頼まれたんだ
俺は勇者たちと対峙した。
数の上では圧倒的に不利。その上こちらは一人なので、フォローや強化魔法といった支援は一切ない。
普通に考えたら正気の沙汰ではない。どう考えても勝てる訳がない。
何も対策を立てていなければ……
「取り敢えずは、ラティの安全確保か」
俺はこの状況を想定していた。
勇者を全員敵に回す状況を想定して行動をしていた。
魔石魔物亜種狩りをしていたとき、俺は常に勇者たちを観察していた。
動きや癖、どういったWSを好んで使うかなど、それらをずっと観察していた。
秋音だけは居なかったので観察できなかったが、それ以外の勇者の動きは掌握するまで観察していた。
幽閉されていた3人の勇者たちに関しては、長期間幽閉されていたのだから碌に動くことはできないだろう。荒木のWSだけを注意しておけば問題はないはず。
一方注意すべき人物は椎名だ。
ヤツの持つ準聖剣の結界は脅威だ。あの変幻自在の結界は、ただ守るだけでなく戦術の幅をぐっと広げる。
当然、本来の役目の攻撃を防ぐ点も脅威だ。こちらに世界樹の木刀がなければ勝ち目はないだろう。
次は遠隔持ち。
高威力のWSを放つ弓も厄介だ。直撃すれば黒鱗装束改といえど厳しい。
しかし対処法はすでに考えてある。勇者を射線に立たせて盾にすれば良いのだ。
上手く立ち回れば射貫く機会を無くせるだろう。
他に警戒すべきは、ダークホース的な存在の下元。
ヤツは攻撃魔法などを取り込み、それを自分の力として振るうことができる。
要は充電系だ。
未充電の状態ならそこまでではないが、充電状態なら脅威だ。素早さと鋭さが段違いで、今の俺に匹敵する速度を持っているだろう。
だが今は未充電状態。そして充電する冒険者たちは外だ。
今なら何とかなる。
そうなるとあとは時間との勝負。
さすがに冒険者たちまでやって来たら無理だ。ヤツらは集団戦に慣れている。
あの数に包囲されたら苦戦は必至。包囲される前に勝負をつけて、集まっている民衆の中に飛び込んで逃げるのだ。
決して不可能ではない。十分に勝算はある。
いまの俺ならラティを抱えて走ったとしても余裕だ。
だからまずは――
「サリオっ! ――頼む。ラティをローブの結界で守ってやってくれ。俺に脅されたことにすればいい。だからラティを守ってやってくれ……頼む」
「……ジンナイさん」
「頼むっ、サリオ!」
「うう、がぉーーーん。もう、もう、ぎゃぼーですよです! こんちくしょーですよ! ああ~脅されて逆らえない~です」
サリオは喚きながらラティの元へと駆け寄り、ローブの障壁を発動させた。
強化されたローブの障壁は大きく、二人をすっぽりと覆った。
「サリオ、助かる」
「ふんです!」
これで暗殺の心配はない。
俺を狙わずにラティが狙われたら厳しかった。
放出系WSもそうだが、戦いのどさくさに紛れて秋音に狙われるのだけは避けたかった。
ヤツの性格を考えるに、俺ではなくラティを直接狙ってくるだろう。
いまは見張っているから動きはないようだが、戦いに集中してしまってはそこまで意識を割けない。
サリオには申し訳ないが、この協力は本当に助かる。
( すまん、サリオ。巻き込んでしまって――むっ!? )
サリオには申し訳ないと思いつつ前を向くと――
「……伊吹」
「陣内君、止めに来たよ」
「まさか、一番にやってくるのがお前とは」
正直これは想定外だった。
伊吹とはそれなりの仲だ。別に恋愛感情的なモノがある訳ではないが、本当に初期の頃からパーティを組んだり、お互いに助け合った仲だ。
だから俺と戦うことを少しは躊躇ってくれるのではと、そう期待していた。
