面倒がやって来やがったっ
押し掛けてきたヤツらは、良くあるアレを言ってきた。
やらかした側が『水に流して』と言う、厚顔無恥な例のアレを言ってきやがった。自分たちがやらかしたことを何とも思っていない様子だ。
あれだけのことをしたというのに、コイツらは俺に助けを求めてきた。
正直ふざけんなと突っぱねて、とっとと巣にお帰り願いたいところだ。
だが――
( 面倒だけど丁度良いか、コイツらから…… )
「なあ、ハリゼオイが何だって? 何があったんだ?」
「そうなんだよっ! 聞いてくれよ、他の魔石魔物ならまだいいんだ。だけどヤツだけはヤバくてよ」
「頼むっ、どんどん人が居なくなるし、他のヤツらはどっか行くし、だけど借金があるしよう」
「雑魚の魔石魔物ならオレらが倒すから、ハリゼオイだけを頼みたいんだ。もちろん取り分は色を付ける。だからよう、ちょっとだけ手伝ってくれねえか? 後ろにいる人たちも大歓迎さ」
「あんときはマジで悪かった。でもあれは仕方なかったんだよ、だってボレアスだぜ? 逆らう訳にはいかなかったんだよ」
「そうだぜ! オレ達は仕方なく従っただけなんだ。ある意味、オレ達も被害者なんだよ」
コイツらの食い付きは凄まじかった。
今の地下迷宮の状況をちょっと聞いてみようと、そんな思いで訊ねてみたが、どれだけ切羽詰まっているのかと、軽く引いてしまう程の勢いだった。
「あ~~待った、ちょっと落ち着いて聞かせてくれ。いまの地下迷宮ってどんな感じなんだ? 魔物の湧き方とか変わったか?」
「そうなんだよっ! だからそのハリゼオイが――」
再び怒濤の身勝手な主張が始まった。
俺は情報を集めるために、好き勝手喋る喧しい話に耳を傾けた。
どうやらコイツらは、ハリゼオイが上手く倒せず苦労しているようだ。
しかもハリゼオイの湧き率が跳ね上がっているらしく、コイツらの証言によると、ハリゼオイは6回に一回は湧くのだとか。
上層でもその確率で湧くというのは、ハッキリ言って異常事態だ。
だがしかし、編成と作戦がしっかりしていれば倒せない相手ではない。
確かにハリゼオイは強い魔物だが、シロゼオイ・ノロイよりかは遥かにマシだ。
魔石魔物狩りの定石である、湧くと同時に包囲してからの放出系WSでフルボッコにするという作戦は通用しないが、相手の動きを封じる束縛系魔法を使っていけば十分にいけるはず。
俺のように正面から挑む必要はない。
ハリゼオイを倒す方法は赤城が確立し、それは皆に伝わっていたはず。
だから倒す方法を知らないはずがない。
「なあ、魔法で動きを封じれば何とかなるよな? あと、数で押せば」
「あ、ああ。それはそうなんだけど……」
ヤツらはトーンを落として続きを語った。
俺は話の続きを聞いて、欲深いこの冒険者たちに心底呆れた。
何とコイツらは、少しでも稼ぎを大きくするために、できるだけ少ない人数で挑んでいたそうだ。
俺の中では、ハリゼオイが湧くのであれば最低でも30人以上は欲しいと思っている。
それぐらいの戦力がないと安全マージンが取れない。
勇者がいるアライアンスならともかく、そうでないのであれば最低でも30人は欲しい。
魔物の湧き方によっては、30人居ても危険な場合がある。
当然、置く魔石の数も絞るべきだ。
だと言うのにコイツらは、昔と同じノリでやっていたのだという。
ギリギリまで魔石を置いて、一人頭の稼ぎを良くするために人数を絞り、ハリゼオイが湧き始める前と同じやり方でやっていたのだとか。
そんなことをやれば破綻する。
何とコイツらは、ハリゼオイを湧かしてしまった場合は、他のアライアンスも集まって討伐するといった、昔からのやり方で対応しているそうだ。
確かに一時的にはそれでしのげる。
しかしその方法は本当に一時的な方法。ハリゼオイが湧くことが常態化した今ではすぐに綻ぶ。
現に、ハリゼオイが複数湧いた場合は、多大な犠牲を払って倒したのだとか。
これでは冒険者の数がどんどん減っていく。
ノトスの深淵迷宮では、その辺りはしっかりとしていた。
無謀な魔石魔物狩りが増えぬように規制し、魔石魔物狩りができるアライアンスをしっかりと絞っていた。
だがこのルリガミンの町には、冒険者を規制し取り締まる存在がいない。
全員がやりたいことをやっている。
仲間が死んだ場合だってそうだ。死んだ仲間の財産はパーティ内で配分されるルールだ。
酷い例えだが、ヤツらにとって全滅したパーティは宝箱に見えることだろう。
そうやってどんどん冒険者を減らし、ユグトレントの襲撃もあってもっと減った。
いまここに残っているヤツらは、他所に行くほどの気概はなく、ハリゼオイが湧き始める前の、12人程度で荒稼ぎしていた時代が忘れられずにいる哀れな駄目冒険者たちばかりだ。
「――で、俺をハリゼオイが湧いたときの用心棒にってことか?」
「そうなんだ、話が早くて助かる。雑魚の魔石魔物はオレらがやるから、噂に名高いボッチ・ライン様にはハリゼオイを相手にして欲しいんだ。あ、当然オレらも戦うぜ? アンタ一人に任せるような真似はしない」
「噂は聞いているぜ、ノトスでスゲェんだってな? あの劇の黒いヤツってジンナイなんだろ? 頼むよう、おれたちのことも助けてくれよ」
「そうだよ! これも劇になったりするかもだぜ? ほら、困窮した冒険者を助けた美談としてさ」
半端ないヨイショを始める駄目冒険者たち。
