馬車じゃー
ガラガラゆらゆらゴーゴーと馬車の中、俺は今回の状況を伝えていた。
「へえ、じゃあ陽一んとこのヤツらは半分しか来ないんだ? まあ仕方ないか、アンタって人望とか無さそうだもんね。あと愛嬌も」
「おい、ちゃんと話を聞けポンコツ2号。これは戦力を分けた結果だって説明しただろうが。ホントに人の話を聞かねえ野郎だな」
「あ、陽一くん。京子ちゃんは男の子じゃないから野郎じゃないよ? でも、ポンコツってのはちょっと同意かも」
「葉月っ、アンタ喧嘩売ってんの?」
「ううん、売ってないよ。ただ、上手い喩えだなぁ~って思っただけ」
「っこの!!」
ぎゃいぎゃいとじゃれ合う葉月と早乙女。
二人は俺と向かい合う位置に並んで座っており、わっちゃわっちゃとしている。
俺は話がまた脱線したと、ため息まじりの息を吐く。
先程から似たようなやり取りが何度も続いているのだ。
葉月がさらりと早乙女をからかい、脊髄反射で食って掛かる早乙女。
これは何となくの予想だが、きっと数日前の仕返しだろう。例の芝居で煽られたお返しだ。
「おい、話を続けるぞ」
「は~~い」
「ふんっ」
何度も話が脱線したが、俺は話を続けた。
今回の遠征には陣内組から半分ほど、そして募集に応じたサポーター10人が参加していた。
本来なら陣内組総出でいきたいところだが、現在南ではそこそこの頻度で魔物大移動が観測されていた。
防衛のためにどうしても戦力を残しておきたく、防衛向きのメンツはノトスに待機となったのだ。
特に陣内組のリーダーであるレプソルさんは防衛戦向き。
マテリアルコンバートが使えるのでMP切れがなく、たった一人で50人近い冒険者に支援系の魔法を掛け続けることができる。
高レベルの後衛職でも、10人に支援し続ければMPがキツくなる。
それに魔法の連続使用は、術者になかなかの負荷が掛かるモノらしく、無理して連続使用すると、頭が割れるような頭痛がすることがあるのだとか。
だがレプソルさんは、たった一人でその何倍の人数を支え続けることができた。周りからは、最前線を支える者と呼ばれているのだとか。
因みに陣内組からは、一人で前線を上手く回すことから、一人上手と呼ばれている。
そして一人でやっていけるんだから、さっさとミミアと別れろと……
これはあまり関係ないことだが、レプソルさんは街の住人から”埋まる者”と呼ばれて恐れられていた。
しょっちゅう埋められていることが理由らしい。
あれを深夜に目撃すると、生首が転がっているように見えるのだとかどうだとか。
「――えっと、あとは中央で合流だっけ?」
「ああ、北から三雲組が来てくれるらしい。ボレアスにはストライク・ナブラがいるから、戦力的にはまだ余裕があるみたいだな」
「……」
少しだけ眉を顰める早乙女。
彼女にとって元黒獣隊でもあるストライク・ナブラは、あまり好ましい部隊ではないのかもしれない。
ヤツらが直接何かをした訳ではないが、どうしても荒木を連想させてしまうのだろう。
――あ、そういや荒木は中央か、
ちゃんと大人しく捕まってんだろうな?
まさか逃げ出したりとかしてねえよな……? 一応確認が必要か?
