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勇者 陣内

 黒い竜巻のような渦が、もう役目を終えたとばかりに小さくなっていく。

 細く小さく散っていく。

 そしてその中心には、囚われていたラティの姿があった。


 ユグトレントのようなおぞましい姿にはなっていない。

 亜麻色の髪が風で激しく波打ってはいるが、何か大きく変化したようには見えない。

 だが――


「首輪が……」


 ラティの首に巻かれていた奴隷の首輪が千切れた。

 それはまるで、束縛などされぬと宣言でもしているかのように、赤色の首輪が千切れ飛んだ。


「ラティ……」


 何となくだが、分かった(・・・・)

 あの黒い渦は俺を狙っていた。

 だが俺は、世界樹の木刀によって守られていた。


 ではその黒い渦はどうするかというと、次に価値が高いモノへと。

 そして黒い渦が狙っていた俺の近くにいた者へと。


 元からラティは魔王候補だったのだ。もう条件が揃い過ぎてしまっていた。


 だからラティは魔王にさせられてしまった。


 いまも手の甲が熱く脈打っている。

 魔王を倒せと、そう急かすように力を俺に流し込んでくる。


「……ステータスオープン」



名前 陣内 陽一

【職業】 勇者 

【SP】718/718

【STR】 746

【AGI】 714      

【身の固さ】 120

【MND】587

【EX】『魔法防御(絶大)』『魔防(強)髪飾り』

【固有能力】【鑑定】【加速】【柔撫】【愛梳】【迅閃】【剣技】【神槍】【神勘】【穿破】

【パーティ】*** サリオ131


 ――――――――――――――――――――――――



「はは……くそっ、分かり易いな……」


 初代勇者は、魔王を消滅させるための力を用意すると言っていた。 

 俺のステータスを書き換え、WS(ウエポンスキル)を使えるようにして、魔王を消滅させるためのWSを編み出せるようにすると。


 それにしても露骨な書き換えだ。

 WSに大きく影響するモノしか書き換えられていない。

 【MP】や【INT】などの、WSに大きく影響しないステータスは書き換えられていない。


 追加された【固有能力】の方は、俺がこの異世界(イセカイ)でやってきたことが形になったのだろう。それらが【固有能力】として発現している。

 【柔撫】と【愛梳】などは、まさにこの異世界(イセカイ)でやってきたことだ。

 

 一方【宝箱】が無いのは、魔王を消滅させるために必要がないからだろう。


 【柔撫】がある状態で撫でたらどうなるのだろうか。

 前よりももっと凄い心地良さを彼女に与えることができるだろうか。

 是非試したい。だというのに――


「ぐううううう……ラティ」


 そのラティが魔王になってしまった。

 もしかしたら違うかもしれない、そんな願いは【神勘(しんかん)】が否定する。

 【神勘】とは、神がかった勘の良さを得る【固有能力】だ。何故かそれが分かった。

 そしてそれが告げてくる、ラティ(あれ)は魔王だと。

 

「ちくしょう、ちくしょうっ、ちくしょう! ふざけんなっ!!」


 覚悟はできていた。

 こうなるかもしれないと俺は覚悟ができていた。

 だが咆吼を上げてしまう。悔しくて堪らない。 


 一年以上前、北原と対峙したときにヤツが言っていた。

 『魔王の手下野郎』と。


 あのときは何を言っているのか分からなかった。

 だが初代勇者に会い、様々なことを知っていくうちに、あの言葉の意味を朧気ながら理解した。


 しかし俺は、それを理解しないようにしていた。

 絶対に口に出さないようにしていた。

 決して頭の中で考えないようにしていた。


 何故なら、そうしないとそれが現実のものになってしまう気がしたから。

 だから目を背けていた。

 

 しかしその一方、それを回避するための努力をした。

 ユズールさんが宿っていた魔石がそれだ。

 あの魔石が身代わりになってくれる。ラティに木刀を握らせていればきっと回避することができると。

 

