勇者がギスギス
「……そうか、オラトリオはあの双子から話を聞いたのか」
「知っていたのか!?」
「ん? そりゃあ、『魔王候補か?』って訊かれたからな」
「――なっ!? それを知ってて黙っていたのか! この卑怯者」
「ああっ!? お前に言う必要があったか? それになぁ八十神、あくまでも”候補”だぞ? 別に魔王になった訳でもねえし、魔王化が確定した訳でもねえ。ただ、一番魔王になりそうだってだけだ」
「ぐっ、そんな詭弁をっ、僕は絶対に許さないぞ」
八十神は椅子から立ち上がり、いまにも掴み掛からん剣幕で睨んできた。
俺は静かに腰を浮かし、いつでも迎撃ができる体勢を取る。が――
「――八十神君っ、落ち着いて。この話し合いは誰が魔王になるかって話じゃなくて、誰かが魔王になってしまった後のことを話し合う場でしょ?」
「え……葉月さん。だってコイツは大事なことを隠していて……」
「それにね、黙っていたっていうのなら、八十神君も同じだよ。 陽一君が魔王に一番近いってことを知っていながらこの話を進めていたんだよね? ――ねえそれって、知っているのにそれを隠して、陽一君から言質を取ろうとしたってことだよね? そっちの方が卑怯じゃないかなぁ?」
「は、葉月さん……それは…………えっと……」
葉月の不思議な迫力に気圧され、八十神はみるみるトーンダウンした。
そして困り果てて立ち尽くす。
もしかするとヤツは、自分が支持されると思っていたのかもしれない。
しかし葉月が指摘したように、自分自身も黙っていたことを突かれ、思っていたほど支持される立場ではないと自覚した様子だ。
そしてこの推察が正しかったかのように、八十神は全員の顔色を窺っていた。
「えっと、これは……その……」
学校のときは気付かなかったが、八十神は案外ポンコツ野郎だ。
自分が中心、自身が主導、己の縄張りなら良いのだが、そうでない場所、所謂敵地だと途端に脆くなる。
先程までの余裕さはなくなり、ヤツはオロオロと味方を探し始めた。
しかしポンコツはポンコツを引き寄せるというのか、それとも単なる偶然か、八十神はよりにもよって早乙女と目が合ってしまった。
「……おい、クソガミ。てめえはあたしに陽一を殺させようとしたってのか? ああっ、そうなのかよ! このあたしにっ、陽一をっ、陽一をっ!」
「京子ちゃんっ、待って、ストップ! それ以上騒ぐと……眠らせるよ?」
「ぐっ、葉月、てめえ……」
「だから落ち着いてね、京子ちゃん」
咄嗟に身構えて頭を守る早乙女。
葉月の言葉が何を意味しているのか分かっているようで、それ以上声を荒らげることはなかった。
「……取り敢えず落ち着け早乙女。話を少し戻すが、俺はそれでいい。俺が魔王になったら容赦なく倒せばいい。そうしないとこの異世界がヤバいんだからな。その結果、今代で魔王を消滅させられなかったとしても、次でやれる可能性だってあるんだし」
「じゃあ、討たれる覚悟はあるってことだな、陣内」
「はあ? そんなモンはねえよ。俺が魔王になったってんなら仕方ねえとは思うぞ。だけどな、俺は魔王になんてなる気はねえし、全力で抵抗する。絶対に魔王なんかになるか。……あとな、やられる方に覚悟を押し付けんな。覚悟を持つことは良いことだけどよ、それを他のヤツが押し付けんな」
「なっ!? それについては陣内だって同意しただろ!」
「アホかっ! 俺が言ったのは、誰かが魔王になるかもしれないこと。そんでそいつを倒さなきゃならないってことだ。討たれる覚悟を持てなんて言ってねえ」
「そんなんじゃ倒す方が困るだろっ! そんなことも判らないのか! 倒す側に背負わせるつもりか」
「判るけど、わかるかボケっ! そんな覚悟を押し付けんなっ! ただ楽になりてえだけじゃねえか。あと、唾飛ばすな」
俺と八十神は睨み合った。
コイツをどうしてやろうかと、そう頭に過ぎる。
ヤツはいま鎧を着ていない。金属系の鎧は普段着として使うのは厳しい。
一方俺は黒鱗装束を纏っている。勝機は我にありだ。
それに、今なら木刀に頼らずとも八十神をボコることができる。
丁度良い機会かもしれないと、そう思ったそのとき――
