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こっちの方が悪人だろ?

お待たせしましたー

 オレは納得できず憤っていた。

 仕事には誇りを持ち、常に全力であたっていた。

 特に現公爵になってからは職場の環境が改善され、前よりも務めを果たすことができた。


 だから理解はできるが納得はしたくなかった(・・・・・・・)

 確かに突入といった訓練はしていない。だがそれでも、この街を守るという誇りある仕事のために、オレたち衛兵に任せて欲しかった。


 我ら衛兵に違法奴隷商を捕らえる役目を……



「――アイツは何をやってんだっ」

 

 できるだけ小声で唸るように愚痴を吐いた。

 突入組の一人が、中の奴隷が心配だと飛び出したのだ。

 オレもヤツを追うために駆け出す。


 ( こんなヤツが本当に、ノトスの――なのかよ )

 

 ヤツのことは知っていた。

 同僚から聞かされる噂話や、数多くの報告書からヤツのことは知っていた。

 通称黒い槍使い。またの名は孤高の独り最前線(ボッチ・ライン)

 

 数多くの二つ名と、それにまつわる逸話を持つ男。

 襲われた村を守るために、たった独りで魔物の群を退けた話や、冒険者百人に取り囲まれても、相手の足を狩ることで逃げ果せたなど色々とある。


 最近聞いた話では、『乙女たちの愛娘』の求めに応え、複数の魔石魔物を同時に相手にしたなどがあった。

 それを聞いたときは、話を盛るにしても限度があるだろうと笑い飛ばした。


 他の逸話だってそうだ。どれもこれも眉唾ものばかりだ。

 どこの世界に、一人で複数の魔石魔物を相手にできるヤツがいるというのだ。

 熟練の冒険者であろうと一人では挑まない。魔石魔物を相手にするときは複数で挑むものだ。


 一人で相手にするのだっておかしいというのに、複数の魔石魔物を独り(ソロ)で倒せる訳がない。

 ダンジョンに何度も潜ったことがある訳ではないが、それぐらいのことはオレでも分かる。


 しかもヤツはWS(ウエポンスキル)が使えないことでも有名だ。

 WS無しで魔石魔物を倒すなど、仮に勇者様であっても厳しいはず。

 それを複数同時に相手にするなど、作り話にしたっておかし過ぎる。

 きっと他の話も誰かが面白おかしく大袈裟に言っているだけなのだろう。



「ジンナイ、落ち着け」

「あ、ああ。分かってる……」

「いきなり走り出しやがって。オマエはこの作戦を台無しにするつもりか」


「ぐっ」


 一応悪かったと思っているのか、ボッチ・ラインはバツが悪そうな顔をした。

 しかし反省はしているが、ここから退くつもりはないようで、建物の壁に耳をつけて中の音を聞き取ろうとしている。

 中に飛び込まれるよりかはマシだが、この身勝手な行動には心底腹が立った。


 だがその一方で、一つ感心してしまうことがあった。

 それはコイツの忍び足(歩行技術)。軽やかだが吸い付くように地面を駆け、ほとんど足音を立てずに駆けていた。


 妙な凄みを感じさせる忍び足に、オレはある話をふと思い出す。

 この男は、とても馬鹿馬鹿しい理由で、仲間の冒険者からも追われることが多々あると聞いた。本当にしょうもない理由で……


 突如始まる鬼ごっこ。

 大きな被害が出ていないから不問とされているが、なかなか派手な立ち回りをしているのだとか。  

 もしかすると、そのときに培われた歩行技術なのかもしれない。


『――っ――――ッ』


 建物の中から話し声が聞こえてきた。

 いまので気が付かれていないかと、オレも静かに耳を澄ます。


『ダライさんはまだ寝ているんで?』

『ああ、そうみたいな。せっかく上玉を捕まえたってのによう』


『だろ。しかもコイツは狼人だぜ。狼人で赤首奴隷って、まるであの瞬迅みたいだな。これはマジで馬鹿高く売れるかもだぜ?』

『だからだよっ、さっさと逆らえねぇように書き換えて欲しいってのに……』


『瞬迅か……。あれだな、あの劇みたいな格好をさせて嬲るっての楽しそうだな。赤いのを着せてよう』

『あれか? 歴代が残したこすぷれってヤツか? 確かにいいかもな』


 建物の中から聞こえてくる会話を聞く限り、オレたちに気が付いた様子は無さそうだった。騙すための芝居をしている雰囲気でもない。


 一先ずほっと胸をなで下ろす。

 

「――ッ!」


 思わず叫びそうになった。

 壁に耳をつけているボッチ・ラインが、元から良くない目つきをさらにギラつかせていた。


 ( なんつう目をしてんだよ――っ、ん? )

 

