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へいっ! 天丼一丁

ちょっと別視点~

「やっと着いた……」 


 誰か疲れ気味にそう(つぶや)いた。

 皆声に出して返事はしないが、ほぼ全員がその言葉に同意しているのが雰囲気で分かる。


 予定ではもっと楽に帰れるはずだった。

 予定では魔石魔物と戦うこともなかった。

 予定ではこんなに疲れることはなかった。

 予定では、予定では、予定では――


 原因は彼だ。

 彼が、八十神君が良かれ(・・・)と思ってやったことによる結果だった。


 しかし、その『良かれ』を素直に信じている人は誰もいない。

 もしかしたら何人かは居るかもしれないが、少なくとも陣内組と三雲組の人たちはそれを信じていない。


 八十神君は競っていた。

 競う相手は今いないというのに、彼は陽一君と競おうとしていた。


 八十神君は、陽一君だったらこうしたであろうということの逆を行った。

 『ジンナイだったら~』と誰かが言うと、必ずといっていいほど八十神君はやって来て、『僕なら~』と提案してそれを押し通そうとした。


 本来だったら却下されることでも、それを却下すると拗ねて雰囲気が悪くなってしまうため、ハーティさんが折れる形でそれを認めてしまった。


 すぐ戻れるから、それまでの辛抱という判断だ。

 しかし一度認めると彼は次々と言ってきた。


 八十神君に面と向かって何か言えるのは上杉君とハーティさんだけ。

 何度か言い争いになり、最終的には三雲さんと喧嘩になりそうになって、短い間だけだからと我慢することにした。


 当然、慣れていない人が指示を出しているのだから、全て間違いとは言わないが、間違った指示が多く、どんなにフォローしても積み重なって大きな負担となった。


 特に面倒だったのが休憩の多さ。

 確かに休憩は大事だけど、過度の休憩は逆に疲れを引き寄せちゃう。

 それにダンジョンで休憩を取るときは、休憩を取るための用意が必要であり、それを怠ると魔物に襲撃されたとき大変なことになる。


 そのため、その準備をするサポーターにしわ寄せが行ってしまった。

 

 すると今度は、その忙しいサポーターを労わるために、サポーターに支払われる報酬のことを気にし出した。


 魔石魔物を倒したときに取れる大きな魔石は、基本的にサポーターへの報酬に回される。

 しかし今回はすぐ引き返したので、その魔石による報酬が激減してしまった。


 だから彼は、独断で魔石魔物狩りを始めた。

 まるでサプライズのように、『魔石を置いてきた』と言ったのだ。


 突然それを明かされて、慌ててみんなで回収したときには遅かった。

 しかもよりにもよって、【大地の欠片】も使って魔石魔物を湧かしてしまっていた。

 

 湧いたのは魔石魔物ハリゼオイの上位種、ハリゼオイ・オーバーエッジと言う魔石魔物が湧いてしまった。

 背中の剣山のような針に、まるで枝分かれした稲妻のように棘が生えており、通常のハリゼオイよりも複雑な攻撃をしてきた。


 針が真っ直ぐ伸びるだけでなく、針が広がるようにして伸びるのだ。

 横に避けることはできず、後ろに下がることでしか回避できない攻撃。

 束縛系の魔法も器用に切り裂き、いままでの定石が通用しない、本当に強い魔物だった。


 最終的には、嫌がる八十神君を囮にして倒した。

 八十神君は左わき腹を盾で庇いながら攻撃を受け続け、その隙を突いて何とか倒すことができた。


 もう全員がうんざりしていた。

 しかし彼は、魔石魔物を湧かしたことを反省する様子はなく、むしろ自分のお陰で倒すことができたと誇らしげな笑みを見せていた。

 陽一君にはできないことだと、自分の方が上だと示しているかのように……

 

 これは言っても無駄だろうと、ほぼ全員が諦めてしまった。

 明日には地上へと戻れる。だからもう我慢するしかないと。



 誰も責めて来ないが、八十神君の行動の原因は、たぶん私だ。

 沢山取った休憩時間のとき、彼はいつも私の所に来ていた。

 当然、それの意図は分かっている。


 もう全員が気が付いている。

 何故八十神君がここまでの事をするのか、もう全員が察している。

 京子ちゃんが居たら何か言っていただろう。

 

 良くも悪くも遠慮がない彼女なら、きっと言ったはずだ。

 そして、やっと地上へと戻れたというのに――


「ごめんん……陽一が、陽一があたしの所為で……」


 地上へと戻り、先に戻った人が手配してくれた宿では……


「陽一がまた元に戻っちゃったぁぁぁ」 


 泣きそうな顔で言ってくる京子ちゃんの横に、自信無さげに困った顔をした陽一君が立っていた。




       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 

 

 

 

「――えっと、それでまた(・・)記憶喪失に?」

「うん……」


 話を要約すると、階段を踏み外した京子ちゃんを庇って陽一君が頭を打ち付け、それが原因でまた記憶喪失になってしまったようだ。


 もう何と言ったらよいのか、この人は目を離すと本当に予想外のことをする。

 陽一君が悪い訳ではないのだが、どうしてもイライラしちゃう。

 やっと会えたのに……



 だからこれは仕方のないこと。

 ラティちゃんだけは少し困った顔をしているけど、これはちょっとした意趣返し。ごめんね、陽一君。


「ジンナイさん、こうやって、こう。こんな感じでさっき教えてことを叫びながらやってみてください」

「はい、では――。必殺! 飛燕陣内脚! ――って、やっぱ光らないですよ!」


 走り棒高跳びのように、槍をポールに見たてて飛び上がって脚をバタつかせる陽一君。顔を赤くしながら抗議してくる。


「あっれ~~? おっかしいな~~。いつもなら光がバーンって感じで岩とか砕いてしまうのにぃ~。おっかしいな~」

「もう一回やってみましょうよ。ゆうしゃジンナイさま~」


 清々しいほどの棒セリフを言う陣内組と三雲組の人たち。

 いま私たちは町外れの原っぱで、記憶喪失の陽一君を騙して楽しんでいた。

 陽一君は少し疑いながらも、彼らの言うことを聞いて色々と試している。

 

