あのとき見ていた光景の中に
綿密に勢いで書きました。
俺は、城から南へと伸びている大通りを、出陣パレード用に用意された馬車に乗って通っていた。
そしてその馬車の中から外を覗き見る。
「……自分がこっちに居る日が来るとはな」
この異世界に召喚された日、俺は似たような光景を遠くから独り眺めていた。
道を埋め尽くさんとばかりの人だかり。召喚された勇者たちに、集まった民衆があらん限りの歓声を上げていた。
あのとき俺は、独り外へと放り出されて佇んでいた。
十枚の金貨を握りしめながら……
いま考えると無茶苦茶だ、ハードモードにも程がある。
勇者ではなく、”ゆうしゃ”で、魔法やスキルはなく、誰でも持っている【鑑定】すらないハードモード。
【宝箱】などのチート能力とまでは言わないが、【鑑定】程度は欲しかった。
あと、できればCHRも……
そんな俺が、あのとき見ていた光景の中に居る。
当時では考えられないことだ。絶対にそんな日は来ないだろうと思っていたし、考えすらもしなかった。だが――
「ラティ、ありがとうな」
「あ、あの、ご主人様?」
唐突に礼を言った俺に、困惑した顔を浮かべるラティさん。
隣に座っている彼女は、俺の顔を窺うように見てくる。
( あ~、そりゃそうか…… )
「ん~~、何となくな。――こういう事」
「あっ」
俺は曖昧な返事をしながら、そっとラティの尻尾を撫でた。
あのときラティと出会わなければ、間違いなく俺はこの場にいなかった。
ちっぽけなプライドと意地を張って、勇者たちの世話になることを拒み、野垂れ死ぬか魔物に殺されていただろう。
だからラティには、いくら感謝をしてもしきれない。
「……はい」
しかしこの想いを言葉にするのは少々気恥ずかしい。
なのでちょっとズルいが、俺は尻尾を通してそれを伝えたのだった――
「――あの、ジンナイさん。あたしも一緒に居るんですよです」
「……ああ、居たな」
「……」
「なにラティちゃんの尻尾をさわさわしているんですかです!」
この馬車には、俺とラティだけでなくサリオも乗っていた。
サリオは現在ノトス公爵家の者。
公爵家、要は貴族の血縁者が堂々とこの出陣式に参加しているとなると、他の貴族たちが良く思わない。
だからサリオは、俺たちが乗っている馬車に乗ることになった。
現在俺たちが乗っている馬車は完全な箱形タイプ。
勇者たちが乗っているような、屋根がないオープンカーのような仕様ではなかった。
「いまさらですけど、ジンナイさんはあっちに乗らなくて良かったんです?」
「いや、柄じゃないだろ。ああいうのはアイツらに任せておけばいいんだよ」
そう、ああいったことは勇者たちに任せれば良いのだ。
この出陣パレードは、勇者たちが魔王討伐の旅に出ることを知らしめて、住民を安心させることが目的。
裏の目的は、勇者たちを死地へと連れて行くことだが……
そして集まっている人たちは、雄々しく出陣する勇者を一目見ようと集まっている。だったら見目麗しい者や、こういったことが好きなヤツに任せればいい。
葉月はとても映えるし、言葉だってなかなかだ。
椎名と八十神は女性受けが良いだろう。
お調子者の色物枠としては、袴を穿いた小山が良い仕事をしているはず。
鎧姿に袴はどうかと思うが……
「ってか、何で小山は袴なんて穿いたんだよ。成人式にいるヤンキーかよ……」
「ほへ? 袴ってあのテラテラピッカピカのあれです? あれって確か……送ってきた物なんですよねです」
「そうらしいな……」
このパレードには、裏の目的とは違う別の思惑もあった。
それは勇者たちを広告塔として使うこと。
と言っても、何かロゴが付いた物を身につけてもらうとかではなく、一目でどこの物か判る物を身に纏ってもらうことだった。
小山が穿いている袴は、長男がやらかした貴族が治める街の物だろう。
上杉もそれに興味を示していたが、上杉はナツイシ家が用意した物を纏っていた。
要はアピールだ。人気取りだ。
これだけ支援しているぞみたいな、きっとそんな感じだろう。
「あの、そう言えば、ハヅキ様の法衣で少々揉めておりましたねぇ」
「あ~~~、あったな。葉月の着ている法衣は教会のだからな。教会としては絶対に着ていて欲しいだろうからな……」
葉月の法衣に関しては少々ゴタゴタがあった。
最終的には、このパレードに教会が用意した法衣でないと想定外の混乱が生じるかもしれないとなって、葉月は法衣姿のままとなった。
俺としては、何か別の装備の方がいいと思ったが、別の装備を用意した所が教会に恨まれ、無用な軋轢を生むことになるのだとか。
「色々と大変なんですね~です」
「いや、お前もそういうのに関係する側なんだけど――ん?」
「凄い歓声ですねぇ」
ドッと湧き上がるような歓声が聞こえてきた。
歓声はずっと聞こえていたのだが、いま湧き上がった歓声は一際大きかった。
「ん~~、位置的に八十神辺りか?」
「はい、そのようですねぇ」
俺たちの馬車は、勇者たちが乗る馬車列の最後尾。
無用な混乱を避けるため、戦闘要員である冒険者たちは既に外に出ており、現在この大通りを通っているのは、勇者たちが乗る馬車と、それを囲むように警備に付いている兵士たち。
そして華やかな音楽を奏でている音楽隊だけ。
