ごう、りゅう
壁を壊して雪崩込んで来たのはラティとサリオだけではなかった。
やって来たのは全員、探索組の本隊だった。
俺を苦しめていた十八本脚蜘蛛は、アタッカー組がすぐに取り囲み、ラティが囮役を務めて簡単に倒してしまった。
ラティは空中でバックステップをして攻撃を躱し、その隙に取り囲んだ陣内組が放出系WSで一斉射撃。
辛うじて生き残った十八本脚蜘蛛だが、次の瞬間には首をラティによって刎ねられていた。
ヤツは予備動作がほとんどなく、俺にとってはやり難い相手だったのだが、感情が視えるラティには関係なかったようだ。
相手がどれだけ無拍子で動いたとしても、攻撃をするという意思がある限りラティには通用しない。
戦闘スタイルによって得手不得手はあるが、ラティは俺の苦手とする魔物を相手にしてくれていたのだと気付かされた。
そして他にも魔石魔物が居たが、一体は湧いた直後、上杉のWSによって倒され、もう一体は八十神が引きつけている間に囲んで倒していた。
こうして俺と葉月は、本隊との合流を果たしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「陽一さん、いま回復魔法を掛けますね」
「あ、言葉……。すまん、助かる」
「ふん、陽一。そんなボロボロになるまで何をやっていたんだか……」
現在俺たちは休憩中。
魔石魔物を全て倒したあと、辺りにまだ魔石が落ちていないかなど調べたあと、そのまま休憩することにしたのだった。
「うるせえ早乙女。マジで強かったんだよ。……これは出番なしだな」
俺は、死者の迷宮攻略のときにこっそりがめていた神水を腰のポーチにしまう。
いざという時のために取っておいた薬品の出番は無しだった。
「陽一君、私も……」
「葉月は無理をすんな。MPは枯渇気味なんだろ? 合流できたんだから休んでおけ」
しゅんとした表情を見せるが、あれだけ魔法を連発したのだ。
ここで無理をする必要はない。それに……
「葉月、さっきは本当に助かったぜ。ここまで俺が持ったのはお前の回復魔法と障壁のお陰だ」
「……うん。ありがとう、陽一君」
何故か礼を言ってくる葉月。
礼を言うのは俺の方だ。彼女の回復魔法と障壁には本当に助けられた。
そして何故か面白くない顔をして俺を睨む早乙女。
「陣内君。取り敢えず何があったのか情報のすり合わせをしておこう。特にさっきの魔物のことを聞きたい。あれはゲームの中じゃいなかったよ」
「あ、はい、ハーティさん」
俺はハーティさんから、あの崩落が起きた後のことを教えてもらった。
あの崩落は最後に見た通り、本隊の半分近くを呑み込んだそうだ。
そして最悪なことに、あの崩落でサポーターの一人が命を落としたらしい。
しかしこのアライアンスには言葉が居た。
その犠牲者は生き埋めになって窒息死したようで、身体の損傷はそこまで酷いものではなく、言葉の蘇生によって生き返ることができたそうだ。
そしてそのあと、はぐれた俺たちの捜索を開始。
三日ほど掛けて下層エリアまでやって来ると、ラティが壁の奥に俺がいると言い、サリオが土魔法を使ってぶち抜いたのだとか。
どうやら俺たちを助けるために色々と無茶をしたようだ。
次に俺からの報告は、俺たちがやってきたことと、【大地の欠片】を巻き込んだ魔石魔物のことを話した。
レアケースではあるが、あの方法なら浅い層でも凶悪な魔石魔物が湧く危険性がある。
あれは特殊な湧き方だったので、ハーティが知らない魔物が湧いたのだろう。
そして先のことを考えると、絶対に広めておかないといけない案件だった。
地上に戻ったら報告しようと、そう決めたそのとき――
「陣内っ、お前は葉月さんを危険な目に遭わせた自覚はあるのか!」
ふんすと息巻いて八十神がやってきた。
先程の戦闘では、盾役と言う名のサンドバック状態で戦闘に貢献し、その後はちょっと疲れが出たかなと言って休んでいたはず。
残念ながらもう復活してしまったようだ。
「……面倒なのが来たな」
「なっ!? 面倒なのだと? 面倒なのはお前の方だろ。みんなから聞いたぞ、お前はよく落ちるらしいな」
「……確かにその自覚はあるが、それがどうしたってんだよ」
「だからお前の所為で葉月さんが落ちたんだろ! 俺は危険な目に遭わせた自覚はあるかって聞いているんだ!」
「……八十神、大丈夫か?」
「うん? 何がだい?」
「いや、頭が……」
この馬鹿の発言には色々と心配になってくる。
確かに俺の側で崩落が始まったし、過去に何度も落ちたことはある。
だからと言って、それで葉月を危険に遭わせた自覚があるかと言えばノーだ。