でも会いたくねえな……
「そっか~、言葉さんたちが来てくれるんだぁ」
「ん? あ、ああ。言葉ってか、三雲組は頼りになるから有り難いな。ハーティさんは地下迷宮に詳しいし」
俺はハーティのことを思い浮かべてそう口にした。が――
「……ちっ、あの牛チチ女が来んのか。せっかくどっか行ったってのに」
「京子ちゃん……」
葉月が何ともいえない目で早乙女を見る。
俺としてはお前も十分にデカい方、どちらか言うと仲間だろうと言いたい。
( まあ、言ったら怒られそうだけどな )
俺はバレない程度に、チラリと早乙女の胸元を確認する。
やはり十分にデカい。
お前はあまり人のことは言えないだろうと、そんなことを考えていると。
「あの、ご主人様」
「――ッ!? …………何も考えていないですよ。いえ、ごめんなさいです」
隣に座っているラティさんが、俺の心を読んだのか、刺さるようにふわりと注意してきた。
最初は誤魔化そうかと思ったが、無駄であると悟り素直に謝った。
バレないようにこっそりと尻尾を撫でていたのが仇となった形だ。
並んで座っているとつい手が出てしまう。
「なあ陽一。さっきから気になってんだけどさ。アンタ、何でその子の尻尾を撫でてんの? あと触り方がなんか痴漢みたいなんだけど」
「うん、私も気になってた。撫で方がちょっとアレかなぁ~って」
「…………………………………………………………いや、撫でてない」
俺は尻尾からそっと手を離した。
そしてできるだけさり気なく、撫でていた右手で頭の後ろを掻いて誤魔化す。
当然、視線も窓の外へと。
「ふ~ん、そっかぁ。ねえラティちゃん、いま尻尾撫でられていたよね?」
「あの、いえ、撫でられていないです……」
しれっと嘘を吐いてくれるラティさん。
さすがはラティさんだ。
「いや、撫でてただろ。 何でこの痴漢野郎を庇うんだよっ。あたしは見てたぞエロ痴漢野郎」
「ぐっ、違う……」
そう言って食い下がってくる早乙女。
この女は、ラティの真実の証言をまるっと無視してきた。
「へぇ~、あたしは見てたんだけどな~」
「……」
これは非常によろしくない流れだ。
このままでは俺が痴漢扱いとなってしまう。これが世に言う冤罪というヤツだろう。びっしゃびしゃな濡れ衣だ。
「へ~、それならちょっとアンタ立ってみて」
「あの、わたしですか?」
早乙女はラティに立ち上がるように促した。
ラティは訝しがるが、逆らうことなく立ち上がる。と――
「アンタはこっち座ってね、あたしが痴漢野郎から守ってあげるから」
「あっ」
早乙女は、ラティと位置を替えるようにくるっと回った。
そして俺の隣に早乙女。ラティは葉月の横に座らされた。
「ほら、これで安全でしょ。痴漢野郎から隔離してやった」
「……」
「……」
「……」
早乙女の言葉に無言で応えるラティと葉月。
俺はどうするべきかと見に入る。相手はポンコツだ、迂闊に動いてはよろしくない。
「もう京子ちゃんは、そんな風にしたらラティちゃんが困るでしょ。陽一君ちょっと立って、ラティちゃんを元の席に戻してあげるから」
「あ、ああ……」
葉月に促されて俺は、天井を気にしつつ立ち上がる。
「はい、ラティちゃん、そっちに座って」
「あの、はい……」
「で、陽一君はこっちね」
「へ? あれ?」
まるで魔法のようだった。
気が付くとラティは元の席側のほうに座り、俺が何故か葉月の隣に座らされていた。
『むふ~』と満足気な顔を見せる葉月。
「よし、これでオッケ~」
「『オッケ~』じゃねえよ! 何でこうなってんだよ! そこをどけ」
「きゃ~~、京子ちゃんがいじめる~」
またわっちゃわっちゃとじゃれ始める二人。
最近この二人は、何だか拗れた感じで仲が良い気がする。
――と、言うより、
早乙女に踏み込めていける葉月がすげぇのか、
本当に葉月のコミュ力はぱねえな……
『っんん。あ~~~良い天気だな~。こりゃあ良い天気だ~。ああーーーー良い天気だっ!』
突如御者台の方から、盛大な独り言が聞こえて来た。
馬車の外だというのに、まるで中に伝えてくるかのような声の大きさだった。
『おや?』といった顔を葉月と早乙女。
彼女たちは突然どうしたのだろうと思っているのだろう。
しかし俺には正確に理解できた。
これは警告だ。
馬車の中で葉月たちと仲良くやってんじゃねえ、埋めるぞこの野郎という警告だ。
今回の馬車の配置は、勇者たちに話しておくことがあるから許可が下りたのだ。
なので御者は監視役。
このままでは埋められる可能性が出て来る。
「おら、いったん止めろ。席はこのままで良いから話を続けるぞ――」
俺は強引にその場を仕切り早乙女を黙らせた。
無用なトラブルは避けたい。
嫉妬眼鏡を掛けたヤツらには、早乙女との面倒なやり取りすらも制裁対象。
本当にしょうもないヤツらだった。
そしてそれから五日後、俺たちは中央のアルトガルに辿り着いたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字も……