 そんなズルいことを考えていた。

 嫌な予感からは目を背けているのに、都合の良いことだけには縋ろうとしていた。

 だからだろうか……


 

「陣内、分かっているな。その子は……魔王になった」

「――っ!」


 八十神の言葉を皮切りに、集まっていた人たちが一斉に逃げ始めた。

 魔王が発生したということにようやく気が付いたのだろう。

 だが、ほとんどの者が距離を取るだけで、完全に遠くへと逃げる者は少なかった。


 警備を担当していた兵士たちが、避難指示、避難誘導をしているようだが、それに応じる者は少なく、誰もが魔王を討伐する勇者の勇姿を見ようとしていた。


「マジか……あの子が魔王に?」

「ラティちゃん……」

「彼女が魔王か」

「何で……まだ魔王が出て来るのは先でしょ?」


 八十神以外にも勇者たちが集まってきた。

 そしてラティの姿を見て、次々と驚愕に言葉をもらした。


「ラティさんの目が」


 言葉(ことのは)が痛ましそうにつぶやく。

 ラティの透き通るようなアイスブルーの瞳は、いまは真っ黒になっていた。

 それはまるで闇、もしくは虚空。それ以外に言うならば、黒い霧が詰まっているようだった。

 よく見れば、薄らと黒い霧を纏うように漂わせている。


「陣内、わかっているな。気の毒とは思うが……」


 顔を歪ませながら八十神がそう言ってきた。

 その表情から、ヤツが心の底からそう言っているのが分かる。

 少なくともホッとしたような様子ではない。が――


「陣内、聞いているのか陣内っ」

「……」


 八十神は、苛立ちを滲ませた声で言い放ってきた。


「……陣内、そこを退け」

「……」


 俺は無言で立っていた。 

 ラティへと近づけないように、勇者たちの前に立ち塞がっていた。

 

「陣内君。どうか、どうか退いて欲しい……」


 やって来た椎名が、懇願でもするかのように言ってきた。

 しかし俺は無言を貫き対峙する。 

 

「陽一クン……」


 小山が情けない顔で俺のことを見つめている。

 他にも集まってきた勇者たちが、全員俺のことを痛ましそうに見てた。


 ( ああ、何かあのときを思い出すな…… )


 唐突に懐かしい記憶が蘇った。

 召喚された日、一人だけステータスが違う俺を、勇者たちはこういった目で見ていた記憶がある。

 何人かは嘲笑うかのような目をしていたが、いまは違っていた。


「陽一っ」


 もの凄く情けない顔をして早乙女が俺の名を叫ぶ。

 その横では、葉月が真剣な顔をして俺のことを見ている。


「陣内、僕たちは昨日話し合って決めただろ? 何があってもこの異世界(イセカイ)を救うと。そのために覚悟を決めるって。陣内もそれに同意して、この異世界(イセカイ)を守るって言ったよな。あれは嘘だったのか」

「ああ、確かに言ったな。世界(・・)を守るって」


「だろっ、そうだろ? だから――」

「――言ったさ。俺は、俺の世界のために(・・・・・・・・)戦うってな」


「は? 俺の……世界? 陣内、どういう意味だ」

「言ったとおりだ。それ以上でもそれ以下でもねえ。俺は、俺の世界のために戦う、そう言ったって言ってんだよ。俺にとってラティは世界だ。そのラティを倒すだぁ? 絶っ対にそんなことをさせっか。俺は、俺の世界を守るために戦う。ラティが居ねぇ世界なんて世界じゃねえ!」


 一瞬呆気に取られた八十神だが、俺の言った内容が頭に入ったのか、ゆっくりと口を開く。


「……陣内。お前は何を言って……理解できない。理解できないっ! 一人のために世界を滅ぼすっていうのか! この異世界(イセカイ)に生きる人、その全てを敵に回すっていうのかっ! そういうことだぞ! それでいいのか、陣内陽一!」


 全く理解できないと激高する八十神。

 ヤツは喚き散らすように声を張り上げていた。

 俺はそれを眺めながら、ゆっくり凪ぐように心を落ち着かせていた。

 

