アホかっ!
お待たせしましたー
「葉月っ、障壁を維持しながら魔石をできるだけ拾ってくれ!」
「うんっ、わかった」
頷くと葉月はすぐに動き出した。
こんな緊急事態だというのに、彼女は俺の指示に迷うことなく従ってくれた。
障壁に張り付いた蜘蛛に驚きはしたようだが、パニックを起こすことはなく、足下に転がっている魔石を拾い始めた。
俺はそれを視界の端で確認しながら、カタカタと揺れる魔石に集中する。
「速攻で倒す」
最初に居た十六本脚蜘蛛は、葉月の悲鳴でこちらに気が付き、じわりじわりと距離を詰めて来ていた。
このままでは二体の魔石魔物を同時に相手にすることになる。
それだけは絶対に避けなくてはならないこと。
だから俺は――
「っらああああ!」
魔石から魔物が湧くと同時に攻撃を仕掛けた。
湧いた瞬間に攻撃を仕掛けるのは魔石魔物狩りの定石。
俺は全力で刹那の三連撃を叩き込んだ。
『――ッ!?』
湧いた魔石魔物は巨大なイワオトコ。
そのイワオトコは、薙ぎ振るわれた無骨な槍に弾かれ、両手を大きく万歳したような体勢になり――
「ファランクス!」
一瞬にして黒い霧へと変わった。
これはちょっとした賭けだったが、湧いた魔石魔物を速攻で倒すことができた。
次のターゲットは向かってくる十六本脚蜘蛛。
( よしっ、後はコイツも速攻で倒して魔石を拾えば――っ! )
「――ちぃっ!! 」
十六本脚蜘蛛は歩く速度を爆発的に加速させ、一気に肉薄してきた。
ヤツの動きには音がなく、しかも十六本の脚は予測ができない機動性を見せていた。
滑らかで力強く、二本の脚では到底再現できない安定性。
ヤツの身体にはブレが一切なく、攻撃の予備動作がほとんどなかった。
ほぼノーモーションで俺を穿ちにくる。
「ぐっうう!?」
凄まじい圧力を感じさせる連撃。
尖った足先が面当てを掠める。
葉月から悲鳴が上がるが、それに応えられる余裕はない。
( 手強ぇっ、なんつう手数だよ!? )
手数が多いのは当たり前、ヤツの脚は十六本ある。
速さや回転力による手数の多さではなく、文字通り手数の多さで押してきた。
ヤツは身体を起こし、さらに手数を増やして俺を圧倒してくる。
速さはそこまでない。一撃の鋭さならハリゼオイの方が上。
だが先読みができない動作と、十本以上の足先による刺突は俺を少しずつ削っていった。
「くそったれっ」
「陽一君っ! 聖系魔法”マディルラ”!」
葉月の魔法と黒鱗装束改によって耐えられてはいるが、このまま行けばジリ貧で押し切られる。
何とか打開したいところだが、この十六本脚蜘蛛には全く隙がない。
取れる手段があるとすれば一か八かの特攻ぐらい。
ふと何かの本で読んだことを思い出す。
蜘蛛のフォルムはとても完成されていて、動く動作に関してはもっとも優れた形態だと書いてあった。
俺はいま、その書いてあったことを実感する。
コイツは本当に厄介だ。
複数で囲めば楽に倒せるタイプの魔物だが、一対一だと真剣に強い。
( やるしか、ねえか…… )
十六本脚蜘蛛は身体を起こしている。
それは即ち、俺の眼前に腹を晒しているということ。
間合いを少し詰めれば十分に届く。
小手の楔ではリーチが足りないが、無骨な槍なら届く。
しかしこれ以上踏み込むということは、相手の間合いに完全に入ることを意味していた。
こちらが腹を穿つと同時に、ヤツの脚が囲い込むように穿ってくるだろう。
どれだけの傷を負うか分からない。
最悪、首を突かれて即死する危険性だってある。
「……けど、やるしかねえよな」
「陽一君?」
一か八かの覚悟を決めた。
このまま長引けば間違いなくやられる。
葉月が居るのだから、死にさえしなければ俺の勝ちだ。
「ふぅ~~、――っらああああ!!!」
【加速】を使い、身を低くしながら一気に間合いを詰める。
そして身体を起こしながらヤツの腹に槍を突き立て――
「――っがぁ……」
太腿の外側に激痛が走る。
張り付けてある鱗の隙間を縫うように、ヤツの足先が深々と刺さった。
脇腹にも鈍く酷い痛みが走る。
こちらは何とか防げたようだが、それでも突き立てられた足先は内臓に響く。
腕、肩、背中も痛い。きっと酷い怪我だろう。
だが、頭部と首だけには痛みがなかった。
「これは……葉月の障壁……」
「よかった、間に合って良かった」
葉月が作り出した障壁が、俺の頭と首を守ってくれた。
障壁には十六本脚蜘蛛の足先が突き刺さっており、あと少しで完全に貫通する一歩手前だった。
その突き刺さっていた足先が黒い霧へと姿を変えた。
俺を抱き抱えんとしていた十六本脚蜘蛛は、黒い霧となって霧散していく。
「もう、無茶しないでよ、陽一君」
「……これしか手段がなかったんだよ。相性が悪い相手ってヤツだ」
「ホントに心臓に悪かったんだからね」
