ハーティ、立つ
こういう流れには心当たりがある。
自分にもそういったことがあったし、実際に反論した覚えがある。
むかつく奴が反対の意見を言ってきたから、つい反射的に反論してしまうアレだ。
反論するために必要な根拠や理由などは、反論しながら後付けすればいいと……
あまり思い出したくはないが、ギームルを相手に何度かやった記憶がある。
途中から自分の言っていることがおかしいと気付くのだが、それを認めずに無理くりな理論をおっ立てる。
そう、今の八十神はまさにそれだ。
自分の進むという提案を、俺が撤退と言ってきた。
だからムキになって……
「いいかい? 三日も掛けてここまでやって来たんだぞ! 崩れた道を苦労して降りて来たんだ、ロープを垂らしたりとか色々あったんだ。陣内はそれを知らないからそんなことが言えるんだ。それなのに引き返すって言うのか?」
「……八十神。だからさっきも言っただろ? ってか、マジかよ……」
八十神は捲し立てるように否定してきた。
だがこの時点で、最初に自分が主張したことと矛盾している。
最初の主張は、三日で来られる程度なんだから、そこまで気にする必要はないと、そんな感じのニュアンスで言っていたのに、今は全く反対のことを言っていた。
非常に面倒だが、一応説得を試みる。
「なあ、ここに来るのが大変だったんだろ? なら帰りも大変だろ? しかも帰りは登りだぞ? だから予定通り戻れる保証はねえし、崩落がもっと進んでる危険性だってある。だからまずはいったん戻ろうって言ってんだよ」
「陣内、お前の言い分がわからない訳じゃない。だけどここは建設的に考えるべきだ。ここに来るまでどれだけ……」
「うぉいっ! いま建設的とかそういうことを言ってる場合かってんだ。何だよ、その意識高い系を拗らせたみたいなのは」
「だから何度も言っているだろ。やっとの思いでここまで来たんだぞ? それなのに『はい、引き返しましょう』って、そんな訳にはいかないだろう。意識高い系とか言って茶化すのは止めろ」
理論的に押しつつも、結局最後は感情論で押してくる八十神。
説得しようと少しでも考えた俺が馬鹿だった。
そもそもコイツの話につき合う必要などはないのだ。
「ハーティさん、馬鹿は……じゃなかった、この馬鹿はほっておいて帰りのプランを決めましょう」
「陣内っ! だから勝手に決めようとするなっ! あと、言い直していないぞ。誰が馬鹿だ!」
「アホか、馬鹿は馬鹿だろうがっ。あと、リーダーが隊の方針を決めねえでどうすんだよ」
「それだっ! 僕はお前をリーダーとは認めない」
――このクソがあああ!
後出し来やがったぞコイツ……
最初から認めないって言ってりゃあ連れてこなかったのに、
地上に戻ったら連れていくの無しだっ、コイツの【宝箱】なんていらねえ、
「……陣内。お前のことをみんなから訊いた」
「あん?」
八十神が何やら雰囲気を醸し出して語り始めた。
元からよく通る声なので、周囲からの注目を集めている。
「僕はここにいる人たちだけじゃなく、外に居た冒険者からもお前のことを訊いたよ」
「外に居た冒険者? あの駄目冒険者どもか?」
「ハッキリ言おう。お前ではリーダーは務まらない。いや、務める資格がないと言った方が正しいかな」
「………………………………はい?」
想定外の答えが返ってきた。
しょうもない言いがかりが来るだろうと予想はしていたのだが、予想を遥かに超える難癖だった。
これを言ってくるのがハーティやレプソルさん、もしくはガレオスさんだったのならば、『資格』とは何だろうと、少しは考えたかもしれない。
しかし言ったのは八十神だ。
コイツの言う『資格』とは、きっと的外れなことだろう。
あまり聞きたくはないが、一応問うことにする。
「八十神、一応聞くけど……。その資格ってのは何だ? カリスマとかあやふやなことを言うなよ」
「ふん、そんな目に見えないモノじゃない。資格とは……性根だ。性根が腐っている奴にリーダーという大役を務める資格はない」