「二人とも落ち着いて。それとも仲良く一緒に眠る?」
コテンと愛らしく首を傾げる葉月。
とても良い笑顔なのだが、目が少々マジで本気で怖い。目が笑っていない訳ではないのだが、何故かとても怖かった。
「……」
「……」
「うん、ありがとう二人とも。まずね、今日は何かを決めるのが目的じゃないよね? 八十神君はさっき橘さんに言ってたよね。『いますぐ解って欲しいとか納得して欲しいとは言わないよ』って。あれって少しずつってことだよね? 取り敢えずは話し合いからってことだよね?」
「そ、そうだ……。ごめん、葉月さん。ちょっと熱くなりすぎた……」
「うん。あと、陽一君も。ちょっと怒りすぎ。そりゃあ、魔王になるって決めつけられて怒るのは当然だけど、ちょっとで良いから落ち着いて欲しいかな」
「…………わかった」
納得はいかないが、確かに熱くなっていたし、煽るような態度だった。
その辺りは素直に反省すべきだろうと、いったん心の中を仕切り直した。
「ちょっと確認するね」
「椎名」
仕切り直して口を開こうとした矢先、椎名が先に口を開いた。
「まず、誰かが魔王になる。そしてそれを倒さないといけない」
「ああ、そうだ。だから――」
「――春希、ひとまず聞いてくれ。そうしないとさっきの繰り返しになる」
「わ、わかった……」
椎名は速かった。
まるで次が分かっていたかのように八十神を牽制した。
「……続きだが、魔王を倒すということは、ボクたちの中から誰かを倒すということだ。だからそのための覚悟が必要だと言った。そしてその覚悟は、討つ方、討たれる方……と言うのが春希の主張だよね? で、一方、討つ方にだけ覚悟を、と言うのが陣内君だよね?」
「ああ、まあ、大体そんな感じだ。そんで?」
実際には少し違うが、いまは話の腰を折らずに先を促す。
「これはボクの主張なんだけど。ボクは精神が宿っていた魔石を斬り、それによって魔物が無秩序に湧いて多くの人が亡くなった。だからボクは、その罪滅ぼしをしたいと思っている。もちろんそれで許して欲しいとは言わない。でも……罪滅ぼしをさせて欲しい。その覚悟をもって魔王を倒してこの世界を守りたい。そのためならこの手を……」
「椎名……」
「これはボクの覚悟だ。誰かと分かち合うや共感などもない、ボクだけの覚悟……。だからさ、こうやって自分なりに覚悟を見つけるってのもありじゃないかな? どうだろう、春希」
「あ、ああ……確かにそういうのも……ありだな……」
「それにさ、目的ってのは人によって違うだろうし」
「ん? 秋人、何を言っているんだ? みんなの目的は同じだろ? 魔王を倒してこの異世界を救う。それが僕たち目的だろ?」
「いや、少し違うかも。ボクが魔王を倒すのは、この異世界を守りたいからだ。でも他の人は、元の世界に戻るためにかもだよ?」
「あ~~、確かに秋音はそっちだな。この異世界のこととかどうでも良さそうだしな」
「春希はさ、何のために魔王と戦う? いま言ったように、この異世界を守るため? それとも元の世界に戻るため? それとも……何か別の目的のため?」
「――秋人っ! 僕はこの異世界を救うために戦うんだ! 他に理由なんてないっ。この世界のために戦うんだ! そのためなら覚悟だって決める。ああ、覚悟を決めるさ。これが僕の正義」
「八十神。それなら、自分が魔王になっても討たれる覚悟があるってことだな? この異世界のために死ねるってことだよな?」
「そうだよっ。だけどその逆だってそうさ! 陣内が魔王になったら絶対に倒す」
八十神は勢いよく立ち上がり、俺に指を突きつけてきた。
すかさず仲裁に入ろうする葉月。
だが俺はそれを手で制してゆっくりと立ち上がる。
「ん、それでいいんじゃないか? お前はこの異世界のために戦う。仮に魔王になったとしても、この異世界のためにやられる。それでいいんだよな?」
「ああ、そうさ」
「なら俺も同じようなもんだ。俺は、俺の世界のために戦う。自分の世界のために……それだけだ」
――そうだ、
俺は自分の世界のために戦う、
絶対に、絶対に俺の世界を守ってみせる……
