正座のあと
「あの、どうですか? ご主人様」
「ああ、控え目に言って最高だ」
せっせせっせと俺の脚をマッサージするラティさん。
最初は自分の指とは違う温もりと感触に戸惑ったが、慣れてくるとその違いが妙に心地良く、まるで回復魔法でも掛けてもらっているような感じだった。
血流がとても良くなった気がする。
長時間の正座による痺れと鈍痛が、その血流に流されて散り散りへとなっていく。
「おふぅぅ」
あまりの心地良さに吐息が零れる。
昔、元の世界の駅前でよく見かけた指圧マッサージ店。
30分いくらなどと、本が何冊も買える料金にアホらしいと思っていた。
自分でできる足ツボマッサージに、何故それだけの金を払う必要があるのかと理解できなかった。
しかし今はその理由がよく分かる。
自分の指圧では決して得られない、このこしょばくて心地良いマッサージには価値がある。言い値で払おうとすら思えてくる。
そしてときおり触れるラティの髪も良い。
何が良いのか分からないが、取り敢えず良い。さわさわと触れる髪が何故かとても良いと思えた。
「……あの、申し訳御座いませんでした、ご主人様」
「ん~、いやぁまあ、誤解は解けたんだし、別にもういいよぉ」
ラティの謝罪に蕩け切った声で返事をする俺。
彼女は申し訳なさそうに指へと力を込めるが、気にする必要は全くない。
今回の件は悲しい事故であり、そしてあの嫉妬組が悪いのだ。
あの後ドナドナされた俺は、とある尋問室へと入れられた。
そしてそこで正座をさせられ――
『……』
『陽一君?』
『陽一さん……』
『陽一っ、何であんな場所であんな話をしてたんだよ! 『階段』って場所のことは教えてもらったぞ、スト……らいか? ってヤツに。あと、そいつが今日のことを教えてくれた』
『なっ!? ストライカさんが? くそ、コイツに教えんなよ……』
『ああんっ!? あたしが知ったら駄目だってのか? なあ、陽一ぃ』
『い、いや、そうじゃねえけど……ほら、面倒そうだし』
『もっと大きな声で喋れ。ってか、何で階段のことを話し合ってたんだよ。返答次第じゃ……分かってんだろうな?』
『馬鹿、弓を出すなっ! 俺は呼び出されただけだ! だからあれは罠で――』
『――言い訳なんて聞きたくないっ。何で居たんだよ! 吐けよ、陽一』
『だからそれは……ちょっと呼ばれて――』
『――早く話せっ!』
『ねぇ、京子ちゃん。ちょっと陽一君の話を聞いてあげよ? ほら、どんな理由で、あの場所にいたのか…………うん、私も知りたいなぁ~。ねえ? 陽一君』
『目が全然笑ってねえ!? なんだよその笑顔、怖えよ』
『早く吐け陽一っ! アンタは何をしに行こうとしたんだよ!!』
『だ、だから――』
『嘘だっ、嘘を吐くな!』
『まだ何も言ってねえだろ! おい、誰かこのポンコツを止めろ。ラティ、言葉、頼む』
『……』
『……陽一さん』
『コイツらに頼ろうとしてんじゃねえ。あたしが居んだろ! あたしに言えよ陽一。……あ、あの階段って所は、あれなんだろ? だったらあたしが……』
『おいっ、いきなり何を言い出そうとしてんだよだ早乙女。お前は何を言って……』
『――何でだよ! 何でそんな場所に……うっく、うぅぅぅ――』
『京子ちゃん、ちょっと落ち着こう? ほら、陽一君も素直にね? 私も知りたいし、どこに行って何をしようとしたのか』
『――っだから』
『言い訳なんてするなああああああああああああああ!!』
「――アイツ、本当に人の話を聞かねえヤツだよな」
「あの……はい、そうでしたねぇ……」
尋問中の会話を思い出して思わず脱力する。
正直なところ、あの場に居た全員が話を聞いてくれなかった。
早乙女は大声で俺の言葉を遮り、葉月がそれを笑っていない笑顔で諫める。
どちらかと言うと葉月の方が怖かった。
そして頼みの綱であったラティと言葉だが。
ラティさんはいつものジト目。
言葉の方は、切なく悲しそうな目をして俺の名前を呟くだけだった。
もうちょっと助けてくれても良かったのではと思う。
途中でテイシが来てくれて本当に助かった。
どうやら尋問室となった部屋は、テイシたちが泊まっている部屋だったのだ。
そしてもう遅い時間だからとお開きになった。
葉月たちは用意された区画へと戻り、俺はそれを見送ったあと、部屋に戻った振りをしてラティの部屋へと向かった。
幸運なことに、ラティには個室が与えられていた。
俺はその部屋へと忍び込み、彼女の尻尾を触れながら訳を話して誤解を解いた。
狼人の尻尾はお互いの心を通じ合わせる。
もし隠し事があれば、それは不穏な影となって相手に伝わる。
だから誤解は簡単に解けた。が――
「はぁぁ、ありがとうなラティ。もう完全に痛みは抜けたよ」
「あの、あともう少しだけ償わせてください」
痺れた足のケアはラティからの申し出だった。
俺としては、誤解が解けたのならばそれで良かったのだが、彼女は頑なに償わせて欲しいと言ってきた。
ならばお願いすると言い、俺はラティに脚を任せたのだった。
「もういいぞ、ラティ。本当に痛みは引いたし、それどころか凄く楽になったって言うか、何かホカホカして軽くなった気がすんな」
「……はい」
俺は身体を起こし、そのままベッドの縁に腰を下ろした。
そしてポンポンと膝を軽く叩く。
「……あの、失礼します」
おずおずとラティが膝の上に頭を乗せてくる。
俺は目の前に来た彼女の耳を、優しく梳くよう撫でた。
「……んぅ」
心地良さそうに漏れ出た吐息が聞こえてくる。
耳の中に少し指を入れると、小さく身震いをした後、より身を預けるようにしだれ掛かってきた。
「……ラティ、少し聞いてくれるか?」
「はい、ご主人様」
久しぶりの甘い空気だが、まずは情報の共有が大事。
それに隣の部屋にはテイシたちがいる。さすがに致すのはマズい。
「じゃあまずは――」
俺は中央に来て知らされたことと、例の双子から訊いた話をラティにした。
まず話したのは今後の予定。
二日後にはあの町に向かうこと。そしてそのときにパレードをすることを話した。
ラティはそれを静かに聞いていた。
しかし双子から聞いた話をしたとき、僅かだが揺れるような反応を示した。
そして全てを話し終えたあと、俺は自分の部屋へと戻る。
「じゃあ、戻るな」
「はい、ご主人様。……………………あの」
「うん?」
ラティが何かを話したそうにしていたことは気が付いていた。
俺はそのまま続きを待つ。
「あのっ、あの……いえ、何でもないです……では、お休みなさいませ」
「……ああ」
今は尻尾を撫でていない。
だからラティが何を言おうとしたのか知るすべがない。
彼女の口から聞かない限り……
「あの、お見送りは……」
「ああ、ない方がいいだろうな。見つかったらまたアイツらが騒ぐだろうし」
「はい」
ここにはコッソリとやって来ていた。
他のヤツらに知られると色々と面倒だし制裁だ。
俺は来たときと同じように、闇に紛れて帰って行った。
ラティが何を言おうとしたのか考えながら……
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も、どうか、どうか……