想定外の内紛
物語が加速します。
「眠れん……」
俺は寝付けずベッドの上をゴロゴロしていた。
眠れない理由は分かっている。欲求不満で寝付けないのだ。
普段だったらラティの尻尾か耳で癒やされている。
そしてその甘く柔らかい幸福感に包まれ満たされて、そんでもってスッキリして寝付くことができた。
だが今日は、尻尾に触れることができたのは馬車の中だけ。
しかもあのときは葉月と早乙女が同乗しており、こっそりバレぬように浅く撫でた程度だった。
要は、全くこれっぽっちも全然足りないのだ。
最早ゴロゴロとするしかない。
一人で寝るには広すぎるベッドを、俺はただひたすら転がった。
ゴロゴロと転がる気分は足無しダイサンショウ。
もしラティが横に居れば、一瞬にして巻き込み取り込んでいただろう。
だがラティさんは居ない。
「あ~~、どうしよ……」
さすがに飽きてきたのでD・D・Dごっこを止める。
何となく部屋を見回すと、最初は浮ついて気が付かなかったが、この部屋のグレードの高さに気が付いた。
置かれている調度品や窓枠などは、素人目にも凄い物だと思えた。
そしてこの寝っ転がっているベッドも非常に大きく、この広い部屋でなければ扱いに困る品物。
二十歳にもなってない俺には分不相応な、そんな印象を感じさせる部屋だった。
「これが勇者さま用ってヤツか。こんな部屋に普段から寝泊まりしてりゃあ勘違いもするか……」
勇者用に用意された部屋に泊まって気が付く。
あまりにも待遇が良すぎる。もしこんな部屋を毎回用意されていれば、二十歳にもなっていないガキなどは勘違いして増長するだろう。
何となく、上杉や荒木などが、ああなったのが分かる。
俺は完全にスレてしまったが、もし最初からこんな好待遇だったら勘違い野郎になっていたかもしれない。
「……まぁ、いまさらか」
あまりにも豪奢な部屋に気圧され、俺は外の風に当たりに行くことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勇者のために用意された区画には、大勢の兵士たちが居た。
身に纏っている装備を見るに、所謂エリート兵だと判る。
もしかすると近衛兵といったような者たちかもしれない。
( それか、勇者用…… )
何人からか不審者を見るような視線をもらう。
だが腰の木刀を目にすると視線が和らいだ。
どうやら兵士たちは、俺の姿を見て不審に思うが、木刀を見て俺が誰かと気が付いているのだろう。
「くそ、ちょっと目つきが悪ぃからって……ん?」
区画から外に出ると、丁度戻って来た伊吹と鉢合わせした。
「あ、陣内君」
「伊吹、お前、外に行ってたのか? いま外に出ると……色々と面倒なヤツが来るだろ?」
「あ~~、うん。それは平気だったよ。ぴょんぴょ~んって跳んで行ったから」
「……なるほど」
伊吹には【天駆】という【固有能力】がある。
【天駆】とは、【天翔】と【駆技】を合わせた【固有能力】だ。
彼女の言葉から察するに、文字通りぴょんと跳んで振り切って行ったのだろう。城に居る貴族連中が空を駆けていく勇者を追える訳がない。
「丁度良かった陣内君。えっとね、組のみんなが明日こっちに来て欲しいって」
「ん? 組ってことは、冒険者用の離れに行ってたのか?」
「うん、ガレオスさんに用事があってね。あと、珍しい人に呼ばれたんだ」
「へ~、その珍しいひとって?」
ぱっと浮かんだのは秋音ハル。
何か目的があって伊吹と接触したのだろうと予測した。
「ん~~~、何となく内緒」
「んな、内緒って、たぶんだけど秋音じゃねえのか? その珍しいひとって」
「ブッブ~~、ハズレっ。あ、でも雰囲気は似てるかも。あとね、珍しいってのは、その子が私に声を掛けて来たからね」
「秋音に似た雰囲気って……なんか物騒な気がすんな」
「あれぇ~。そんなこと言っていいのかな~って…………」
「ん?」
満面の笑みから一転、急に真面目な顔を伊吹が見せた。
何か思い詰めているような、そして探っているような、そんな目で俺のことを見ている。
「なんだよ、俺に何かついてんのか?」
俺は誤魔化すように自分の肩の辺りを見た。
伊吹の視線が妙に居心地が悪い。
「ううん、何でもない。きっと……そんなことが起きるはずないから。うん、じゃあ私行くね。もう遅いし」
「あ、ああ」
伊吹は手を振りながら女性用の区画へと入って行った。