 やるべきことは把握している。俺はラティのために戦う。

 それだけだ。

 

 その先に何があるのかと問われれば、分からないと答えるだろう。

 他のヤツからしてみれば、馬鹿なことをと思うかもしれない。だが、ここで道を空けるという選択肢はない。


 ここで俺が横に退けば、ラティは勇者たちに殺される。

 まだしっかりと魔王が定着していないのか、彼女は動かずに棒立ち状態。

 たぶん勇者ならば容易に倒すことができるだろう。


 だから絶対に横に退く訳にはいかない。

 たとえその先に破滅が待っていたとしても、俺は俺の世界を守る。

 何があろうと俺は、世界(ラティ)を守る。


――そうか、

 未来から来たって北原はこの光景を見たことがあったんだな、

 だからか…………確かにこれは魔王の手下だな、



 いまの自分の状況につい苦笑いが零れてしまう。

 八十神はそれが気に食わないのか、眉間に深い皺を刻んでいる。


「……陣内君。君の気持ちはよく解る。だけどね、どうか退いてくれないか? ただ退いてくれるだけでいい。……あとは僕たちがやるから」


 苦笑いを浮かべている俺を咎めることなく、赤城が冷静に諭しにきた。

 昔の赤城だったら違っただろう。もっとキツく、ただ自分の意思だけを押していたはずだ。


 だが今の赤城は、勇者同盟レギオンというアライアンスを率いている。

 様々なことを学んできたのだろう。『あとは僕たちがやる』などという気遣いまでもできるようになっている。


 そして今は外に待機しているが、そのうちその冒険者たちもやってくるだろう。できることなら連中とは戦いたくない。


 様々なことがゴチャゴチャと押し寄せてくる。

 モモちゃんのことが心配だ。アムさんには迷惑を掛ける。ギームルだってそうだ。

 他にも、他にも、他にも、他にも、この異世界(イセカイ)で関わってきた人たちの顔が脳裏に浮かぶ。 

 

 だが、覚悟はとうに決まっている。

 決して揺るがない覚悟が……


「陣内、そこを退け! そうでないと……」


 八十神がそう言って腰の剣に手を伸ばす。

 これは警告だろう。退かないならば先に俺をやると、そう脅している。


「……」


 俺は無言で構えた。

 俺の意思を汲み取ったかのように手の甲がさらに熱くなる。

 真の勇者の紋章が、俺のステータス()を底上げしているのが分かる。


「陣内!」


 八十神が再度吼えた。ギリリと歯が剥き出しだ。

 俺は重心を落とすことでそれに答える。


「――っ! お前は……」


 覚悟はとうに出来ている。 

 もう一年以上前から、こうなるかもしれないと覚悟をしてきた。

 こんな日が来ないで欲しいと願いながらも、俺はずっと積み重ねてきたのだ。


 昨日今日の話し合いで決めた覚悟とは格が違う。

 俺が積み重ねた覚悟の重さは、それとは桁が違うのだ。次元が違うのだ。

 

「……陣内、本当に良いんだな? それがお前の覚悟なんだな? お前は……その子(・・・)を取るんだな? なら僕は……」


 八十神が最後通知を突きつけてきた。

 俺はそれを正面から受け――


「かかって来い、勇者ども」

「は? 何を言って……?」


 ”ゆうしゃ”から”勇者”になったというのに、俺は魔王を守るために勇者たちと対峙する。

 どうやら俺は、勇者(・・)になってもハードモードらしい。


「かかって来いって言ってんだよ。何だ、八十神。お前の覚悟ってのはそんなもんか? そんなに軽いもんなのか」

「――このっ」


「かかって来い勇者ども。今日の俺はすげぇ重てえぞ!」 





 あの日誓ったように、俺はラティのために全世界を敵に回したのだった。

 

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ感想を、感想などを~頂けましたら幸いです。


あと、誤字脱字もできましたら……

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