へい、ユズール?
「陣内君、ひょっとして……この人が?」
「はい、初代勇者の仲間の人です」
俺はそう説明しながら、さり気なく視線を下げる。
足元には一度見たことがある、漬物石程度の大きさの魔石が転がっていた。
( 魔石は……あるな。ってことは…… )
「……すいません、ちょっと確認なのですが、どうやってここまで来たんですか? 確か一番下、最奥に居るんですよね本来は」
『ああ、うん、移動は簡単だよ。ほら、こんな風にね』
「――ッ!?」
ユズールは俺たちの目の前で瞬間移動をしてみせた。
俺の横でハーティが驚きに息を呑む。
「なるほど、転移魔法ですか……」
俺は確認をした。
このユズールが、俺とラティを地上へと転移させたように、自分自身にも転移魔法を使うことができるのかどうかを。
「あれ? キミには前に掛けてあげたことがあるから知っているよね?」
「ええ、はい……」
――くっ、どういうことだ?
何でここに来たんだ? 俺たちの目的を知っている風だよな?
…………シャーウッドさんと……同じ理由じゃねえよな……
冷静さを装いながら思考を巡らせる。
相手は転移持ちだ。もし逃げに徹しられたら間違いなく詰みだ。
どこに転移したか分からない相手を追うなど不可能。
しかし、精神の宿った魔石はいま俺の間合いに入っている。
( ……やるか )
問答無用に木刀を突き立てるという選択肢が過ぎる。
シャーウッドさんが地面を砕いて逃げ出したとき、落ちるのを一瞬でも躊躇っていたら逃していた。だが辛うじて届いた。
しかし今回は転移持ち、勘付かれたら最後だ。
( だけど…… )
巌のような戦士を思い出す。
半身を失ってなお意思を保ち続けていたズーロさん。あの人は魔石魔物化を拒み、この異世界のために独り耐え続けていた。
もう崩壊してしまったが、谷底にあった高層ビルのような足場は、彼が耐えていた証だ。
千年を超える時を、この異世界のために文字通り人柱となった人達。
できることなら、不意を突くような形で終わらせたくない。
ライエルさんのように、しっかりと引き継いで終わらせてあげたい。
「……あの、もう一つお聞きしたいのですが。何で俺たちが会いに来たことを知っているのですか? さっきの俺たちのやり取りを見ていたとか?」
俺は話しながら、悟られぬようにそっと木刀に手を添える。
『うん? いや、来たのはついさっきさ。力の衝突を感じてね、ここだって思って飛んで来たんだよ。ボクが君たちの目的を知っているのは、ヒデオーがボクに会いに来たんだよ。まあ、会いに来たって言っても、頭の中にやって来る感じだけどね』
「あ~~~~~~あれか。なるほど……」
非常に納得できた。
確かに初代勇者は頭の中にやってきやがる。
『……こちらからも一つ訊いてよいかな? 何でそんな危険なモノを持って来ているのかな?』
ユズールはそういって俺の方を指差した。
俺は指を差された方向、後ろを振り向いて確認した。
振り向いた先には衝立があり、その奥には早乙女が寝かされている。
付き添いとして、言葉と三雲がいるが……
「えっと、確かに早乙女は容赦なくWSを撃つし、すぐ怒ったりするかもですけど、そこまで危険では……」
『は? 何を言っているのかな? 僕はその腰の木刀のことを言っているんだけど』
『やはり』と身が強張る。はぐらかしてみたがズバリと言ってきた。
ユズールは世界樹の木刀を警戒している。彼もシャーウッドさんのように、まだこの異世界に未練があるのかもしれない。
俺の気配を察し、ラティが魔石を挟む位置に移動した。
転移されたら意味はないが、それでも出来る限りのことはするつもりなのだろう。
できるだけ刺激しないように、ゆっくりと返答する。
「えっと……この木刀が……危険ですか?」
『貴方にとって』と、心の中で付け足しながら尋ねた。
返答、反応次第では即動く。そう身構えて反応を待つ。
『だってそうだろ? 前に来たときはそこまで力がないから気にしなかったけど、今は凄いよ。そんな力が留まっている状態なのに、この地下迷宮に持ってくるなんて墓穴でも掘りに来たの? って感じだね』
「へ? はい?」
『だから――』
ユズールは、俺が如何に危険なことをしていたのか教えてくれた。
なんと世界樹の木刀は、この地下迷宮を崩壊させる危険性があるそうだ。