『しかしよう、何でコイツには眠りの魔法が効かねえんだ? 声封じの魔法は効いたってのに』

『ん~~、レベルは2だよな? そんなレベルのヤツが抵抗してるってのか? 耐えれそうなモンを持っているようには見えねえけど……』


『もっかい試してみっか』

『ああ、頼む』


『…………くそ、やっぱ眠らねえな。昨日のヤツはすぐに眠ったってのに』


 どうやら違法奴隷商のヤツらは、魔法を使って捕らえた囮の奴隷の声を封じたようだ。

 だが眠らせることはできなかった様子。


 ( 確か沈黙の魔法には掛かった振りはするって言っていたな )


『ちぃ、諦めっか。くそ、どうするよ?』

『アホか、手を出したら色が変わんだろうが。どうするもこうするもねえよ』


『でもよう、ここまでの上玉だぜ? ち~~っとぐらいよう。な?』

『な? じゃねえよラードン。諦めろっての』

『グサン、お前もいたのか』


 新たにもう一人増えた。

 会話を聞く限り3人以上は居る様子。


『がぁ~~~、何とかできねぇかな? このままじゃ生殺しだぜ。おい、女。ちょっと裾を持ち上げろ。言うことを聞いたら優しく扱ってやるぜ? 脚が全部見えるまで上げろよ』

『おっ! いいね~それ。それなら首輪の色も変わらねえな』


「――っ、ばか止めろっ」

「ジンナイ、ステイ」


 ボッチ・ラインがあり得ない形相をしていた。

 もし中のヤツらとコイツ、どちらを捕らえると問われたら、思わずコイツと答えてしまいそうなほど凶悪な顔だった。


 同行している猫人の女冒険者が、今にも暴れ出しそうなボッチ・ラインを押さえている。


「ジンナイさん、ステイですよです」


 いつの間に公爵の妹君も来ていた。

 暴れ出しそうなボッチ・ラインをどうどうと宥める。


『な~な~、何とか触れねえで脱がす方法とかってねえかな? 眠らせることができれば昨日のアイツみたいに手っ取り早かったってのによう。何か良い方法ねえかな?』

『ん~、脅すってのはどうだ? それなら……って、コイツってこんな目をしていたか? もっとオドオドしていたような……』

『ああ、確かに反抗的な目をしてんな。へえ、これは泣かしたくなるな。泣き叫んでみっともなく請わせたくなる目だぜ。へへ』


『だよなっ、この生意気な目をよう――』


 下衆としか言いようのない会話が交わされていた。

 会話の内容から察するに、赤首奴隷でない場合は非道なことをしていたのだろう。


『あ~~あ。早く起きてこねえかな。そうしねえと手を出しちまいそうだぜ』

『おい、それだけは止めろよ。こんな商売いつまでも続けられねえんだから、稼げるうちに稼ぐって話だろ』


『へいへい。ったく、ダライさんはまだかよ。今日は商品を届ける日だろ? あの方に――』


 黒幕への道を掴んだかもしれない。そう思えた。

 中にいるヤツは売る相手のことを知っている様子。

 そしてダライと言う男がボスである可能性もかなり高そうだった。


『おい、おれが何だって? お前らがうるせえから目が覚めて――おっ、すげぇのが居るじゃねえか! さっさとひん剝くぞ。いったんコイツを眠らせろ』


 本命らしき者がやってきた。

 壁越しなので中がどうなっているのかわからないが、ダライがボスという確証さえ取ることができれば――


「――うおっ!?」


 突然暴風が吹き荒れた。

 凄まじい破砕音と風圧に押され、オレは尻もちをつきそうになる。

  

「なっ!?」


 建物の壁がなくなっていた。 

 あまりの出来事に理解が遅れたが、ボッチ・ラインが一瞬で壁を破壊していた。


「やれ、サリオ!」

「はいですっ」


 オレは即座に目蓋を閉じた。

 しかし目蓋の裏側が赤く明るくなっていく。


「くそっ」


 腕で顔を覆い、オレは公爵の妹君が作り出した”アカリ”から目を庇う。

 

 ( なんつうデタラメな光だ )


 これは事前に決めていたフラッシュバン作戦。

 生活魔法”アカリ”を使って視界を奪うといった作戦だ。

 本来”アカリ”の光で目をやられることはない。


 どんなに”アカリ”の光が強くても、眩しくてちょっとキツイ程度だ。

 だが暁の神子の二つ名を持つ妹君の”アカリ”は、目の前が真っ白になるぐらい明るくすることが可能だった。


 事前に知っていなければ絶対に取り乱すだろう。

 突然視界が真っ白になるほどの光だ。どんなヤツだって竦んでしまうはず。


 オレは目蓋を開き、違法奴隷商を捕らえに行くが――


「は? え?」


 三人の男たちが地面に転がっていた。

 足の付け根辺りから血を流し、呻き声を上げながら悶えていた。

 目を閉じていたのはほんの僅かな間だった。(まばた)き三回程度の、本当に僅かな時間でボッチ・ラインは男たちを無力化していた。

 残っているのは髭面のボスらしき男だけ。

  

