者ではない。
俺は何気ない振りをしながら小瓶をポッケから取り出す。
そしてそのままそれを呷った。
もし目の前にいるのが秋音ハルだったら狩られている程の大きな隙。
「んぐっ、んぐっ」
生温い液体が喉を流れていく。
「陽一、それは?」
「ん? 神水。東のダンジョンに潜るときに支給されてな。そんでそれをガメてたんだ」
「……陽一」
「ああ、これが返事だ。葉月たちの回復魔法は受けない」
「そうか……残念だよ」
とても残念そうな顔の蒼月。
その後ろでは、『薬品を使うなんて卑怯だぞ』と上杉が言っているが、これは俺に飲ませた方が甘い。
俺はラティを守るためだったら何でもやってやる。
卑怯と呼ばれる部類のことだって躊躇わないつもりだ。
だから、やるならば徹底的に来い。
付け入る隙があるならば迷わずに突いて来い。
「……上杉、覚悟が足りねえんじゃねえのか?」
「なっ!?」
「俺を止めたきゃ全力で来い。そこの荒木みたいにな」
上杉たちの後方、葉月たちとは離れた場所で、勇者荒木が世界樹断ちの構えを取っていたのだった。
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あと、誤字脱字もできましたら、何卒、何卒。