「陣内、それだと足りないぞ。 魔王になったときはどうするんだ! それを言っていないぞ。そこをハッキリさせろ」
「ったく、だから何でも押し付けるなってんだよ。それにな、魔王化する条件ってのは、この異世界で価値が高いヤツだ。魔王候補ってなら、お前達もそうは変わらんだろ」
「は?」
「え?」
俺は隠し球の一つを放った。
これには呆気にとられ、少々間抜けな顔を晒す八十神と椎名。
すかさず続きを紡ぎ叩き込む。
「よく分からんけど価値の高いヤツが魔王化するんだってよ。何が基準なのかは曖昧だけど、要は貴重なものが魔王化するらしいんだ。ほら、だから昔は勇者以外のモノが魔王になったりしただろ? だけどそれが無くなって勇者ばっかりが魔王化するようになったんだ。だからよう、自分は違うなんて思うなよ、八十神」
「なっ!? 勇者の中から一番邪悪なヤツが選ばれるんじゃないのか?」
「アホかっ! だったら一番の候補は断トツで荒木だろうが。何で俺なんだよ」
俺はやっと吐き出せたモノを吐き出し、ふんすとふんぞり返る。
すると――
「待ってくれ陣内君。それだと……言葉さんも……」
「ああ、高いだろうな。……価値が」
「……」
絶望的な目で言葉のことを見つめる椎名。
言葉の【蘇生】は価値が高い。心の底からそう感じているから心配なのだろう。
「陣内、まだそんなことを隠していたんだなっ、この卑怯者! 自分が助かるためにそれを隠してみんなのレベルを上げたな! そうすれば価値が上がるだろうからな。そうなんだろ!!」
「あ~~、全部は否定しねえ。でもな、自分が助かりたいからってレベルを上げさせた訳じゃねえぞ。レベルを上げさせたのは魔王と戦うために必要だからだ。最初に言われていただろ? 120は必要だって」
「このっ、でも、隠していたのは事実だろ! この――」
「私も知っていました。でも、言い出せなくて……だから私も悪いんです」
「言葉さん」
再び話し合いは混乱しそうになった。
途中から仕切っていた椎名は狼狽え、八十神はまた憤り始めた。
「ねえっ! 陣内君が言っていた価値が高いって、勇者だから価値が高いんだよね? じゃあ、何で陣内君が一番の候補なの?」
「……伊吹。そりゃ~、たぶん……あれだ……」
伊吹の問いに言葉に詰まった。
これは憶測だが、俺の価値が高いのは、世界樹の木刀に認められ、そして魔王を消滅させられるかもしれないからだ。
しかしこれを馬鹿正直に話すと、木刀の真の価値がバレるかもしれない。
できればそれは避けたい。
それは保身ではなく、魔王を消滅させることができなくなるかもしれないから。八十神なら、俺から木刀を奪おうとするかもしれないのだ。
「……あ、あれだ。ほら、俺って一人だけステータスがおかしい”ゆうしゃ”だろ? だから希少価値ってヤツか? それで価値が無駄に高くて魔王候補なのかもな」
かなり苦しい言い訳をした。
当然これでは足りないので、最後の隠し球をここで放つ。
「あとな、希少価値ってか、普通に価値も高い魔石がある」
「あん? あ、それってまさか」
「ああ、早乙女が考えているヤツだ。ユズールさんが宿っていた魔石だ。あれは普通の魔石よりもデカいし、秘めている力も珍しいモノだ。希望的観測も含むけど、たぶんアレが魔王化するだろうな。だから誰かが犠牲になるってことはないはずだ」
「――なっ!? は? え? まさか……それって……まさか……」
語彙力が乏しく、やたらと『なっ!?』ばかり言っていた八十神だが、今回は今までで一番取り乱していた。
顔は真っ青になり、本気で心配しそうになるほど狼狽えている。
「……おい、八十神?」
「――ッ!!! すまない、急用ができた!」
八十神は慌ただしく部屋を去って行った。
一体何があったのか、ヤツはこの話し合いをほったらかして駆けていった。
取り残された俺たちは、今回の勇者会議はここまでで終わりとし、明日に向けて解散となった。
読んで頂きありがとうございます。
本当に返信が出来ずすいませんです。
でも宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……