「っがあぁ、痛えぇえ」

「ぐぅっ」

「ちくしょうっ、何だよオマエは!」


 血をしたらせた槍を持つボッチ・ラインが、ゴミを見るような目で這いつくばった男たちを見下ろしている。


「足狩り……」


 オレはボッチ・ラインの姿を見て、あのデタラメな話は半分ぐらいは本当なのかもしれないと、そんな場違いなことを考えてしまう。

 もし同じ事をやれと言われても、オレには絶対にできない。


「衛兵か! くそったれっ! お前こっちっっがあああああああああっ、手がっ!? おれの手がっがあ、あっがああああああああ」

「……は?」


 短剣を持った髭面の男が、囮として潜入した奴隷の女を人質に取ろうと動いた。

 人質を取られると面倒だと、そう思ったのだがそんな考えは一瞬で霧散した。


 囮役の奴隷は、突きつけられた短剣をまるで受け取るかのように奪い取り、そのまま流れるように髭面の右手を切り落としたのだ。


 まさに一瞬の出来事。瞬きをする間にまた終わってた。


「これが……瞬迅」


 彼女の二つ名を思い出す。

 誰がつけたのかはしらないが、まさにその通りだと思えた。

 煌めきのような瞬間的な迅さ。


「はは……確かにコイツらが適任だったな……」


 認めたくはないが、認めざるを得ない。

 そう思うしかなかった。


 今回建物に張り付いてからほんの数分しか経っていない。

 あっという間に解決してしまった。


「おし、じゃあコイツらを――」

「ジンナイ、ステイ」

「おいおいおい、これ以上やるつもりかよ! 誰か縄を持ってきてくれ。あと回復魔法も頼む」


 ボッチ・ラインは何を思ったのか、足をやられて呻いているヤツに追撃を加えようとしていた。容赦がないでは表しきれないヤツだ。


「あ、そういや他にも捕まっている者がいるようなことを言ってたな」

 

 オレは大事なことを思い出し、すぐに捜しに向かおうとしたが。


「あ、ありがとうございますっ。ありがとうございます……」


 ほとんど半裸の猫人の女が、縋りつくようにしてボッチ・ラインに抱きついていた。ボッチ・ラインは無抵抗の意思を示すかのように、両の手を上げている。


「あ、の、また助けて頂いて、本当にありがとうございます。このまま売られていたら……」


 白髪の猫人が、上目遣いでボッチ・ラインを見つめながらそう言った。

 その猫人の首には赤色の首輪が巻いてあることから、彼女がもう一人の捕らえられていた者だろうと分かる。

 ただ泣きじゃくり、一向に離れる様子はない。

 

「あの、ご主人様。『また』とはどういうことでしょうか?」

「へ? いや、覚えがないんだけど……えっと、どなたでしょうか?」

「前にも助けてもらったことがあるシャルナです」


 何やら茶番が始まっていた。

 以前も助けてもらったと主張する猫人の女と、全く身に覚えがないと言い逃れをするボッチ・ライン。

 『別の次元の話では?』と、そんな訳の分からない言い訳までもしている。

 

「あの、ヨーイチ様。貴方の奴隷はわたしです」

「はい、そうですっ!」

「ああっ」


 猫人の女をぺっと引き剥がすボッチ・ライン。

 事情はよく分からんが、ヤツは自分の奴隷には弱い様子。

 突入前の形相とは真逆な、とても情けない顔を晒している。


「……これが”ノトスの切り札”か……」


 表ではなく、裏で呼ばれているヤツの二つ名。 

 全ての状況に使える訳ではないが、使える場面では確かに切り札になり得るかもしれないと、そう感じさせるモノがあった。

 


 そして――


「……オレも嫉妬組に入るかな。確かに妙にムカつくな」


「あの、ご主人様。本当に彼女をことは知らないのですねぇ? 例えば、あの居なくなったときに知り合ったなど……」

「俺は逃げ出してからすぐあの村に居たからっ。そのときに知り合った猫人のひとはサーフさんだけだから」


「あの、ご主人様が嘘を吐いていないのは判ります。ですが、もしかしたら忘れているという可能性が……」

「ないからっ。テイシ、その人を任せた。俺はラティを――」



「うん、むかつくな……」


 こうして、違法奴隷商狩りは終わりを告げた。

 あとは黒幕を追い詰めるだけ。

 こっから先はオレたちの仕事ではないので、あとのことは新公爵様に託したのだった。

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字なども……

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