この地下迷宮は、最初はただの洞窟だったのだが、少しずつ拡張して広がっていった洞窟らしい。
広がるためには力が使われ、その力の根源は地中に渦巻いている”力”。
世界樹の木刀は、その力を分解することができるので、要は、いままで俺の近くで起きていた崩落の原因はこの木刀だった。
この木刀が、”力”によって作られたダンジョンを崩していたのだ。
思い返してみると心当たりがあり過ぎる。
あのときも、あのときも、あのときも、あのときもそうだった。
特に最近では、休憩中に座っていた場所を荒らすように崩していた。
葉月を巻き込んだ崩落も、俺がしゃがんだため、腰に佩いていた木刀が地面に触れていた。
俺はこの二年間、無意識に墓穴を掘ろうとしていたのだ。
「……なん、だと……」
驚愕の事実に言葉が漏れる。
「何だとじゃない、陣内っ! やっぱりお前が原因じゃないか! お前の所為で葉月が危険な目に遭ったんだぞ! それに、あの崩落で巻き込まれてどれだけの犠牲者が出たか、お前はその責任を取れるのか!」
「ぐっ……」
ここぞとばかりに攻め立ててくる八十神。
確かに知らなかったとはいえ、俺はこの探索組を危険に晒していた。
それに、木刀が地下迷宮を崩落させる予兆があったことを見逃していた。
俺には落ち度がある。だから何も言えなかった。
「八十神君、いま彼を責めても仕方ないよ。確かに迂闊だったかもしれないが、知らなかったことだし、君の言う犠牲者は誰も居ないよ。生き返らせれば良いって訳じゃないけど、うちの言葉ちゃんが生き返らせたんだし、不当な責を陣内君に負わせようとしないでくれるかな。これは言葉ちゃんへの侮辱にもなる」
「ぼ、僕は……彼らの代弁をしようとしただけだ……。陣内は僕との決闘で卑怯なことをするだけじゃ飽き足らず、こんな大事なことを隠していたんだ。きっと本当は知ってい――」
「――だからっ、今はそんな話をしているときじゃないよ。八十神君、話の腰を折らないで欲しい。……それにね、さっきの決闘で陣内君は卑怯なことなんて何一つしていないよ」
「――っな!?」
「いいかい? 君はその鎧を着て勝負に挑んだんだよ? どちらの方が卑怯だと思う? 人ってのはね、何かイカサマをして絶対に勝てると思って負けたとき、『何か卑怯なことをした』って喚くんだよ。卑怯なことをしている自分に勝てるのは、もっと卑怯なことをしたに違いないって思ってね……」
「ぼ、僕は何も卑怯なことは……」
「静かにしないと大声で今のを言うよ?」
「……わかった。静かにしよう……」
小声でそう脅すハーティ。
やり込められた自覚があるのか、八十神は尻すぼみになっていった。
「すいません、話を中断させてしまって。――では、ユズール様がここに来てくださったのは、これ以上ここを崩落させないためですか?」
『うん? まあ、結果的にはそうなるかな? 正直、まさかここまでとは思っていなかったよ』
「お気遣いありがとうございます」
スッと頭を下げるハーティ。
俺たちもそれに合わせて頭を下げる。
『じゃあ、ボクを終わらせてもらおうかな』
「え……」
『ボクの役目はもう終わりみたいだしね。もう守りたかったものは……』
寂しそうな笑みを見せるユズール。
彼はどちらかというと、ららんさんのように人を食ったような笑みを見せていた。
だが今の彼は、とても似つかわしくない、そんな笑みを浮かべていた。
『さあ、一思いに頼むよ。やっと終わる……もしかしたら逢えるかもな……』
「…………」
俺は最後に尋ねたかった。
どんな想いで、この異世界を守って来たのかを。
「あ、あの――」
「――あの、一つ最後にお願いできないでしょうか?」
「へ? ハーティさん?」
『うん? ボクにお願い? 何だい?』
「はい、是非お願いしたいことが……」
全員がハーティに注目した。
どんな願いなのだろうと皆が軽く息を呑む。
「陣内君を、彼を地上に転移させられませんか? 危険なんですよね? もし行けるなら全員を地上に……」
『あ、あ~~~~なるほど。そりゃそうか』
ハーティの提案により、俺は地上へと転移させられたのだった。
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あと、誤字脱字なども……