今回の崩落は単なる偶然だ。
崖が側にあって、そんでそこで無茶をして落ちた訳ではないのだ。
「八十神君っ。陽一君は私を守ってくれたんだよ。それに危険な目になんて遭っていないよ。そもそも陽一君が居なかったら私は無事じゃ済まなかっただろうし……。私が落ちたときに抱き抱えて守ってくれたんだよ」
「――だ、抱き!? 陣内っ、お前は葉月さんに何てことを。変な所を触らなかっただろうな!」
「……八十神、お前マジで頭大丈夫か?」
コイツが葉月に好意を抱いていることは把握している。
だから俺に突っ掛かってくるのだろう。それは何となく分かる。
だがしかし、助けるために抱き抱えたことに対して、こんな反応をするのは予想外だった。まるで人を痴漢のように批難してきやがった。
思わず俺は、『お~い、コイツ大丈夫なの?』といった気持ちで辺りを見回す。
目が合ったヤツらの反応は、苦笑いか目を逸らすの二択。
「葉月さん、僕はずっと心配だったんだ。本当に心配だったんだよ、夜は碌に眠れず……だからできるだけ急いで来たんだ。君のために……」
「えっと、八十神君……?」
葉月の手をとって熱い視線を向ける八十神。
その姿は、お姫様に片膝をついて求婚を申し出ている騎士のよう。
絵になると言えば絵になる光景なのだが、葉月が握られた手を外したがっているので完全にピエロ状態。
そしてそれを見ている周りの反応は、何ともうんざりとした感じ。
俺は周りのその反応を見て、何となくだが察してしまう。
きっと八十神は、ここに来るまでの間、色々とやらかしてきたのだろう。
葉月が心配だからと強行軍を強要したり、大事な休憩時間も切り上げさせたりしたのかもしれない。
ヤツの性格とこのテンションの高さを見るに、たぶん間違っていないだろうと確信する。
「くそ、僕がリーダーだったらもっと早く来られたのに」
「八十神様? それは何度も申しましたように……」
「陣内がリーダーだって言うんだろ? そしてその補佐がハーティさん、あなただと。だけどやっぱり僕は納得できないっ! みんなを率いているあなたがリーダーだっていうんなら分かります。だけど陣内がリーダーを務めるなんて……。それだったら僕がやった方がいい。みんなを纏めるのは学校のときから慣れているし」
何やら熱く語り出した八十神。
上杉と三雲は静観するつもりなのか、少し離れた場所で状況を見ていた。
どうやら俺に何とかしろということだろう。
俺は八十神に訊いても駄目だろうと思い、疲れた顔をしたハーティに訊ねることにした。
「ハーティさん、ひょっとして……」
「……ああ、陣内君が予想している通りだよ。困ったことにいくら言ってもこんな感じで」
訊こうと思ったが、詳しく訊かなくても分かった。
面倒臭そうに疲れた顔が全てを語っていた。やはり思った通りなのだろう。
「ここからは僕に任せて欲しい。僕に任せてくれればこんな地下迷宮の攻略なんて――」
「いや、撤退するぞ。一度地上に戻って仕切り直しだ」
俺は八十神の言葉を遮り、地上への撤退を指示した。
この提案に意外そうな顔をするヤツと、うんうんと頷くヤツが半々。
ポンコツ1号2号は分かっていなそうな顔をしているが、ハーティは強く頷き、俺の提案に同意を示してくれていた。
「崩落は完全にイレギュラーだ。話を聞いた感じじゃ、結構無茶をして俺たちを探してくれたんだよな? ってことは、帰りのルートとか必要な日数とか、その辺りをしっかりと把握していないんだよな?」
「ああ、平気だとは思っていたけど、あまり長引くとマズいからね。だから少々飛ばしてきた。一応目印は残してあるけど、この崩落が進んだ状態だからね……」
「ダンジョンの拡張による崩落か……」
ダンジョン探索の基本の一つ。
帰りに掛かる日数とルートをしっかりと把握しておくこと。
飲み水はともかく食料は手に入らない。
こういった遠征で怖いのは、食料が尽きることと、食料が足りなくなるかもしれないということ。
食料問題は士気に関わるし、腹が減っては戦はできない。
いくら勇者の【宝箱】があるとはいえ、帰りに必要な日数が把握できないまま進むのは危険だ。少なくとも、無理して進む必要はない。
「よし、地上に戻るルートだけど。ハーティさん、その帰り道のことなんですけど――」
「――陣内っ! お前が勝手に決めるな。ここまで三日で来られたんだ。だからわざわざ引き返す必要なんてない」
「おいおい……」
八十神が、俺の案に反対の声をあげたのだった。
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あと、誤字脱字なども……