俺はその背中を何と無しに眺める。
先程の態度は伊吹らしくなかった。
それが妙に引っ掛かって気になったが、女性用の区画を守る門番に睨まれ、伊吹を追うことはできなかった。
「……何だったんだろ。あと、ガレオスさんが呼んでいるって何だろ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、俺は冒険者たちが泊まっている離れへと向かった。
そしてその離れに着くと、中で何かが行われていることに気付く。
建物の入り口に立っている冒険者が、ある特殊な合図を示していたのだ。
これは俺たちだけに通じる合図。
何気なく立っているだけのように見えるが、右手の親指を隠すように握り込んでいる。
この合図は、中で何か大事な相談事をしているという合図。
普段は嫉妬会議のときに使われるが、いまその嫉妬会議を開催しているとは考えにくい。
「……山」
「壁」
見張りの男が合い言葉を発してきた。俺はそれに答えた。
この合い言葉を使うということは、やはり中で何かが行われているのだろう。
因みに、『山』は、――を指していて、『壁』は、――を指している。
この合い言葉の発案者は三雲組だ。
決して知られてはならない合い言葉であり、この合い言葉を知られるということは射貫かれることを意味する。
中へと促され、俺は離れ館へと入る。と――
「馬鹿かっ、何でそれを選ぶんだよ! おまえは何もわかってねええ!」
「はあああああ? てめーこそ分かってねえよ! この三つで決まりだろうが!」
「何勝手に決めてんだっ、これはイイが、この二つは駄目だろ」
「はっ、お前はそこ行ったことが無ぇからそんなことを言うんだよ」
「おいおい、行ったことないのに語ってんのかよ」
「何だこれ?」
冒険者たちが一つのテーブルを囲み、そのテーブルに置かれた紙を指差しながら憤っていた。
「お? ダンナ、来てくれやしたか。ちっとこれを見てくだせえ」
「ガレオスさん、これは一体……ん? これは……?」
「はい、実は、出張階段の選定をオレたちに任せてくれやして、この中から選んでくれと」
「はいっ? 階段の選定て……まさか……」
「そのまさかでさぁ。オレたちに、これからお世話になる階段を選ばしてくれるってことでさ。まあ、選べる店の数は三つまでですけどね」
どうやら俺がここに呼ばれた理由は、あの町に同行する出張階段の相談だった。
「これは大事なことだからな、ジンナイ。お前にも参加させてやるぜ」
「ああ、オレらは心が広いからな」
「やっぱ大きさ重視だよな? 貧派とかいねえよな?」
「だからなんべんも言ってんだろ。デカきゃイイってもんじゃねえ。大きさの質も考えろ。おれは『ボンっ』ってのがイイ。こうまるみを帯びてさ……」
「はっ、これだからボン派は困る。これからは『たわわ系』だろうが」
「流行とかに乗ってんじゃねえよ、『ふわっと』が正義だろ」
「アホか……そんなことで大騒ぎを……」
軽い頭痛がしてくる。頭が痛いってヤツだ。
何を真剣に話し込んでいるのかと思えば、欲望丸出しの話し合いだった。
「おいおい、ジンナイよう。これは大事なことだろぅ? 衣食住階って言葉を知らねえのか?」
「何だよそれっ!? 衣食住階? へ? 衣食住じゃなくて?」
「なに言ってんだジンナイ? 人が生きていくのに必要なことだろ? どれ一つ欠けちゃならねえことだろ。それともお前は無くて寝れんのか? 階段が無くても」
「――ッ!?」
雷に打たれたような衝撃が走った。
確かにその通りだった。現に昨日はなかなか寝付けずに苦労した。
階とは要はアレだ。アレなのだ。
『衣食住階』
この四字熟語は、人の生活に必要なモノを表していた。
「ああ、俺が間違っていたかもしれない……」
「ふっ、わかりゃイイんだよ。さ、オレたちの派閥に入るんだ。大きいも大事だが尻尾も大事だよな?」
ドロリと聡明に腐り悟りきった目を向けてくるサイファ。
どうやらヤツは、自分の推しを通すために俺を取り込もうとしているようだ。
俺はサイファのささやきに頷きそうになる。
「陽一クンっ、騙されちゃ駄目だぁ。まずは大きさだ。巨は貧を兼ねるって言うだろ?」
某弓使いに張り倒されそうなことを言いながら、鉄壁の勇者小山清十郎が姿を現したのだった。
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あと、誤字脱字も……