コイツらの頭の中では、あと少しで俺が頷くとでも思っているのか、欲と期待に満ちた視線を飛ばしてくる。うざったいことこの上ない。
「あ~~~、情報提供ありがとう。んじゃ、俺は忙しいから巣に帰ってくれ」
俺はぺっぺっと手を振ってから踵を返した。
もうちょっと情報を集めることを出来なくはないが、これ以上コイツらと会話をするのが嫌になってきた。
そもそも、あれだけのことをしたというのに、断られると微塵も思っていないところが余計に腹立つ。
ヤツらの手首を見ると、何人かは一度切断されたような傷跡がある。
手首に傷跡があるヤツらは、ラティを捕らえようとして返り討ちにあったヤツらだ。顔は覚えていないが、間違いなくあのときに居たヤツらだろう。
そんなヤツらとこれ以上会話を続けたくない。が――
「お、おいっ、こんだけ頼んでそれかよ!」
「おれたちがこれだけ頭を下げて頼んでんだぜ? ちったぁ聞いてくれてもいいだろう? そうでないと……あまり良くねえ噂とか流れるかもだぜ?」
「馬鹿っ止めろお前。すいませんねぇ、でも本当に困っているんですよ。だから少しの間だけでも手伝ってくれたら……と。後ろの方からもお願いします。ボッチ・ラインの仲間ですよね? どうかこのルリガミンの町を助けると思って……あれ? ひょっとして……瞬迅?」
その男の一言で、視線がラティへと集中した。
ラティが見つかると碌なことがないことは判っていた。
だから俺は、話をしている間はフードを深く被るように言っておいた。
ラティもすぐに理解して、コイツらが来てから一度も言葉を発していない。
しかしこの男は、目敏くラティに気が付いたようだ。
手首に傷のあるヤツは顔を青くして一斉に引いた。
しかしそれ以外のヤツはラティに注目していた。中にはフードの中の顔を覗こうと身を低く屈める者までもいる。
ラティの【犯煽】は侮れない。
タチの悪いテンプテーションのようなモノだ。
しかもその【魅了】も持っている。
「はぁ~~、叩きのめして追い出すか」
ラティを見られる前に追い出すしかない。
色々と面倒になってきたし、もう嫌な予感しかしない。
――ウザってぇ、
今のラティを見たら絶対に馬鹿なことをするヤツが出るよな、
二年前だってそういった馬鹿が湧いたんだから……やるか、
もう叩きのめして追い出すと、そう決めたそのとき――
「ほへ? なんか人が一杯ですよです!」
「「「「「「「げえっ”焔斧”!」」」」」」」」
ひょっこりとサリオがやってきた。
そのサリオを見た駄目冒険者たちは、モーゼの十戒のように割れて道を作った。
サリオは引いて出来た道をトコトコとやってくる。
「ジンナイさん、酷いですよです! あたしを生け贄に置いていって。あと少しで穴が空くところだったですよです」
「いや、そこは身体を張れよ。何のためにその立派なイカっ腹があるんだよ。俺のために盾になれ。お前は盾のサリオだろ?」
「ぎゃぼうっ、そんな嫌な予感しかしない言葉聞きたくないですよです。あたしのお腹は、モモちゃんみたいな可愛い赤ちゃんを生むためにあるのです。あ、あとスキヤキを食べるためにもありますねです」
「いや、モモちゃんレベルの可愛い子を産むのはお前には無理だろ? 確かに丸い玉のような子は産めるかもだけどな」
サリオの登場によって、この場はさらに混沌と化した。
ラティと違いサリオの方は、何故か駄目冒険者たちに恐れられていた。
もしかすると、サリオが公爵家の者と知っているのかもしれない。
「てかサリオ、何でお前がここに居んだよ。盾だろお前は?」
「ぎゃぼうっ、まだ言いますかですっ! だから逃げて来たんですよです」
「へ? 逃げてきたって誰から――あっ」
「陽一ぃぃいいいいっ、何でアンタ勝手に居なくなってんのよ」
「げえっ、早乙女!」
俺は思わず叫んでしまった。
サリオに続き、何故か早乙女までやってきた。
そしてその早乙女の後ろには、笑顔だけど目が笑っていない葉月までも居る。
状況はさらにカオスとなった。
勇者がやってきたことによって、宿の一階はハチの巣をつついたような騒ぎとなった。
騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってくる。
そしてその野次馬にさらに野次馬がと、もう収拾のつかない状態になってきた。
「ったく、お前ら止めろよ……」
「ジンナイ、それは無理」
護衛として中央に残ったはずのテイシがしれっと言った。
確かに俺も無理だとは思う。
それでも勇者たちは中央に引き留めておいて欲しかった。
「どうすんだよこれって、また何か来たぞ?」
「ありゃりゃ~~? 来るかもって聞いていたけどさぁ~。もうちょっと穏便に来られないもんかね~」
妙に脱力する、そんな間延びした声が聞こえてきた。
「いあ~~、あれですねえ、二年ぶりぐらいですかねえ? お久しぶりです、ジンナイさん」
「あ、アンタは確か……警備隊のおっさん!」
「ええ、警備隊のおっさんです」
俺たちの前に、にや~っとした笑みを浮かべた警備隊のおっさんがやってきたのだった。
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あと、誤字脱字も……
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