それから~
違法奴隷商に全てを吐かせた後、偽の取引役を仕立てて黒幕を暴いた。
当然、捕らえた髭面の男からも証言を得ていた。切り落とされた手を回復魔法で治すという条件で……
本来は厳格な取り調べをした後に、その犯した罪に相当する刑に処するのだが、今回は公爵の強権を振りかざす形で、全財産の没収のうえ投獄となった。
残ったのは命だけという状態。人によっては死んだ方がマシだと言うヤツだ。
あまりにも横暴とも言える判決だが、これには狙いがあったそうだ。
公爵になったアムさんはまだ若く、前公爵時代に甘い汁を吸っていたヤツらからは舐められているらしい。
ギームルがノトスに来ることによって改善はされたが、長い間張っていた腐った根は簡単には取り除けず、いまも街の裏側を腐らせているのだとか。
その腐った根をどうにかしたいが、強引に事を進めてそれを排除しようものなら反発は必至。纏まって抗議されると厄介だそうだ。
だから手が出し難く、今まで後回しにしていた問題らしい。
そんなときに今回の件だ。
違法奴隷商と繋がりがあり、買った奴隷で人には言えないようなことをしている。多少強引に事を進めたとしても、一般市民から非難されることはない。
街の権力者からの反発はあるかもしれないが、非があるのは捕らえられた黒幕の方、表だって反発の声を上げられることはない。
ギームルは今回の件を利用して、政敵とも言える存在を排除したのだ。
そして今回の件に関わっていない者にも、今後何かやらかせばこうなるとの釘刺し。
要は、舐めた真似をするとブタ箱に叩き込むぞと言うヤツだ。
ただ、本当に厄介なヤツらはこんなことで失脚をするような真似はしないそうだ。
ヤツらは用心深く狡猾に、いまもまだ息づいているとのこと。
だから今回は、迂闊なヤツらを排除しただけとの見方もあるのだとか。
後は、今回の件で捕らえられた黒幕が携わっていた仕事に穴が空くことになるので、そこをどう埋めるのかが今後の課題らしい。
そこそこ大きな会社を強制的に倒産させたようなものだ。その辺りのケアをしっかりとしないと、職を失った者が路頭に迷うのだとか。
もうこの辺りから頭がパンクしそうだったので、こっから先の話はギブアップとさせてもらった。
因みに、以前俺に助けてもらったことがあると、そんな訳の分からないことを言っていた猫人奴隷の娘は、そのまま正規の奴隷商へと送られた。
少し可哀想な気がしないでもないが、俺は善人でも聖人でもない。
彼女を買う必要はどこにもないので助けることはなかった。
こうして、違法奴隷商問題は終結した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やぁー」
「ええ、駄目なのモモちゃん? つんつんつーん」
「ややぁー」
現在俺は、今しかできない事に没頭していた。
違法奴隷商事件から約三週間が経過して、そろそろ中央の地下迷宮へと向かう時期が迫っていた。中央へと旅立てばまた当分の間戻って来れなくなる。
そして今日は休日、俺は今しかできないこと、ある意味旬とも言えるモモちゃんのほっぺを突っ突いてた。
モモちゃんはあと少しすれば2歳。
あまり詳しくはないのだが、子供は2歳になると色々と大変らしい。
ならばそうなる前にと、プリプリですべすべ、そんでもってめっさ柔らかいほっぺを堪能していた。半端ないきめ細かさだ。
いやいやと顔を背けるモモちゃん。
鬱陶しそうに眉を下げて、俺の人差し指から逃げようとしている。
「つんつんつーん」
「やあっ」
「あの、ご主人様。そろそろお止めになった方が……」
「あとちょっとだけ、あとちょっと」
「やあああっ」
「あの、本当に嫌がっているのですが……」
「へ?」