「よしっ、いくぞっ!竜巻旋風陣内脚!」

「――くく……あ、あとちょっとで出来そうでしたよ――ぶぶっ、頭から落ちやがったっ」

「今度は別のを試してみましょう……ぶはっ」

「お前、ジンナイにバレんだろ、笑うなよ……ぶはっ、ぐぐ……」

「その小手を……そうそう、その飛び出た楔を出して地面に突き立てて『ファランクス』って叫んでみて下さい。こう、目の前に壁ができるイメージで」

 

 言葉だけでなく、身振り手振りを交えての説明も始まった。

 もうみんなノリノリだ。


 ( それにしても……みんな…… )


 陽一君の記憶喪失は二回目のためか、それほど慌てることなく、ほぼ全員が、記憶が戻らないことはないと思っている。

 きっと記憶は戻るだろうと、そんな謎の信頼感を陽一君に寄せていた。

 

 とても不思議な信頼感。

 一人抜かして、全員がそう思っている。

 

「えっと……こうですね? ファランクス! ――ぅおおおおおお! 本当に出た! 超出た! これが俺に秘められた勇者の力……」


 結界の障壁が出現して大興奮の陽一君。

 

「よしっ、やれる自信が湧いてきた!」

「そうです! どんどんやって思い出していきましょう。そうすれば記憶も戻りますよ。光のゆうしゃ様と呼ばれたジンナイさんの記憶が」

「あ~~、いつも見せてくれた、コスモ爆裂槍もみたいな~」

「おう、オレはアレだな。無双十段突きがいいな」


 止まることのない悪ノリ。

 気が付くと上杉君までも交ざっている。


「よし、さっき失敗した竜巻旋風陣内脚を――」


 みんなに乗せられて、えいやえいやと張り切る陽一君。

 本当なら止めてあげないといけないのに、呑気に記憶を失った彼にちょっぴり意趣返し。

 いつも使っていた必殺技を使ってみれば、その刺激で記憶が戻るかもしれないと唆されている。

 

 みんな八十神君のことでストレスが溜まっていた。

 だからこんなことをやってしまっているのだろう。

 ハーティさんは、ほどほどにしてやれよ言い残して何処かに行ってしまっている。もう止める人は誰も居ない。

 

「ジンナイさんっ、魔法も使ってみましょうよです! こうやって――」


 とうとうサリオちゃんまで参戦。

 いつも炎の斧を唱えて、陽一君に見せつけるようにそれを振り回す。

 瞳を輝かせながらそれを見つめる陽一君。


「すっげええええ、これ俺も使えるの? でもMPなかったし……」

「大丈夫ですよです! ジンナイさんは唱えられたですよです! ささ、やってみるです」


 とても楽しそうに煽るサリオちゃん。

 後のことなど微塵も考えていない。


「は、はい。じゃあ、炎の斧ぉおお! ……やっぱ、でない……」

「あれですよです。掛け声がちょっと違ったです。いつもは『ふんぬらばぁ』って言っていたよです」


「よ、よし。ふんぬらばぁあああ!」

「あはははは、この人、ホントにやったですよで――っぎゃぼおおおおおおっ! 何であたしの頭を掴むですジンナイさん! こめかみがエマージェンシーですよですっ」


「あれ? 何でだろ? 身体が勝手に動いて――ふんぬらばああ!」

「ぎゃぼおおおおおおおおお! 何でもっと力を込めて――」



 サリオちゃんの絶叫が木霊した。

 


       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




「ふう……ホントにもう……」


 陽一君いじりはあの後も続いた。

 サリオちゃんは頭を握り潰され掛けたというのに、懲りることなくまた続けた。

 そしてその後は、言葉(ことのは)さんが来て、陽一君に回復魔法をかけて記憶を戻そうとした。


 そのとき、陽一君の視線が色々と滑っていたのを見逃さなかった。

 そしてその後すぐ、『だったら階段に行こうぜ』と、陽一君を悪いお店に皆が連れて行こうとした。


 さすがにそれは駄目。絶対に駄目。

 私たちがそれを阻止した頃には、もう日が沈む時間だった。

 

 だから。

 だから後はラティちゃんに任せた。


 彼女なら陽一君を元に戻せる。 

 すっごい悔しいけど、やっぱり前の陣内君より今の陽一君がいい。

 『戻せる?』と訊ねたら、迷わずに『はい』と返事をしてきた。


 悔しい――


 でも私にはやらないといけないことがあった。

 だからいま、私は宿の外に一人で居る。 

 シキさんにはちょっと頼み事をして離れてもらっている。


 ここ最近一人になることはなかった。

 ダンジョンでは常に誰か周りにいたし、安全面を考えて一人にはならないようにしていた。


 でもいま一人だけ……


「……葉月さん。君に大事な話がある。…………聞いて欲しい」


 こっそりと一人で居た空間に彼がやってきた。


「……うん。きっと来ると思っていたよ」



 ――八十神君。

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ感想など、感想など頂けましたら幸いです。


あと、誤字も……

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