勇者でガヤガヤ
「ワタシは絶対にイヤよっ。そんなの絶対にイヤっ」
「風夏ちゃ――橘さん。それじゃあ、この異世界を救えないよ」
「――っ!? 由香ぁ、まだワタシのことを許してないの……」
「……」
「――待った。話が脱線し掛かってんぞ」
「陣内、少しも脱線していないぞ。今日集まったのは橘さんのようにならないためだろ? そのための覚悟をって話し合いを」
「そうじゃねえ。――いや、それはあってんだ。ただ、いま俺が出した提案をしっかりと決めて欲しい。全部とっ散らかったままで話を進めたら何も決まらねえだろ」
俺は強引に話に割って入った。
橘が言った主張は、誰かが言い出すだろうと想定していたことだった。
しかし言い出すタイミングが最悪過ぎる。俺の出した提案がなあなあで流れては困るのだ。
( ったく、なんてタイミングで入ってくんだよ…… )
「橘、お前の言いたいことは分かる。だけどまずはこっちを先に決めて欲しい。それでいいな、八十神」
「あ、ああ……分かった」
俺は、自分の出した提案の必要性をもう一度説明した。
誰が魔王になったとしても、魔王になった者は被害者であり、決して貶められて良い存在ではない。だから魔王になってしまった者の名誉を守ってやろうと。
自ら望んで魔王になったのなら別だが……
この提案に異を唱える者はいなかった。
これには勇者全員が同意し、魔王討伐後はフォローすると約束してくれた。
そもそもこの提案に異を唱えることができる訳がない。
もし反論する者がいるとすれば、それはその状況を裏で利用しようと考える者だけ。とてもではないが表だって反論できるモノではないのだ。
「――さて、さっきの話に戻るけど……橘さん」
「何よ、ワタシは絶対にイヤよ。だって由香は……由香はワタシにとって…………………………………………親友なんだから」
長い葛藤に何があったのかは察したくないが、きっと例のあれだろう。
そして橘は、己の主張を変えることはなかった。
「うん、分かった。いますぐ解って欲しいとか納得して欲しいとは言わないよ。でも理解はしてくれ、それでは誰も救えないと。そう、この世界も、みんなも、そして魔王となってしまった者も救えないんだ」
『きっと魔王となって苦しむはずだ……』と、続きを紡ぎ、八十神は悲痛なと言える顔をして俯いた。
正直上手いと感じた。
少々ありふれた台詞回しな気がしないでもないが、効果は絶大なようで、橘は顔を悔しそうにしながらも、それ以上反論することはなかった。
そしてほぼ全員が落し所を見つけたと、そんな顔をする。
しかしそんな一方、俺はどうにも腑に落ちなかった。
妙な余裕さというべきか、悲痛なと言える八十神の顔が気に食わなかった。
胡散臭い、芝居がかった、らしくねぇ、そんな印象を受けた。
「あっ、そう言えばさ。確か陽一クンが魔王を倒すんだよね? ほら、ダンジョンで魔石から力を集めてどうたらって。オラはそう聞いたぜ?」
「ふむ、そう言えばそうだったな。ノトスを通して協力要請が来ていたし、実際に僕も勇者同盟を率いてダンジョン攻略を手伝ったな」
「ってことは……陣内先輩が魔王にトドメを刺すんですか?」
「陣内……アンタ……また……」
小山の突然の発言に、橘の矛先が俺へと向いた。
「まあ、間違いってわけじゃねえけど、正確にはちょっと違う。俺がやろうとしているのは倒すじゃなくて、完全な消滅だ」
「同じことだろ! アンタはまた北原みたいにクラスのヤツを殺すのかよ」
俺に矛先を向けるときは異様に元気になる橘。
目をつり上げ、憎悪むき出しな視線を飛ばしてきた。
「待って下さい、その件は全て聞いています。実際にその場に居た訳ではないですけど……アイリス王女から話を聞きました。あれは北原君が悪いのであって、ああするしかなかったと……」
予想外のところから助け船が出された。
いままで静観していた下元がフォローを入れてくれた。
ただ、その情報源には色々と思うところがあり、尋問かグーパンか制裁か拷問か、いずれかが必要かもしれない。もしくはその全てが……
「あ~~、アレは確かに仕方ないかも。アレは酷かったですからね~、殺されて当然だと思いますよ? ちょっとグロかったですけどね」
下元に続き、霧島もフォローに回ってくれた。
軽い口調であっけらかんと言うのはどうかと思うが、それでも有り難かった。
そして、『貸し1ですよ』と口パクで言ってくる。
しかし霧島には貸し5億ぐらいある。
だから1ぐらいならどうということはない。
「……あれについて色々と思うところはあるけど、いまは置いておこう。それにきっと罰が下るだろうし」
「……」
少々カチンと来たが、それよりも八十神の表情が気になった。
何か確信でもあるような、俺には絶対に天罰が下る、そんな得意げな顔をして言っていた。
( ……何だ? 何かまだ見落としてんのか俺は? )
その後も話し合いは続いた。
早乙女と橘が話を脱線させ、八十神、葉月が宥め窘め戻り。そしてまた脱線。
半数は聞きに回り、残りの半数が何かを言う流れが続く。
取り敢えず当初の目的は達成できた。
討伐後のフォローと覚悟の件、これは思惑通りにいったのだが――
「みんな、何があっても魔王討伐だけは達成しよう。そして、倒される者も容認して欲しい。自身が倒されることを……。それがみんなのために、この世界のためになるんだから」
八十神は、倒される側に覚悟を強く要求していた。
そして――
「だから、辛いかもしれないけど、誰が魔王になっても……倒そう。――絶対にっ」
誰よりも、魔王討伐に意欲を見せていた。
――何だ? すげぇ違和感があんぞ?
それに何だよ、何で俺の方を見ながら言ってんだ?
なんで……
「あ、さっきも言ったけど、陽一クンが魔王を倒すってか、消滅だっけ? それをするんだよね? もし陽一クンが魔王になったらどうすんだ? あれ? 陽一クンは”ゆうしゃ”だから魔王にならないのかな?」
小山の発言によって視線が一斉に集まった。
約一名からは、とても非難染みたガン飛ばしを貰う。
確かに橘からは、そういった視線をもらうかもしれない。
しかし、そういった視線を飛ばすであろう人物からは、それが飛んで来なかった。俺はそれを不思議に思う。
( ん? 何でだ?)
「そっか、もし陽一先輩が魔王になったら、魔王を倒すことはできないのか」
「いや、それは大丈夫だろう。今までだって魔王を倒すことはできたんだ。その消滅ってのはできないかもだけど、倒すことなら可能なはずだ。だから問題はない」
「……ああ、倒すだけならできるだろうな。でもな、それだとこの異世界を救えないぞ? 前に説明したよな?勇者召喚が続けば、その勇者たちの力によって異世界が崩壊するって。だから魔王を消滅させる必要があるんだって」
「うん、その説明は聞いたよ。だけどそれと陣内が魔王化するかどうかは別だよな? 魔王に一番近い男の陣内」
「……は?」
「お前が魔王に一番近いんだってな。例の双子が言っていたそうじゃないか、オラトリオさんから聞いたよ。陣内が魔王に一番近いってな」
先程、何故非難染みた視線を飛ばして来なかったのか、その理由が分かった。
この男、勇者八十神は、俺が魔王化に一番近いと知っていたのだ。だから余裕さを感じさせていたのだ。
自分は平気だろうと……
「僕は、お前が魔王になると思っている」
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……