「やあっ、もう、きあい」
「んなっ!? え? いま、嫌いって…………俺を?」
「あの、ですからいま申し上げたように……」
「ぱぱぁ、きあいっ」
その日、この世が終わった。
俺はモモちゃんに嫌われてしまった。
嫌われてしまった原因は、俺が執拗にほっぺを突っ突いたから。
後でラティに注意されたことだが、俺は少ししつこいらしい。
どうやら突っ突く時間が長すぎたようだ。
そんでもってついでに、耳と尻尾を撫でる時間も長いとやんわりと言われた。
チラチラとテンチラをしてくれていたモモちゃんは、今はイヤイヤと逃げて行くようになってしまった。
ラティや葉月、時には早乙女の下へと逃げていく。
いつの間に早乙女はモモちゃんと仲良くなったのか、モモちゃんを抱っこしながらドヤ顔を俺に見せてきた。
それから二日、俺はもう耐え切れず、泣きながらサリオモンに助けを請うた。
どうしたら機嫌が戻るのかと、藁にも縋る思いで訊ねた。
すると――
「あれですよです。お芝居に連れて行ってあげたら良いです」
「くそ、所詮藁は藁か。モモちゃんをあんな教育に良くねえ場所に連れて行けっか。もっといい案はねえのかよ。一発で機嫌が直る魔法の言葉的なヤツとか」
「ぎゃぼうっ、この人、頼りに来ておいてとんでもなく失礼ですよです。せっかくモモちゃんが一番好きなことを教えてあげたのにです」
「むう、しかしまぁ、観る劇をしっかりと選ぶんならそこまで悪くない案かもしれないか……」
「まさかの手のひら返しですよ。ジンナイさんはモモちゃんが絡むと本当に馬鹿になるよです」
俺はサリオの提案を聞いて色々と考えてみた。
観る劇をちゃんと選べば、6刺しエンドとか酷い結末のモノを見せることはない。
逆に考えると、観せる劇によっては良い影響になるかもしれない。
そう考えると、このサリオの提案はとても良い案かもしれないと思え始めた。
「おし、今から行くか。今日は休みだ」
こうして俺は、急遽休みを取ってモモちゃんとお芝居を観ることにした。
俺だけだとモモちゃんが嫌がるので、ラティと葉月、それと早乙女にも同行をお願いした。
3人に囲まれて幸せ全開なモモちゃん。
人が多くて危ないのでモモちゃんは抱っこされているのだが、抱っこされているにも関わらず他の人に抱っこを強請り続け、まるでラグビーのボール回しのようになっていた。
そして芝居小屋が建ち並ぶエリアに近づくと、そのテンションはさらにカチ上がった。
「おおーーっ、じばい、じばい」
「…………おい、サリオ。モモちゃんが異様にはしゃいでいるんだが?」
「ほへ? そりゃそうですよです。だってここに来れば大好きなお芝居が見れるって分かっているんですからです」
「へえ、子供っていっても、そういうの分かるんだ」
俺は何となく感心しながらモモちゃんを見た。
モモちゃんはまだ2歳前なのだから、外の景色で何処に向かっているかなど判らないと思っていた。
だがそれは誤りであり、モモちゃんは何処に向かっているのか判っているようだ。
「そっか、モモちゃんは本当に成長しているんだなぁ……」
モモちゃんの成長にホロリと涙が零れそうになる。
俺は涙を堪えながら、そっとモモちゃんに目を向ける。と――
「っやぁ!」
「ええっ!?」
ほっぺを手で隠しながら、ぷいっと顔を背けられてしまった。
あまりの悲しさに涙が止まらなくなってしまう。
「あ、あの、ご主人様……」
「だ、大丈夫だ……。挫けるな俺っ」
俺は己の膝を叱咤し、崩れ落ちそうになった身体を立て直した。
周囲からジロジロを目を向けられる。
だがすぐに興味を失せたように、集まっていたその視線は離れていった。
「……さすがだな」
俺たちはららんさんからある付加魔法品を受け取っていた。