「わりぃな。マジでこれしか浮かばなかったんだよ」
他の勇者なら苦も無く倒せていただろう。
椎名と八十神ならたぶん無傷で倒せた相手だ。
「って、急いで魔石を――くそっ!」
一番離れた場所にある魔石が揺れ始めていた。
足に傷を負った俺では走って拾いに行けない。
「行くな葉月っ。……もう間に合わない。もう一戦やるから回復魔法を掛けてくれ」
「う、うん」
俺は葉月を止めて、回復魔法を掛けてもらう。
少し痛みは残るが、体中の傷が塞がっていくのが分かる。
「楽なのが湧くと有り難いんだが……あ、あれは――くそったれっ!」
もう何度目の『くそったれ』か分からないが、今度の『くそったれ』が正真正銘だった。
ヤツが湧いた魔石の近くには、魔物が残した【大地の欠片】が落ちていた。
その【大地の欠片】を巻き込みながらヤツは湧いた。
一目で十六本脚蜘蛛の上位種だと分かる。
所謂、アルケニーに似た魔石魔物。
蜘蛛の頭の部分には、人の形をした白いモノが生えていた。
ただ、伝承に出てくるような女性の姿ではなく、イワオトコのようなゴツいガタイ。
正直アルケニーと言うより、どちらかと言うとケンタウロスのよう。
「陽一君、十八本脚蜘蛛だって。レベルは……121」
「深層魔石魔物レベルか……」
蜘蛛の部分の脚は、先程と同じ十六本。
そして人の形の部分には、カマキリのような腕が生えていた。
先程でも危なかったというのに、さらにヤバいヤツが湧いて――
「――っさせっか!!!」
「きゃああ!!」
十八本脚蜘蛛は一瞬で間合いを詰めて葉月に襲い掛かってきた。
俺は即座に身体を割り込ませて寸前のところで庇う。
だが大鎌のような二本の腕は、俺の後ろにいる葉月を執拗に狙ってきていた。
「――っが!」
上にある鎌のような腕を弾いていると、フリーになった蜘蛛の脚を横っ腹に突き立てられた。
肺から空気が漏れ出す。横にズレて避けようものなら葉月が狙われる。
そして僅かでも止まろうものなら圧倒的な手数で押し潰される。多少の被弾は覚悟で大鎌だけはしっかりと弾くが、俺たちはジリジリと壁際に後退させられた。
「陽一君っ! 障壁をっ! コルツォ! マディルラ! 」
葉月が援護の魔法を唱える。
幾度も淡い光が俺を包んで癒やし、張られた障壁は被弾を減らしてくれた。
だが蜘蛛の脚の方はともかく、大鎌のような腕は張られた障壁を易々と貫き、そして砕いていった。
「コルツォ! コルツォ! コルツォ! プロコルツォ!」
葉月が必死に障壁を張り続ける。
あらん限りの声を張り上げて、前で戦っている俺以上に彼女は奮闘していた。
「もー! プロコルツォオール!」
ぶわっと障壁の結界が咲き乱れる。
幾重にも重なった障壁の壁は、僅かな間だが十八本脚蜘蛛の猛攻を完全に遮ってくれた。
息をする暇がなかった俺は、ここぞとばかりに息を吸って呼吸を整える。
ガシャンガシャンと音が鳴る。
我武者羅に障壁を砕いていく十八本脚蜘蛛。
あと30秒もすれば全ての障壁を破壊し尽くすだろう。
そして十八本脚蜘蛛の背後では、地面に落ちている魔石が揺れ始めていた。
「葉月、助かった。マジで息つく暇もないってヤツでちょっとヤバかったんだ。でもこれで立て直したから、障壁がなくなったら一気に――」
「陽一君っ!」
『仕掛ける』と言おうとしたが葉月に遮られた。
前を注意しつつ後ろの葉月に目を向けると、彼女は泣き笑いのような顔を見せ――
「もうMPが少ないの……。陽一君、今のうちに伝えておきたいことがあるの。私は……私は貴方のことを――」
「アホか、お前は!! 何を言おうとしてんのかわかんねえけど、『今のうち』だぁ? なに諦めたこと言ってんだ! アホか!」
「陽一君……」
葉月が呆然とした顔で俺を見つめる。
何を言おうとしたのか分からないし見当もつかない。
そして何より言わせたくない。
だから俺はさらに捲し立てる。
「こっから押し返すんだよ! こんぐらいのピンチ、俺にとっちゃ日常茶飯事だ。それといいかっ! 俺と一緒なら絶対に大丈夫だって思えんだろ? だったら俺に任せろ」
やりようならいくらでもある。
少々ワンパターンな気もするが、小手の結界を使って相手をかち上げ、その隙に懐に踏み込むという方法もある。
傷の方だって、前にがめてきた神水がまだ残っている。
まだまだ俺はやれる。それに――
「はい、どぉーーーーーーん! ですよです!」
十八本脚蜘蛛の背後の壁が、間抜けな掛け声と共に爆発した。
その吹き飛んだ壁の奥から――
「ぎゃぼう! ラティちゃんの言う通り、ホントにジンナイさんが居たですよです!」
「いま行きますっ!」
頼もしい亜麻色の閃光がこちらに駆けつけてくれたのだった。
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