何やら凄い返答がきた。
笑うところなのか、それともツッコミを入れるべきところなのか判断に悩む。
視界の端では上杉が大爆笑し、その横ではハーティも苦笑い。
「一応確認なんだが……お前は見えるのか? その性根って奴が」
「ああ、見えるさ。人から色々と話を聞いていけばその人の人柄、性根ってヤツが見えてくるのさ」
「…………」
きっといま俺は凄い顔をしているだろう。
もしかしたら【固有能力】で、ラティの【心感】みたいに性根が視えるのかもしれないと思った。
だがどうやら違ったようだ。
異様に自信だけはある、社長志望のヤツが言いそうな謎理論を宣った。
もうギブだ。
コイツは何が何でも俺に反論してくる状態ってヤツだ。
これ以上俺が何を言っても無理だろう。
俺はチラリとハーティに目を向ける。
すると彼は、『仕方ないな』と息を吐いてから――
「僕が話を聞きましょう。勇者八十神様」
ハーティが俺の代わりに前に出てくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……なるほど」
ハーティがポツリと呟いた。
話が長くなりそうだったため、今日はここで野営の準備を開始していた。
全員が寝泊まりするには少々狭いが、通路の方にも広がって準備を進めていた。
「どうです、わかってもらえましたか? コイツの性根が腐っているのかを。そしてコイツが如何に間違っている奴ということも。僕はそれを正したいだけなんです」
話を全て聞いてもらい、これ以上ない程満足げな顔を見せる八十神。
眉間にこぶしを叩き込みたくなるドヤ顔だが、ハーティに任せた手前、ぐっと我慢するしかない。
「取り敢えず、今ので全部ですか?」
「はい、全部です」
ハーティは一度も遮ることなく八十神の話を聞き続けた。
時折、八十神は葉月の方をチラリと見たりしていたが、ヤツは本当に色々なことを語っていた。
あまりにも語り過ぎて、途中からは話が完全に脱線して、俺がやってきたことへの否定まで言い出していた。
それらを全て聞き終えたハーティは、ふむりと落ち着いた口調で訊ねる。
「そうだね、まずは一つ確認なんだけど……」
「はい、何でも聞いてください」
「えっと、八十神様は、ルリガミンの町に居る冒険者たちの話を信じているんですよね?」
途中で遮られても怒ることなく、ゆったりと確認をするハーティ。
「ええ、そうです。ですが、ただ信じるとは少し違います。彼らの話を聞いた結果、そう判断したのです。当然、ラティさんやサリオさんからも話を聞きました。片方からだけ話を聞くというのは公平ではないですからね」
八十神は、揉め事などは両方から話を訊かないといけないと言った。
確かにそれは間違っていないだろう。
友達同士の揉め事などでも、片方からの話では情報が片寄って全容が見えない。
大体のヤツが、自身にとって都合の悪いことは伏せたまま、自分に都合の良いことだけを話すものだ。
「なるほど、両方からきちんと話を訊いたのですね」
「そうです。彼らは陣内にボレアスに出頭するようにと説得に行っただけ。確かに大人数で行ったみたいですが、それは彼らの思いが一つに纏まった結果であり、決して批難されるべきことではないのです。彼らの正義を思う気持ちがそうさせただけなんですよ」
「ふむ、でもラティちゃんたちは突然襲われたって言っているんですよね?」
「はい。当然その主張も信じます。急に襲われたから反撃して手首を切り落とすなどの大立ち回りをしたと。これは悲しいことですが、ちょっとした行き違いだと思います」
「うん? 行き違い?」
「そうです。彼らは説得をしに来ただけかもしれないですが、ラティさんたちからしてみれば突然囲まれてしまったようなものですからね。ちょっとしたパニックでつい反撃してしまったのでしょう……」
悲しそうにヤレヤレと首を振る八十神。
俺はその首を、ぐきっと360度ねじ回したい衝動に駆られる。
「ふむ、それで間を取って、お互いが謝罪し合うべきだと?」