その付加魔法品の効果は認識阻害。
人から興味を持たれ難くし、しかもステータスプレートの一部を消す効果があった。
当然、勇者である葉月たちも同じ物を身に付けている。
だからこの人混みの中に居ても、誰も葉月たちに気が付かない。
「シャーウッドさんの魔石のおかげか」
「ですねぇ。この付加魔法品は戦闘には使えませんが、日常生活においてはとても良い物だと思います」
「まあ、使用するには許可がいるみたいだけどな」
この付加魔法品には公爵の許可が必要だった。
認識を阻害しつつステータスプレートも偽装する付加魔法品。
露骨に【鑑定】を妨害する付加魔法品の場合は、誰が見ても偽装していることが判るので問題はないが、この付加魔法品は相手に気が付かれない偽装を施すので、その危険性から使用と制作に許可が必要だった。
しかもこの付加魔法品は特別製。
普通の物よりも数段効果が高いのだとか。
ららんさんが言うには、あの魔石がなければ作ることは出来なかったそうだ。
俺たちはそれを身につけて、誰かに注目されることなく街の大通りを歩く。
「む、ボッチ・ラインか。今日は――ッ! ほう、そういうことか……」
「おい、これは違うからな。今日はモモちゃんのために来てんだから邪魔すんじゃねえぞ」
俺はギロリと話し掛けてきた男を睨んだ。
どうやら知り合いには認識阻害の効き目が薄いようだ。
この男とは違法奴隷商狩りのときに一度組んだことがある。
妙に意識が高いというか、職務に対し真面目な印象の男だった。
しかし何故か、この男はあの後嫉妬組に入隊してきた。
俺にとって嫉妬組は味方であり敵でもある。
時には肩を並べて仇敵や裏切り者を追い回し、またある時は、狭量で醜い嫉妬心に駆られたヤツらが俺を追い回してくる。
割合で言うと4割味方で9割敵といった感じだ。
そんな嫉妬組にコイツは入った。
街の衛兵ということからか、街中を隅々まで把握しており、どこかに潜んでやり過ごすといったことが困難になった。
上手く隠れたつもりでも、実はそこに誘導されただけであり、あわや絶体絶命のピンチという場面もあった。
あのときは運良くレプソルさんがミミアと一緒に歩いており、俺はそれをヤツらに教えて戦力の分断に成功し、命からがら逃げ出すことができた。
翌日、ぐったりとした姿でレプソルさんが埋まっていたが、あれはどう見ても制裁対象だったので仕方ない。あまりにも幸せそうだったのだからギルティだ。
俺も追われていなければ参加したかった。
「ふむ、”乙女たちの愛娘”の頼みか。ならば見逃してやろう」
「ああ、だから絶対に邪魔すんなよ」
俺は再度釘を刺しておいた。
コイツら嫉妬組は本当に心が狭いヤツらばかりだ。
人の幸せを優しい気持ちで見守ることが出来ない。
一度ガツンと言ってやりたいものだ。
人の幸せを、優しい気持ちで見てやれる心の広さを持てと。
何故嫉妬心からは憎しみしか生まれないことに気が付けないのか、懇々と説教してやりたくなる。
「じゃあ行くからな」
「ああ、分かった。追うのは明日にしてやる」
俺はヤツの気が変わらないうちにその場から離れた。
そして芝居小屋が立ち並ぶエリアへと辿り着き、どの劇を見るかと看板を見回す。
「ん?」
「あ……」
俺と葉月が同時に声をあげた。
見ている看板も同じもの。
「”二人は戦乙女”? これって……まさか……」
俺と葉月が見つめる看板には、二人の女性の姿絵が描かれていた。
長い黒髪の方が大剣を、そしてもう一人のポニーテイルの方が弓を。
”二人は戦乙女”と、そんなタイトルが書かれた看板が掲げられていたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字も……何卒、何卒……