不穏でわっしょい
すいません、忙しくて投稿が遅れました。
勇ハモ最終章、『黒い英雄と荒ぶる魔王』編の開始です。
あと20話~200話ぐらいで終わると思います。
「……またかよ」
俺はまた記憶喪失になっていた。
そしてみんなのオモチャにされていた。
昨日の出来事が脳裏に溢れかえってあっぷあっぷする。
「くそ、何だよ竜巻旋風陣内脚って……馬鹿かよ」
――ちくしょうっ!
アイツら絶対にぶん殴る! グーでやるっ! グーでだ!
あとサリオ、あいつにはスイングバイアイアンクローをかましてやる、
いやっ、ジャンククラッシュで四角顔に変えてやる……
「んぅ」
「……」
横で寝ているラティが小さく身じろぎした。
彼女は額をスリスリと押し付けてきて、愛らしい寝息を漏らす。
こしょばくて柔らかく、そして幸せな温かさがじんわりと広がっていく。
「ああ、また助けられたな……」
起こさぬように優しく彼女の耳と髪を撫でる。
さらりさらりと亜麻色の髪が指の間を抜けていく。緩く指に巻き付けてもスルッと逃げていく髪の毛。俺は少しの間、ラティの髪と戯れた。
俺は、彼女の献身によって記憶を戻すことができた。
本当に、本当にいつもラティには助けられている。昨夜のフルアーマーラティさんは凄かった、一発で記憶が戻ってしまった。
でも出来れば、オモチャにされるのを止めて欲しかった。
「…………まあ、いいか。アイツらには飛燕疾風陣内脚をかませばいいし」
腹に巻き付くように乗っている尻尾をやわやわと撫でる。
ふさふさな毛の感触がとても心地良い。
ラティがこうやって尻尾を差し出しているのは珍しい。普段はこちらから要求しないと触らせてくれないのに。
「しかし、まさかまた記憶喪失になるとは……」
俺はラティの尻尾を撫でながら、記憶喪失になったときのことを思い起こす。
足を踏み外して階段から落ちた早乙女を庇ったのが原因だ。
だが俺は落下のエキスパートだ。
あまり自慢できることではないが、階段から落ちる程度なら正直言って余裕だ。黒鱗装束も纏っていたので、人を抱えた状態でも問題はない。無傷でいられる自信もあった。
いつも誰かを抱えてた状態で落ちているし、最近ではもっと高い場所から転げ落ちている。
だから余裕のはずだった。
しかし一つだけ誤算があった。
抱き抱えたのはポンコツでトラブルメーカーな早乙女だった。
あれは狙ったのではなく、本当に偶然だった。
俺はしっかりと抱き抱えるつもりだけだった。邪な気持ちなど微塵も無かった。咄嗟だった、だから胸に手がいったのは仕方のないこと。いわゆる不可抗力というヤツだ。
確かにしっかりとした重量感とか、グレープフルーツよりも掴み甲斐のあるサイズに戸惑いはしたが、あのとき手放すことはできなかった。
もし手を外したのであれば、空中で早乙女を放り出すことになる。
だからしっかりと掴んで抱え込んだ。
決していやらしい気持ちで鷲掴みにした訳ではないし、感触を楽しむようなこともなかった。
純粋に助けようと思い動いただけだ。
だがあのポンコツは、あろうことか暴れて俺に肘鉄をかましやがった。
その結果、フライングエルボードロップのようなモノを喰らい、受け身を取れずモロに後頭部を打ち付けた。
本当にあのポンコツは油断ならない。
まさかあの状況下で暴れるとは予想だにしていなかった。
アイツはきっと、海で溺れたりしたら、救助に来た人にブルドッキングヘッドロックを掛けて一緒に溺れるタイプだろう。
「ったく、あのポンコツは……」
「あの、触られたのですねぇ?」
「あっ」
いつの間にかラティさんが起きていた。
そしていま俺は、彼女の尻尾を撫でている。
と言うことは、いま思い出していたことは尻尾を通して全て筒抜け。
「揉まれたのですねぇ?」
「あ、いあ……えっと、何のことでしょうか?」
「鷲掴みにしたのですねぇ?」
甘い感じの朝を迎えられると思っていたが、どうやら駄目のようだ。
俺は素直に白状した。
閑話休題
「くそ、もう戻りやがったのか」
「何だよ、オレは新しい必殺技を一晩中考えてたんだぞ」
「誰だよっ、明日もジンナイで遊べるって言ったヤツは。戻ってんじゃねえか」
「もう一回狙えねえかな? 記憶喪失を……」
「おーい、誰か一番良いバナナを持って来い! ん? 味? 味じゃねえよ、良く滑るバナナの皮を持ってこいって言ってんだよ」
好き勝手言う陣内組と三雲組の冒険者たち。
ヤツらは一階の食堂で俺を待っており、今日も俺をオモチャにするつもりだったようだ。
何に使うつもりだったのか分からないが、中には猫じゃらしのような物や、紐の付いたボールのような物を持ってきたヤツらも居る。
どうやらコイツらには、『出るか必殺、無影陣内脚』を喰らわす必要があるようだ。記憶喪失だった俺をオモチャにした報いをヤツらに……
「――しかし陣内君。何で記憶喪失になるぐらい頭を打ったんだい? 君が階段から落ちた程度でそんなことになるとは考え辛いんだけど? 誰かを抱えて落ちるなんて慣れているだろうし。この前だって葉月ちゃんを抱えて落ちても大丈夫だっただろ?」
殺気がゆらりと立ち上った。
どうやら嫉妬組の連中は、『葉月を抱えた』と言うワードに反応したようだ。
本当に心が狭いヤツらだ。
あのときは抱き抱えなくてはならなかった。そうしなければ葉月が危なかったのだから。
しかし今はそれどころではない。
知られてはならない事実があることに戦慄する。
――やべええええええええ!!