「そうですっ、それなのにコイツは、そんな彼らを突っぱねたのですよ。まったく、どれだけ自分勝手な奴なのか。腕を切り落とされた人の中には完治せず、今も痛みを抱えているとか」
( よし、ねじ曲げよう。もうねじ切れるまで―― )
「八十神君。君は何か思い違いをしていないかい?」
「え? え……?」
「いいかい? 両方の話を聞くっていうのは良いと思うよ。でもね、片方が嘘を吐いているかもしれないということを想定しているかい? 当然、両方が嘘を吐いている場合もあるけどね。まあ、何が言いたいかというと、両方の話だけでは駄目なんだよ。第三者の話が必要なんだ。君はそれが欠落している」
「え? あ、嘘を……?」
「それにね、両方から話を聞けばいいなんてのは、高校生までだよ? いや、中学生かな? 取り敢えず、社会に出たら通用しないから。もし両方から~って言っている人が居たら、それは相談を受けた人か、もしくは話を面白がっている人だけだよ」
「え? 何で学校のことを……。あなたはこの異世界の人ですよね?」
「そうだよ。でもね、前世の記憶があるんだ。君たちと同じ世界に居たことある記憶がね。そのときは大学生だったから、年上のお兄さんって感じかな?」
突然の暴露に固まる八十神。
知らなかった葉月と上杉も驚きに固まってしまう。
ただポンコツ2号は、いまいち理解できていないのか、『ふえ?』といった感じで首を傾げている。
「さて、八十神君。君の話を色々と聞いていて思ったんだけど、君は、『正義とは、立場や見方によって変わるもの』だと思っているタイプだよね?」
「え? え、はい。それはそうでしょう。正義は国や立場によって変わるものだって……」
「全部が間違いではないけど、それって何かの受け売りだよね? テレビとか本とかの受け売りだよね?」
「…………ええ、そうです。でも間違いではないですよね。それに突然なんです?そんな話を始めて……」
「うん、取り敢えず聞いて欲しい。その言葉はね、当事者でないと駄目なんだ。当事者以外がそれを使うと陳腐なものになるんだよ。言うならば正義感が強い系ってヤツかな?」
「――なっ!? 何ですかっ、その正義感が強い系って! 馬鹿にしてるのか!」
真っ赤になって憤る八十神。
それをハーティは冷ややかに見ながら、続きを紡いだ。
「う~ん、分かり易い例えでいうと、悪い人が暴れ回っていたとする。そしてそのことを聞いたり、それについて書いてある記事を読んで憤ったとする」
「当然です。酷い人が居て、それを知ったのであれば誰だって憤ると思います。特に僕のように正義感が強い人ほど」
「それなんだよ。いいかい? 本当に正義感の強い人って人は、憤るんじゃなくて、咄嗟に行動をしてしまう人のことなんだ。例え話の、暴れ回っている人が目の前に居たら、咄嗟に動いて止めに行くとかね」
「勿論ですっ! もし目の前に居たらすぐに止めにいきますっ!」
凜と言い張る八十神。
ヤツは即座にそう言い切った。が――
「――なら、何で彼らを切り捨てたんだい?」
「え……?」
「だって、彼らの話を聞いたのであれば、憤って陣内に言うべきだろう? なのに君は、このアライアンスに入ることを選んだ。そして入った後にそんなことを言い出している。もし真に正義感に突き動かされたのであれば、真っ先に陣内に詰めよるべきなんだ。だけどそれをしなかった。ついでみたいに今言い出したのは何故だい?」
「そ、それは……だって、このアライアンスに入らないと葉月さんを守れ――そう、彼女を守るために選んだんだ! だから僕は――」
「それで? だから彼らを切り捨ててもいいと?」
「そ、れは……」
「だから言ったんだよ、君は正義感が強い系だって。憤ってはいるけどそんなのはポーズだ。何かのために正義感を滾らせる、正義感が強い系の奴だってね」
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あと、誤字脱字も……