本来なら俺は冒険者枠なのだが、一応配慮された形で参加していた。
そして、俺が参加しているぐらいなのだから、幽閉されていた3人も参加していた。
荒木の側に椎名と小山が、綾杉の側には葉月。
加藤には三雲と伊吹がついていた。
荒木が騒いだ場合は小山が押さえ、加藤には勘の良い伊吹がつく形。
「八十神のヤツ、何かサービスでもしたのか?」
あの目立ちたがり屋のことだ、何か手を振る以外のサービスでもしたのだろう。
例えば剣を掲げてみせるや、空に向かってWSでも放つなどのサービス。
「――あっ!」
ラティが何かに気が付いて声を上げた。
そしてその声の後、悲鳴じみた声が上がった。
俺は何事かと窓から乗り出して声の方を見る。
するとそこには。
「子供……?」
人形を抱えた女の子が、勇者たちが乗っている馬車の脇に飛び出していた。
轢かれはしなかったようだが、もう少し飛び出していたら危なかっただろう。
いま上がった悲鳴は、それを見た人たちが上げたものだった。
俺は事故がなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「ふう、良かった。馬車に轢かれたりしなくて――っ!!??」
扉を蹴り開けて外へと駆け出す。
いま、視界に映ったモノを確かめるために、俺は馬車を飛び出て駆けた。
「ほら、危ないから飛び出ちゃ駄目だよ」
「は、はいっ、ゆうしゃさま」
飛び出た女の子のもとに、勇者八十神が駆け寄っていた。
そして優しく頭を撫でている。
その光景は決して悪いものではない。
いかにも八十神らしい行動だが、そうやって注意するのは悪いことではない。
だが――
「八十神っ!」
「――陣内!? これは……その……」
俺は、八十神の左脇腹を殴った。
しかし殴った感触は曖昧で、まるで何か吸い込まれたかのような、そんな不思議な手応えだった。
「八十神、お前まさか……」
――くそくそくそくそっ、くそがあああっ!
何で気が付かなかったんだ、何であのとき……何で……
くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
頭の中でピースが一斉にハマった。
あのときの狼狽え方。すぐに出て行った行動。そのあとに会ったららんさん。
そこから導き出される答えは――
「てめえっ! あの魔石を使いやがったな! そのクソ鎧を直すために!」
「ち、違うんだ。これは僕が頼んだことじゃない! 直してくれるって言われたから任せたんだ。オラトリオさんが、魔王との戦いに備えて鎧を直しましょうって。もちろん止めに行ったぞ。でも、遅かったんだ……」
「くそったれ!」
八十神は嘘を言っていないだろう。
俺がららんさんと会ったとき、ららんさんは頼まれた依頼を終わらせて来たと言っていた。
ギームルには今日話をしていた。
ユズールさんが宿っていた魔石が魔王化する可能性が高い。だから後で例の町に運び込んで欲しいと。
「くそが、話すのが遅かっ――!!!!!」
突如、信じられない程の悪寒が駆け抜けた。
嫌な予感がするなどと言う、そんな生温いモノではなく、クラクションを鳴らしながら迫ってくるダンプカーや、轟音を響かせながら墜ちてくる飛行機。
そういったレベルの感覚。
身体から熱がなくなったかのような寒気がする。
骨が全て氷にでもなったような冷たさと不安感。
俺は強張る身体を無理矢理動かし、ゆっくりと振り返る。
「~~~~~~~~~~くそったれえええええ!!」
眼前に、黒い竜巻のような渦があった。
突如出現した黒い渦は、俺が乗っていた馬車をズタズタに粉砕していた。
その光景を、誰もが言葉を失い呆然と見つめていた。
一体何が起きたのか分からないのだろう。理解が追い付かず、ただ見つめているだけ。
そんな中俺は、その黒い渦が何なのかすぐに見当がついた。
黒い渦は魔王を発生させるモノだと。
「ラティっ、ラティ!」
必死に呼び掛ける。
頼むから返事をしてくれと願いながら、俺は必死に彼女の名前を呼び続けた。
黒い渦は完全に馬車を破壊し、何かを閉じ込めるように渦巻いている。
少し離れた場所にはサリオが転がっていた。
ぱっと見怪我などはなさそうなので、きっとローブの障壁を発動させて身を守ったのだろう。
「ラティっ! 返事をしてくれ――えっ? 何だ?」
頭の中に声が響いた。
『いまがそのときだ』『解放のときがきた』と――
「――何が!?」
今度は身体に異変が生じた。
全ての神経が研ぎ澄まされ、その全てに熱いモノが流し込まれたような感覚。
そしてまた頭の中に声が響く。
いままで積み重ねたモノを力に変えて宿そうと、そう聞こえた気がした。
「まさか、ステータスの書き換えか!? それにこれは……」
流し込まれた熱いモノが、今度は手の甲へと流れて集まっていく。
「……」
小手を外して確認しなくても分かる。
何故か分かる。どうしてか判ってしまう。確認していないのに解る。
いま俺の手の甲には、真の勇者の紋章が浮かび上がっていると、何故か確信できた。
そしてその真の勇者の紋章は、ジンジンと熱く脈打っていた。
その鼓動はまるで、この異世界のために魔王を討てと告げているようだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……