少なくとも、率先して前に出てくることはないと思っていた。だと言うのに……
( これが全世界を敵に回すってことか…… )
馬車の中でラティを抱いたとき、そうなっても構わないと思っていたし、秋音ハルと風呂場で話したときも、俺は心の中でそう誓った。
当然その気持ちに嘘はないし、たった今もそう思っている。
だがこれは中々くるモノがある。まさか伊吹が1番手とは……
伊吹の瞳に敵意などは感じないが、俺を止めるという強い意志は見て取れた。
「陣内君、私ね、頼まれたんだ」
「……頼まれた?」
「うん、ラティちゃんに頼まれたんだ。『ご主人様を止めて欲しい』ってね」
「――なっ!?」
「たぶん、気が付いていたんじゃないかな? 自分が魔王になるって。だから私に頼んできたんだと思う。ご主人様はきっとわたしのことを庇う、だからご主人様を止めて欲しいって。ねえ、これの意味、分かるよね?」
「……ああ」
きっとあのときだろう。
中央の城へと戻った日、伊吹は珍しい人に呼ばれたと言っていた。
俺は秋音だろうと訊いたが、雰囲気は似ているが別の人だと。
確かに少し似ているかもしれない。
あのときの伊吹の態度に合点がいく。
「じゃあ、いくよ陣内君。みんなは見ててね、私が一人でやるから」
伊吹は一対一を申し込んできた。
大剣を上段へと構える伊吹。俺はそれに合わすように槍を前へと構えた。
「ねえ、陣内君。素直に道を空けたりしないかな?」
「ないな。それがラティの願いだとしても、それはない。俺は何が何でもラティを守る」
「そっか。ふふ、ホント、ラティちゃんの言う通りだね。――いくよっ!」
魔力が流し込まれ、まるで紅葉のように紅く映えた大剣が振り下ろされた。
俺はそれを左に避けながら、槍で大剣を押すように弾いて体幹を崩しにいった。
しかし伊吹は、そうなることが分かっていたかのように身体を捻り、そのまま流れるように横薙ぎを放ってきた。
それを槍の柄で受け、そのまま後方へと弾き飛ばされる。
「――ッ、……本気だな?」
「うん、もちろん。そうじゃないと、絶対に無理だよ――っね!」
一気に距離を詰め、深く踏み込んで大剣を振ってくる伊吹。
カウンターなどは恐れず、豪胆剛力をもって襲いくる。
「ぐっ!」
再び弾き飛ばされた。
防ぐことはできるのだが、上手く避けて次に持っていくことができない。
どうしても途中で弾かれてしまうので、毎回仕切り直しのような状態になる。
そもそも剣筋が凄まじすぎる。
大剣なのに、まるで片手剣のような剣筋だ。
リーチを生かすのではなく、大剣のリーチを利用した戦法。
深く踏み込んでくるので、後ろに下がって避けたとしても剣先が届いてしまう。
なのでどうしても受けて弾かれる。
だったらこちらも距離を詰め、大剣を満足に振るえぬ状態に持ち込むという方法がある。
しかしそれは罠だ。伊吹はきっとそれを狙っている。
彼女の持つ大剣には、手を守るナックルガードが付いている。
迂闊に距離を詰めようものなら、それで顎先をカチ上げられるだろう。
伊吹はそうやって俺を無力化するつもりだ。
背の低い彼女に懐へと入られると防ぎようがない。
仮に全力で後ろに下がったとしても、今度は大剣の間合いだ。
( ――と、なりゃ、取れる方法は一つだな )
悟られぬように静かに身を沈める。
脚にバネを溜め、腕を適度に脱力させる。
「――っらああ!」
「ぐっ!?」
初めての反撃。
伊吹の振り下ろしに合わせて、全力の横薙ぎを放ち弾き返した。
以前なら無理だったかもしれないが、今の俺なら、新たなステータスを得た俺なら十分に勝機があった。
