おさん
宿にやってきた警備隊のおっさんは、収拾がつかなくなったこの状況をさらりと収めてくれた。
そして俺は、ラティのことを目敏く見つけた男と対峙することとなった。
宿屋の好意で貸してくれた個室に俺たちは居た。
――くそ面倒な、
でも、さっきよりかはマシか……
警備隊のおっさんは、収拾がつかなくなった状況を収めるために、俺と話ができるのは代表の一人だけ、そう言って他の連中を引き下がらせた。
集まっていた野次馬も警備隊によって散らされ、先程の大騒ぎは消え失せた。
しかし結局のところ、後のことは全て俺に丸投げであった。
( まあ仕方ねえか…… )
ただ、先程の収拾がつかない状況よりかは遥かにマシだった。
特に葉月と早乙女が来てからは本当に酷かったのだ。
押し掛けてきた駄目冒険者の中に、ジューノと名乗る男が居て、その男は、俺の所為で奴隷が没収されたや、俺に猫人の奴隷を取られたなどと訳の分からないことを言ってきて、危うく早乙女に射貫かれるところだった。
全く身に覚えのない濡れ衣というヤツだ。
あの時の状況を考えると、サシで話せるこの状況は有り難い。
そう、後ろにヤツらが居なければ……
「――ッ――ッ!」
「ごめんね、京子ちゃん。でもこうしないとまた邪魔しちゃうかもでしょ?」
「あの、サオトメ様……」
感情の判定のために、俺はラティには同席を頼んだ。
だが何故か、葉月と早乙女までが同席していた。
現在宿屋の個室の中には、俺、ラティ、葉月、早乙女。
それと駄目冒険者代表の男と、やってきた警備隊のおっさんという状況。
二人にはさっさと他所の宿屋に行ってもらいたいところだが、静かにしているからと強引に同席してきたのだ。
だが早乙女が黙っているなど絶対に無理だ。だから俺は、それを理由に同席を断ろうとした。
しかし葉月が、沈黙の魔法を早乙女に掛けやがった。
こうして勇者に見守られる中、俺と代表の男との話し合いが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――と言う訳なんです。何とか協力をお願いできないでしょうか?」
「…………」
代表の男は、いま自分たちがいかに困窮しているのかを熱弁した。
フユイシ伯爵に乗っ取られたボレアスによって魔石が買い叩かれ、やっとそれから解放されたと思ってもルリガミンの町は半壊。
ただ、半壊と言っても建物が壊されたのではなく、水や食料、木造の建築物など、そういった腐敗できる物が全て腐っただけのようだ。
魔王の特性、周囲の物を汚染する効果で腐ったらしい。
当然そんな状況では町は回らない。だから駄目冒険者たちは、そのインフラ的なものを復旧させるために働いていたそうだ。
勿論、そんなルリガミンの町を見限った者も多かったそうだ。
しかしルリガミンの町には旨みがあった。それは魔石魔物狩りだ。
ボレアスに安く買い叩かれないのであれば、適正な価格で魔石を売ることができるようになる。
昔のように魔石魔物狩りができれば、すぐに借金を返すことも可能。
それどころか多くの財を築けるかもしれないと思ったそうだ。
しかし蓋を開けてみると――
「なるほど、それでさっきの話か……へっ、――何でもない」
「あ? ああ、そうなんだ。少し湧く程度なら何とかなったかもだけど……もう冒険者の数も減って……」
コイツらの状況はよく分かった。
なるほどなるほど、上手く行くと思ったら上手くいかなかった的なヤツだ。
思わず『へいっ、ざまぁ!』という言葉が出掛かった。
そしてそんな思いとは別に、コイツの話を聞いて気付いたことがあった。
それは――
――あれ~?
何で俺はコイツの話を真面目に聞いてんだ?