俺が悪い訳でもねえのに理不尽にやべえぞ、
何とか誤魔化さねえと……ヤツらはヤクイ……
「あ、陽一、記憶が戻ったんだ」
「げぇ、早乙女……」
最悪のタイミングでポンコツがやってきた。
もう嫌な予感しかしないが、この程度の窮地は慣れている。
俺は全力で誤魔化すことにする。
「ああ、寝て起きたら治った。だからもう平気だ」
「はあ? んな風邪じゃないんだから、寝て治るもんなのか? 記憶喪失って……。――はっ、まさか、じゃあ、あのことも思い出し――」
「さ~~って、朝メシは何だろうな~~~」
俺は声を張り上げて出来るだけ自然に巧く誤魔化す。
いまこのポンコツは、頬を染めながら胸元を腕で抱えるようにして隠した。
この仕草を嫉妬組に勘付かれてはならない。
「あ~~~飯が楽しみ~~だ~~」
できるだけ注目を集めるようにして食堂のテーブルへと向かう。
ヤツらの視線を俺に集め、絶対に気付かれないように……
「ほへ? サオトメ様どうしたんです? 胸を押さえて」
「――っ!!!!」
――このポンコツ一号がああああ!
くそったれっ! ポンコツがもう一人いることを忘れてた、
ちくしょう、こうなったら――なっ!?
「へい、ジンナイ。貴様にちょっと訊きたいことがある」
「ああ、オレもだ。てめえに吐かせたいことがある」
「ヘイ、ユー。……何をした? いや、何を揉んだ? 何を揉んだんだ」
ヤツらは少ない情報から真実へと辿り着いた。
言うならば、『勘の良い~』なんたらってヤツだ。
『抱き抱えて落ちた』『胸を押さえた』だけで、何があったのか把握したようだ。さすがは歴戦の冒険者たちだ。
「くっ」
一瞬にして退路は塞がれていた。
出入り口は数人によって塞がれ、抜かりなく窓にも配置。
そして、一見抜け道に見える二階へと続く階段は罠。
階段には誰もいないように見えるが、2階に誰か潜んでいることが嫉妬の気配から分かる。
助けを求めようとラティに視線を向けたが、申し訳なさそうにスッと逸らされた。理由が理由なので助けてくれないようだ。
俺はもう完全に囲まれていた。
まさかこの町で、再び冒険者たちに取り囲まれるとは思わなかった。
しかも前回よりも状況は悪い。味方が誰もいない状態だ。
ヤツらは室内という地の利を生かし、俺の機動力を奪う布陣を敷いている。
「ふ~~」
冷静に状況を見極める。
俺に諦めるという選択肢は無いし、仮に投降したとしても無意味だろう。
待っているのはきっつい制裁。
ヤツらは目で諦めろと言ってくる。
そう、目で――
「ああああっ! 葉月と言葉のパンツが見えてるっ!」
俺は大声を上げながら横を指差し、そして全力で駆けた。
閑話休題
「ふ、無駄な悪足掻きを」
「愚か者め、そんなこすい手に引っ掛かるか」
「まったく、見える訳がないだろう。勇者様たちは【見えそうで見えない(強)】の効果がある付加魔法品を装備しているのだぞ」
俺へ罵倒が降り注ぐ。
いま俺は、簀巻きにされて床に転がされていた。
どんな素材を使っているのか分からないが、力尽くで引き千切ることができない。
「……引っ掛かってた癖に」
作戦はほとんど成功していた。
ほぼ全員が俺の視線誘導に引っ掛かって横を向いていた。
だからあと少しだった。
あと少しだったのに、一人だけ罠に引っ掛からないヤツがいた。
シキだけは引っ掛からず、俺の行く手を塞いでいた。
一瞬でも止まったら詰みだった。
俺は呆気なく捕らえられ、床に転がされて裁きを待つ哀れな子羊となった。
気分は『メェ~』だ。
「ジンナイ。最後に言い残すことはないか? 柔らかかったのか? それとも張りのある柔らかさだったか?」
「おい、言い残させるつもりねえじゃねえか」
――何だよその質問は、
言ったら早乙女が制裁に参加すんだろうが、確信犯か?
くそ、何とかこの窮地を…………ん?
「陣内……。お前は何をやっているんだ?」
「……八十神」
気が付くと八十神がやって来ていた。
不思議そうな顔をして俺を見下ろす八十神。
きっと何か馬鹿にしてくるだろうと、そう思い身構えていると――
「……陣内、お前に頼みがある。僕も魔石魔物狩りに参加させてくれ」
「へ? へ?」
あの八十神春希が、そう言って俺に頭を下げたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字も……