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霧島っ、どこだー!

とうとう動き出す……

 ( まいった…… )


 隣にいる葉月が凄い顔をしていた。

 凄いと言っても、何か酷い顔をしている訳ではなく、ただ――


 ( 真顔の葉月が怖い……)


 葉月が感情を消した顔で例の看板を見つめていた。

 俺はそれを見て即座に状況を把握する。この案件に触れてはならないと。

 あの葉月がこんな顔をしているのだ、どんな心境なのか全く想像がつかないが、取り敢えず触れてはならないことだけは分かった。


「ん? これってあの二人だよね? チビ巨乳とアンタのことが好きな女のぉ~……橘だっけ?」

「……」


――おぃいいいいいい!!

 なんでこのポンコツは迷わずに地雷を踏みに逝ってんだ!?

 どんだけポンコツなんだよ! つか、無言の葉月も怖ぇえ!



 俺は爆心地から少しでも遠ざかるべく、そっと後ろに退こうとした。


「ほへ? これってイブキ様とタチバナ様のお話ですねです。もうお芝居になったんですね~。これを観ますかです?」


 2号が来るなら当然一号もとばかりに、サリオまでもやってきた。

 本当にコイツら(ポンコズ)は空気を読まない。

 目の前にマンホール大の地雷が敷いてあるというのに、真っ直ぐ迷わず踏み込んで逝く。


 地雷(葉月)からは何も反応がない。

 怒るでも何でもいいから反応を見せて欲しいところが、葉月は感情の色が抜け落ちたままだった。無言で看板を眺め続けている。

 コロコロと愛らしい感情をよく見せる葉月が、全く感情を見せなかった。


「で、どうすんの? これ観んの?」

「……」


 無言の葉月さんが本気で怖い。

 頼むから地雷の上でパワーゲ○ザーをするのを止めて欲しい。 


「あ、活劇っぽいからモモちゃんが好きかもです」

「あい?」


 本当に頼むから、地雷の上で撃殺コ○モ地獄拳を放つのを止めて欲しい。

 サリオが抱っこしているモモちゃんを看板の方に向けやがった。


「ん~~? こえ、いやっ」

「ありゃ? このお芝居はお気に召さなかったですよです?」

「あの、モモさんがそういうのであれば、他のお芝居にしますか」

「そうしようっ! ああ、モモちゃんが嫌そうだしねっ!」


 俺は光速で(うなず)き、他の劇にすることを提案した。

 モモちゃんはまだ2歳にもなっていないというのに、きっとこの空気を察してくれたのだろう。モモちゃんはできる子だ。

  


      閑話休題(瞳にハイライトがない)



 トコトコと歩きながら、演目が書かれている看板を見て回る。

 少しでも目を引こうとしているのか、登場人物の姿絵が描かれているものが多く、意外にもそれを見て回るだけでもそこそこ楽しかった。

 モモちゃんは抱っこされる相手を替えながら、ほへっといった顔で看板を見ている。


 ( げ、またあった…… )


 伊吹と橘を題材にした劇は他にもあった。

 俺はそれが視界に入る度にそれとなく他の方へと促す。


 ( まあ、そこそこ活躍してるみたいだしな )


 伊吹と橘の活躍は俺たちにも届いていた。

 現在ゼピュロスでも魔物大移動が頻繁に起きているらしく、あの二人は常に参戦しているのだとか。

 そして勇者としての戦闘力もそうだが、士気を高める御旗としても頼られているとの報告を受けていた。


 その士気の高い防衛戦参加者は、魔物を蹴散らすように討伐し、届けられた報告によると、発生している大移動の規模に対して驚くほど被害が少ないらしい。

 

 当然、そんな大活躍をしているのであれば西の連中がほっておくはずがない。

 速攻で劇を作るとは思っていた。それは予想できていた。

 だが……


「いくら何でも数が多すぎんだろ。それに小山のは無しか」


 伊吹と橘のは多いが、小山が主役のは一つもなかった。

 『ありゃ~』と思うと同時に、そりゃそうかと納得もしてしまう。


 小山は防衛戦ではあまり出番がない。

 格上や大物が相手なら出番はあるが、大量の雑魚狩りがメインの防衛戦ではほとんど出番がないだろう。


 放出系WSを放てなくもないが、やはり片手剣では火力がイマイチ。

 伊吹や橘と比べるとどうしても見劣りするし、見た目の花ではトリプルスコアの大差だ。下手するとその上のクアドラなんたらだ。


 【宝箱】を使っての貢献も、橘の【宝箱】は文字通り桁違い。

 10倍以上の収納を誇る橘には、運搬の方でも全く勝ち目がないだろう。


「真面目に戦っているみたいだね」

「……ああ、そうみたいだな」


 ポツリと葉月がつぶやいた。

 いまだ瞳には感情の色は見えないが、この数多くの劇を見て何か思うところがあったのかもしれない。

 それが”許し”なのか、それともまだ燻っている何かなのか分からないが、橘が真面目に戦っていることだけは分かったようだ。

 本当に薄らとだが、僅かに感情の色が戻ったような――


「あ、やっぱこれにすんの? そんな気になんの? アンタのことが好きなコイツのことが」

「…………」


 ポンコツのその言葉に、再び感情の色が消え失せた。


 

     閑話(だからお前は地雷)休題(を踏みにくんなっ) 



 

「うぅ~」

「今日のモモちゃんは悩みますね~です」

「あの、どうやら色々と迷っているようですねぇ」


 モモちゃんは観る劇をまだ決めかねていた。

 キョロキョロと辺りを見回し、何かを選ぼうという意思を見せていた。

 以前なら一番最初に視界に入ったものに食いついていたはず。

 