よく考えたら聞く必要ねえよな? 何やってんだ俺は……
気が付いた途端に急にアホらしくなってきた。
そもそもコイツらは敵とも言える連中だ。
俺のことをフユイシ伯爵に引き渡そうとしたことがあるヤツらだ。
そしてラティを奪おうとした。
もう聞くべきことは聞いたのだ。
流れで話を聞くことになったが、やはり願いを聞く理由はない。
「よし、分かった」
「おおっ、それではオレたちにっ」
「帰れ、以上」
「え?」
俺は簡潔に要求を告げた。
代表の男は、言われたことが理解出来ていないマヌケ面を晒した。
だがすぐに――
「待ってくださいっ、本当に困っているのです。一ヶ月とは言いません。二週間、いえ、一週間だけでも……」
「アホかっ! 俺たちは地下迷宮の最奥を目指しにここに来たんだ。アンタらの遊びに付き合うために来た訳じゃねえ。大体、お前らが俺にやったことを忘れた訳じゃねえよな」
「あ、あれはっ、だからあれは仕方なかったんだ。相手は大貴族だぞ? 一介の冒険者が逆らえる相手じゃないんだ。分かってくれよ」
「だからって俺たちを襲っていい理由にはならねえだろうがっ! ふざけやがって、町中のヤツらで襲って来やがって。お前も体験してみろってんだ、町中のヤツらに囲まれて追い回されたあれを」
「――――ッ!! ――ッ!!! ――っ――――っ!!」
当然早乙女が吼えた。
沈黙の魔法によって声は出ていないが、低い唸りが大気を震わせていた。
ギンっと睨みつける目が、『何があったんだ』と問うている。
普段から慣れている俺でもビビる目力、代表の男がひいと息を呑む。
「京子ちゃんっ、静かにしないと。もう、ごめんね。聖系睡眠魔法”ネムリ”」
「――ッ!!!」
「え? サオトメ様」
「え? 抵抗したの?」
早乙女は葉月が唱えた魔法を撥ねのけた。
バタバタと暴れている早乙女を、葉月とラティが押さえ何とか席に座らせている。
「――ぁ、――ぃぁ、んんんぁっ、アンタっ! 陽一に何をしたのよ!」
「え? 京子ちゃん私の魔法を解いたの? どうやって……」
「サオトメ様……」
――あ~~そっか、
早乙女は捕まっていたから知らねえのか、
まあ、仕方ねえ……
「早乙女、俺は前にフユイシの野郎に追われたことがあんだよ。お前もあん時いただろ? ほら、ジャアとか言うヤツを捕らえただろ? そんでそれの仕返しに狙われたんだよ」
「……じゃあ、あのクソ野郎もそれ知ってんだ」
「クソ野郎? ああっ、荒木のことか。ああ、たぶん知ってんな、アイツも一枚噛んでただろ」
「そう、じゃあソイツを射貫いた後、あのクソ野郎を射貫いてくる」
そう言って【宝箱】から弓を取り出す早乙女。
この流れで何が起きているのか判らない程馬鹿ではなかったようで、代表の男は俺を盾にする位置へと逃げ込んだ。
「ま、待って下さいっ! 勇者様、待って下さい。これには訳がっ」
「陽一、そこを退いて。アンタが退かないとアンタごと射貫くことになる」
「無茶苦茶だなお前は。ってことだ、とっととお引き取り願おうか?」
「ま、待ってくれっ。このまま帰ったらアイツらに袋にされちまうよ。何とか頼むよ、オレが話を付けるって言っちまったんだよ。オレを助けると思って」
「アホかっ、お前はアイツらの代表としてここに居んだろうが。だったら代表としての責任を果たせ。いいか、代表ってのはそういうモンだ。その覚悟もねえのに代表を買って出てんじゃねえよ。お前が責任を持ってアイツらに説明しろっ、駄目でしたってな」
「そんな……」
「しつけえな、だったら頭か腹に風穴でも開けて説得力を増すか? それならヤツらも納得すんだろ。穴を開けられるほど拒否されたってな。よし、早乙女やってやれ」
俺はそう言って身体を横にズラして射線を確保した。
まさに射貫く、そんな視線と鏃を向ける早乙女。
代表の男は、悲鳴を上げて逃げていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ったく……。で、これで終わりな」
「はは、前とは全く違うんだな~。ホント噂通りだよ、アンタは」
「ふん、どんな噂か知らんが、取り敢えずアイツらがもう来ないようにしてくれよ。当然、勇者たちのところにもな」
「へいよ、了解。町での揉め事を収めるのはボクらの仕事だからね~」
こうして、ルリガミンの町のゴタゴタは完全に終わりを告げた。
ただ、早乙女がマジで荒木を射貫きに行きそうだったので、俺たちはそれを全力で阻止した。
その後は、当時のことを根掘り葉掘り訊かれたのだった。
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あと、誤字脱字も……
いつもご指摘本当にありがとうございます。