弾かれることを想定していなかった伊吹に焦りが見える。
俺は即座に追撃をする、振りをした。
この状況を立て直すにはWSに頼らなくてはならない。
武器をカチ上げられた状態の伊吹は、俺の誘いに釣られて振り下ろしのWSを放ってきた。
「とりゃああ!!」
「しぃっ」
WS特有の光を放つ大剣を、俺は身体を半歩ズラして避ける。
次に予想されるのは、振り下ろしからの振り上げのWS”やあああ”だ。
所謂、燕返しだ。伊吹はWSを強引に連続で放つことで、擬似燕返しを大剣で放つことができる。
初見だったら間違いなく引っ掛かる。それだけ凄い連撃だ。
だが、それは既に見ている。
そしてリキャストの都合上、すぐに振り下ろしのWSは使えない。
だからそこに隙ができる。
「――っやあああ!」
伊吹自身も分かっているはずだが、ここで振り上げWSを使わない訳にはいかない。
振り下ろしWSで止めたとしても、やはりそこに大きな隙ができるのだから。
隙を先に作るか後に作るかの二択。
この選択をさせた時点で俺の勝ち。あとは放たれるWSの軌道を見極めれば良いだけ。
それだってずっと観察してきたことだ。いまさら見極め損ねることはない。
( っむ!? )
刹那の瞬間に違和感を覚える。
伊吹にとってこの瞬間は詰みであるはず。
だが――
( 諦めていないっ! )
伊吹の表情に諦めが一切ない。
絶対に仕留めると、目がそう語っていた。
「うっりゃああああああ!」
伊吹が強引に刃を止めた。
なんと伊吹は、発動したWSを力任せに中断した。
そしてくるっと横に回転して横薙ぎに変化させる。
発動したWSを途中で中断させるという荒技。
いままで誰もできなかったことだ。
「――えっ?」
伊吹から驚きの声が漏れる。
きっと彼女は、この変化した横薙ぎで俺を弾くつもりだったはず。
「悪ぃな」
「――くっ」
俺は放たれた横薙ぎを、身を這うようにして避けていた。
この空振りで致命的な隙を作った伊吹が、【天駆】で空を蹴って後ろに退こうとする。
だが俺は――
「必殺、槍っカリバーーー!」
「きゃ――」
荒木が至近距離で使ったWSの槍版。
俺はそれを伊吹に叩き込んだ。
初めてのWSだ、さすがの伊吹もこれは予想できない。
槍から放たれた光の大瀑布が、押し流すようにして伊吹を吹き飛ばした。
ららんさん作の鎧といえど、この至近距離からの直撃では耐え切れないだろう。
伊吹は大剣を手放し、地面へと叩き付けられた。
「……すまん、伊吹。やられる訳にはいかねえんだ」
手応えはあった。
すぐに立ち上がることはできないだろう。そう思っていたが。
「~~~かはっ」
「伊吹……」
伊吹は首だけを起こして俺の方に目を向けてきた。
そしてかすれ声で言ってくる。
「あはは、ホント、ラティちゃんの言う通りになっちゃった。……ホント、ラティちゃんの言う通りに……」
「……何が?」
「うん、ラティちゃんが言ってたんだ。さっき話したことを言った後にね、『でも、ご主人様は、ヨーイチ様は全員を倒してしまうでしょうねぇ』ってね、そう言ったの。陣内君はホントにラティちゃんに…………」
伊吹は話をしながら気を失った。
ゆっくりと上下しているので、気を失ってはいるが息はしているようだ。
「ラティ……」
ラティは止めて欲しいと願いながらも、俺が勝つことを確信していた。
チラリとラティを見る。
瞳は真っ黒に染まったまま。そして意識もなさそう。
「待っててくれ、ラティ。――さあっ、次はどいつだ!」
俺は、一人目の勇者を倒したのだった。
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