 こんなところにもモモちゃんの成長を感じる。

 抱っこしているラティを見上げるモモちゃんと、どれを観ますかと目で優しく訊ねているラティ。その光景はまるで――


「っ!」


 鼻の奥がツンする。

 涙腺は脆い方ではないつもりだが、どうしても不意にこういうときがある。

 ニコニコと笑顔でラティのことを見上げるモモちゃん。とても微笑ましい光景だ。

 だが本当なら、抱っこしているのはウルフンさんたちだったはず。


 幼いモモちゃんはウルフンさんの顔を覚えていないだろう。

 そして母親の顔も。


「あ……」


 ふともう一人、両親の顔を覚えていない者のことを思い出した。 

 優しい顔でモモちゃんのことを見てるラティも、両親の顔を思い出せないと言ってた。


 その理由は、自分が奴隷として売られたことによる絶望からと言っていた。

 きっと買い戻しに来ると信じていたのに、俺に買われるまでの3年間で擦り切れて忘れてしまったと、懺悔のような告白でそう言っていた。


「こえっ、こえみう」

「あの、これですかモモちゃん?」

「ほへ? これに決めたです?」

「え……これって……」

「んん?」


 思いに耽っていたが、モモちゃんの声で意識が引き戻された。

 

「どれどれ、モモちゃんはどれを見たぃ…………へ?」

「これって……あのときの……だよね?」


 葉月が俺に確認をとってくる。

 しかし確認を取るまでもない。これは――


「霧島あああああ! 絶対にぶっ殺すっ! アイツはどこいったあああ!」


 俺たちの視界の先には、記憶喪失になった男を巡る女の戦い的な、そんなあらすじが書かれた看板が置かれていた。


 絶対にあれが題材(ネタ)に使われている。

  

「どうだいそこのアンタ。あの噂の新人脚本家、鬼才シマキーリの最新作だよー! 全ゼピュロスが嗤った、あの”記憶喪失を囲む彼女たち”だよー!」

「あのっ、クソがああ!! あと、笑ったのところに悪意を感じんぞ」


 

 その後俺は、その呼び込みをしている男に喰ってかかった。

 ヤツはどこだと、そう問い詰めた。

 当然、ただの呼び込みがそんなことを知っている訳がない。


 そもそもヤツの居場所は見当がついている。

 だがそこは遠く、しかも匿っているであろうアキイシ伯爵が霧島を受け渡すはずがない。


 そしてモモちゃんがこれを観ると言い、俺たちはこれを観なくてはならなくなった。

 最初は観る劇を選ぶつもりだったのが、例の劇を避けるためにモモちゃんが観たいモノを観ようという提案をしてしまっていた。


 そしてこの劇を観た俺たちは、何と言うべきか、俺だけでなくほぼ全員がそれなりのダメージを負う作品だった。

 

 この物語は、記憶を失ったジンという名の主人公を保護した聖女のような女性の下に、記憶を失った主人公(ジン)の妻と名乗る獣人の女性が来るところから始まる。


 ジンは妻と言う女のことは覚えていないが、記憶がなくても彼女に惹かれていく。

 しかし保護してくれた女性にも、助けてくれた恩と、その優しさに惹かれて離れることができない。


 そしてそんな時に、獣人の女性と恋のライバルであった長髪の娘までもが参戦。リベンジだとやって来て物語を引っかき回す。


 そして物語の最後は、記憶が戻った主人公が、記憶を失ったままの振りをして全員と隠れて付き合い、そんで全員にそれがバレて刺されて終わりだった。


 観客からは、『へい、ざまあ!』との声が上がり、『ジン死ね』コールが鳴り響いた。

 本当にもう疲れた。

 そして何故か、刺されるシーンではモモちゃんが大喜び。


 その後は口直しとばかりに、もう一作品を観た。

 その作品は、派手で毒々しい色のカエルになった侍女の物語だった。

 どうやらモモちゃんは、その派手で毒々しい色に引かれたようだ。


 なかなか楽しめたお芝居で、満足げに外に出ると俺たちは囲まれていた。

 もっと正確に言うと、()が囲まれていた。



「くそっ、あの野郎……」


 『見逃してやろう』『追うのは明日にしてやる』などという言葉を信じた俺が馬鹿だった。

 そもそも嫉妬組の辞書に『見逃す』という言葉はない。

 その言葉はヤツらにとって相手の油断を誘うための言葉だ。

 俺は迂闊にもそれを失念していた。


「ちぃ、ヤツらはどのタイミングで仕掛けて来る……」


 用意周到なヤツらのことだ。姿を見せている嫉妬組は囮だろう。

 本命はすでに人混みの中に紛れ込んでいるはず。こんなことにラティを巻き込みたくはないが、ここは【心感】に頼るしかないと、そう思ったその時――


「ん? 馬車?」

「ほへ? あれってノトス公爵(うち)の馬車ですよです」


 人混みを掻き分けるようにして一台の馬車がやってきた。

 ノトス公爵の家紋があるためか、道にいた者が慌てて横へと避けていく。

 そしてその馬車は俺たちの前に止まり。


「勇者様とジンナイ様。ノトス公爵の命によりお迎えにあがりました。中央、地下迷宮ダンジョン攻略の準備が整ったとのことです」


 一度も見たことない男が、そう告げて俺たちを迎えに来たのだった。

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字などのご指摘も頂けましたら……


   挿絵(By みてみん)


感想欄に遺影とあったので……いえいっ


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